リュナンたちがハイライン沖で熾烈な海戦を演じている時、ガルダでも予想外の敵襲を受けていた。突如としてガルダ島西部の港に数十艘の船が接岸したかと思えば、瞬く間に謎の軍勢が展開してしまったのだ。リュナンたちだけが敵と戦っていると思っていたセネトはその軍勢を見つけるもそれが遅れてきた援軍だと思い込んでしまい早急な手当てをしなかったこともあり、それがガルダ島を大混乱に陥れることになる。その軍勢はすぐさま戦闘態勢に入るや否や、最も西部に陣していたノール5世率いるレダ連合軍に突撃してきたのだ。誰よりも驚いたのがこの陣で待機していたレダ三姉妹であった。セネトからも何の連絡がなかったので大事ないと気を許したところでの急襲に、精鋭揃いのレダ連合軍も瞬く間に崩れ始める。ここに主将であるノールがいなかったのも原因だが、それを抜きにしてもこの急襲部隊の衝撃力は凄まじいものがあった。その部隊をクロスナイツと言った。グリューゲルと双璧を成す世界にも名だたる最精鋭部隊だった。
「ひたすら攻めよ!ユグドラルの実力を見せ付けるのだ!!」
このクロスナイツの先頭で吼えるのは今、海戦を戦っているエルトシャン2世から采配を任されたクロスナイツの副隊長マックスである。エルトの父アレスの代から家臣が多いクロスマリーナに対して、クロスナイツはエルトを慕う者ばかりで構成されておりマックスはその中の生え抜きである。先の大戦でもこれだけの精鋭に打ち込まれたことのないレダ連合軍はすでに四分五裂し、彼らの標的は敵味方ともにその実力が知られていない黄金騎士リョウがまとめるサリア軍へと向けられた。
ただしレダ軍が打ち破れる頃になるとクロスナイツによる奇襲による効果が薄れてくる。すでにサリア軍はリョウの元に態勢を整えており、クロスナイツの錐をガッシリ受け止めようとしていた。だが世界最強を認める実力を誇るクロスナイツの衝撃力はリョウの想像を遥かに超えていた。一時はクロスナイツの足を止めたかと思ったものの、すぐにマックスは第2陣を繰り出して突っ込んだ。今まで魔物や野盗の類と戦ってきたサリア軍にこれだけの精鋭を受け止めるにはさすがに無理というもので、即座の突破を許さないだけでも健闘と言ってもよかった。サリア軍はクロスナイツによって見事に中央を分断されたものの、その健闘は他のリーベリア勢に反撃の機会を作った。まずはレダ軍から外れていたノール5世率いる部隊が北山から駆け下り、サリア軍の後方からはゼノン率いるカナン軍が、さらに南山からはカナン竜騎士団とサリア天馬騎士団が浮上して襲い掛かる。しかしただ猪突なクロスナイツではない。すぐにマックスは不利な状況になりつつあることを感じたと思いきや、すぐさま馬首を翻して撤退を命じた。第一陣、第二陣が退いて、第三陣がリーベリア勢の追撃を食い止める。見事な分担を見せて易々と敵に隙を与えない。あれよあれよという間にクロスナイツはクロスマリーナの輸送船に乗り込んでは海の彼方に消えていった。竜騎士団と天馬騎士団が追撃しようにも徹底的に守りに入られて遁走されてしまうと手の出しようがなく、何の戦果もあげることができなかった。
レダ連合軍とサリア軍が建て直しを図っている中、帆柱がへし折れボロボロになったリーヴェ水軍の旗艦アクロポリスが他の船に引かれながらガルダ島に戻ってきた。ガルダを出た時にはガルダ沖にまで溢れるくらいの船があったが、今では数十艘がいいところである。すでにサーシャ天馬騎士団の先駆けが戦勝を知らせてくれたからいいものの、これが負け戦だったらガルダは右も左も分からないほどの大混乱に陥っていたことだろう。
やがてアクロポリスがガルダ北部の軍港に接岸した。ブリッジが下ろされて、ようやく緊張の糸が切れたのかホッとため息をつきながら船を下りるリュナンがボソっと呟いた。
「ひどい戦だった・・・。」
リュナンをしてこれほどの激戦をするとは思ってもいなかった。死傷者の多さは南リーヴェ、ノルゼリアのものにこそ劣れども、海戦というカテゴリーに限れば前にも後にも例がないほどの規模のものとなっているのだ。リュナンの疲労困憊の表情を見て、出迎えたセネトはさきほどの奇襲の報告をできずにいる。妹ネイファのことが心配であることもあるのだろう。その思いを読んだリュナンが疲労顔に無理に笑顔を作って応えた。
「ネイファのことなら心配ないさ。今はすっかり疲れて眠っておられるが。」
そう言われた直後、アトロムに担がれてすやすやと寝息を立てているネイファがセネトの目に入り、ようやくセネトも安堵の息をつく。リュナンですら疲労困憊した戦に、ネイファはよく耐えたとリュナンたちは思っていた。それまではセネトを通してネイファのイメージが出来ていたためにリュナンたちは彼女にどうしても華奢なお姫様のイメージを拭い切れずにいたが、さすがにセネトの妹だけあって先の海戦で己の本分を貫き通したことに感銘を受けていた。それは彼女を背負っている海の漢アトロムが最も感じていたことかもしれない。
ハイライン海戦とクロスナイツの奇襲はリーベリア諸侯に動揺を与えた。これだけの勇士が集いながら、ユグドラルに対して一歩も先手を踏めなかったのだ。ハイライン海戦は仕方なし、と見る意見が多かったものの、クロスナイツの奇襲は読もうと思えば十分に対策を講じることができたこともあり、リュナンもセネトもその責を感じていた。だがここでゼノンが消沈する諸侯に活をいれた。
「今日受けた汚名はユグドラルで晴らせばいいではないか!幸いリュナン様の奮闘で海の道は開けているのだ。ここで諸侯らは引き下がる気か!」
これにナロンや、先日穏やかな意見を主張していたノール5世も立ち上がって賛意を示した。ノールは先の奇襲でレダの面目を失しているので、どうしてもその汚名を雪がなければならないと気負っていることもある。しかしもともと積極論者のリュナンやセネトに否やはない。ゼノンの言う通り、海戦に勝利したのでユグドラルへの道は完全に開かれている。そうなれば後は陸での戦いになり、リーベリアの全てを結集したこの軍勢でも十分太刀打ちできると踏んでいるのだ。そこに奇襲による雪辱の念が加われば、さらに攻撃に厚みが出ることだろう。ゼノンの活によって軍議は一決した。いよいよリーベリア勢のユグドラル上陸が始まろうとしている。
3日の休息の後、10万に及ぶ大軍勢がリーヴェ水軍の輸送船に乗り込んだ。兵を満載させた船は沖に出発して、また空の船が軍港にたむろする兵たちを吸い込んではまた沖に出て行く。そんな作業が1日かけて行われ、すでに輸送船団の先鋒はハイライン沖に到着しつつあった。
制海権はセーナ派のオーガヒル海賊が完全に掌握したので渡海は容易に見えるが、まだまだクロスマリーナも輸送船に襲い掛かる実力は持っている。そこでリュナンたちに新たなる味方が現われた。わざわざミレトスから回航してきた武装商船団である。リーヴェやカナンらリーベリア国家との商いを広げようとわざわざ自身の軍船を回してきたのだ。もともとはハイライン海戦に参戦して恩を売ろうと思っていたのだが、ヴェルダンを回航している間に戦が終わってしまい、それゆえに輸送船の護衛を申し出た。旗艦アクロポリスの損傷を始め、リーヴェ水軍の戦艦を数多く失ったリュナンに彼らの申し出は文字通り渡りに船であった。クロスマリーナの妨害も結局はなかったので彼らの出番はなかったが、ミレトス商人からユグドラルの情報を仕入れることも出来た。
だが本番はこれからである。もっとも陸戦でも最も至難な戦いとされる上陸戦がまもなくユグドラルにて始まる。
ハイライン沖に接岸したのはまず50艘。水平線の彼方に後続50艘が続いているが、しばらくの間、この50艘に乗っていた5千人はユグドラルに孤立することになる。これを見逃すほど獅子は甘くはなかった。上陸地点をあらかじめ推測していたエルトシャン2世がついにクロスナイツを直卒してこの孤立した羊たちに襲い掛かった。クロスナイツ3千対リーベリア勢5千、傍目には数の多いリーベリア勢が有利に見えるが、しかしクロスナイツは世界随一の精鋭である。彼らを抑えるのは最低でも数倍の軍勢が必要なのがユグドラルの常識であった。その常識を知らない子羊が獅子に噛み千切られようとしていた。だがリーベリア勢はその獅子の牙をガッチリと受け止めた。リュナンはしっかりとその対策を練り、誰もがうらやむ先鋒をこの地に最初に送り込んでいた。
敵勢をある程度上陸させておいて、その上陸部隊を叩く、これは半渡りの戦法と言って川を挟んでの戦いでは常套手段であった。つまり迎え撃つ側が絶対的に有利であり、さらに大海を挟んでの場合はリーベリア勢は最初から圧倒的不利の立場にいることになる。しかしリュナンは迷わず白昼堂々に上陸を挑んで、リーベリアの意地を示そうとしていた。
クロスナイツの攻勢を受けたのはノール5世を主将、ゼノンを副将にして、その配下にナロン、リョウという各国各地域の黄金騎士たちを纏めた黄金部隊だった。ただわずか5千ということもあって実質はゼノン隊とナロン隊の一部が多数を占めているものの、ノールもリョウも一騎当千のつわものである。背水の陣を布いた黄金部隊はクロスナイツの猛攻を受け止めては、幾度か追い返すほどの勢いを見せた。彼らの奮闘は第二陣の無事な上陸を呼び込んで、ついにノール隊、リョウ隊も完全に整って、クロスナイツと対等に戦えるほどになった。これを知ったエルトシャンは止むを得ず、一旦兵を退かせて未曾有の大軍をぶつけることにした。
ヴェルダンをも併合して得た動員能力のほとんど搾り出した60万にも及ぶアグストリアの大軍がわずか1万の黄金部隊に襲い掛かったのだ。さすがの精鋭も数を頼りに猛攻してくる超大軍に、じりじりと防衛線を下げていく。これにクロスナイツが迂回行動を起こして、側面を襲いかかろうかという時にようやくサリア天馬騎士団がこれを食い止めた。サーシャを主将に、ヴェーヌ、マーテル、フラウ三姉妹を配下にした天馬騎士団は第三陣の輸送船に乗っていたが、精鋭クロスナイツの動きに危惧を抱いたサーシャが即座に飛び出したのだ。
「くっ、またも天馬騎士たちか!!」
ハイライン海戦に続き、この上陸戦でも勝機を奪う絶好の参戦にエルトは血が滲むほどに唇を噛んだ。接近戦の強くない天馬騎士だが、機動力と数に有無を言わせてクロスナイツを翻弄する。もともとこの戦いでリーベリアには決定打は必要ない。全軍を上陸させればいいのだ。精兵揃いの10万が揃えば、辛うじて60万の大軍に抵抗できるはずなのだ。クロスナイツが黄金部隊の側面を突いたとき、リーベリア勢は文字通り崩壊する。それこそ建て直しの利かない大敗を喫するのだ。だからこそサーシャたちは懸命にクロスナイツを食い止めた。だが世界随一の精鋭はそんな白き翼を一枚一枚剥がして行き、その壁を破りつつあった。
「これで終わりだ!!!」
思わずエルトが叫んだ。クロスナイツが怒涛の叫び声をあげて、猛烈な攻撃を仕掛ける。そして白き壁に穴が空いた・・・、その刹那、新たな翼がクロスナイツに襲い掛かる。セネトが直卒するカナン竜騎士団の襲来だ。数も接近戦の戦闘力も天馬騎士団の比にならないモノを持っており、その衝撃にさしものクロスナイツに怯みが見えた。愛竜を奮闘していたサーシャの元に飛ばしたセネトがその労を称えた。
「サーシャ殿、ここからは我にお任せあれ。」
さすがの戦好きのサーシャもクロスナイツの戦いで疲れ果てたと見えて、素直に従った。
「セネト様の采配、ぜひとも拝ませていただきます。」
その言を受け取ったセネトは笑って頷いた。怯みを見せたクロスナイツに猛然と切りかかるセネトに竜騎士団の副将を務めるシオンはリーヴェ王都で散った彼の叔父ジュリアスの姿を見た。瞳を湿らせながらシオンは心の中で天上に叫んだ。
(バルカ様、ジュリアス様!セネト様はもうお二方すら超えられようとしていますぞ!!)
セネト率いるカナン竜騎士団によってクロスナイツは完全撤退を余儀なくされ、側背をさらされたアグストリアの大軍もそれに足並みを揃えるようにして下がっていった。ハイライン海戦、ガルダ奇襲戦で苦渋を飲んだリーベリア勢はようやくユグドラル勢に歴史的勝利を果たしたことになる。
このリュナン・セネトとエルトシャン2世の壮烈な戦いの系譜は後世まで語り継がれることになったのは言うまでもない。