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 ヴェスティア南部戦線、ここはヴェスティア決戦でも大身の兵力がぶつかる天王山と言える激戦になっている。シグルド2 世軍最大兵力であるシアルフィはグリューンリッターの数は2万、対するユトナ同盟軍もセーナ軍最大兵力として10万余りを有しており、総兵力12万は他戦線でも数では圧倒できるほどこの地に集結していた。彼らはただそれぞれの大陸の威信を賭けた戦いをするだけである。
 先に仕掛けたのはシグルドだった。北東でキュアン2世が仕掛けたのを知ったのはリュナンたちが先だったのだが、やはりリーヴェ・サリア、カナン、ウエルト、レダの連合軍であるために動きが鈍重になってしまい、シグルドに先を越されてしまったのだ。だが先手を取られていてもユトナ同盟軍は重厚なる布陣であり、たとえ流れを取られてもそう簡単には負けないだろうと腹を括っていたものも少なくなかった。なにしろ同盟軍の片翼セネトですら5倍にも及ぶ兵力差に楽観視していたほどだからだ。だが彼らは覚えていなければならなかった、すでにユグドラルでは数の有利など5年前に味方のセーナが幾度となく覆したということを。

 果たしてシグルド2世の突撃は苛烈を極めた。第一陣を担われたのはレダ三姉妹のライラ、リーラ、セーラであるが、軍神の圧力は百戦錬磨の彼女たちの想像を遥かに上回っていた。迎撃態勢を整えていたのにも関わらず、前線は押されまくっている。
「何とかしなくては・・。」
焦るライラは傍らに控えるリーラとセーラを見て、頷いた。もはや悩んでいる時はなく、即座に行動を移さねば部隊は壊滅してしまう。三姉妹は揃って馬を駆って、すぐにシグルド2世を見つけることができた。招来の戦乙女3人の到来に、こちらも祖父、両親、妹に似て好色なシグルドも思わず頬を緩めた。が、ここは戦場である。即座にシグルドの油断と取った三姉妹は合体技を解き放った。
『トライアングルブラスト!』
ライラが後方でヘルファイアーを唱え、その炎の気をリーラとセーラが集めて、シグルドに突撃した。かなり距離を詰めていたのでもはや外しようがなかった。
(行けるっ!!)
しかしライラの確信はすぐに恐怖へと変わった。リーラとセーラの斬撃をシグルドのティルフィングが悠々と受け止めていたのだ。
「さすがは三姉妹だな、だがそんなもので私は斬れないぞ。」
そう言うや否や、受け止めたティルフィングに膂力を加えて振り上げた。その力は二人がかりとはいえ女の身では受け切れるものではなく、セーラがバランスを崩して落馬した。すぐにシグルドの部下が彼女にのしかかってきた。
「殺すことはない。捕縛して後方に送っておけ。」
そう命じるとすぐにリーラに向き直るや否や、凄まじい斬撃を繰り出してきた。必死にかわしながらリーラはすぐ後ろにいる姉に叫んだ。
「姉さん、逃げて!リュナン様に支援を!」
リーラの言葉に凍り付いていたライラも我に返った。とても自身たちで太刀打ちできるレベルではなかったライラは己の盾になろうとしているリーラを置いて、後方に下がった。姉としては忸怩たる思いだが、そうするしか彼女は道がなかったのだ。一方、剣に覚えのあるリーラはさすがに幾度もシグルドの斬撃を窮していたが、やがて力尽きてシグルド自身の手で捕縛された。
「次は誰だ?」
軍神の咆哮はもはや止められない。
 シグルド軍の次の標的はサリアの黄金騎士リョウと、彼の経験不足を補うために付けられたウエルトの聖騎士ロジャーであった。しかしもはや勢いは明らかにシグルドのものである。三姉妹の敗退にサリア・ウエルト軍は俄かに浮き足立っている。リョウは単騎駆けにてシグルドと雌雄を決しようとしたが、ロジャーに諌められて守りに専念することにした。それが功を奏したのか、もともとガルダ島にてクロスナイツの奇襲を受けた経験から粘り強さを手に入れていたサリア軍は即座の壊滅は免れて、ライラの必死の懇願で動かしたナロン軍が到着するまで見事に耐え切ることに。

 一方リーラ、セーラの捕縛はリーラの夫であるノールにも伝えられた。軍師として本陣に詰めているために前線に出ていなかったのが仇になったと後悔しきりのノール5世にアジャスが一策献じた。
「後方に下げられているのなら、後方に回ればいいのではないですか。」
確かにシグルドが前がかりになっている以上、後方に兵をさほど置いているはずはない。だが
「セーナ皇后が言っていた例の女騎士が後方で守っていたらどうする?」
女騎士とはシグルドの右腕アリシアである。事前にセーナからシグルド陣営の騎士について情報を得ており、またアリシアが前線に出ていないこともノールはライラから聞き出していた。彼女が後方にいれば、電撃的な作戦となる奇襲策も絵に描いた餅になりかねなかった。だが、
「どうやらこの陣にはいないようです。」
含み笑いをしながらアジャスが言った。何故か?と問うノールに、アジャスは横目で自身の後ろにいる剣士を見た。セーナから与えられた案内役のラティである。大戦勃発時はアカネイアに帰っていたのだが、危急を聞いてリュートに相談してようやく妻ミカのいるヴェスティアに戻ってきたのだ。ついでに三種の神器やアイオテの盾などを持ってきたのはラティである。もう一度、そのラティを横目で見て、小声で言う。
(あの御仁は相当な女好きなのです。多少遠くとも女性がいれば、口笛でも吹いて駆けつけるような人ですが、ご覧のように・・・)
そう、ラティはムスッとしていた。場に合わず不謹慎な話題だが、これにはノールも苦笑せずを得ない。そしてアジャスの迂回奇襲策はリュナンに献じられて、通ることになった。与力にサーシャ率いる天馬騎士団が与えられ、それなりの戦力を持たせることにした。また本隊が少なくなることを懸念したリュナンとセネトは前線を厚くするべくナロンに次いでゼノンの部隊を送り出した。
 サーシャの援軍を得たノールは意気揚々と迂回策を実行した。アジャスとラティも加えて、シグルド軍後方にある陣地に切り込んだが、そこはノールたちの想像した以上に防備が薄かった。怪訝に思いながらもノールは暴れに暴れて、ついには奥で捕虜にされていたリーラとセーラを奪還することに成功した。が、喜びも束の間、上空から戦況を見守っていたサーシャが血相を変えて飛び込んできた。
「急いでこの陣地を脱してください。どうやら陣地丸ごと焼かれるようです。」
視力の非常にいいサーシャは燃えやすい柴木が至る所に積まれていたことに気付いたのだ。ノールたちは慌てて陣地に散らばっている将兵を集めて脱出を図った。と同時に非正規戦の得意なラティとアジャスには伏せている兵を討つように命じた。しかし部隊の立て直しよりも早く、陣内の各所にて火が燃え上がり、各口の出入り口が少数とはいえシグルド軍によって閉鎖されてしまった。しかもシグルド軍後方を突こうとも思ったノールだが、北口はただでさえ細く作られているだけでなく、後方の襲撃を予め予見していたのか、すでにこの口だけは5千を超える兵が待機している。
「仕方がない。戦線にはしばらく参戦できなくなるが、命あっての物種だ。南を突破するぞ!」
妻リーラを取り返しただけあってノールの頭脳は冷静さを取り戻しており、無理に武功を焦って北を突破しても犠牲の方が多くなることを悟ったのだ。こうしてノール軍は辛うじてシグルド軍陣地を突破したものの、その精鋭はついに再び戦場に現われるには至らなかった。
 恐るべきシグルド2世の深謀にノールたちの肝を震え上がった。

 シグルド2世軍の猛攻はリョウの奮戦で辛うじて止められつつあった。やがて本陣からはナロン、ゼノン親子の精鋭が順次送られてきており、ようやく流れはシグルド軍優勢から膠着状態へと移った。ナロンは手勢の指揮をリョウとゼノンに委ねて、単身シグルドの元へ向かった。ついに故カインに【リーベリアの武神】と言わしめたナロンが、セリスやセーナに【ユグドラルの軍神】と称えられたシグルド2世が対峙した。
 「ようやく骨っぽいのが現われたか。」
まずはシグルドの口が先制した。今まで彼が戦ったレダ三姉妹、リョウとてリーベリアでは屈指の騎士であるが、シグルドにとっては物足りなかったことを物語る言葉である。味方への侮辱と感じたナロンは普段温厚な顔を真っ赤にして反駁したが、戦場でカラカラと笑うシグルドに
「そんな絡むな、ケバケバしい鎧で目晦ましのつもりか。」
と、からかわれてナロンは逆上しかけた。しかし、さすがに百戦錬磨のナロンでシグルドの挑発と悟るや、どうにか温厚な顔に戻ることができた。
「ユグドラルの騎士は本当に口が達者ですな。だけど腕では負けません。」
「おうよ、口でも腕でも負ければ、国には帰れないものな。」
シグルドの皮肉で、ついに竜虎相争う壮絶な戦いが始まる。
 先制はナロンである。今まで押されてきた鬱憤を必死に晴らそうとする思いが見える。上段から振りかぶったナロンの斬撃は、しかしシグルドによって簡単に受け止められた。レダ三姉妹の時のように力を込めて振り払おうとするが、さすがにナロンの膂力も凄かった。このまま押し切らんばかりの力のかけようにシグルドも
(さすがにやるな、これだけの騎士がリーベリアにもいるとはな。)
と感嘆しつつある。が、そんな思いを出さずについにナロンの剣を振り払い、間断なく中段から斬りつけて来る。ナロンはその斬りを囮と見て冷静に打ち払うと、案の定、今の斬りを上回る、しかもシグルドの技の一つが放たれた。
『ディヴァインスライサー』
よりにもよってセーナと同じ技である。上段から振り下ろされたティルフィングは、想像以上の重みを持ってナロンに襲い掛かる。必死にナロンも銀の剣を持って受け止めようとしたのだが、驚くべきことにその銀の剣が根元から弾け飛んでしまった。幸いにしてその銀の剣のおかげで軌道が反れて致命傷にはならなかったが、左肩をざっくりと斬られてしまうことに。そしてシグルドは容赦せずに次の技を繰り出す。
『ディヴァインスマッシュ』
仮にもセーナが剣の師として仰いだセリスとグーイはもともとシグルドにも剣の手解きをしていたこともあって、セーナの技は完全にマスターしており、そして見切っている。状態によって上段のスライサー、中段のブレイザー、下段のスマッシュと使い分けも完璧である。軍神の極みがこの剣技に凝縮されていた。そして今、肩を負傷し、得物を失ったナロンに為す術はない。ナロンは顔を俯け、ティルフィングが振り上げられた。
 「うぐっ。」
だが、呻いたのはナロンのものとは思えないやや老いた声であった。ナロンがまさかと思って顔をあげると、そこには夥しい血を流している父ゼノンの姿があった。手勢を指揮しながらも息子の決闘をじっと見守っていたのだ。
「・・・ナロン・・・母さんを・・・頼むぞ。」
そう言ってゼノンは落馬した。すでに意識もなく、息も絶えたようだ。主君セネトのために長年、命を捧げてきた忠臣ゼノンが初めて息子ナロンのために戦い、そして散っていった。
「父上・・・・・・・。」
ナロンは手を合わせて拝むと、すぐにリュナンより授かった十字銀槍を抜いて、シグルドにザッと突き出した。その目は真っ赤になっていた。
「まだやるつもりだな。だが肩を負傷していて、この私をやれるのか。」
「やらなければやられるのみ、それだけだ。」
今、ナロンは父の死を経て、ユグドラルとかリーベリアとか、更には敵味方などの意識は吹き飛んだ。ただシグルドとの決着を着ける。その思いがナロンを修羅にした。
「いい答えだ。いくぞ!!」
そして壮絶なる戦いが再び始まった。


 それはもう10年前にもなろうか。まだ建設されて間もないヴェスティア城でセーナとシグルド2世が剣の手合わせをやっていた。周りから見れば木の棒を振り回しているかわいい戦いなのだが、当時から軍神の名を取ると言われていたシグルド2世と対等にやりあうセーナに感嘆の声があがったのは言うまでもない。やがて決着が着いたのか、セーナが座り込んだ。
「やっぱり兄上は強いわ。」
木の棒とはいえ、シグルドの膂力は半端なく、セーナの足に大きなあざを作っていた。
「お前も大分強くなった。前なら秒殺だったのにな。」
「秒殺じゃなくて、分殺よ。」
頬を膨らまして反論するセーナにシグルドは穏やかに笑った。
 まだセリスの大深謀もなく、ガーゼル、ロプトウスとも無縁な生活を送っていた彼らはその時がもっとも穏やかな日々を送っていたのだろう。ふと別の場所に目を向ければ、ヴェスティア城の訓練場ではカインが兵を叱咤し、バーハラではセリスとユリアが穏やかに談笑している。トラキアではキュアン2世が己を磨き、フィリップが父と共に国のために飛び回り、イザークではシャナンがナディアとクリードと共に国を支えている。シレジアではセティとライトが新王都レヴィングラード建設の打ち合わせをしており、アグストリアではアレスとエルトシャン2世がフィードのオーガヒル海賊とにらみ合う。
 この10年短いようで本当に長かった・・・。


 我に返ったシグルドの胸には深々とナロンの十字銀槍が突き刺さっていた。対するナロンも右腕を抉られている。シグルドは静かに自分の胸に手を当てて、その赤い液体を確認すると愛馬・騎龍から転げ落ちて、大の字になった。そして静かに言った。
「もういい。お前たちは降伏せよ。」
その言葉に、呆然としていたシアルフィ・グリューンリッターの将兵は涙を流しながらそれぞれの得物を放った。それを確認したシグルドは満足気に頷くと、馬上で大きく息をついているナロンに言った。
「貴公の父上まで巻き込むつもりはなかった・・・許してくれといっては・・・都合が良すぎるが・・・これだけは言わせてくれ。」
ここまで言ったあと、一旦息を整えて再び続けた。
「すまなかった・・・。」
不器用ながらも、短い人生を精一杯生きたシグルド2世の最期であった。

 シグルドとゼノンの死を持ってヴェスティアの地の戦いは一旦終わった。シグルドの右腕アリシアがいなかったことは腑に落ちないが、リュナンたちは援軍としてようやく役目を終えたことを実感した。しかし無理をしてユグドラルに押し出したことへの意義以上にその犠牲はあまりにも大きかった。忠臣ゼノンの死はセネトだけでなくリュナンたちの悲嘆を誘って、多くのものたちを涙させた。
 だがまだ悲劇の連鎖は終わらない。ヴェスティア北部、カインが死するきっかけとなった南フリージの地にてついにセーナとナディアの決闘が始まる。それぞれがその力量を認め合ったが故に、戦うことをその運命となった戦乙女たち。果たして時の氏神はどちらの女神を恋するのだろうか。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 22:44