シレジアの東方リューベック城。ここにイザーク軍が突如として侵攻してきた。守る天馬騎士団長の一人アイリスは突然の奇襲に戸惑い、まともな抵抗をさせてもらえないまま退却を余儀なくされ、東の要衝リューベック城はあっさりと陥落した。イザークに侵略してきた総大将は病死したシャナン亡き後、イザークの王位にクリードである。5年前の大戦ではセーナのガルダ義勇軍に参加したものの、ガルダ聖戦前にキュアン2世らと共にユグドラルに帰還しただけで、またセーナとマリクの戦いでも妹ナディアが中立を宣言していたために恋焦がれるセーナのために戦えずにいた。そして鬱憤の溜まった今、セーナの妻ライトの治めるシレジアへの侵攻という愚挙を起こしたのだ。
 だが前兆はいくらでもあった。クリードは幾度となくシレジアに対して挑発的な行動を行っていたのだ。その中にはシレジア・イザーク国境で軍事訓練を行うということもあり、ライトとしても対イザーク最前線に当たるリューベック城を治めるアイリスに対しては厳重に注意するように促していたのだ。そしてそれは効を奏して、城こそ奪われたものの、犠牲者を最小限に抑えることができたのだ。
 新王都レヴィングラードにてイザークを睨んでいたライトはすぐさま動員令を発して、ちょうど駐留していたヴェルトマーの精鋭ロートリッターも率いてザクソン郊外にてクリード率いるイザーク軍に対峙した。またザクソンの北にあるトーヴェからもセイラ率いる天馬騎士団を北から牽制させたが、ここで思わぬことが起こった。クリード率いるイザーク軍の背後に、その妹ナディア率いるイザークの精鋭・神速剣士団が付いたのだ。しかもその動静はハッキリと表明しておらず、暴走した兄を討つのか、それとも彼に同調するのか、全くわからなかった。しかしセーナ、マリアンに匹敵する実力を持つナディアがシレジアに乗り込んできたことで、ライトは決断を迫られることになる。
 だが時は非情だった。ナディアの登場を己を討つために出てきたのかと思い込んだクリードがならばと仇敵(というよりは恋敵の方が正しいか)ライトに一気に仕掛けた。ナディアにイザーク随一の精鋭を奪われ、自身の部隊に精鋭と呼べるもののいないイザーク軍は傘にかかって攻め寄せてきたのだが、当然のようにシレジアのお家芸とも言える風魔法による攻撃でその鋭鋒を鈍らされ、さらにセイラの部隊に側面を晒されたことでイザーク軍はあっさりと危機に陥った。今までの行動を見ても国王としてより人としての資質に難のあるクリードはその危機すら理解できず、周囲の寵臣たちに怒りをぶちまけている。しかしそうして状況が改善されるはずもなく、気が付けばシレジア軍がこの5年間で作られたシレジア最強の部隊・鉄騎隊の将兵たちが斬り込んで来ており、クリードの身の上はかなり危険になっている。
「おのれ、ライトめ。」
次々と斬りつけられていく寵臣を視野に捉えたフリードは呪詛のように呻くも一向に退くつもりはない。退いても、その口車に乗せられてバルムンクを託してしまった妹に斬られると思っているのだ。呆然としているクリードに、ついに最期の時が来た。ふと側背から鉄騎兵の標準武器である斧槍ハルバートが伸びてきて、彼の頭上に振り下ろしてきたのだ。刹那、クリードは呻き声と共に頭を割られ、あっという間に絶命した。絶世の美女セーナに身も心も奪われたクリードは己を省みることができずにその激しい嫉妬のために散らせた、儚く切ない命であった。
 クリードの死を知ったライトは憎みこそあったものの、その若すぎる死にさすがに心を痛めた。しかし感傷にふけっている場合ではない。クリードを討ち取ってしまったために後方で待機するナディアに対してシレジア侵攻の大義名分を兄の仇討ちということで与えてしまったのだ。いや、それがイザークを出てきたナディアの狙いだとライトは確信していた。果たしてナディアは戦後の態勢の立て直しているシレジア軍の真っ只中に突撃して、シレジア軍を大混乱に陥れた。この時点でライトはすぐに負けを悟って、直属の精鋭・鉄騎兵をまとめあげて血路を開いてレヴィングラードへと撤退していった。この時のナディアの戦い振りは徹底しており、殿軍で奮闘する天馬騎士アイリスを討ち取るまでにシレジア軍を大いに打ち破ったという。ライトはアイリスの命を賭けた奮闘もあって、どうにかレヴィングラードへの撤退を遂げた。しかしアイリスを失い、またセイラも重傷を負ったことでシレジア軍は甚大の被害を蒙り、レヴィングラードのすぐ東方にあるザクソン城を放棄せねばならなくなったほどだ。

 ヴェスティア宮殿の一室でセーナは駆けつけてきた十勇者らヴェスティア帝国重臣にこうしたシレジアの現況を伝え、そして自身がシレジアの援軍に行くことも告げたのだが、諸将はこぞって反対した。
「ナディア王女が叛旗を翻したと言うことは夫のシグルド(2世)様も同調されているはずです。そしてあのお方が動き出せば、北部トラキアにアグストリアまで動き始めることになり、我々もかなり危険な状態になります。」
「それにセーナ様が援軍に出た場合は、その途上にてシグルド様が伏兵をもってセーナ様率いる部隊を強襲する恐れすらあります。ぜひおやめください。」
周囲の諌める声にはヴェスティア帝国の宰相ゲインや、長男アトスを産んだばかりで宰相から一旦離れたミカも同調している。だがセーナは己の意見を容易に曲げるわけはなかった。
「兄上やエルトが動くのは明白だけど、私たちにはこのヴェスティア宮殿という要害があります。私はガーディアンフォースを率いてシレジアに行っている間にあなたたちにはこの要害で守ってもらえれば十分大丈夫だと思ってるわ。」
「確かにヴェスティア宮殿も堅固ですが、レヴィングラードも堅城ですのでライト様なら守れると思いますが。」
「ええ、相手がクリードなら十分大丈夫でしょうね。でもいつの間にかライトの前にはナディアが立ちはだかっているわ。ゲイン、あなたならナディアの恐ろしさはわかっているでしょう。」
五年前のリーベリアの戦いの裏で行われていたイード戦役にてナディアと共に戦ったことのあるゲインは言葉が継げずにいる。すでにユグドラルではセーナ、ナディア、そして先年散ったマリアンは伝説になりつつある存在なのである。だがここで容易に食い下がるわけにはいかない。が、セーナはさっさと
「皆が心配するシアルフィをグーイにすでに調べさせてみたけど、全く動きはなかったと聞いているわ。それなら伏兵はないはずよ。」
そうでしょ、とグーイに促されると彼は頷かざるを得ない。しかも念を押してシャルにも動いてもらった結果でもあるからだ。
「5年前、突如としてヴェルトマーの戦いに首を突っ込まれたけれども、あの時は目が兄上にしか行かなかっただけ。今回はしっかりと目を向けるつもりだから、動けばしっかりと対応できるようにするわ。それにね・・・。」
セーナはミカと相談の上、すでにリーヴェ・カナンの両国に援軍を要請しており、リュナンからもセネトからも快諾の返事をもらっている。そうなればアグストリアのエルトシャンも西方へ目を向けざるを得ず、大きな動きを起こさないだろう。またレンスターのキュアンはすでにトラキアと睨みあっているので、遥か遠くのヴェスティアにまで届くはずもない。これだけ説明を受けた諸将は、5年間第一線を離れていてもセーナの大局を見る目はしっかりしていることに驚き、一部のものからは前言を翻して賛意を示すものまで現われてしまった。あくまでセーナ出座に反対のミカやアベルは苦り切っているが、ここまで乗り気になっているセーナを翻させる言葉が見つからずにいた。やがてセーナはそのまま押し切って、ミーシャ率いるガーディアンフォースと出発するために部屋を後にした。ハッとしてミカは懸命に追い、翻意を促すものの、
「ミカ、エレナを頼むわよ。」
と言って、最近産まれたばかりの長女エレナを押し付ける始末。思わずミカは呆然として見るしかなかった。
 数時間して双龍旗の旗をなびかせてガーディアンフォース1万5千とヴェスティア軍5千、MP5百人が隊列を作って、ヴェスティア宮殿北の城門をくぐっていった。その軍勢はやや高台に作られているグリューゲル村からも望まれ、それを見つけた村人の一人が病床についているカインに伝えた。ガバっと起きたカインはその者に陣容を詳しく聞いてはただでさえ白い顔をさらに蒼白にしていく。
(マズい!シグルドに襲われる。)
そしてすぐにベッドから立ち上がるや、着替え始めた。そしてマリーナに馬宿から馬を借りてくるように伝えた。夫の容態を心配して渋るマリーナだが、珍しくカインが怒声をあげる。
「何をしている!私のことよりもセーナ様を救わねばならないのだ!」
気が付けばカイン宅の奥に4年間眠っていたトランジックブレイブを持ってきて外に出ていた。季節は夏であり灼熱の日光が冷え切ったカインの体を温める。やがて馬宿から借りてきた馬を連れてマリーナが帰ってきた。目には涙が隠れもしていない。さすがにカインも先ほどの怒声が嘘のような穏やかな声で、愛する妻を抱きしめながら言う。
「すまないな、マリーナ。おそらくもうここに帰ってくることはないだろう。幸せに暮らせよ。」
馬に跨り、砂塵を上げながらカインはグリューゲル村を出て行くのを、マリーナは寂しそうに見ているしかなかった。
 カインの馬はすぐにヴェスティア城に入っていった。セーナが十勇者に出陣を告げた部屋では今はヴェスティア城の守備の選定を行っていた。そこに蒼白な顔をしてカインが入ってきたのだからサルーンもグレンもミカも驚いた。
「カイン、どうしたんだ。体は大丈夫なのか?」
親しいアベルが代表して聞くが、カインはそんなことに構わずに怒声をあげた。
「どうしてセーナ様の出陣を止められなかったんだ!」
ミカやアベルが俯いているのを見ると、セーナによって言い負かされたようだ。セーナに言いくるめられた者の一人、フリードが先ほどの軍議の経緯を話し始め、たしかに一理ある説をカインに説明した。しかしシャルが慌てた顔をして部屋に駆け込んできた。
「シアルフィ軍が突如として半数が消えております!」
思わぬ知らせに愕然とする将兵に、カインが答えを出す。
「シアルフィ城には軍事用の隠し通路が場内からドズル方面に延びている。それさえ利用すれば、表に出ずともどこへでも軍を出せるのだ。」
セーナですら知らなかった事実に場にいる全ての者が凍りついた。そうなれば今頃はフリージへの隘路を進んでいるであろうセーナ軍が非常に危険になるのだ。
「シャル、フィーリア公女にすぐさま軍を南に向けてもらうように懇請しろ。私はすぐに動かせる手勢を率いて、セーナ様を追う。お前たちはヴェスティア城を何があっても死守するんだ。伏兵がこっちを襲う可能性もないわけではないからな。」
「しかしカイン様、お体が危険では・・・。」
心配するミカにカインは
「わが身が滅びようとも主は助けなければならない。」
この一言でカインの固い意志を感じ取り、異論を挟むことができなかった。さすがにセーナの実の父である、あの娘あってこの父があるのだ。もっともそう思ったのは真実を知るミカに、アベルとボルスだけであろうが、うすうすと他の者も感じたはずだった。その細くなった体を翻してカインは退室していく。その去り際に
「お前たち、セーナ様のことを頼んだぞ。」
その言葉にミカが大粒の涙を流して大声で叫んだ。
「ご武運を!」
それに他の者も感極まった声で合唱する。
「ご武運を!!」
それに右手をあげてカインが応えて退出していった。カイン最期の戦がまもなく始まる。

 ヴェスティアでそんな動きがあったとは知らず、フリージの隘路を進むセーナはどこかにこやかな表情をしていた。彼女はもともと平和の時代の人間ではなく、乱世に生きる人間のようだ。サルーンやボルス以上に戦好きのセーナにとって戦場に向かうというのは子供が遠足に行くと同じことなのだろう。その傍らでは例の軍議を聞いているミーシャが心配そうに辺りを見回している。後続のMPを率いているミキもミカによほど言われたのか、慎重に辺りを探りながらの行軍である。
 だがカインの言うとおり、シアルフィ軍はこの隘路で左右から仕掛けてきた。しかも数はセーナ軍を遥かに凌駕する5万は下らない大軍である。それが一気に左右から襲ってきたのだから先陣を務めていたヴェスティア軍はあっさりと崩れた。中軍のガーディアンフォースは潰走してくるヴェスティア軍の兵卒を捌きながらもシアルフィ軍に槍を突けていくが、いかんせん敵の数が多く、撃退させるどころか押し包まれて小隊ごとに各個撃破されてしまう有様である。次第にシアルフィ軍はミーシャとセーナのもとにもじわりと迫ってきている。
 後方を押さえるMPは戦闘集団でないためにシアルフィ軍も手柄も上げられないために貧乏くじを引かされたと思って襲撃したものの、その攻勢はあっさりと下されることに。実はこのMPには先方にも中軍にもない破壊兵器が常に用意されていたのだ。それはリーベリアの暗黒竜ガーゼルとの一戦に使われた魔導砲である。すでにワープを使って魔導砲三門を呼び寄せたミキはすぐに魔力を充填して、そこら中にぶっぱなしてシアルフィ軍をあっという間に制圧してしまったのだ。恐るべき威力に放ったミキらMPの乙女たちも唖然としたが、前方の危機に我に返って魔導砲の向きを変えて撃とうと思ったのだが、その中軍もすでに敵味方入り乱れての混戦になってしまっているために打ち放つタイミングはすでに逸してしまっていた。いよいよセーナに危機が迫ろうとしている。
 ミキは魔導砲を撃てなくとも、さすがにミカの妹として機転を利かせて後方を確保したことを告げる使いをセーナに送った。しかし中軍のガーディアンフォースはすでに隊形の形を成しておらず、セーナとミーシャがどこにいるかもまったくわからない状況になっている。だがガーディアンフォースの将兵たちはここが先途と死兵となって戦い、シアルフィ軍を各所で食い止める。すると俄かにシアルフィ軍の衝撃が弱まった。見ると北の方から急報を受け取ったフリージのフィーリアがティニーと語らって出せるだけの人数2万を繰り出してきたのだ。しかしミーシャやセーナはその由を知らない。
「どうやら新手ね。」
「申し訳ありません。もっと斥候を放っておくべきでした。」
乱戦で二人も剣を振るっているが、アルバトロスの奮戦もあってどうにか二人はまだ会話する余裕もあった。
「あなたのせいではないわ。私もグーイの報告で安心しきっていたのだから。全ては私の油断…。」
苦笑しながら言うセーナの元にようやく乱戦を潜り抜けてきたミキの使者が着いた。
「魔導砲のおかげで後方は制圧できましたのでぜひ撤退を!」
「ふふ、撤退できればもうしてるわよ。」
自嘲気味に言うセーナは的確に情勢を理解していた。ここまで乱戦になってしまうと組織だった抵抗をするのは難しく、今のアルバトロスの状況は辛うじてまとまって戦っているに過ぎない。そんな状況で無理に撤退に入れば、せっかく噛み合っていた鎖が解けかねない。今、セーナに出来るのはこの防衛線を死守して、援軍が敵を撃破するか、セーナへの圧力を緩めさせるのを待つしかないのだ。

 そして今、セーナを待つMPを掻き分けて、凄まじい勢いを持ってシアルフィ軍に突撃する部隊があった。カイン率いるグリューゲル最精鋭部隊の到着である。カイン隊は鋭い錐のごとくシアルフィ軍を突き進み、当たるを幸いに敵勢を蹴散らしていく。特に死を覚悟しているカインの活躍は凄まじいという言葉では示せない凄絶さで、シアルフィ軍を吹き飛ばしていく。これにはさすがのシアルフィ軍も引かざるを得ず、まとまって退いていくが、これが不味かった。まとまっていた部隊、目掛けてミキ率いるMPが再び魔導砲を放ち、それらの部隊に文字通り打ち込んでいく。
 そうなれば自然とセーナへの圧力は弱くなる。それを直感で悟ったセーナは一気に采配を一閃させ、一気に突撃を命じる。今までの防戦で貯まりにたまったものをアルバトロスは一方向に向けて解き放ち、怒涛の勢いを持ってシアルフィ軍にぶつかった。カイン隊の決死の突撃でひるんでいたシアルフィ軍はたまらずに四散していくも、まだセーナを討ち取ると言う殊勲を得るべく奮闘するものも少なくない。やがてカイン隊と、セーナ率いるアルバトロスがついに合流を果たして、辺りを一当たりしたカイン隊を殿にしてようやく撤退に移る。そして隊列こそ崩れながらもシアルフィ軍も追撃に入るが、すぐに息を飲む光景に思わず足を止めた。そこにはトランジックブレイブを構えたカインが凄まじい形相でシアルフィ軍を睨みつけていたのだ。精強で知られるシアルフィ軍の兵士たちもこのカインの殺気の前にあと一歩を踏み出すことができずに、ただ呆然とこの修羅を見つめることしかできなかった。

 フリージの奇襲戦はセーナが兄を甘く見たことで生涯初の大敗を喫した。幸いにしてセーナを思いし者たちのために九死に一生を得た。だがその代償はやはり高くついた。セーナ築きし精鋭の一つガーディアンフォースはこの一戦でほぼ壊滅し、もう一つの精鋭アルバトロスも大きく傷つき、その隊長レイサスも深手を負って明日をも知れぬ体になってしまった。ヴェスティアに退却後、ミキの懸命なる看護で命こそ取り留めたものの、彼は戦線復帰という夢はついに叶わずグレンと共に知でヴェスティアを支えることになった。そして何よりもセーナにとって痛手だったのがやはりカインであった・・・。
 あの戦いからカインは無事にヴェスティアに帰還したものの、その城門をくぐった時に意識を失って落馬したのだ。ちょうど途中から迎えに来ていたセーナとミカによって宮殿内に運び込まれ、懸命な治療が施された。もちろんグリューゲル村からマリーナも駆けつけて、今まで服用していた薬を与えるも激戦を経ている体はもはや効用を示さずにいる。だが3日後にはようやく意識を取り戻したカインはセーナを呼んだ。いつものようにすぐ傍にはマリーナが心配そうにカインを見つめており、それを見つけたセーナは心を痛めた。
(私が軽挙に及ばなければ、二人はもう少し長くいられたはずなのに・・・)
そんな心中を察したのか、カインが明るくセーナを脇に呼び寄せた。
「セーナ様、まずは互いの生還を祝しましょうではないですか。」
カインの口ぶりからしてもあの戦はナディアとシグルドが本気でセーナを討ち取るために仕組んだものだということが伝わる。そこから生還できたのはここで横になっている勇者のおかげである。
「あなたがいなければ、私はフリージで死んでいたところだったわ。」
そういいながら、自分の手で首を掻き切る仕草をした。それにはカインも苦笑するしかなかった。若干、しんみりとしたところでふとセーナがつぶやいた。
「カイン、あなたは私のお父さんなんでしょ?」
それにカインは笑みをたたえるのみで否定も肯定もしない。
「あれから様子がおかしかったミカを問い詰めたら、そう言ってたわ。」
「リーベリアに行っていた頃から薄々と気づいていたようにも思いましたが。」
「ふふ、カインにおいては私も敵わないわね。」
ふぅと息をつき、カインは呼吸を整えた。この瞬間からカインは20年ぶりにクレスへと戻った。
「私は幸せだった。一度は死んだ人間だと思っていたのに、こんなにかわいい娘のために戦えたのだからな。」
「カイン・・・。」
涙をうるませているセーナを見ると、ついカインは説教がましくなってしまった。
「お前は十分花も実もある人間だが、まだどこか軽すぎる印象がある。人の上に立つ以上は他人の言にも耳を傾けねばならないぞ。」
まさかカインからこのような小言が聞けるとは思わず、涙を拭いながらもセーナは苦笑を浮かべる。
「ふふ、そんな小言が聞けたけど、これを聞くのも5年ぶりになるのね。」
だがカインもここまで喋るのが限界のようで呼吸を激しく乱れている。
「無理しないで。私もやらなければならないことがあるから、これで行くわね。おやすみなさい。」
セーナはそう言いながら名残惜しそうにカインの病室を後にした。残ったカインはどこか寂しそうにしていたが、マリーナに促されて再び眠りについた。
 その翌日、カインは天上に召されていった。それは今まで激動の時代を生きてきたカインとは思えないほど安らかなものだった。その場に立ち会ったのはマリーナとセーナ、ミカ、そしてアベルとボルスの5人だけだったが、カインはその一人一人に最後の言葉をかけていった。そしてセーナに遺言状を託した瞬間、その魂は昇華していったのだ。グリューゲルの中でも伝説の勇者として誰からも敬われたカインと、時の宰相として位人臣を極めながらも時代に翻弄されたクレスのどこまでも穏やかな死だった。

その遺言状の最後にはこう書かれていた。
『セーナよ、世界をあまねく照らす優しき光となれ。』

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 21:38