アットウィキロゴ

 歴史の興った大陸アカネイア。神君マルスの没後、小規模な争いこそあったものの、動乱とは間遠かったこの大陸も永い間、溜め込んだエネルギーが暴走する時が来てしまった。果たしてアカネイアはどこに行くのだろうか。
 アリティアの城下町に影に蠢く、一団があった。彼らは瞬く間にカダイン大使館を包囲して、一挙に押しかけた。しかし中に詰めているはずのカダインの魔道士たちの姿は一切消えており、抵抗は皆無だった。一団は怪訝に思いながらも、一気に奥に殺到していく。すると見覚えのある魔道士が認められた。
「カダイン領主リュートだな。」
静かにたたずんでいるリュートに対して一瞬気後れするが、勇を振るって問い詰める。対するリュートは半ば諦めていたのか、意外とあっさりしていた。コクリと頷いたのを見て、抵抗の素振りも見せないので居丈高となって申し付けた。
「アリティア連合王国盟主ロイト様の命により、貴公を捕縛する。」
他のカダイン魔道士たちがいないのは気になったが、リュートを確保したことでそんなことは吹っ飛んでいた。

 ほぼ同時刻、同じアリティアにある港ではかつてのセーナ十勇者の一人ゲインが夜の中で、積荷の準備をしている。
「もうヴェスティアにはどれくらい離れてたんだ?」
ゲインの帰還を聞きつけて、船賃を削ろうと相乗りしようと考えて駆けつけてきたラティが聞く。傍らには彼とミカの次男であるヴァインが、そんな父の思いを見透かしており、半ば恥ずかしそうに俯いていた。
「もうかれこれ15年になるな。」
ゲインは後ユグドラル後継者戦争からしばらくして、セーナの影武者・リベカと結婚していた。そして宰相職をミカに譲ってからはリベカと共に彼女の実家でのんびりと暮らしていたのだ。よく見ると、彼の子供たちも汗をかきながら積荷を手伝っている。まだ15ながらもしっかりと弟たちの面倒を見てくれる長女プルミエールはある事情で俯いている次女コーデリアと何やら話しているが、長男ルーファスは元気よく働いている。しかしどこを探してもリベカの姿はなかった。
「リベカのためにも頑張らないとな。」
頬を叩いてゲインは作業を再開していくのを見て、ラティは思わず言葉に詰まった。リベカはつい一週間前に亡くなっていたのだ。
 リベカの亡くなる前日、ふと彼女は何かを察知したかのような素振りを見せていたことがあった。そして子供3人を連れて、どこかに遊びに行くように勧めたのだ。この時、ゲインは何の疑いもなく、リベカの勧めに従ってアリティアの城下町まで買い物に行っていたが、帰ってきた時には彼らのいた村は何者かに襲撃されてリベカも無残にも殺されていたのだ。リベカとてセーナの影武者をしていただけあって剣技もかなりの技量を持っているが、生き残った村人の話によるとそのリベカですら太刀打ちできなかったという話だった。精神の強いゲインはどうにか衝動から堪えることが出来たが、次女コーデリアは最近とみに元気がなくなっていた。無理もないとゲインも思うが、それぞれの面影を残すプルミエールとルーファスはそんな衝撃によく堪えていた。それからはこのアリティアの大使館に部屋を借りていたが、やがてヴェスティアに戻ろうと決意したのであった。
 「ゲイン様!」
闇夜に聞き覚えのある声が響いてきた。作業を止めて振り返ると、現地でアリティアとの折衝を行う大使グレッグがいた。彼は半身不随の騎士グレンの子で、父譲りの知将ぶりからなかなか難しい役回りのアリティア大使に就いていたのだ。若くしてそんな大役を任されただけに胆力のあるグレッグだが、夜目に見ても慌てふためいていた。
「ゲイン様、大変なことが起こりました!!」
「どうしたんだ、グレッグ。とりあえず落ち着け!」
何やらきな臭い匂いを嗅いだのか、ラティも駆けつけてきた。
「ロイト様がリュート様を逆賊と名指しし、兵を差し向けたそうです!」
これには二人も驚く。ロイトとはリュートの義理の従兄で、マルス(表の)直系滅亡後に代々アリティア連合王国の盟主を務めてきた由緒正しき血筋の末裔であった。
「何と、それでリュート様は無事なのか?」
当然の質問であるが、言い辛そうにするグレッグに、その後から凛とした声が響いてきた。
「リュート様は私たちを逃すために囮になってくださいました。」
誰か、と背後を見るゲインとラティは、その姿を見てはもう一度驚いた。リュートの妻ミリアだった。すぐ近くには長子アレルと長女エリミーヌの姿もある。
「既にリュート様は今回のアリティア召集を不審がっていました。私たちも独自で調べた結果、ロイトが蠢いていると知ったのですが、既にアリティアの中枢を押さえられていた以上はどうすることもなく、時間がなくなったためにリュート様が囮となって・・・。」
言葉を詰まらせたミリアに、ゲインとラティは事態の把握に努めた。
「なるほどな。ならば、アリティアが私に対してウエルト・リーヴェへの親書を頼んだ理由も分かる気がする。」
ゲインが一人ごこちに呟いた。実はヴェスティア帰国の際に彼はアリティア中央政府の要人と会見して、その際に彼の言った二国への親書受け渡しを頼まれていたのだ。元はヴェスティア宰相という身分のために不審がらずに受け取ったのだが、すでにロイトの策謀はその時点で始まっていたのだ。当然リュートを攻撃するに当たってリュートと親密なセーナ・ライトのいるヴェスティアとシレジアは敵に回る公算が大きい。しかしリュート討伐の報せが届くには時間がかかる。実際にセーナたちもアカネイア大陸には諜報網を張っておらず、1週間に1度、グレッグの発する遣いからしか情報が入らなくなっている。だがここでゲインが急遽帰国することになることを知ったロイトが少しでも情報が届くのを遅らせるべく、途中にウエルト・リーヴェを立ち寄らせるために二国への親書を託したのだ。
 唸るゲインに対して、ラティはすぐに剣を構えなおして言い放つ。
「よし、お前は早く船を出すんだ。リュート一人だけが捕まったとならば、ここにもいずれ追尾が来るだろう。」
一度、頭を切り替えれば、頭脳が高速度に回り始めていく。
「ラティ、お前はどうするんだ?」
「俺はアカネイア大陸に残って、情勢を見極める。誰が信頼に足りて、誰が刃を向けるのか、わからないからな。」
ゲインも頷いて、積荷を急がせる。この時のアカネイア大陸はアリティアとアカネイアの二大勢力の間に、マケドニア、グルニア、グラ、オレルアン、タリスなどの諸国が複雑に入り組んでいた。ほとんど国に繋ぎはなく、だからどう動くかはまだ分からないままである。ふと思い出したようにゲインはグレッグに言う。
「グレッグ、君には辛い役目かもしれないが、もうしばらく大使を務めておいてくれないか。いずれロイトから何か接触があるかもしれないからな。」
遅かれ早かれ、ロイトがリュートに刃を向けた以上、ヴェスティアとアリティアは戦火を交えることになるだろう。そうなればグレッグの立場は極めて危険になるのは言うまでもないが、グレッグには否やはない。
「これも大事な使命。必ずや果たして見せます!」
父も全快ならば、こんな誇り高い騎士になっていたことだろう。ゲインも若き日のグレンを知っていただけにグレッグの姿に思わず目が潤む。
「すまないな。いいか、グレッグ、もし危険になればグラを頼るんだ。お前も知っていると思うが、あの国は密かにセーナ様と懇意になされているからな。」
グラはアリティアの隣にある島国で、今はアリティアの傘下にある。アリティア本領と同じくらいの国力を持ち、昔には神君マルスも幾度となく気を遣ってきた名門であるが、常に世界の動向に目を配ってきており、その関係で本国を無視して密かにヴェスティアと密約を結んでいたので頼りになる国と言える。
 とりあえずこれで応急の指示は終えたが、ラティの子ヴァインがゲインを見つめている。
「あ、ヴァインはどうするんだ?」
ヴァインが、しばしば女性の尻を追うラティに対してミカが付けた目付けだということは薄々察知しているが、アカネイアに詳しい人物がヴェスティアにはいないので、緊急事態ということで一緒に連れて行くことにした。そしてそう告げた後にひそひそ声でヴァインに頼む。
「ミカに詰め寄られたら、何か口添えしてくれな。」
これにはヴァインも苦笑して頷くしかない。それを確認して、真顔に戻ったゲインはミリアたちに向いた。
「さぁ、もうすぐ荷積みも終わりますので、今のうちにお乗りください。ウエルト、グラナダに寄らねばなりませんが、3週間もあればヴェスティアに着くでしょう。緊急事態ゆえに一気に『アネックス』内まで入るつもりです。」
アネックスとはセーナ主導で行っている超巨大要塞のことである。西はエバンスとヴェスティアの境を流れるユン川、東はシアルフィ城、北はドズル城、南はユングヴィ城を基点として、それぞれの城・要害を機能的に連携させて防備を固めるために作られている。ある意味ではシレジアのレヴィングラード防衛構想と似ている。このアネックス内には基本的に船・戦部隊の出入りはもとい、武具の持込なども極端に制限されているが、それも緊急時には例外となる。

 ゲイン親子、ミリア親子、ヴァインらを乗せた船はすぐさまアリティアを出発して、まずは外洋に出るべくカシミア大橋を目指した。ここはいつぞやはソウルフルブリッジと呼ばれ、かつては神君マルスと闇のオーブに魅せられたハーディンが初めて合い見えた場所としても有名であるが、すでにこの大橋もロイト軍によって抑えられていた。すぐさま橋の警備兵に引き止められるが、
「我々はアリティアの親書を託されたヴェスティアのゲインである。貴公らの依頼を受けていると言うのに引き止めるとは無礼でないか!」
と、日頃温厚なゲインが一喝したためにあっさりと警備兵も引き下がった。船を探られると困るのは自分たちなのだが、ゲインの強引さで押し切ることができて最初にして最大の難関を突破することが出来た。
 カシミア大橋を通過した船はそのまま北上を始め、1週間後には南ウエルト改めマゼラン港に到着する。ゲインはアリティアから託された親書をヴェスティアから派遣されているマゼラン駐在の大使に託して、そのまま資材を補給して次なる寄港地グラナダへと向かって足早に発っていった。ゲインから託された使者はウエルト王宮を訪れて、宰相となっていたエステルにアリティアからの親書を渡したが、ゲインの予想通り他愛のない内容しか書いていなかった。意図を訝しむエステルはその使者からゲインの言葉をそのまま伝えて、アリティアへの動きを知ることになり、にわかに戦の準備を始めることになった。
 グラナダに着いたゲインは資材補給の合い間を縫って、提督アトロムと偶然この地を訪れていたリーヴェ宰相マルジュと会見に及んだ。同じようにアリティアからの親書を渡したが、こちらも中身のないものでマルジュたちは互いに顔を見合わせたものの、次にゲインから告げられたアカネイアの情勢を聞かされると大いに驚いた。しかしさすがに大乱を生き抜いてきた二人だけあって、すぐに落ち着きを取り戻してリーヴェはヴェスティアと行動を共にするという回答を持ち出した。そしてすぐさまリーヴェ王宮に向けて急使を派して、リーベリア諸国に知らせる手配りまでしてくれた。非常に迅速な対応をしてもらったので上機嫌のゲインが会見が終わって、補給も終わった頃を見計らって港に行くと思わぬ人がゲインに声をかけてきた。
「ゲイン、久しぶりね。何やら忙しそうだから、私もこの船でヴェスティアまで連れて行ってもらおうかな。」
それはセーナの長女エレナであった。すでに修行の旅を終えて、ヴェスティアでのんびりしていると思っていたのだが、隙を見ては宮殿を抜け出してあまつさえリーベリアにまで来てしまっていたのだ。これにはゲインも驚くしかない。
「エレナ皇女!!また宮殿を抜け出されたのですか?!」
アカネイアでリベカといた頃からもエレナの暴走癖は聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。が、こういう事態になればセーナ長女の血筋は何よりのお守りである。剣の腕も世界随一の実力を持っている彼女が加われば、ヴェスティアまでの航海は安全確実なものになるはずである。渋い顔をしながらもゲインはエレナを連れて船に戻り、すぐさま船は波止場から離れヴェスティアへ向けて出発していく。

 そしてアリティアから3週間、本当ならばその1.5倍かかっていた旅程を最低限の補給で凌いだ一行は巨大要塞『アネックス』に入ろうとしていた。目の前にはユン川の軍港に入るための鋼鉄の水門が不気味に鎮座している。ゲインは前に習った開門の暗号の合図をしようとしたが、エレナに割り込まれる。
「アネックスの暗号は毎年替わっているわ。ゲインももう2年来てないでしょ。だから私に任せて。」
いくらかつての宰相といえどもアネックスの施設に入るには正しい暗号を知っていなければ入れない。特にユン川の軍港はセーナが最高機密としているだけあって、鉄の規律でもって動いている。エレナが合図を送ると、門の見張りもそれを察したかのように俄かに騒ぎ始めた。しばらくして重々しい音を立てながら、鋼鉄の扉が開く。
「さぁ行きましょ。ミリアさんも一生に一度来れるか来れないか分からないところだから、よく見ておくといいですよ。」
エレナの陽気な声に誘われて、船はユン川軍港へと滑り込んでいく。
 そこは今まで見たことのない巨大な鉄張りの軍船が並び、ところどころにはセーナの開発した魔導砲も置かれており、この地だけ数百年経過した錯覚すら覚える。こここそがセーナが直に差配するヴェスティア海軍の総本山であり、ノディオン家(旧アグストリア王家)のクロスマリーナ、オーガヒル家の旧海賊衆と並ぶ、新たな海軍が創られている。ミリア親子はもとい、ヴェスティアにこんなところがあるとは知らなかったプルミエールやルーファスたちも目を白黒させている。ゲインも1度来たことあるが、これほどまで拡充されているとは思っておらず言葉が継げずにいる。一方、エレナは、何度か忍び込んではその度に厳重な警備に捕捉されてセーナに怒られていたこともあるのか、複雑な表情をしているが、一行の驚愕の表情をしているとついついニヤけてしまう自分がいた。やがて適当な桟橋に誘導されてゲインらの船は接岸した。
 「ミリア様、長い間、ご不自由をおかけして申し訳ありませんでした。ここから宮殿までは一駆けして迎えを呼んで参りますので、しばらくお待ちください。」
そう言うや、ゲインは馬上の人となりヴェスティア宮殿に向けて駆けていた。そして入れ違いにヴェスティア海軍提督を名乗る青年が一行を出迎える。
「ゲイン様より事情は窺っております。ささ、あちらの方で迎えが来るまでゆるりとお休みあれ。」
小麦色の肌で、ガシリとした体格の青年に、こうまで謙られるとミリアたちも恐れ入ってしまう。が、一人だけ違っていた。
「そう言って鉄の檻に入れるんじゃないでしょうねぇ。」
悪口を吐くのはエレナである。それを見つけた青年提督は半分驚くながらも、皮肉で返した。
「エレナ様は鉄の檻の方が結構なのでは?すぐにどこにでも行かれて・・・、レインが真っ青になって探し回っておられましたぞ。」
実はこの青年提督はエレナによって引き立てられたのだ。名はノア。エレナが修行の旅の終盤にリーベリアのイル島を訪れた際に意気投合してそのまま付いて来てしまったのが主な出自である。そしてセーナはそんなノアに新生海軍を託して、気が付けば提督の地位にまで上り詰めていた。そんな経緯を持つだけにノアはエレナに対しては頭が上がらないのだが、だからといって恭しく接することがないのはエレナ一党の特徴なのだろう。そんな二人のやりとりに終始不安顔だったミリア親子も癒されて、同じく母を失って明るさをなくしていたゲインの子供たちも自然と笑顔がこぼれていた。


 ともあれ苦難の続いた逃亡劇はようやく幕を閉じた。だがこれからは更なる試練が彼らに降り注ぐことなのだろう。なぜならばこれから起こる道は20年前の大乱に勝るとも劣らない規模のものになるからである。果たして彼らは新たなる大乱を潜り抜けて、平穏な生活を取り戻すことは出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月11日 00:57