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 ライト率いるシレジア軍の到着と、ラケルがルカを誅してユングヴィ軍を離脱させたことで一気に戦機が熟しつつあった。シグルド2世は母ユリアの死による影響で一週間ほど停戦期間を延長してもよいとセーナに申し入れたが、これ以上、戦を長引かせて無駄な犠牲を増やしたくないセーナはこれを拒絶。自身の手勢も戦闘態勢に入らせて、ヴェスティア宮殿を守るように布陣している各部隊にも戦闘準備を進めるように伝令を送った。
 ヴェスティア決戦における布陣を宮殿の西を反時計回りに説明すると、まず西にエルトシャン2世率いるクロスナイツと、ライト率いるテルシアスとセイラ天馬騎士団が対峙、南にリュナン・セネト率いるユトナ同盟軍はシグルド2世率いるグリューンリッターと向かい合い、また南東にはトラキア軍が布陣して北東に位置するキュアン率いるランスリッターを睨みつけている。未だに宮殿にはセーナ率いるグリューゲルとガーディアンフォースが留まっているが、対してシグルド陣営もまだナディアが南フリージに滞在していた。停戦が破れる条件は、このナディア率いる神速剣士団がヴェスティアに入るか、両者が定めた期限を迎えるかのどちらかであったので、ナディアは戦機をじっと見守っていたのだ。


 そしてセーナが動いた!双龍旗をはためかせて世界に名だたる精鋭グリューゲルがヴェスティアへ向けて南進しつつあるナディアの神速剣士団を迎撃しに向かったのだ。この時点で停戦の盟約は破られることになって、ついにヴェスティア決戦の幕が切られる。
 セーナの動きにつられてキュアン率いるランスリッターも動きを始めた。しかも対峙しているはずのトラキア軍を無視して、セーナの背後を取るべく部隊の向きを反転させている。これには遊軍として宮殿内で周囲の状況を窺っていたミーシャも驚いた。よりにもよって実の兄が主君の背後を脅かそうとしていたことに気付いたミーシャは前日まで兄と戦うことに葛藤を抱いていたのを忘れて、カリナ以下の手勢を引き連れて宮殿を飛び出した。もちろんフィリップも無視されたと知れば、憤ってすぐに突撃してくるはずなのだが、今日は珍しく動きが鈍かった。ヴェルク砦で散ったフィンの遺書を読んだフィリップがようやくキュアンの決死の意図を知って、今までの恨みを押し流して共にトラキアの為に生き抜けないかと懸命に策をこらしていたのだ。心理的にはもうキュアンに対する敵愾心などない。むしろなぜキュアンの苦悩を知ってやれなかったのか、という悔恨の思いも強かった。だからこそフィリップはなかなか槍を向けられずにいたのだが、キュアンが業を煮やしてセーナの背後を突くという奇襲に出たことでフィリップにも決断の時が迫る。傍らにはフィリップと共にフィンの遺書を呼んだフィリスもいる。フィリップは最愛の人を振り向くと、彼女はこくりと頷いた。
(もうあの時には戻れないのか)
フィン、フィリスと共に槍の稽古をしていた頃を懐かしんでフィリップはふっと涙をこぼした。半島統一の野望抱いたフィリップの祖父トラバントと、北と南の連携を狙ったキュアン2世の祖父キュアンが相争った頃から長きに渡って多くの禍根を生んできた戦いに今、最後の楔が打ち込まれる瞬間である。

 セーナの背後を襲おうとしたキュアン率いるランスリッターの鋭鋒はすぐに宮殿を飛び出たミーシャ率いるガーディアンフォースによって遮られた。ただし数的にはランスリッターが圧倒しているために旗色はミーシャの側が不利で、宮殿に押し返されそうになっていた。もともとミーシャが出てくるのは想定内と言わんばかりの迎撃の緻密さに、一時は将来を嘱望されていた名騎士キュアン2世の復活を予感させた。兄の巧みな采配に、妹は手も足も出ない。次第に厳しく槍の稽古をしてくれた兄の顔を思い出して、ミーシャはふと涙した。それに気付いたのかカリナが馬を寄せてきた。
「ミーシャ様、やはり宮殿へ撤退いたしましょう。」
さすがにミーシャに見出されたこともあってカリナは主の思いも知っていた。幸いフィリップ率いるトラキア軍も動き出したので、帰還したところでセーナに危害が加わることはまずなくなるだろう。無理して不利で無情な戦いを強いる必要は今の彼女たちにはなかった。
 だが、ミーシャは今だからという忸怩たる思いもある。今を逃せば、もう兄と会うことは叶わないことを直感で感じていたのだ。それを今、不利な戦いだからといって容易に退けば、もしここに兄がいたら厳しく叱りつけてくるだろうと思い返していた。
「ありがとう、カリナ。でも私は退くわけにはいかない。お兄様に騎士ミーシャとしての姿を見せたいの。」
そう言うミーシャに前日まで濃く見られた迷いは払拭されていた。カリナも従うしかなかった。兄に自身の成長した姿を見せたい、その思いがミーシャを戦場に立たせていた。

 ミーシャ、フィリップ二人が意思を新たにしたことで今まで優位に戦を繰り広げていたランスリッターが一気に窮地に陥った。もともと挟撃されているという不利な条件をミーシャとフィリップの二人の迷いがそれぞれの部隊の鋭鋒を鈍らせていたことでようやく優位に立っていたのである。名将キュアンと言えども精鋭ガーディアンフォース・ドラゴンナイツに挟まれれば、万力に挟まれた胡桃となる。必死に手勢を繰り出して、前後の敵に抵抗するも、挟撃されていながら数でも劣っているランスリッターは次々と名のある将が討たれていった。
 そんな状態で二時間も手勢をまとめていたキュアンの手腕はやはり凄まじかった。しかし既にランスリッターは壊滅し、残った兵たちが辛うじてキュアンのもとに集って戦線を凝縮させていた。すでに攻め寄せるガーディアンフォースもドラゴンナイツも混合しつつあり、フィリップとミーシャはフィリスとカリナにこの戦線の指揮を任せて一気にドラゴンナイツの精鋭中の精鋭を率いて斬り込んでいた。天槍グングニルを駆るフィリップ、そしてミーシャの働きは凄まじく、纏まりつつあったランスリッターもずたずたに切り裂かれていく。
 (キュアン様はどう思われるだろうか?!)
畏敬する祖父を思ってキュアンはふと溜め息をついた。もはやランスリッターは立て直しの利かないほどの大敗を喫しつつある。やがて斬り込んでいたフィリップがついにキュアンを見つけ出して、叫びのもとに鋭い突きを放ってきた。それを聞いてミーシャも駆けつけてきた。フィリップの一突きはキュアンの近侍が命を賭けて受け止め、キュアンがすぐに反撃の突きを放つ。だがその突きも援護に回ったミーシャによって食い止められた。その頬には涙が伝っている。キュアンの一突きで伸びきった槍に、体勢を立て直したフィリップが突き出した更なる槍が交差する。
 その瞬間を、グングニルに貫かれた兄の姿を、ミーシャはその瞳にずっと焼き付けることになる・・・。そしてその言葉も・・・。
「お前たち、トラキアを幸せにしてくれよ。頼んだぞ・・・。」
幼少時に人の醜さを知りながらも、誰よりもトラキアの大地を愛したキュアンは、同じくトラキアをまとめる強さを手に入れたフィリップの槍に果てた・・・。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 22:42