リーベリアとユグドラルで燃え上がったあの大戦から早くももう5年も経っていた。遷都を終えて、帝都の再開発の進むヴェスティア帝国の心臓部であるヴェスティア城は5年前の優雅な姿を残しつつも、ユグドラル随一の覇城としての威厳を手に入れるように大増築が行われていた。そのために一回り大きくなったヴェスティア宮殿に押し出されるように、郊外に新たに新市外区も造成されバーハラにも劣らない規模の巨大な要塞になりつつあった。
この中心部にあるヴェスティア宮殿はセーナがもっとも心を砕いて改築されており、防備よりもその美しさを引くように作られていた。しかしただ美しいだけでなく、その内部はセーナらしく無駄のない作りがされていた。1階は新設されたヴェスティア軍とMP(=Medical
Party)が配備され、2階にはグリューゲルとMPが詰め、3階にはライト・セーナ直属の部隊であるアルバトロスが守りを固めているのだ。それより上の階になると十勇者やアルバトロス上層部など限られた人物しか自由に出入りできず、グリューゲル・クロノス諜報衆が不審者が侵入しないように目を光らせており、厳重な守りが展開されている。
このヴェスティア宮殿とは別に大改築で政庁が建設され、諸々の手続きや法令の発布などを一手に手がけている政治の中心になっている。しかし警備には宮殿ほどの厳重な警戒は布かれていない。もともと市民のための施設であるために不便があってはならないと設計されているのだが、便利と守備は相反するものでありそれゆえにこの政庁自体、防衛能力は皆無である。だからこそ必至に守ろうとせず、いざとなればあっさりと放棄するつもりなのだ。それは政庁が宮殿を囲む水堀、城壁の外側に置かれていることからも推測できる。
さてそのヴェスティア宮殿2階でこの週の警備の担当であるサルーンとフリードがのんびりと談笑していた。基本的に警備を担当しているのは十勇者のうち3~4人のみで、他の7人は休養を与えられている。もちろんそれに合わせて配下も日毎に担当を替えていた。これは大戦前から変わらないことなのだが、戦好きのサルーンはこの暇な警備においては暇を持て余していた。それを察してか、サルーンの妻となったリーネが差し入れを持ってきた。
「おっ、リーネ気が利くねぇ。」
喜ぶサルーンに対して、ホッとしたような表情を浮かべるフリードの姿がリーネの視界に入ってくる。どうやら散々、彼に愚痴をこぼしていたようだ。苦笑しながらリーネは
「もちろんフリードもどうぞ♪」
5年前こそリーベリア出身の騎士としてグリューゲル内でも若干浮いていたフリードだったが、同じ空軍を率いるサルーンとリーネが積極的に接してくれたために、今ではもう知己も増えグリューゲルの女性隊員の間でもなかなかの人気を誇っていた。ただし順風満帆とも見えるグリューゲルにも一つ暗い話題があった。
「リーネさん、カイン様のご容態はどうですか?」
実は大戦から一年後に行われたグリューゲルトーナメントを境にまたしてもカインの容態が急変したのだ。最悪の時は意識も途絶え途絶えになるほどの重態になったこともあるが、何とか妻マリーナの懸命なる看護で命を繋いでいる。カインの話題に長年の好敵手を自認するサルーンも目を鋭くする。
「それは・・・。」
言いづらそうにするリーネに、彼女の背後から声がした。
「今週に入ってからかなり危険な状態らしいと聞くぞ。」
そう言って、入ってきたのは主君手作りの車椅子に乗ってやってきた半身不随の騎士グレンであった。グリューゲルの忠義を図るグリューゲルトーナメント初回でサルーンとの死闘の末に半身不随になった彼であったが、今もなお生きている頭脳を振り絞ってセーナを支えている臣だ。そしてその車椅子を押しているのは
MPの副隊長を務めているミキであった。名前から見ても分かるとおり、ミカの妹である。
「グレンじゃないか。どうしてお前がそんな大事なことを。」
そう言うとグレンがリーネを指差す。
「ちょうど登城する時にお会いして、お伝えしたんですよ。」
ついでにグレンもヴェスティア郊外のグリューゲル村に家を構えていたが、さすがに遠すぎるためにセーナから紅の塔の一室を与えられて起居をしていた。
「リーネ、グレンだからまだいいが、あまりそういうことを表で言うのは問題だぞ。」
あくまで謹厳なサルーンが注意するが、それをグレンがとりなした。
「心配するな、サルーン。ちゃんと言葉でなくサインで受け取ったからな。」
「それならまだいいが・・・」
グレンがとりなし、そしてカインが重態だと聞いてサルーンは押し黙った。気まずい雰囲気で食が進むはずもない。慌ててリーネが明るく振舞う。
「カイン様のことですから大丈夫ですよ。危険危険と言われながら4年も耐えた方なんですから。それよりも…。」
と強引に話題を変えてしまった。これにはフリードもサルーンも苦笑せざるを得ないが、持ち込んできた話題には大いに興味を持った・・・。
ガーゼルとの激戦の後、人材の窮乏によってリーヴェの傘下に入ったサリアはなおも激動を続けていた。大戦から3年後、突如としてサリアの執政を務めていたレオンハートが急死したのだ。原因は病死であったのだが、苦難の続くサリア統治が徐々に彼の体力を奪って行ったのであろう。サリアに残ったのは天馬騎士フラウに、リーヴェから派遣されたリィナだが、人の上に立って内政を執り行える器ではない。再びサリアに混乱が訪れることを人々は恐れたが、己の寿命を悟っていたレオンハートはその遺書にサリアの行く末を託していたことで最悪の展開は回避された。その妻レネがレオンハートの遺言状を読み上げ、サリアの次代を担うものを発表した。レオンハートがサリアの未来を託した者、それはウエルト王女サーシャであった。彼女の母リーザは言うまでもなく火の神官家出身の血脈でサリアの血筋としては申し分なく、その娘サーシャも言うまでもない。しかも彼女はリュナン、セーナとも非常に親密であり、万が一彼女の納めるサリアが窮地に陥っても二人に厚い支援をしてもらえるのは当然のはずだ。まさに的を射た選出である。寄り親のリュナンは言うまでもなく賛意を示した。しかし当のサーシャはとまどった。つい最近、弟のレオンが産まれ、自身も夫トウヤとの間に二人目の子供となる長男セイヤ(一人目は長女ナーシャ)を産んだばかりでまだまだ弟と子供たちのためにウエルトを支えようと思っていた矢先のことであったためだ。しかし事を聞きつけたセーナが激励の書状を送り人材面での支援を約し、そして夫のトウヤも全面的に賛意を示したことでサーシャも決意を新たにしてサリア執政の座についた。しかしサーシャは執政に就任する際に一つの条件を付けた。
「しかるべき者がこの国に帰ってきた時、私は何をさしおいてもその者にサリアを託します。」
サーシャの言う『しかるべき者』とは正統なるサリア王家、つまり王女カトリのことである。5年前の大戦後、カトリはホームズと共に世界中を旅しており、すでに消息が絶えて久しい。しかし忘れた頃にリュナンのもとにホームズから手紙が届くために無事であるのは確かであるという。もちろん純情すぎるカトリに国を任せようとはサーシャも思っていない。しかしホームズとカトリの間に子供ができれば、あの二人の子である。サリアの未来を憂いて立ち上がってくれるであろう、とサーシャは確信に似たものを感じていた。そしてその者がサリアに帰ってくれれば、喜んでサリアを受け渡すとサーシャは宣言したのだ。もちろんリュナンに否やはなかった。果たしてサーシャはサリアの執政に就いた。移動にあたってほとんどの者をウエルトに残してきたが、夫トウヤと子供たちはもちろん、サーシャを熱心に慕うアルド(元パピヨン)・クリシーヌ夫妻もサリアへ付いてきて、彼女の執政を影ながら支えることになる。
またレダを抑えたリチャードは西部諸侯連合を傘下にしてレダ連合王国を建国、荒廃しているとはいえ大陸の3分の1に渡る広大な領土を背景にリーヴェ・カナン連合相手に強気な外交作戦を展開する。その結果、無償とはいかなかったものの、両国から多大なる復興支援を取り付け、レダの復興に着手していく。多忙な間にも妻ティーエとの間にしっかりと長女ティーネを儲け、次代へ向けての礎をしっかりと築いていた。
リーヴェと強固な同盟を結ぶ、自由カナン王国は想像以上にその復興は早かった。ゼノンやシルヴァ、レシエらの奮闘に加え、バージェ公国を再興を成し遂げたラフィンやシャロンのセネト陣営への参画もあって人材面ではリーヴェに勝るとも劣らない陣容を誇り、東部にあるガルダ列島をヴェスティア帝国との共同統治となったことで豊富な物資が国内に届いたことが主な理由だろう。生まれ変わった自由カナンに迷いはなかった。
一方、一介の弓騎士から一躍ユングヴィの執政に就いたラケル・ルカ姉弟は全く分からぬ内政に苦労していた。セーナが後見に就いたとは言っても、セーナ自身もバーハラ貴族の切り崩しやエバンスとの和解で多忙だったためになかなか支援ができずにいた。しかし二人の窮境を見て何もできないセーナではなかった。ちょっとした荒療治を施した。なんとユングヴィ家の所領の一部を没収したのだ。もちろん周囲のものたちはこの処断に驚いたものの、そこには絶妙なるセーナの策が秘められていた。所領が減少すれば、言うまでもなく内政においてもやるべきことは少なくなる。そこでセーナはユングヴィ家の規模を縮小させて、姉弟の手が隅々に届くようにしたのだ。もともと理性はしっかりしていて民思いの姉弟であるために、国単位ではなく地域単位にすれば統治も上手くいくと踏んだのだ。その考えは見事にハマり、不慣れながらもラケル・ルカ姉弟は民のことを考えた内政を行い、また先の大戦ではユングヴィ領内で戦がなかったことも相成ってユングヴィの内政はようやく軌道に乗り始めたと言う。そこでセーナはもうユングヴィの内政は大丈夫と判断して半年前に、5年前のユングヴィ家の半分まで領土を返還した。これからも段階的に領土を返還していくようだ。
順調に復興を遂げる諸国の話題を持ち出したことで、気がつけばリーネの差し入れはすっかりなくなっていた。
「う~む、やっぱりリーネの差し入れはいつ食べてもおいしいなぁ。」
グレンが満更でもない笑顔を見せながら言うも、今度は不自由な体を捻らせて後ろを向き
「でも今度はミキのものも食べてみたいものだ。」
何事にも押しの強い姉とは対照的に、温厚なミキは優しい笑みを浮かべて言った。
「私ので良ければいつでも言ってください。」
これを聞いたサルーンは苦笑を浮かべながらつぶやいた。
「やっぱりミキは誰かに似ず素直だなぁ。良い嫁になるな。」
男勝りなミカを明らかに皮肉ったサルーンの言にゲインが大声で笑うも、さすがに彼女に親しいリーネは苦笑をするしかなかった。
すると突然、部屋の入り口から女性の声がする
「あれ、皆さん、ここにいたんですか。」
思わずドキッとするサルーンだが、入ってきたのはレイラであった。彼女はシレジアを離れてヴェスティア天馬騎士団としてヴェスティア家に仕えていた。セーナとミカとの旧知は言うまでもないが、今はずっと第一線から退いたままであった。というのも彼女のお腹の中には3人目の子の命を宿していたのだ。しかしまださほど大きくないのでヴェスティア城内において軽い雑事をしていたのだが、今回は何か重大事があったようで若干急いでいたように見える。
「セーナ様から急のお呼び出しです。駐留するガーディアンフォースが戦準備しているから何か重大な事があったように思えます。」
ガーディアンフォースは共同統治となっているガルダ島に5千ほど置かれているが、残り1万5千はヴェスティア領内の治安に当たっている。そしてそれがヴェスティア宮殿に集結して戦準備をしているという。
(何かが動き始めたな。さてはあの暴君が暴走したな)
サルーンとグレンは心当たりがあるらしく同じような思考を纏め上げ、すぐに表情を引き締めて部屋を出る準備をした。
「レイラ、ありがとう。あなたはゆっくりと休んでいるといいわ。」
労うリーネだが、生真面目なレイラは同道するつもりなのは表情でわかる。出陣まではしないが、何が起こっているかは知っておきたいのだ。思いを知ったリーネは止めずにゆっくりと歩き出した。制服姿のサルーンたちに私服のリーネたちが交じるのは変な感じだが、やがてシャルから知らせを受けて駆けつけてきた他の十勇者たちも合流して、セーナのもとへと向かった。
平穏に思えたこの時、すでに新たなる大乱は始まっていた。