ヴェスティアでの論功行賞が終わり、ユグドラル大陸は新時代に突入した。しかしこの急速な流れに浮いた地域があった。長年セーナを支えてきたはずのエッダ公国である。この大戦において中立を貫いたエッダではあるが、同じ中立でもフリージ・ヴェルトマーは領土据置き、ドズルに至っては移動こそあったものの領土は大幅加増に至っている。またバーハラもアゼルの死があったとはいえこちらもドズル領をもらっている。しかしエッダにはその特殊な統治体制ゆえに思わぬ決断を強いられることになる。
 天下評定から3日後、ライトとセーナ、宰相ゲインが連署した勅書を携えて、勅使としてミカがエッダの門をくぐった。迎えるのは父コープルから当主の座を譲られたヴェルダーであり、知らぬ間にエッダに戻ってきたコープルも顔を並べている。二人に案内されて、ミカは勅使として厳かに振舞いながら謁見の間に入って、自然と玉座についた。そしてヴェスティア帝国の執行部が認めた勅書をヴェルダーたちに手渡した。
 厳かに受け取ったヴェルダーはライトらが書いた書状をひたすら読んで、そして愕然とした。
「これは本当でございますか?」
これに対してミカも残念そうな表情にしながらも、冷徹に言い放った。
「残念ながらこれが現実であります。」
その言葉にヴェルダーの顔は文字通り凍りついた。コープルがヴェルダーの震える手から勅書を受け取って、ひたすらに読み始めた。しかし半ば覚悟していたのか、思いのほかヴェルダーよりは冷静であった。
「陛下、ならびに宰相はエッダ家がブラギ教棄教するか、所領を全て手放されるか、迫っておられます。」
ミカは改めてヴェスティアの要求を彼らに突きつけた。
 エッダ家は運命と命を司る神ブラギを信仰するブラギ教の総本山として、その内政にもブラギ神の御言葉に従ってきた背景がある。そして旧グランベル時代にはブラギ神の詔にユグドラルの超大国グランベルも幾度か従ってきたことすらあり、その家格・発言力は十二聖戦士の家の中でも高い部類にあった。だがセーナたちにしては政治の舞台に宗教を持ち込むことを非としている考えを持っており、その象徴であるエッダが犠牲の対象になってしまったのだ。しかしヴェスティアに対しては功こそあれ恨みを買っていないはずのエッダがこのような処置になるのはどこか理不尽であったのは否めない。ヴェルダーが反論しようとしたところ、父コープルが袖を引いた。やめろと言わんばかりの顔をして、ヴェルダーを制した。不満そうな顔をしているヴェルダーに対してコープルは静かに
「事が事なだけに数日の猶予をいただきたい。」
そしてミカは頷いて、城内の一部屋を借りてしばらく宿泊することになった。
 さてヴェルダーの憤慨は止まることを知らなかった。すぐさま母アルテナに救いを頼もうとしたが、そのアルテナ自身もレンスターの再建に忙殺されており、とてもエッダに首を突っ込むことが出来ずにおり、またレンスターとエッダではミカから与えられた3日という猶予は短すぎた。それを考えての日数制限とも言えよう。ヴェルダーは苦悶しながらも、父コープルと対策を考えあった。セーナと長い付き合いのコープルにとって今回の措置は実は予想していたことであった。しかし6年前のイード戦役で敗れた暗黒教団もロプト教と名を変え、政治不干渉、軍事力の完全放棄という条件を呑みながらもヴェスティア城下で堂々と活動していることから見ても、立場を鮮明にすればセーナたちもその行動を容認することもある。コープルは長い間、その対案を考えてきていたが、エッダ家を残すためにはトラキアを頼るか、ヴェスティアの勅令に従うかしかない。しかし後者の場合はエッダの生命線とも言えるブラギ教を手放してしまうことになりエッダは形だけの存在になり、他の諸侯らの間に埋没しかねない。ならばトラキアに従うのが最良のように思える。コープルの妻アルテナはトラキアには欠かせぬ人材であるのは言うまでもなく、その伝手を頼ればあっさりとトラキア傘下として生き残れるようにも思える。しかしトラキアの若き龍・フィリップもセーナとほとんど同じ考えの持ち主であるゆえに、いずれは今と同じ憂き目を見ないとも限らない。その言葉を聞いたヴェルダーは頭を抱えて悩んだが、コープルはあえてヴェルダーに全てを任せることにした。
(ここで英断できなければ、エッダの血もそれまでということ。)
コープルはまだ未知数の素質を持つヴェルダーに賭けることにした。

 3日後、ミカはヴェルダーの回答を求めてきた。その間、苦悶を重ねてきたヴェルダーはミカたちの想像を超える答えを用意していた。
「我がエッダ家はヴェスティアにもシレジアにもトラキアにも属さずに、エッダ教国として独自の国家を運営したいと思う。このことを皇帝以下に伝えて欲しい。」
この瞬間、エッダは微小なりともヴェスティア、シレジア、トラキアと比肩する国家となったのだ。ミカが慌てて玉座を辞して、謁見の間でひれ伏した。
「我々エッダはブラギ神の下、私欲による戦は一切行わず、またヴェスティア、シレジア、トラキアの三方とも手を取り合っていきたいと思っている。」
別に大国に屈して生きていくことのみが全てではない。弱者には弱者なりに肩を張って生きていけばいい、そうヴェルダーは結論付けていたのだ。よくよく考えればヴェルダーの考えは絶妙の極みとも言える。エッダ自身は自衛用の軍勢しか持っていないが、それゆえに冠絶した実力を持つ三強国はエッダに事を構えることはできない。圧倒的弱者と圧倒的強者の戦いでは大抵の世論は弱者に付くためである。簡単にいえば【弱いもの苛め】が嫌われているのと同じ論理である。また全ての真偽を見極めるブラギ神の裁可に従って、三強国間の仲介を取り持つことも可能になる。これこそがエッダの生き方であった。
 エッダ独立の知らせはミカを通じてライトらにも即日伝わった。セーナは思いもよらぬ展開に驚いたが、ヴェルダーの意図を理解するや否やすぐにエッダ独立の件を快諾した。そして自身を支えてくれたエッダを潰さずに済んだ安堵感から今回の大戦後、初めて穏やかな溜め息を吐いた。


 大戦後、ユグドラル大陸は再び再生の道を歩んだ。
 イザーク・フリージを併合したシレジア行政のトップ・宰相にはフィーリアを、シレジア軍のトップ・総軍司令にヴェルトマーのグスタフを任命して、新しいシレジア魔法王国として動き始めた。イザークの剣士たちも新生シレジア軍のテルシアスに組み込まれ、重厚な鎧と斧槍による攻撃に留まらず、素軽い攻撃も可能になったことで戦術面で大きな進歩を遂げた。また魔法の研究も王都レヴィングラードで盛んに行われるようになり、アカネイアから伝わる聖魔法の一つエクスカリバーの軽量版エイルカリバーも開発されるようになるなど、魔法の都として大きく栄えることになる。
 トラキア半島を統一して、ユグドラル大陸の一角を制することになったトラキアは大戦後、一つの激動を襲った。フィリップとフィリスの結婚後にフィリップに隠し子がいたことが発覚したのだ。名をデーヴィドといい、燃えるような紅い髪が特徴の2歳となる男児である。フィリップが言うにはその母親はフィリスではないようだが、肝心のフィリスはデーヴィドのことをすでに受け入れており、目に入れても痛くないほどにかわいがっているので大事には至らなかったのは幸いで、重臣たちも胸を撫で下ろした。またレンスター家を継いだアルテナは兄として接していたアリオーンと共に再建に尽くした。すでにレンスター家の当主を婿のハンニバル2世に譲ってはいるが、槍騎士ノヴァの末裔であるアルテナの存在感はレンスターの中では際立って大きく、再建は手間こそかかったものの順調に進んでいった。
 そしてユグドラルの中でも超大国になりつつあるヴェスティアはエッダの独立こそ許したものの、それ以外の諸侯との関係を良好に保ちつつ、復興に努めた。セーナは戦後しばらくしてヴェスティアに留まっていたサリア軍と共にサリアへ、ミカはウエルトへと向かって、そちらの内政を支援することになり、その帰国の途上にはカナンにも立ち寄って夫ライトの不用意な発言もしっかりと詫びた。リーヴェ・カナン・サリア・ウエルトらリーベリア諸国との強い繋がりを活かし、オーガヒル、ノディオン、アグスティー、ヴェルダン、バーハラの五武王と連携しながらヴェスティアはユグドラル史上最強の軍事国家へと成長していった。


 あの大戦から1年後、サーシャ支援のためにサリアに行っていたセーナがヴェスティアに帰ってきた。支援といっても実は内政に関してはさほど得意ではないセーナであったため、何をしていたかはあまり明かされていない。が、やや難産になったものの、三男ハルトムートをサリアで産んでいた。この出産と、サリアの大自然は大戦で傷ついたセーナの心を大いに癒したのは言うまでもない。ついでにセーナは出産一週間後にはサリアの黄金騎士リョウと共に魔獣討伐に出かけて、アークオープス4体、ガーゴイル8体などを2日で撃破した武勇伝を残し、心配しながらも同行したジェネシスとミキを驚かせた。
 セーナの帰還と共に、ヴェスティア政庁にてユグドラル三大国とエッダ教国の首脳が集った。ライトがヴェスティア代表ということで、シレジアからは宰相フィーリアが外交デビューという形で参加し、最近、帝政に転じて帝都をミーズに移したばかりのトラキアからは皇帝フィリップも乗り込んできた。もちろん緊張気味のヴェルダーの姿もある。ここでセーナは40年を期限としたヴェスティア・シレジア・トラキア三国同盟を提唱した。言うまでもなく戦をなくすための同盟であるのは容易に推測できるが、注目すべきは40年という限定期間である。簡単に言えば、セーナ、ライト、フィリップ、この三人の間に交わされた同盟ということに尽きるのだろう。40年も経てば、いかに幾度の大戦を乗り越えた三傑といえども第一線から退いているはずであり、その後の大陸のことは後の者が決めればいいということである。またこの同盟はエッダも了承したことで、すぐに実効されることになった。第二次バルド同盟の成立であり、これを機にユグドラル後継者戦争は完全に終結することになる。
 その翌日、バルド同盟首脳がヴェスティア政庁にて同盟締結の報告を国民に対して行った。ここでセーナは高らかに宣言している。
「私たちがいる限り、これ以上ユグドラルに禍を招く戦火を起こさせはしません。」
そしてこの宣言は実際に果たされることになる(後に小規模な戦いはあったが、それは除く)。戦を無くすために戦い続け、多くの涙を流してきたセーナの宿願が今、ここに成就する。


■ユグドラル後継者戦争後の大陸情勢■

最終更新:2011年07月23日 23:19