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 「まさかガルダ島にこれだけのリーベリアの軍勢がユグドラルを目指すことになるとは・・・。」
ガルダ島南山から山麓に布陣しているユトナ同盟軍を眺めていた竜がつぶやいた。セーナと共にリーベリアで戦ったこともある、ガルダの守護竜フォースドラゴンが南山にたたずんでいたのだ。
「私の役目ももう終わったようだな。」
彼の言う役目は不埒なものからリーベリアを守ることであった。そのために人の歴史に幾度となく姿を現してきては、このガルダの地にてリーベリアの将来を案じていたのだ。後進大陸リーベリアもすでにユグドラルに兵を向けるだけの余裕が出来、十分に世界に通用する地力を手にいれていた。そう感じると嬉しくもあり寂しくもあるフォースドラゴンであった。

 セーナを飛翔させた地・ガルダ島は今や武器鍛冶なしでは語ることができず、周辺のガルダ諸島からは原料、材料を満載した船が後を立たず、鍛冶屋の煙突からは耐えることなく威勢のよい煙が上がっている。すでに市街地は島の中心まで伸び始め、島の活況が窺える。
 ガルダ島北山麓と南山麓の間に10万近い大軍勢がひしめいていた。最初はこの島を警備するガーディアンフォース分隊が訪れてくる軍勢に応対していたが、10万近い大軍が集まるとさすがに雑然としてきた。しかしここにはリーベリア中の勇者が集っている。彼らの怒号がしばらく間、飛び交っていたが、ようやく大軍は静けさを取り戻していた。
「ふぅ、ようやく落ち着いたようだ。」
リーヴェ軍を巡察していたリュナンが一人の少女を連れて、北山中腹に設置された本陣に戻ってきた。すると申し訳なさそうに少女が言う。
「お見苦しいところを見せて申し訳ありませんでした。」
この少女の名はカリナ。ガーディアンフォース分隊を若くして任されている身で、このガルダ出身であった。ガルダ聖戦直前にミーシャによって見出され、それからは数々の戦を経て5千の兵を任せられるに至っている。こういった雑事作業もこなしてきたつもりだが、いざ一人でやるとなると勝手が違うようで小なりと言えども混乱を招いたことを詫びているのだ。しかしリュナンは気にする風もなく、
「一人でこれだけやれただけでも自信を持つべきさ。」
5年経ってもリュナンはその明るさは変わっていなかった。しかしそんな穏やかな顔にもいままでの経験から得られた風格も加えられていて、一代の英雄へと変貌しつつあった。
 これに少し遅れて、不機嫌な顔をしているセネト・ヴェーヌ夫妻が本陣に戻ってきた。この大軍のもう一人の主役の登場にカリナは一層背筋を伸ばす。
「セネト、そんな顔をしてどうした?」
すでにリュナンとセネトは親友とも呼べる仲になっているので、わざわざ敬称などはつけない。リュナンの問いにセネトはムスッとしたまま一向に応えないので、苦笑しながらヴェーヌが代弁する。
「私がユグドラルに付いて行くと言ったきりこうなんですよ。」
ヴェーヌはつい一ヶ月前に長女ミストを産んだばかりで、セネトは彼女の体調を心配して反対しているのだ。実際に1年前に長男セイヤを産んでいるサリアのサーシャも今回の出兵を見送っているのだからセネトの言うことも分かる。そう理を尽くして説こうとするも、
「サーシャ様がおられないのに、誰が天馬騎士団を率いるのですか?」
の一点張りでヴェーヌもなかなか譲らないのだ。この援軍にはヴェーヌの妹マーテルもフラウも参戦しており、長姉として譲れないものがあるのだろう。そしてその心中を知ってつい了承を出してしまった自分に腹を立てているらしい。ついでにこの二人の子供たちはカナンに残ったシルヴァに任せていて、その点についてはセネトは心配していないようだ。しばらくしてセネトの妹ネイファも入ってきた。まだあどけなさの残っていた5年前の大戦を経た彼女は今や立派なカナン王女として日々を送っているが、そんな彼女もセネトの悩みの種になっている。ネイファに一向に結婚する気がないのだ。妻と共に妹思いでも知られるセネトに安息の日々は果たしてやってくるのだろうか。

 山麓にある将の詰め所にも各国の将が集まっている。リーヴェ軍を率いてきたナロンはクライスを従えて、詰所に入っていくと、そこにはナロンの実父ゼノンがいた。
「父上・・・。」
その言葉にゼノンが振り向く。実は大戦を経ても二人は一度も会っておらず、今回のユグドラル支援で初めて同陣することになったのだ。ナロンの姿を見て、ゼノンの顔にも笑みが浮かぶ。
「おうおう、腕に抱いていた赤子が黄金の獅子になって帰ってきたか。」
さすがに赤ん坊の頃から会っていないといえ、ゼノンもその面影をしっかり覚えていた。それぞれの国でそれぞれの勇名を聞きながら、再会を待ち望んでいた親子はついにこのガルダの地で邂逅を果たしたのだ。他にも将がいたが、親子は熱く抱き合った。親子の勇者の再会に言葉はもはや必要なかった。
 感動の再会を終えて、落ち着いた頃になると、その機を見計らったかのように他の諸将も詰所によってきた。サリアから天馬騎士団を引き連れてきたマーテルやフラウも汗を浮かべながら入ってきて、それを追うようにカナン黒騎士団の一部を率いてきたサンや、レダから長躯駆けつけてきたレダ三姉妹のライラとセーラも入ってきて男だらけだった詰所に華を添える。他にもカナン竜騎士団を率いてきたシオンとラフィンも到着して、豪華な面々が揃いつつあった。
 やがて黄金の鎧に身を固めた騎士が詰所に入ってきた。レダ傘下の西部諸侯連合をまとめるノール5世だ。もともとレダ自体は援軍の要請こそなかったが、ユグドラルの情報を知ることも大事だと考えたリチャードが名代として寄越したのだ。もちろんその傍らには5年前にすでにユグドラルに行ったことのあるアジャスや、近年結婚してノールの妻になったリーラも付いてきている。
「皆様、まだまだ全軍が集結するまで時間がかかりますので、ぜひとも中腹の本陣まで足を運んで欲しいというリュナン様からのお知らせです。」
本当ならカリナがこういう役目をすべきなのだが、彼女はまだまだ集結する軍勢を歓迎しなければならず対応ができない。そこで手持ち無沙汰にしていたということでノールが請け負ったという事情があったのだ。
 本陣へ向かう北山の山道を諸将が登っていくと、どうやらここに集結する最後の軍とも言えるサリア・ウエルト連合騎士団がこちらに向かっていることが望まれた。ふとノールたちはその中に己と似た黄金色に輝く鎧を着ている騎士に気づいた。
「はて、サリアかウエルトに黄金騎士はいただろうか?」
首を傾げ、辺りを見回すとしっかりとナロンとゼノンもいる。不思議そうに山麓の軍勢を眺めていたノールにサリア出身のフラウが応えた。
「ノール様、あちらはサリアのリョウ様です。お名前だけは聞いたことはあると思いますが。」
そう聞いてノールは納得した。もともと西部諸侯連合はサリアの隣国であるためにそれなりに情報が入ってくるし、一緒に魔獣や野盗たちを追討したこともあった。
「おお、あのリョウか。ついに黄金騎士に任じられたのだな。」
サリアがリーヴェ傘下に入り、レオンハート死後にサーシャがサリア入りしてからは人材不足を補うためにサーシャの夫トウヤが率いていたブルーバーズが保護していた戦争孤児の中で素質あるものを積極的に実戦に使っていった。その一人が今話題にあがったリョウである。彼はリーヴェや西部諸侯連合の支援の下で行われたサリア完全統一戦で初陣を飾り、歴戦のノールをも舌を巻く働きをしていたのだ。その後もサリア各地で魔獣相手に奮戦していってはついにフラウやリィナら先輩諸将らからも認められるようになり、半年前トウヤ・サーシャ夫妻によって黄金騎士に任命され、今回の出征が黄金騎士としては最初の戦いになる予定であった。つまりリーヴェのナロン、カナンのゼノン、レダのノール、サリアのリョウ、聖四王国の黄金騎士がついにこのガルダの地に集ったのだ。

 本陣に詰所にいた諸将も集まり、後続のサリア・ウエルトの諸将が集まるまでは雑談に興じている。リュナンは近年バージェ公国を再興させたラフィンを見つけてはそのときの苦労話をせがみ、セネトはまたまたヴェーヌと何やら言い合っているのが見える。クライスはリィナの傍でひそひそしていたアーキスを見つけてはからかい始め、リィナも兄に日ごろの愚痴を連ねるばかり。アーキスの姿が十分小さくなった頃、ようやく軍勢を山麓にとどめたサリア・ウエルトの諸将がカリナの案内で本陣に昇ってきた。最初に入ってきたのは先ほどノールたちが見つけた黄金騎士リョウだった。一同が揃っているのを確認したリョウは爽やかな笑みで
「遅くなって申し訳ありません。」
と謝罪して、他の諸将らと下座を占めようとしたが、すぐにリュナンが呼び寄せる。
「リョウよ、もう少し近くに座らないのか?」
リーヴェ傘下とはいえ黄金騎士リョウの存在はすでに諸将に認められつつある。十分リュナンに近いところに座る資格は有していたのだが、
「とんでもありません。ここにおられるお歴々の方々を差し置いては失礼にあたります。」
この謙虚な姿勢にリョウをよく知らないカナン諸将の頬も緩む。しかし譲ってばかりでは埒が明かないのでウエルト軍を指揮してきたロジャーの勧めに従って、リュナンにほど近い場所に座を占めることになった。
 ようやく全将兵が集ったので大連合軍最初の軍議が始まった。事前の打ち合わせでリュナンがこの連合軍の総大将に、セネトが副将、軍師にノールはついていることが決まっていたのでリュナンが口火を切った。
「皆様方、まずはガルダへの到着、お疲れ様でした。この時点で実は一定の目的を果たしていますが、これからどうされるか意見をお願いしたい。」
リーヴェ国王として、この軍の総大将としてリュナンはすっかり貫禄を身につけつつあった。もともと直臣だったクライスやアーキス、リィナなどはその成長を誇らしげに見ており、一時はリュナンと一騎討ちしたこともあるウエルトの聖騎士ロジャーに至っては若干驚いている表情が見て取れたほどだ。
 ついでにリュナンの言う一定の目的とは、ガルダに大軍を集結させてアグストリアにあるエルトシャン2世を牽制させることである。さる事情で10万ほどしか集められなかったが、一騎当千の勇者ばかりが集ったユトナ同盟軍の動静を知ったエルトシャンは見事に身動きを封じられている。そう言った意味で先ほどリュナンは「一定の目的を果たしている」と言ったのだ。
 リュナンの言葉にすかさずゼノンが反問した。
「恐れながら、これだけの素晴らしい面々がいて対岸の火事を黙ってみているのは愚の骨頂です。すかさずユグドラルの不埒なものどもを追討すべき。」
息巻く発言に、ナロン、シオンらが頷く。これだけの面々が揃えばそう思うのも無理はないだろう。しかしそれを諌めるものもいる。
「しかしユグドラルは我らの想像を遥かに超えた規模の戦が繰り広げられていると聞く。あのセーナ皇后ですら手を焼いているのだから、危険極まりないのでは。」
リーベリアでのセーナ評は5年経った今でも揺るぎはない。だからこそあっさりとフリージの奇襲戦にかかってしまったことに動揺を隠せない者が多い。それを懸念したのは今回の大援軍の軍師に任命されたノールである。これにリョウやクライスも同意している。軍議は全く二分された状態でしばらく討論が続いた。リュナンとセネトは立場上、己の意見は出さないが、先の大戦でのセーナの恩を返すのはこの時しかないと思っているので腹は決まっている。次第に議論が下火になってきて諸将の目がリュナンたちに向く。
「皆様方の意見はわかりました。やはりここに留まるのと、ユグドラルに渡るのと二分されているようなので私が断を下そうと思います。」
黙考するふりをして、リュナンが目を閉じる。このあたりの機微は自身で身につけたものである。ついでにアグストリアの牽制を要請されているリュナンたちだったが、セーナからは「ユグドラルに来られるなら陣所を用意しておきます。」とも伝えられてもいるのでユグドラルに行く名分は十分に立っている。やがておもむろに目を開いてリュナンが宣言する。
「我々は5年前の恩義を忘れるわけにいかない。よってその恩を一分でも返すためにユグドラルに向かおう!」
『恩義』という言葉を用いられれば慎重派の将も頷かざるを得ない。リュナンの一声で軍議が決したが、まだ懸念はある。それをノールが指摘する。
「しかし船はどうします?ここに集結するだけでも色々と不便がありましたが。」
そう、それこそが10万という数に絞った原因である。今のリーベリア諸国の底力からすれば100万は出せたはずなのだが、ガルダには10万ほどしか集結していない。ひとえにそれだけの兵を輸送するための船が足りないのだ。だがリュナンは事もなげに言う。
「ガルダに集結する際には、特にリョウらサリア・ウエルト騎士団にはご迷惑をかけて申し訳なかったが、ユグドラルを渡る際には不安は無用。我らが5年かけてつくりあげたリーヴェ水軍がまもなくこちらに到着予定になってます。」
おお、という声が一部で漏れる。すでにリーベリアの大戦が終わってからリーヴェ水軍の創設は始まっていた。その旗艦アクロポリスはいち早く進水してユグドラルに向かっていたリュナンたちを迎えに行った実績もある。再建したリーヴェの財力を投入して創られたリーヴェ水軍は輸送と戦闘を別個に考案され、すでに1000隻の輸送船、500隻の戦闘艦がこちらに向かっていたのだ。
 ちょうど折りよくリーヴェの使い番が本陣に駆け寄ってきた。
「アトロム提督より伝令。リーヴェ水軍、まもなくガルダ軍港に到着予定です。」
余りのタイミングの良さにはリュナンも驚いたが、すぐに喜色を示して使い番を労った。
「これからユグドラルの水軍と雌雄を決するために私は明日、ここを発つつもりです。皆様方はもうしばらくゆるりとお休みになられるといいでしょう。」
この一言で軍議は終わった。この後、諸将が行ったことといえば、北山に昇ってリーヴェ水軍を見ることだった。過去に2500艘という途方もない数のユグドラル水軍を相手に痛い目にあったことのあるシオンはさすがに平静でいたが、他の海に詳しい者たちはその威容に腰を抜かすばかりだった。

 その夜、リュナンはウエルトの戦いから戦ってきた戦友たちとささやかな宴を共にした。招かれたのはリーヴェからナロン、クライス、アーキス、リィナが、ウエルトからはロジャー・メル夫婦の他に、エステルやケイトもそうで、もちろんエステルの義兄ラフィンもシャロンと共に呼ばれている。もう一人の主人公サーシャがいないので若干寂しさもあるが、そこは新参ながら呼ばれたリョウが懸命に盛り上げた。またリュナンも悪乗りして
「ロジャー、久しぶりに一騎討ちしないか?」
と訪ねる始末。さすがにロジャーも頭を掻きながら
「お戯れを・・・。6年前ならともかく、今やられれば十の十負けますよ。」
聖騎士の弱気に周りは苦笑を隠せない。この宴は明日の出陣のためにリュナンが早めに抜けたが、それからも宴は続けられナロンとリョウが剣の舞を披露するなどなかなか盛況を博したらしい。

 三日月が空に浮かぶ中、ここガルダも天に負けない位に将星が輝いていた。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 22:00