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 ヴェスティア決戦も終結しつつある時。セーナ率いるアルバトロスがクロスナイツを蹴散らしていたところを別の場所から見守っている一団がいる。失踪していたはずのコープルやグスタフ、そしてバーハラから急行してきたアーサーの顔も覗かせている。ふと奥にいる蒼髪の女性が呟いた。
「終わってしまった・・・。」
それを聞きつけたのか、コープルが無念そうに返す。
「あと一週間、それだけあれば我々は十分手を打てたはずなのに・・・。」
グスタフも痛恨の表情を崩さない。
「セリス様、どうしてあなたはこのように惨いことを企むのですか!」
嘆く女性だが、もはや時を戻すことは出来ない。全ては終わってしまったのだ。
「コープル様、アーサー様、そしてグスタフ様、もうお戻りなさい。これ以上いれば、咎めを受けるかもしれません。」
我を取り戻した女性はこの後に起こるユグドラルの激動を見据えていたのか、こうなった場合も冷静に対応した。コープルもアーサーもグスタフもさぞ無念そうにこの地を後にした。残ったのは蒼髪の女性とユグドラルの臨時宰相フィーリアの二人だけとなった。
「フィーリア様、どうか一つ、お願いがあるのですが。」
並々ならぬ気迫を感じたのか、フィーリアが予防線を張った。
「血生臭いことはお断りいたします。」
母イシュタルに似て、直に優しさを表さないフィーリアに心の中では手を合わせたかったが、今はそうも言ってられなかった。
「もちろんそんなことはお願いいたしませんが、似たことはお願いするでしょう。」
そう言って、一旦間を置いた。
「こうなった以上は、もはや私はここにいる必要はありません。ここで己の手で生涯を閉じるつもりですので、どうか私の遺体を『あるべき場所』に戻しておいていただけませんか?」
若干、遠まわしだが、フィーリアは頼まれたことをしっかり理解したが、すぐに首を横に振る。
「そんなことは申されないでください。これからも影からでも闇からでも構いませんから私たちを導いてください!」
「残念だけど、もう10年はユグドラルに戦は起こらないわ。ならば誰かに似て内政下手な私の役割はもうお終い。もう生に未練はないわ。」
おそらくユリアが精霊の森を去らなかったのもこの女性と似た心境だったのだろうと思うと、フィーリアは説得する言葉を失った。何者にも死を賭したものを止めることなど不可能なのだ。
 しばらくしてユグドラルの影に生きた女性が静かにその生涯を閉じた。闇に魅せられた前半生、影に生きた後半生、光に出ることなかったその女性だが、その最期の表情は思いのほか穏やかだった。

 ヴェスティア決戦から一週間余りが経った。もうこの頃にはライトとフィーリアの迅速な対応が功を奏して、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。西方アグストリアでもノディオンに隠棲していたアレスが決戦のどさくさに紛れて、突如挙兵し、電撃的な速さで王都アグスティーをも陥落させて孫のリードを擁立していた。今はまだエルト戦死、アレス挙兵による動揺が燻っているが、その中西部ハイラインでは新たな戦火が起ころうとしていた。
 ライトの言葉に激怒したカナン国王セネトはカナン勢をこの地に送って、すでに帰国しようとしていた。しかしヴェスティア・シレジアとカナンの対立こそ愚の骨頂と悟っているリュナンは先回りして一つの手を打っていた。手勢を休ませて、リーヴェ水軍提督アトロムに渡航の交渉に臨んだセネトだが、ここに思わぬ現実を突きつけられた。
「お言葉ですが、リュナン様の命によって一艘たりともお貸しすることはできません。」
カナンとリーヴェ、蜜月関係ともいえる両国間であるゆえに即快諾されると思っていたセネトは一瞬、返す言葉を失った。一瞬怒気を覚えたセネトだが、ようよう抑えて
「ならばカナンの水軍を呼ぶゆえに小さい船でも構わない、遣いを出してくれないか。」
と要請した。が、これもアトロムは同じ理由で拒絶した。これを聞いて、セネトは我慢の度を超えた。
「ふざけるな!ならば無理に奪っても構わないのだぞ。」
その一声で反応したのはカナン勢ではなく、リーヴェ水軍水兵たちであった。もともと想定していた事態と言わんばかりに、シミターやシャムシールを抜き放って臨戦態勢に入った。アトロムもセネトの宣戦布告ともとれる言葉に、至って冷静であった。
「セネト様、お気持ちは分からないわけではありませんが、もう少し冷静になってください。今、我々が異国の地で戦ってどうするのです。」
アトロムの言葉から既にリュナンからの指示が届いたことが窺えるが、怒りで我を失っているセネトはもはや止まらない。
「偉そうな口を利くな。お前に何が分かると言うのだ。」
ふぅと、ため息をついたアトロムは仕方なく、リーヴェ水軍旗艦アクロポリスに指示を出して、ある女性がセネトの視界に入れた。
「そこまで思いつめられているのでしたら、私もリーヴェを背負わねばならない身です。やりたくなくともやらねばならないことをせねばいけません。」
その女性は、セネトの従妹エストファーネであった。ネイファと共に今回の出兵に及んでいたのだが、ハイライン海戦後は水軍の勉強のためにハイラインに留まっていたのだが、リュナンとアトロムは仕方なく彼女を人質に使うことにした。もちろんそれもこれもセネトに我を取り戻させるための方便で、エストもそれを承知している。とはいえ、リュナンの手で二度も人質となったエストの心中はいかばかりだったのかは彼女のみぞ知る。妻ヴェーヌ、妹ネイファも目に入れても痛くないほど溺愛していたセネトだが、その愛情は従妹エストに対しても引けをとるものではない。そのエストの背後にシミターが振り上げられるのを見たセネトは冷や水を浴びせられたかのように静かになった。それを見て、アトロムが静かに話す。
「セネト様、忠烈の臣として知られたゼノン殿がお亡くなりになられたことはさぞ痛恨のことかと思います。しかしそれを全面に出すことは人の上に立つものとしてどうでしょうか?確かにヴェスティア皇帝の言葉も我々を侮辱するものでしたが、セネト様の様子を見れば『西蛮』という言葉が出てもおかしくはないかと思います。」
そしてただならぬ時を悟ってか、ネイファがセネトの元に駆けつけて来た。
「お兄様、これ、ゼノンがお兄様に宛てて書かれたものです。」
戦場の第一線に立つものにとって戦の前に遺書を書いておくことは当然である。ナロンやノール、レダ三姉妹とてヴェスティア決戦に臨むにあたって残していた。ゼノンは既に自身の死を悟っていたのか、この決戦の前に実子ナロン、5年前に己を救出してくれたセーナ、共に第一線で戦い続けたシルヴァ、そして主筋にあたるセネト、ネイファ、ヴェーヌ、エストファーネら、何と十通もの遺書を遺していた。そのほとんどは一旦ナロンの元に渡ってからネイファにいったのだが、戦後のごたごたがあって、ついに渡せずにいた。またネイファすら近付けないほどセネトが激していたことも理由一つとも言えた。セネトはネイファから遺書を受け取って、ひたすらに読んだ。
 そこには自身がセネトに仕えられたことの幸運を述べたことから始まり、己が感じたセネトの長所と短所、己の後継者、カナンの取るべき道などなどカナンの黄金騎士らしい、あくまでセネトとカナンを思った文章が不器用な字で綴られている。そして最後には
「この戦、セネト様のためではなく、息子のために戦ったことをお詫びさせていただきます。」
と書かれていた。この時、セネトは決戦前夜に呑み合った時にゼノンが漏らした言葉を思い出した。
「セネト様、今回は親孝行ならぬ息子孝行をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
ゼノンにとってセネトも大事だったが、すでに四半生を捧げてきた。対して息子ナロンには再会してまだ1ヶ月余りしか経っておらず、だからこそ息子に報いたいという思いは非常に強かった。つまり彼の死はセネトのためのものではなく、あくまでナロンのための死であり、それを分かるすべがありながらセネトはゼノンの屍を背負ってしまっい己を見失っていたのだ。
 10分近くの沈黙があっただろうか、セネトはようやく落ち着きを取り戻した。5年前にリュナン、リチャードらと共にゾーアと戦い続けてきた英雄セネトが帰ってきた瞬間に、その直前までの顔を見ていたアトロムらが目を見張った。するとセネトはアトロムらに今までの無礼を謝罪し、自嘲した。
「これで我々は無駄働きになってしまったな。」
もう決戦から一週間が経ってしまい、すでに今回の戦における論功行賞への参加は実質不可能と言って良かった。たとえ戦場で勲功をあげても、それに出なければ何ももらえない。友軍という立場であるカナン軍はなおさら厳しい。ゼノンを失い、何も報われない、しかしセネトは何かかけがえのないものを手に入れることが出来た気がした。


 ヴェスティア宮殿。ユグドラルの歴史が大きく変わる論功行賞、いや後世にこの行賞を『天下評定』と呼んだものが始まった。セネト帰還のために1週間待ち、彼が翻意して戻ってくれれば良かったのだが、あまり待たせると長の滞陣となる他ユトナ同盟軍やトラキアの諸将にも失礼にあたるので開くことになった。なおこの間にセーナは戦による強烈なストレスで体調を著しく崩して、ミカ、ミキの看護を受けた。この時、ようやくミカはセーナの妊娠を知り、彼女にしては珍しくセーナに対して本気で怒ったとさえ言われている。ともあれ母子共に危険な状態からは脱したようなので、ミカ・ミキ姉妹もようやく一息つくことが出来た。
 天下評定にはさすがにセーナも出席したかったようだが、ミカによって止められたが、すでに彼女の意図は宰相に返り咲いたゲインとライト、今は無官だが天下評定には出席するミカにもしっかり伝わっている。ついでにライトもセネトの件があってセーナと激しく口論をしたらしいが、この最中に彼女が倒れたこともあって今は大人しくしている。
 まずはユグドラルの弾薬庫とすら呼ばれているほど緊張関係の続くトラキア半島に手が付けられた。キュアン2世の死、コノート、アルスターの離脱、マンスターの滅亡によって北部トラキア連邦は解体され、トラキア王国の傘下に入ることになった。この混乱を招いたレンスター家もマンスター同様に潰されると見られていたが、フィリップが存続を訴えたために規模こそ縮小されたものの存続はライトによって認められた。肝心の当主はキュアン2世の妹ミーシャが当然あがったものの、当の彼女は兄を暴走させたマンスターの地を嫌悪しており、またセーナへの忠義を揺るがさずに丁重ながら断固として拒否した。そうなると次はキュアンの叔母にあたるアルテナに回る。フィリップも幼少の頃から親しくしてくれたアルテナに就いてくれれば、南北の交流はしやすくなるために盛んに勧めた。弟リーフが疫病で倒れ、キュアンが暴走した時点で、アルテナはこうなることを予感していたのか、すでに心の準備が出来ていたようで黙考しながらも承諾してくれた。ただし条件として、引退したフィリップの父アリオーンに内政の支援を要請して、フィリップはどうにかして父を説得することを確約した。こうしてトラキア半島は南のトラキア王国によって完全に制圧されることになった。蛇足だが、北部トラキア連邦で唯一残ったメルゲン王国は最後の最後までトラキア王国に抵抗したものの、フィリップが5年前の大戦における国境侵犯、無断通過の非礼をわび、それに溜飲を下げたことで降伏した。また5年前の戦いで恩賞として約束されていたダーナ以南のイード砂漠も与えられて、ここにユグドラル南東部に一つ目の超巨大国家が誕生した。
 次に今回のシグルド2世陣営の最大与党アグストリアに対する処置だが、先ほど述べたアレスの挙兵・制圧によって事態は複雑化していたものの、アレス自身が全ての所領を差し出してヴェスティアに降伏してきたことで一気に決まった。アグストリア王家は大きく所領を減らされたものの、もともとの出身ノディオンはもとより、ハイライン、アンフォニー、シルベールの西部は残された。没収された旧ヴェルダン領はこの戦いで姉弟に分かれて戦ったラケルのユングヴィ家に与えられ、旧アグストリア王都アグスティーとその北にあるマディノは中立を守っていたドズルのジョセフに移動させることとなった。なおその際には彼らの本拠地・ドズルは新当主がアーサーとなったばかりのバーハラ家に与えられ、名代として出ていたルゼル・グラ・グリもどうにかアゼルの死の代償を得ることが出来た。また妊娠中ながらも諸将との折衝に奮闘したレイラには夫フィードのまとめるオーガヒル島全域の統治権が与えられて、海賊主導だったこの島に久方ぶりにまともな統治機構が出来ることが決まった。ここはペガサスの故郷シレジアにも近いので天馬騎士隊をまとめるレイラにとっては非常に助かることとなる。
 そして今回の大乱の原因を作ったイザーク王国は後継者もいなくなったことで、所領を全て没収された。その遺領は全てシレジアに与えられ、またフィーリアのまとめるフリージ家もシレジアに編入されることになった。驚くフィーリアだが、5年前のヴェルトマーのシレジア編入とつながっていたことを理解し、また兄グスタフと一緒の勢力に戻れることもあったので意外とあっさりと承諾した。これで聖十二武器のうちの三大魔法を司る三家がシレジアにまとまることとなり、ライトはこの機にシレジアをシレジア魔法王国と名を改めることにして、魔法の研究を第一線とする超大国がここに出来ることになった。
 またヴェスティア帝国内でも再編は相次いだ。ドズル、ユングヴィ、バーハラの件は上でも述べたが、シグルド2世が当主を務めたシアルフィ家はヴェスティア直属の騎士の家として存続が許されたものの、その領土は言うまでもなくヴェスティアの直轄となった。また旧ヴェルダン領とは切り離された形となっているエバンスであるが、ここは現状維持でヴェスティア家直轄のままで決まった。ついでに半年後、ユングヴィのラケルはヴェルダンが飛び領となることと、ヴェスティアに蔓延るもう一つの懸念に気付いてユングヴィ本領を手放すことをセーナに申し出て、熟慮の末にこれを受けることとなった。ラケルの気付いた懸念とはヴェスティア本家の所領の少なさである。帝国とはいえ皇帝に与えられた権限が思いのほか少ないのだが、それは所領に関しても言えていた。今回の分割でノディオン(旧アグストリア王家)、バーハラ、ユングヴィ、オーガヒル、アグスティー(旧ドズル家)と5人の有力諸将(後にヴェスティア五武王と称される)に分配されていたのだが、その国力はほぼヴェスティア本家よりやや劣る程度であり、今はヴェスティア傘下になっていても時が移ればこれらの勢力が連合してヴェスティアに叛旗を翻す恐れもないわけではない。もっともセーナは叛旗を翻されれば、その時のヴェスティア家の陣営が平凡だったことを示すわけであり、民のことを考えれば潰された方がいいとも思っている。が、やはり暗黒教団などの巨大な野望に潰されることもないわけではないので、ある程度ヴェスティア本家に実力を持たせておいて損はないだろう、そうラケルは考えて、ヴェスティアにほど近いユングヴィを手放したのだ。
 最後にセーナを支援していたユトナ同盟に対して、論功行賞を行った。結局、カナンのセネトが戻らなかったために、けじめとして彼らへの恩賞は与えられなかったのだが、他の勢力にはそれなりのものが与えられた。援軍の総大将リュナンのリーヴェはヴェスティアがガルダに持っている統治権を譲渡することで決まり、リーヴェはグラナダに続く、貴重な港湾施設を手に入れることができた(ただしカナンと共有)。サリア・カナンには以前から続けていた人材支援を強化することにして、今回の帰国に際しては何とセーナとジェネシス、ミキがサリアに、ミカ、ルゼル、グラ、グリがウエルトに同行することになった。ちなみにセーナたちは半年近く滞在し、セーナはサリアの地で三男を産んだ。前線で戦い続けたレダに対してはガルダを中継として国交を開くことが決まり、レダ三姉妹の長女ライラが大使としてこの地に留まることとなる。

 丸一日をかけて天下評定はようやく終わった。ユグドラルはヴェスティア帝国、トラキア王国(後にトラキア帝国と改名)、シレジア魔法王国による、わずか3勢力の統治が始まった。シグルド2世、キュアン2世、エルトシャン2世、ナディア、カイン、ボルス、シャル、グーイ、フィン、アイリス、マックス、ゼノン、クリード、彼らの死によってセーナの『大陸三分の計』は今、完成の時を迎えた。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月23日 23:15