ヴェスティア政庁の一室でミカが政務に追われていた。ふとエルマードが訪ねてきた。それを見て、ミカが聞く。
「セーナ様は出発されたのですね?」
エルマードはコクリと頷く。
「護衛は確か・・・。」
「レナ皇女に、ハノン公女とバリガン公子、そしてジェネシス殿です。」
レナ皇女はシグルド2世とナディアの子だったのだが、後ユグドラル後継者戦争で両親を失ってからは二人の遺言に従ってセーナの養女になっていた。すでに当時7歳となっており、両親の死は彼女の心に大きな傷を残すと思われたが、後に後見となるアレス、また在りし日のシグルドを知るアリシアが必死に支えたために今ではすっかり立ち直って国のために一肌脱いでいる。セーナもそんな彼女にアルドに次ぐヴェスティア継承権を与えているが、実質的な養育はアリシアと、アベル・ミーシャ夫妻に任せており、今では立派な女騎士に成長していた。次にあがったハノン公女とはヴェルダン家の公女で、ラケルとフリードの長女である。ラケルとフリードは後ユグドラル後継者戦争後、まもなくして結婚したのだが、幼くしてセーナにその素質を見極められ、十勇者の中で弓を扱うディルをヴェルダンに送ってその素質を開かせようとしたほどである。ラケル、ディル、二大陸のスナイパーに囲まれた彼女がそれで花開かないはずはなかった。そしてバリガン公子とはレイラとフィードの長男で、父に似ない清廉な振る舞いで弟フォードとは対照的に女性に人気がある。ただし彼はバリガンという父の付けた名前が気に入らないようで、何度か母やセーナに対して別の名前を求めたこともある。ジェネシスに関してはもう言わなくともいいだろうが、この頃になると気性も大人びてきて昔のように感情に支配されることは少なくなってきており、冷静沈着な指揮官になっていた。
「そうだったわね。わかったわ、一応、ハイライン、ガルダに連絡を出しておくわ。」
「よろしくお願いします。」
そう言って、エルマードは退出していった。その背中はセーナと共に旅に行けない寂しさが滲んでいたが、彼はセーナの長男アルド直属のインペリアルグリューゲルの№1に任じられているので、ヴェスティアに留まるアルドの元は離れることは出来ない。エルマードの苦悩も分からないまでもないが、ミカは心を鬼にしてそのまま送り出すことにした。
部下に事務処理を任せて、ミカは政庁の屋上からヴェスティア宮殿を眺めた。今はライトもセーナもおらず、二人の嫡男アルドが若くしてこの宮殿の主になっている。華やかな宮殿からは今の帝国を支える若者たちの勇ましい声が響き渡り、周りを囲む水堀では悠々と水鳥が羽を休めていた。ヴェスティアと共に生きるミカにとってこの光景こそ、心休まる瞬間であった。
「運命というものは憎めないものね。まさかまたあの地で、一堂が会することになるなんてね・・・。」
呟くミカにはその運命の交差点での光景が見えていた。
リーベリア大陸の大国リーヴェ最大の都市ノルゼリアはかつての荒廃が嘘のような美しい姿を輝かせていた。この都市の復興を指揮したのはなんとリーヴェ王妃メーヴェだった。彼女は復興後の都市のイメージを頭の中で創り上げ、そのまま具現化してしまったのだ。ノルゼリアの南北を縦断する水路はこの大都市の美しさを表すと共に、交通の要としても貴重な意味を持っている。またリュナンとセネトが手を握った旧領主館は今では大聖堂として生まれ変わり、そのこけら落としには先ほどあげたフリードとラケルの結婚式が盛大に行われている。またその大聖堂の南西にはリュナンの父の名を取ったグラムド王立闘技場が建てられ、今ここにヴェスティア・グリューゲルトーナメントに匹敵する大武術大会が開かれようとしていた。
「何々、ディスティニーズトーナメント?」
そのトーナメントの告知ポスターを見ていたのはシスター・ティナ扮するエレナたち一行であった。サウス・エレブを出たエレナたちはレダに渡ったのは良かったが、エレナの気まぐれでそのまま東へ。サイの地を経てカナン入りし、つい今しがたこのノルゼリアの地に着いたばかりだったのだ。
「へぇ、武術トーナメントかぁ、出てみたいもんだ。」
ヴァルスが満更でもない表情で言うと、エレナもニコニコ顔で頷く。それに驚いたのがフォードである。
「ちょっとお待ちください。こ、ここを見てください!」
フォードが指差したところを見て、ヴァルスとエレナが声音を揃えて言った。
『優勝者はヴェスティア皇后セーナとの仕合いも可能』
二人は顔を見合わせてまたニヤリと笑う。ますますモチベーションを上げてしまったらしい。
「冗談じゃないですよ。ヴァルスはともかく、エレ、いやシスターはまだ成人していないではないですか、それなのにこのトーナメントに出られるつもりですか。」
「当然!」
即答するエレナにフォードは空いた口が塞がらない。それを尻目にエレナとヴァルスはスキップをしながらトーナメントが行われるグラムド闘技場へ向かって行ってしまった。
「フォードさん、行っちゃいますよ。」
レインが呆然としているフォードを見て言うが、フォードも何もしないわけにはいかない。
「なぁレイン、俺はいずれは早死にするんだろうなぁ。」
そうボヤいてフォードは二人の後を追っていた。
(フォードさんも大変だなぁ。)
ディスティニーズトーナメント、それは10年前にセーナがノルゼリアの地を『運命の交差点』と呼んだことが名前の由来となっており、今年初めてリーベリアで行われる武術大会である。リーヴェ、カナン、サリア、レダ、ウエルトら各国の強豪だけではなく、ユグドラルからも特別招待で招かれるものもあり世界最高の武術大会を目的に開かれた。エレナは開催3日目にエントリーし、翌日に初試合が組まれる事になった。ヴァルスももちろん参加し、初試合は3日後、エレナのことが心配でフォードもエントリーすることになり、彼はヴァルスの直後の試合ということになった。レインはエレナから愛剣シュヴァルツバルトを預かることになり、彼女の裏を支えることにした。
翌日、エレナはグラムド闘技場の舞台に立っていた。登録名はもちろんティナだが、武術大会だけあってシスター姿はさすがに解いている。今は母からもらった身軽な衣装を着こなしているが、逆にそれが周囲の観衆の戸惑いを招く。特にこのトーナメントの主催者であり、リーヴェ国王であるリュナンはエレナの姿を見つけるや、すぐに隣に座っているセーナと比べている。といってもリュナンはまだエレナの姿を赤ん坊の頃しか見ていないので確信には至っていないようで、
「あの娘、セーナにそっくりだなぁ。」
と言うに留まっている。言われたセーナは苦笑して返すが、その瞳はいつのまにか母親のそれになっていたことには鈍感なリュナンは気付くはずもなかった。
(エレナ、あなたがここにいたとはね。あなたの実力を見せてもらうわ。)
だがエレナの対戦相手は初戦からかなりの実力者と当たることに。優勝候補とまでは行かないまでも上位に食い込むことは必然と見られている、リーヴェ代表の騎士リィナだったのだ。彼女は合戦の場数こそ踏んではいないが、15年前の大戦の勇者たちの息吹に触れて騎士として遅咲きながらも華を開かせていたのだ。今ではリーヴェの武神ナロンの副官として、リーヴェに不可欠の女性に成長している。そんな彼女が相手に、エレナはどんな戦いを繰り広げるのか。果たして戦いは一瞬で終わった。
開始の合図と共に不敵に笑ったエレナは訝るリィナ目掛けて剣を高く放り投げた。エッと言いながら見つめるリィナだが、次の瞬間、跳躍したエレナはその回転する剣の柄を握って、上段から斬りつけて来た。
『ディヴァインスライサー』
思わぬ奇襲にリィナは必死に剣で受け止めようとしたが、防ぐだけで手一杯だった。気が付けばリィナの剣は真剣部分が吹き飛んでいたのだ。得物を失ったリィナは呆然としながらも負けを認めざるを得なかった。一方のエレナは母の魔力を感じる方向に向かって笑顔でピースサインを出した。観衆も何が起きたのか分からないでいたが、華奢な少女がリーヴェ屈指の女騎士を瞬殺したという大番狂わせにわっと湧き、ピースサインをされたセーナも苦笑するしかなかった。
2日後、ヴァルスもグラムド闘技場の舞台に出てきて、父譲りの風貌でまたもやリュナンたちを驚かせたが、こちらもすぐには確信までいかなかった。ヴァルスは名もない騎士と当たったのだが、エレナに刺激されてかこちらも文字通りの瞬殺をしている。弓を使えばバレると察していたのか、この戦いでは剣での戦いに終始しておりリュナンにホームズの息子だと特定できる要素は何もなかった。ただしリュナンの両隣に座っているメーヴェやセーナは含むところがあるらしく、口元に笑みをたたえていた。
次の試合に出たフォードも意気揚々と舞台にあがったのだが、その対戦相手を見つけて驚愕した。相手もこちらがフォードと気付いたようで、剣を扱きながら言い放った。
「よっ、フォード。お前がいるということは姉貴も出ているんだな。」
彼の名はハルトムート、後にヴェスティアの獅子と称されることになる猛将で、彼の言葉から分かるようにエレナの弟、つまりはセーナの三男であった。彼もまた修行の旅に出ている最中であったが、彼の場合はそそくさとガルダ島からリーベリアへ上陸し、15年前の母の道をそのままたどってノルゼリアに着いて、このディスティニーズトーナメントに遭遇したのだ。これこそ運命の思し召しと言えるだろう。
(冗談じゃねぇ、どうして俺ばっかりこんな目にあうんだ。)
まだまだ童顔のハルトムートだが、そんな無邪気な顔の裏には既に騎士の顔が出来上がっていた。剣の腕前は姉に似て半端ではなく、稽古時にはセーナの木刀を跳ね上げたことすらあった。ついでに言うと、実はエレナはこの弟との手合わせでは無敗を誇っているのだが、このことは当の二人に、二人に付き従っているフォードとアトスしか知らない。またエレナはハルトムートをハルと、ハルトムートはエレナを姉貴と呼び合っており、この二人はセーナの子供、四兄弟の中では特に仲は良い。
観客席からフォードを応援していたエレナもハルトムートにすぐに気付いて、すでに宿屋に戻ろうとした。レインが慌てて引きとめようとするが、
「結果は見えてるわ。次のヴァルスとの戦いが楽しみね!」
と笑顔で言って、レインも引き連れて去っていった。
ハルトムートの登場は言うまでもなくセーナも驚かせた。ハルトムートの風貌は他の兄姉とは大きく異なり、燃えるような紅い髪をしている。セーナの実の父クレスの影響を受けているのが理由だが、表向きはライトの母方の祖父アゼルの血の影響だと一般的に思われている。ハルトムートの紅髪のためにリュナンもメーヴェも一般参加者としか見えていないようである。そして相手は二人の知るはずのないフォードであるから、この仕合にあまり興味ないようで用を足しに一旦席を外してしまった。一方のセーナは目を爛々に輝かせて二人の戦いを眺めることにした。
(ええい、俺だって剣士の端くれだ。破れかぶれでもやってやる。)
フォードは心に期すると一気にハルトムートへ突撃した。対するハルトムートは鋼の大剣を引き抜いてこそいるものの、悠然と身構えている。風の剣を突き出して、ハルトムートに斬りつける!しかしハルトムートはわずかに体を捻るだけでかわし、突いた形となるフォードの体勢が伸びきった形となってしまった。すかさずハルトムートが上段から大剣を振り下ろすが、さすがに俊敏さでは父譲りのフォードは上を行く。そのままハルトムートの横を通り過ぎ、ハルトムートの斬撃をやり過ごした。そしてすぐに体勢を立て直しては振り向き様に水平斬りを放つ。このあたりは十勇者の一人ジェネシスから学んだ戦法である。だがハルトムートとて承知している。大剣を盾にしてフォードの水平斬りを強引に受け止めた。
(チッ、そのままではいかないか。)
ならばと一旦、間合いを取って、一気に決着を付けるべく大技を解き放つ。
(これで駄目ならそれまでよ。)
『太陽神剣!』
祖父・父と受け継がれるユグドラルでも屈指の剣技である。だがハルトムートとてやられたままでは終わらなかった。なんと同時に技を放ってきた。
『ディヴァインスマッシュ』
太陽神剣のために懐に入ってきたフォードに一気に大剣を振り上げる。次の瞬間、ガチッと言う音が響き渡り、フォードの剣が空に吹き飛んだ。
結局、ハルトムートの勝ちに終わった。フォードの太陽神剣はハルトムートの身体に到達したものの、その直後にハルトムートの斬撃によって風の剣が吹き飛ばされてしまい、致命傷を与えることはできなかった。そして風の剣はリングの外に飛んでしまい、使用不可能となった。この大会ではエントリー時に登録した武器しか使えないことになっており、その武器を失った時点で戦闘継続不能ということで無条件で敗北となる。もちろん複数持つことも可能だが、フォードは風の剣しか持っていなかった。それを知っていたからこそハルトムートもフォードの剣を振り上げた以上、彼を傷付けることはしなかった。フォードの完敗だった。
それから数日が経った。エレナは着実にトーナメントを上がっていき、その一方で事情を知っているものにとって大きな一戦が始まった。ヴァルスとハルトムートの一戦である。両者ともトーナメントを勝ち抜いていくことで次第に実力の高さが見られるようになり、目の肥えたものからは優勝候補の一角と目するものもいた。もともと人当たりのいい二人だけあって人気もじわりと上がっていき、二人の戦いと聞いて多くの観衆が集まってきた。リュナンもメーヴェからようやくヴァルスがホームズの子だということに気付かされ、身を乗り出して観戦するつもりのようで両隣のメーヴェとセーナは子供のようにはしゃぐリュナンに苦笑するしかなかった。
この頃にはエレナ一行とハルトムート一行もそれぞれ市街地で再会して、それぞれの武勇伝を言い合った。もちろんヴァルスとハルトムートはそれぞれ似た性格なのですぐに馬が合ったようで、一晩語り合ったこともあったらしい。それゆえに二人にしても期することがある一戦だが、ヴァルスにとってはどうしても負けられない事情が出来ていた。
(ハルには悪いが、俺はお前に勝たなければならない。)
というのもこれに勝つと、次の仕合は最有力の優勝候補であるサリア代表のサーシャとぶつかるのだ。サリア王女カトリの子であるヴァルスにとっては彼女と剣を交えてみたかったのだ。
そしてヴァルスとハルトムートの戦いは熾烈を極めた。互いに剣技の応酬となり、時には火花が散るほどの激戦となる。知らぬ間に両者の衣服は切り刻まれていくが、まだ浅傷もないようで二人ともピンピンしている。
『衝波斬!!』
『ディヴァインブレイザー!!』
『烈風斬!!』
『ディヴァインスマッシュ!!』
次第にそれぞれの大技も繰り出されるようになるが、受け止められたり、避けられたりで決定的なものではない。
(そろそろ切り札を出すか。)
ヴァルスは背中をまさぐって、弓矢を出した。その弓を見るや、リュナンやセーナは思わず声をあげてしまった。
『聖弓アルテミス!』
今、リュナンが持っているライトブリンガーと共にガーゼルを打ち破る時に貢献した聖武器である。そしてヴァルスがホームズの息子であることを何よりも証明できるものであった。ヴァルスは矢をつがえるや否や、すぐにハルトムートに対して矢を射る。当然ハルトムートは跳躍して避けるが、着地した瞬間に足元に激痛が走った。左足のすねに矢が突き刺さっているのだ。
(馬鹿な、さっきの矢は避けたはずだ。)
確かにハルトムートはしっかりと避けていた。だがその矢から避けるために跳躍していた間にヴァルスは驚くべき速さで次の矢を放っていたのだ。これこそがヴァルスの最大の武器、速射である。彼の速射は今はユグドラルに渡っている弓神ラケルのそれに匹敵するとさえ言われている。そして動揺するハルトムートに、剣に持ちかえたヴァルスが突進した。
『衝波斬!!!』
その研ぎ澄まされた一撃はハルトムートの剣を吹き飛ばし、その体をも場外へと飛ばしていた。
一瞬の時に賭けたヴァルスが後のヴェスティアの獅子・ハルトムートを打ち破った瞬間である。
その翌日、サーシャと戦うことになったヴァルスだが、ハルトムートとの戦いによる疲れが抜け切らずにその攻撃に精細を欠き、歴戦のサーシャに幾度も追い詰められた。さすがにサーシャもヴァルスとハルトムートの戦いを見ており、その戦法も性格も見極めており、その弱点も見つけていた。そしてサーシャの読みどおりにヴァルスは一瞬の隙をついて弓を構えて、即座に矢を放った。狙いは正確だが、サーシャはヴァルスの予測を超えた行動をしてきた。矢に怯まずにそのまま突撃してきたのだ。しかもヴァルスの放った矢はサーシャのわずか数センチのところを空しく通り過ぎていき、ヴァルスがハッとした時にはサーシャの必殺技が炸裂していた。
『ホワイトインパルス!!』
スピードに乗ったサーシャの斬撃に、さしものヴァルスも逃れることはできなかった。
仕合後、担当のシスターに担がれるヴァルスにサーシャが近づいて、笑顔で言った。
「このトーナメントが終わったらサリアにぜひ来てください。」
サーシャのこの言葉は後にサリアを大きく動かす礎になるのだが、周りの者はそんなことには気付くはずもなかった。
気が付けばディスティニーズトーナメントも4強が集った。相手に恵まれたとはいえ、エレナも無難な戦いぶりでここに滑り込んでいた。もちろんヴァルスを破ったサーシャもいるが、他の二人もなかなかの強豪揃いであった。一人はリュナンの次男ローランである。母に似て温厚篤実な性格をしており、それでいて剣の技もかなりのレベルに達している。幼少時はガルダに駐留していたミーシャ・アベル夫婦の薫陶にも触れ、その関係でセーナの家族とも親交は深い。このトーナメントでは同じリーヴェ代表で、クライスとレティーナの子で新進気鋭の騎士クライフや、サーシャとトウヤの長女である天馬騎士ナーシャをも打ち破っている。もう一人はウエルト代表のレオン。こちらは年こそ離れているが、サーシャの実の弟でありウエルトの次期継承者である。アルド(旧名パピヨン)や聖騎士ロジャーら優秀な家臣に恵まれて、めきめきと頭角を示してきていた。4強の対戦はエレナとレオン、サーシャとローランがぶつかることになり、グラムド闘技場は嫌が応にも盛り上がり始める。
まずはエレナとレオンの対戦となったが、これは周囲の予想とは裏腹に一方的なものとなった。まだ海のものとも山のものとも知られていないエレナがレオンを圧倒して、そのまま打ち破ってしまったのだ。確かにレオンの周囲には名将も多いが、エレナの周りには英雄が何人もいるのだ。とても比べられるレベルではない。年こそレオンの方が上だが、世界中を旅しているエレナの方が経験でも負けるはずがなく、その事実さえ知っていれば当然の結果と見えるはずだった。しかしエレナはセーナの娘であるという事実は大半の者が知らないのだから、傍目には再びの大番狂わせとなった。初戦でリィナを破ったインパクトも幾戦もの楽勝を経て、薄まっていたことも原因の一つだったのかもしれない。
そしてざわざわとした中でもう一戦が始まった。ローランとサーシャの戦いである。だがこちらも一方的となった。若いローランが経験不足を露呈して、歴戦のサーシャが付け入る隙を与えずにそのまま押し切ってしまった。すでにリーベリアでも若き世代の勃興が始まっているが、リュナン世代のものもまだまだ揺るぎない実力を示した結果であった。だが若き世代もまだまだ経験が足りないだけで、それを伴うことができればいずれは世界を担う存在になるのは疑いもないだろう。ローランもレオンも今は負けたが、この経験は後に活かされることになる。そしてそれが飛翔へと繋がるのだ。
ディスティニーズトーナメント決勝戦、正体不明の少女剣士ティナ扮するエレナに、リーベリアの天かける戦乙女サーシャの戦いとなった。リュナンもようやくティナがセーナの娘エレナであると確信してきたようで、セーナに確認をしてようやく確証を得たようだ。だがそれを大多数のものは知らない。準決勝で戦ったレオンも帰国後にようやく知った有様なのだから、よほどユグドラルの状況に詳しいものでないとティナ=エレナと断じることは出来るものではない。ただしサーシャは目の前の少女がセーナの娘であると確信している。それだけでも相手を知っていることはエレナと今まで戦ってきた他の挑戦者よりは好条件で挑めることとなるのは言うまでもない。
そして仕合はエレナとサーシャの壮烈な斬り合いで始まる。素早さ、柔軟性で勝るエレナはサーシャを撹乱させるが、経験に勝るサーシャは動じずに平然と斬撃と突きを放ち続ける。剣と槍を効果的に使い分けるサーシャの的確な戦術の前にエレナは攻め手を封じられていく。だが剣技ではエレナは負けてはいない。幾度か相手を倒してきた豪快な蹴りでサーシャをひるますと、一気に間合いを空けて詠唱を始めた。ここでエレナは今まで隠してきた、もう一つの武器、魔法を使おうというのだ。
「蒼き風よ、我と共に敵を打ち破らん!」
『ブルースフィア!!』
直後にエレナは詠唱にもあった蒼き風に乗って、一気に斬り付けてきた。風魔法で加速をつけて、その加速力を衝撃力に加えて圧倒しようというのがこの技の狙いである。だがこれは過去にサーシャとリュナンがバルト要塞にて難敵バルバロッサを破る時に放った『ブルーインパルス』と酷似している。それゆえにサーシャは対策を知っていた。猛烈な勢いでシュヴァルツゼロと共に突っ込んでくるエレナに、サーシャは身を投げ出して横に飛んだ。一直線一方向への攻撃ゆえにまともに受ければ吹き飛ばされる。といってただ避けるだけでも彼女の唱える風魔法が容赦なく襲い掛かる。ならば身を捨ててひたすらに逃げるのみ。これこそが最良の選択だった。エレナの『ブルースフィア』はサーシャを捉えきれずに失速、しかも思わぬ展開にエレナも体勢を大きく崩してしまった。この絶好機を逃すサーシャではなかった。自身も身を投げ出して避けたために体勢は万全ではないが、そこは女性ならではの柔軟性を持って強引に切りかかった。
『ウイングスライサー』
曲線的な突きはエレナを逃さなかった・・・。
ディスティニーズトーナメント、エキシビジョン戦は結局は当初の予想通りにセーナとサーシャがぶつかった。しかしエレナとの戦いで最後の技を放った時に余りにも無理な体勢から放ったために着地の時に左足を挫いていたこともあって、戦いはセーナの独壇場だった。一時はサーシャの体調が万全になるまで延期しようとセーナが申し出たが、サーシャは
「騎士たるもの、いかなる時でも戦わねばなりません。」
と言い放って、セーナとの即日の戦いを望んだのだ。
「やっぱりお母様は強いわね。」
観客席から見ているエレナが呟いた。幸い、サーシャは最後の最後で手を緩めてくれたおかげで傷は浅かったようで、軽く手当てをしただけで済んだ。今は完全にシスター・ティナに戻って、レインやフォードと共に母とサーシャの戦いを見つめていた。
結局、サーシャとセーナの戦いはセーナの勝利で終わった。多くの波乱もあったが、それぞれにドラマががあった。若干、日程的に窮屈さがあったのは否めなかったが、主催者リュナンはこの反省を来年以降にも行われる大会に活かすことを約し、今大会は成功を宣言して幕を閉じた。
そしてエレナたちの旅はまた再開されることになった。フォードは一旦はセーナと会うことを勧めたが、エレナはいずれヴェスティアに戻るんだから、と全く気にする風もなかった。そしてセーナからもエレナに会いたいとは言っていないようなので仕方なくフォードも黙殺することにした。これからリムネーで一休みするというハルトムート一行に対して、エレナはリーヴェ王都を経由してサリアに向かうことになるのでここで別れることになる。
ノルゼリア、運命の交差点に集いし勇者たちは再びそれぞれの道を歩み始めた。