「ここまで来た・・・。」
昨夜の宴を早めに切り上げたリュナンはナロンとカナン王女ネイファらと共に彼方に見えるユグドラル最強の水軍クロスマリーナと対峙している。そのつぶやきが聞こえたのか、日によく焼けた青年剣士が上ってきた。
「ざっと見て700艘はいるようです。やはり輸送艦も連れてきたほうが良かったのでは。」
対するこちらの水軍は500艘。戦闘能力のない輸送艦は未だにガルダで出航の時を待っていたのだが、それだけで1000艘ある。その青年は威圧だけでもと思っていたようだ。
「アトロム、敵は百戦錬磨の水軍だ。そのような小手先のすべが利くと思っていないのは君だろう。」
そう言われた青年アトロムは苦笑するしかなかった。
5年前の大戦後、ホームズの言われるままにグラナダに向かったアトロムに人生の一大転機が訪れた。もともと身寄りの少ないアトロムだったのだが、そのグラナダに行ってそこをまとめる英雄ヴァルスがアトロムの父親であることがわかったのだ。その後、ホームズ同様に強引なヴァルスのされるがままにグラナダの領主へとなりあがり、やがてリュナンの意を受けてリーヴェ水軍の創造を命じられることになった。リーベリアには全く水軍がないわけではなかったが、ユグドラルのものに比べれば大人と子供の差があった。この差を埋めるべく、アトロムは奮闘した。リュナンに好意的なリーヴェ貴族からも資金援助を受け、父ヴァルスもかなりの海の知識は持っていたので当初は順調に進んだ。その成果が今リュナンたちの乗っているリーヴェ水軍旗艦アクロポリスである。リーヴェ水軍の技術の粋を結集した船であるのは言うまでもなく、5年前にユグドラルに姿を現したときとは一回り大きくなっていた。5年もの月日をかけてリーヴェ水軍をリーベリア屈指の水軍に仕立てあげたアトロムは提督の地位に就任して、陸のナロン、海のアトロムと双璧を成すようになった。
対するクロスマリーナの旗艦にはアグストリア国王エルトシャン2世が座乗していた。傍らには15年にわたってクロスマリーナをまとめてきた隻眼の男ラムセスがいた。もとはアグストリア北部のマディノ出身だが、エルトの父アレスに見出されてユグドラル最強の水軍を0から作り上げた海の男である。海の上ではおそらく世界でも並ぶものはいないとエルトに豪語させた男だ。言うまでもなく信頼も厚い。
「リーベリアの衆が水軍を作ったらしいが、俺たちはその5年で更なる増強を果たした。返り討ちにしてやる。」
息巻くラムセスだが、そう大きく出るのも無理はない。クロスマリーナには一つの切り札が搭載されている。
「鍵は相手の切り札を封じた直後だ。」
そういうリュナンにアトロムは頷く。リュナンたちにはクロスマリーナの切り札が分かっている。だからこそそれを防ぐ手立てはあった。傍らで海を眺めていたネイファが振り向き、しっかりとした表情で彼女も頷く。そう、彼女こそがこの海戦での真の勝機を握っていることになる。
「おや、どうやら敵方が動き始めたようです。リュナン様たちは奥に下がっていてください。」
言うアトロムだが、リュナンたちは下がろうとはしない。一同の言葉を代表してナロンが
「心配無用です。万が一の場合は私がお二方の盾になる。」
リーヴェ最強の黄金騎士にそう言われるとアトロムも返す言葉がない。
まもなく歴史の大きな転機となる大海戦が始まる。
先手を取ったのは攻められる側のクロスマリーナである。数にものを言わせて包囲殲滅する戦法らしく、鶴が翼を閉じるように圧殺してきた。対するリーヴェ水軍は包まれないように袋の中で暴れ捲くる。さすがによく訓練されていて機動力は重厚な船の多いクロスマリーナを凌駕しつつあった。クロスマリーナを掻き乱している様子に満足してアトロムが指示を出す。
「アボルタージュ!!」
さっきまでの大人しかったアトロムが嘘のような大声に一瞬、ネイファがビクッとした。しかし海の男たちはアトロムの怒声を聞き取り、その通りに動き始めていた。アボルタージュとは接舷攻撃を指す。つまり敵艦に乗り移って斬り込むという当時の海戦としては常套の戦法であった。すでに一部の船はクロスマリーナに接舷して、斬り込みをかけているところもあった。
「古い海戦だな。」
斬り込まれて乗っ取られた船が出てきたのにも関わらずラムセスは余裕綽々だった。すでにクロスマリーナの戦術は先を行っていた。
「磨り潰せっ!」
その命が下るや否や、クロスマリーナの船が急速前進を始めた。重厚な船体をいいことに体当たりしてリーヴェ水軍を海の藻屑にしようというのがクロスマリーナの狙いだった。しかしそう易々とかかるわけにはいかない。船速ではリーヴェ水軍に利があるのだ。スレスレになりながらも正面衝突を避けたリーヴェ水軍の船はそのまま横付けして斬り込みをかける。しかし一部の船は舵が間に合わずに壮烈な音をあげて沈没していくが、すぐに近くの味方船が駆けつけて救助にあたっていく。戦況は膠着状態に陥りつつあった。
「俄か作りの水軍の割にはやるな。若、打って出ますぞ。」
そう言って主君のエルトシャンに決断を促すも、彼はそっけない。
「海のことはお前に任せていると何度も言ってるだろうに。一々、言わなくても構わん。」
傍から聞けば、二人に諍いになってもおかしくない棘のある会話なのだが、ラムセスが豪快に笑って言う。
「おう、それは失礼した。許されよ。」
するとエルトが笑みを返す。気にするな、と言いたげな良い笑みだ。ついにクロスマリーナ旗艦が動き出す。
ただでさえ重厚なクロスマリーナの船だが、その旗艦となると桁違いの大きさとなる。それが動き出したとなれば、敵味方双方にすぐに伝わる。功を逸る一部のリーヴェ水軍がシャチの群れのごとく襲い掛かるが、想像以上に船速のあるクロスマリーナの旗艦はそういったシャチの大群を踏み潰しながらアクロポリスへの距離を縮めていく。
「あと少しだ。後ろのお嬢ちゃんたちに準備させておけ!」
この頃の海戦は指揮艦を潰すのが勝利への近道である。ラムセスは一気に勝負を終わらせようとして仕掛けたのだ。
「来るぞ。ネイファ、準備を頼む。」
海戦が分からないのはリュナンも同じだが、勘の強さは言うまでもない。敵旗艦の接近で一気に海戦が佳境に入ってきたことをリュナンは慣れない海の上で察したのだ。すぐにネイファが懐から懐かしい魔道書を取り出して、詠唱を始める。
「魔導砲、撃てぇ!」
ラムセスの怒号と共に切り札・魔導砲が咆哮した。これは3年前の大戦後にセーナからエルトシャン2世に送られた2門のうちの1つで、もう1門はアグスティー城に据えつけられていた。アグストリアのシスターたちの凝縮された魔弾がアクロポリスに襲い掛かり勝負が決すると思われた瞬間、アクロポリスを柔らかい風が包み込んだ。
『ウォーミンウインド!』
柔らかい風は魔弾を包み込み、そして打ち消した。さすがに暗黒竜随一の破壊力を持つガーゼルのブレスを打ち消す威力は伊達ではなく、セーナが発明した破壊兵器ですら歯が立たないのだ。ネイファの聖魔法に舌を巻きながらも、すぐにアトロムは采配を一閃させた。
「総攻撃だ!!敵が動揺しているうちに攻めかかれ!」
アトロムの言っていることは事実だった。クロスマリーナの切り札がかくもあっさりと封じられたことに周りの船は動揺を受けて、ただでさえ鈍いクロスマリーナの軍船の動きが更に遅くなっていたのだ。ここを先途と突撃を始めるリーヴェ水軍は、果敢に船体攻撃を繰り出しては重厚な船でも隠し切れない弱点を的確に突き、浸水させていく。他の船は呆気に取られる敵船に乗り込んで船自体を制圧するものまで現われた。明らかにリーヴェ水軍がクロスマリーナを押し始めた
(行けるっ!)
リュナンもアトロムもそう思い始めた。しかし彼らの視野の隅で恐るべき事態が起ころうとしていた。
圧倒的不利な立場にも関わらず、ラムセスとエルトシャンはけろりとしている。
「やはり若の慧眼には恐れ入る。」
味方の切り札がこうも打ち砕かれたにも関わらず、ラムセスがエルトを褒め称えた。だがエルトは頬を緩めずに冷酷な一言を言い放つ。
「褒める暇があれば、さっさとトドメを刺したらどうだ。ガルダのものたちが帰れなくなるぞ。」
相変わらず遠慮ない棘のある言葉を使うエルトだが、ある意味ではこれがエルトの素とも言える。ラムセスは禿げた頭に手を当てて、苦笑しながら合図を送った。
「そうでしたな。ユグドラルに手加減という文字がないということを西蛮ずれに思い知らせてやりましょうぞ。」
西蛮というのはリーベリアの蔑称である。リュナンやセネトが聞けば激怒するであろうが、エルトはその言葉を聞いても何の感慨もないのだろうか。真の切り札が来るであろう後方を見つめていた。
クロスマリーナの輸送船群が来たのはその直後であった。戦場となっている海域の北と南に二筋の船団が乱入してきたのだ。輸送船には船首と船尾に巨大な杭が打たれてそれを頑丈な鎖で繋がれた、世界でも類を見ない謎の船団と言えよう。そしてそれに乗っている水兵たちが驚くべき行動に出た。己の命にも等しい船に火を放ったのだ。火薬や枯れ草が詰められていたのか、輸送船団は瞬く間に燃え上がり、火を放った水兵たちは小型船に乗り移って輸送船団から逃げていく。驚いたのはやはりリーヴェ水軍の者たちだった。機動力にモノを言わせて、自由自在に動き回っていたところに巨大な炎の壁が立ちはだかったのだ。ある船は包囲を打ち破ろうと果敢に輸送船団に突撃するも、輸送船も重厚な造りになっているために突っ込んだリーヴェ水軍の方が打撃を受けることに。これで戦況は一変した。唯一の長所とも言える機動力をこの奇策で封じられたことで、圧倒的な戦力を誇るクロスマリーナが絶対的有利になったのだ。そして機運を捉えてエルトが叫ぶ。
「ここを離脱するのは西の方角のみだと思え!敵を踏み潰して、ひたすら突き進むのだ!!」
『骨を断たせて、肉を斬る』これが海戦に及ぶに当たってエルトが練り上げた策の全貌だ。それを知ったクロスマリーナ水兵たちは奮い立った。輸送船の損失はクロスマリーナにとっても痛手だが、リーベリアの俄か水軍に負ける方が彼らにとっては沽券に関わることらしく意気あげて襲い掛かった。
戦線の急速な収束によってリーヴェ水軍はニッチもサッチもいかない状態に陥っていた。下がって大勢を立て直そうとしても、すでにクロスマリーナによって進路を塞がれて、また味方の船がぶつかりあって戦いどころではなかったのだ。しかも先ほどから総攻撃に移っており、リーヴェ水軍が全体的に前掛かりになっていたのも混乱に更なる拍車をかける。それならばと東に抜けようとするもクロスマリーナの中でも巨大な部類に入る戦艦が出口をたむろしているのでアクロポリスでも抜けられるか微妙な状態である。そしてここで魔導砲が再び火を噴いた。アクロポリスへの攻撃が無駄だが、すぐに他の船に狙いを定めたのだ。アクロポリスとすぐ隣で航行していた船に魔弾は吸い込まれ、次の瞬間、轟音と共に船は大きく傾いた。アクロポリスの船員が必死に救助をしているのを尻目にリュナンはあきらめの境地にいた。
「やはり5年では駄目だったか。」
視線をまた遠くに戻すと、衝突と共に船首をへし折られて沈没していく船も続々と現われていく。すぐにアトロムに問う。
「すぐに下がれる船はあるか?」
全体を見回していたアトロムもすでに挽回は不可能だと思っている。
「すぐ後ろにあります。」
後方を振り向けば、先ほどの総攻撃の命令により側面攻撃を行おうと北に船首を向けていたのだ。東から西へ方位を変えるのは無理だが、北から西へは不可ではない。
「よし、アトロム。君はナロンとネイファを連れて、ガルダへ退け!」
驚くべき命令にアトロムが猛烈に食い下がる。
「何を仰せで。リュナン様こそお退きあれ、この敗戦の責は私にあります。」
「お前がおらずして無事にこの海域から抜け出せるとは思うのか?」
アトロムの操船術はリーヴェ水軍随一なのは言うまでもない。彼なくして無事の撤退はあり得ないのだ。リュナンが滔々と説く。
「私が生き残ったとてリーヴェ水軍は再生できない。やはりリーヴェ水軍はお前がいなければ成り立たないのだ。」
そしてリーヴェ水軍さえ再生すればリーベリアはユグドラルから自立を守ることができ、ひいてはリーヴェの安定に繋がる。その大任をすでにアトロムに任せていたのだ。言葉をなくしたアトロムは説得する言葉を失い、うなだれながらもネイファを促して後方の船に移るべく小型船に乗り込んだ。
「ナロン。まさか君も我がままを言うのか?」
そう言うもナロンは微動だにせず、にこにこして言う。
「リュナン様が我侭を仰るのですから、私にも当然我侭言う権利はありますよね。私がいなくなったとて戦のなくなったリーヴェは揺るぎはしませんよ。」
そしてドンと座り込んでしまったのだ。周りに残った水兵が唖然とするが、リュナンはここまでの敗戦になりながらも無邪気な笑みをたたえて言った。
「勝手にしろ。」
一刻を争う場でナロンを説得させる時間はない。そして再び戦場に目を移したが、すぐにその視線がアクロポリスの甲板に戻る。なんと退去したはずのアトロムとネイファがまだいたのだ。アトロムが苦々しい顔をしているのに対して、ネイファはどこかさっぱりした表情をしている。
「なぜ退去しない?」
半分憤ったリュナンだが、ネイファは明るい声音で
「船が行ってしまったんですよ。」
と冗談なのか真面目だかわからない返答をされ、リュナンも空いた口がふさがらなかった。くすりと笑ったネイファの意図を悟ったナロンがリュナンの耳もとでささやく。
「どうやら王女は私と同じ考えらしいですよ。」
リーヴェを支える男たちの覚悟に心を打たれたネイファが必死にアトロムを説得しなおして、留まるように懇願したのだ。海の男アトロムもカナン王女に頼まれては断るわけもいかない。終いには繋がれていた小型船の縄を切り離して、退路を自ら断った。
「物好きだな。」
ボツリとつぶやくリュナンだが、その目はまだ爛々に輝いている。
「物好きな君たちに私が打っておいた最後の策を明かそう。水軍の威信をかけたこの戦にこれだけは使いたくなかったのだが、そうも言ってられないようだ。天上の世界にこれだけ大人数で行かれてもあちらが困るだろうしな。」
冗談をつむぐリュナンはすぐにその秘計を明かそうとしたその時、アクロポリスがガクンと揺れた。アトロムはすぐによろけたネイファを抱きかかえ、リュナンやナロンも壁に手をつけた。その揺れの原因はすぐにわかった。
「敵旗艦、接舷!!」
リーヴェ水軍の船を押しつぶしながらついにクロスマリーナ旗艦がアクロポリスに横付けしてきたのだ。こうなると甲板上の戦いが繰り広げられる。水兵たちがシャムシールやシミターを繰り出して戦うも、ずば抜けた武勇を誇る二人が血飛沫をあげながらリュナンたちがいる矢倉まで迫ってきていた。
「おう、お前らがリーヴェの人間どもか。我が名はクロスマリーナ提督ラムセス。いざ立ち会えい!!」
巨大な斧を振り回すラムセスにナロンが立ち向かった。もう一人、不敵に様子を見ているものがいるが、おそらく彼が再臨した獅子王エルトシャン2世なのだろう。魔剣ミストルティンを持つ彼に立ち向かうのはリュナンしかおらず、ネイファを守っているアトロムは他の雑魚を相手するので手一杯である。だからこそナロンはすぐに斬りかかった。しかしラムセスは見た目とは裏腹に俊敏だった。すぐにかがんだかと思えば、ナロンの懐に入っては斧を振り回す。ガチッとナロンが剣を繰り出して、斧を受け止めるも膂力の面ではラムセスに一日の長がある。すぐにナロンの剣を振り上げては再び斬りかかる。しかしナロンはわずかな動きでそれをかわして、すかさずに反撃に出る。
「貴公がリュナン王か。噂に聞いていたが、さすがにリーベリアの盟主だな。この期に及んで退かない覚悟は認めよう。」
エルトシャン2世が魔剣ミストルティンを鞘から引き抜く。対するリュナンも聖剣ライトブリンガーを構えてエルトに対峙する。
「噂を聞けば、あなたも彼女のことが好きだと聞く。なのに、なぜ彼女に剣を向けるのだ。獅子はそこまで孤独に生きなければないのか?!」
「貴公に言う必要はないが、天上への土産に教えてやる。この挙兵こそがセーナのために、いや世界のために行っていることだ。」
思わず口が滑ったエルトだが、それを誤魔化すかのようにミストルティンを振り下ろした。
「あなたは何を言っている。セーナを泣かすことが、彼女のためなのか?!!」
剣を受け止めながらもリュナンは返す。いつの間にか感情が篭もり、ミストルティンの斬撃を弾き返す。
「貴公に言っても分からないことだ。」
リーベリアの盟主とユグドラルの獅子の戦いはこれからが佳境を迎える。と思われたこの時、外から叫びが聞こえてきた。
『南から天馬騎士団到着。旗はサリア天馬騎士団!!』
この瞬間、ナロンがニヤリと笑って獅子と戦うリュナンを見た。ようやくリュナンの秘計が炸裂したのだ。
燃え上がる輸送船団を飛び越えてサリア天馬騎士団がクロスマリーナに襲い掛かった。精強なる水軍といえども空からの攻撃は脆弱そのものである。弓もアーチも搭載していないクロスマリーナの船は次々と水兵を討たれて、水上で孤立していく。
「まずは旗艦を救うことが先決よ!急ぎなさい。」
指揮を振るう女性も久しぶりの戦で戦意が昂ぶっていながらも、的確な命令を下していく。その天馬騎士こそサリアに残っていると思われていたサリア執政サーシャその人であった。ガルダ出発前にリュナンの秘計を託されたサーシャは夫トウヤを説得して、単身ガルダ列島南部の島に密かに留まり、数日前には更にヴェルダン領内にまで飛んできていたのだ。水軍同士の意地を賭けた海戦という意味合いが強かったためにサーシャのことはアトロムにもナロンにも伏せて、できればリーヴェ水軍で勝てればそれで構わなかったのだが、皮肉にも万が一の場合においた決戦兵力がリュナンたちの命を永らえることになる。
サリア天馬騎士団の襲来を知ったラムセスとエルトシャンはすぐに一騎討ちを切り上げて、旗艦に戻り建て直しを図った。しかしリーベリア最強の天馬騎士団の打ち込みは鋭く、自分たちで戦域を縮小させたことが響いて満足な進退ができない。それでもリーヴェ水軍を突破したクロスマリーナの戦艦は次々と戦域を離脱していき、アグストリアへの撤退に移っていく。だがこの直後、リュナンですら予期せぬ援軍が現われた。
低い法螺の音が響いて、すぐ北面から夥しい数の船が姿を現したのだ。その旗には海賊のものを示すドクロのマークが嫌でも敵味方を威圧する。その正体を悟り、思わずラムセスが呻く。
「おのれ、オーガヒルの賊どもが!!」
ユグドラル最大のオーガヒル海賊の襲来にクロスマリーナは遂に恐慌に陥った。クロスマリーナにとっては憎んでも憎みきれない天敵でその能力の高さは賊とは思えないほどにレベルが高い。何しろ年季が違うのだ。クロスマリーナがリーヴェ水軍を「俄か水軍」と揶揄したが、オーガヒル海賊にとってはどちらも大人と子供の差があると言ってもいい。もともとアグストリア北部を荒らすオーガヒル海賊のためにクロスマリーナが作られたのは想像に難くない。しかし6年前のユグドラル義勇軍を機にセーナ傘下で共に戦っていたこともあるが、元々は相容れない仇敵同士であるのは否めない事実だった。最近はセーナ直属の諜報衆の方が名をあげているが、本業が海賊なのは言うまでもない。桁違いの機動力でクロスマリーナを翻弄しては、勢いを付けたまま戦艦にぶつけてくる。速さと堅さを兼ね備えたオーガヒル海賊船ならではの賊離れした王道の戦振りであった。
「さぁこの際にクロスマリーナに思う存分一泡を吹かせてやれ。」
一際、大きい海賊船の甲板でオーガヒル海賊の頭領フィードが吼えた。諜報衆でばかり活躍していたが、フィードに関しても海戦の方が本業なのは言うまでもないだろう。セーナの願いを受けたとは言え、ことごとくオーガヒルの邪魔をしてきたクロスマリーナを打ち据えることができることに至上の喜びを感じているようだ。
北と南の援軍が決め手となり、クロスマリーナは壊滅した。しかしリーヴェ水軍もアクロポリスが航行不能になるほどの傷を受け、水軍自体も9割以上が海の藻屑になったり無人の船になっている。表向きこそリーヴェ水軍の勝ちになっているが、実質上は痛み分けと言ってもいい位の惨状が繰り広げられていた。アクロポリスの周りにも血の匂いをかぎつけた鮫がウヨウヨしており、まだ海水が赤く淀んでいるところもある。甲板から辺りを見回したネイファはその惨状に心を痛め、己の非力さを痛感しているようだ。アトロムはそんなネイファを見つけてはポンと肩を叩いて言った。
「我々がしなければならないのは海に消えた彼らの分まで生きることです。」
そしてアトロムはこの海戦で散っていった同志たちの死を悼んだ。
しかし獅子の咆哮はまだまだ収まらない。その爪はガルダ島を切り裂こうとしていたのだ・・・。