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 リュートのラーマン神殿奪還の報はロイトの方にも翌日には伝わることになった。
「ついにリュートもその気になったようだな。」
腹心の重臣カーティスに呟いているところを見ると、どうやら想定の範囲内の事態らしい。
「ではカーティス、手筈通りに10万の兵を持ってラーマン神殿の奪回してこい。」
幼い頃から付き従ってきたカーティスにとってロイトの命令は全て理解している。すぐに跪いて、
「御意。」
そう一言残してロイトの元を後にする。すると思い出したかのようにロイトが付け足す。
「待て、我が軍師殿もご一緒に連れて行ってもらおう。そうすれば万全だ。」
そう言って、ローブを深く着込んでいる男が出てきた。軽く会釈をして、カーティスを促して後を去っていった。残されたロイトは曇り空を見上げながら呟く。
「いよいよ始まるのか、20年越しの大望を果たす時が。」
 カーティス率いるロイト軍10万はカシミア大橋を渡って、大森林を切り抜けてあっさりとラーマン神殿を包囲した。神殿にはリュートを慕って駆けつけてきたカダインの魔道士たちや、ライトによって回されてきたレイラ、セイラ天馬騎士団も入って大分戦力は増しているが、数的には1万をわずかに超える程度に過ぎず、この中でずば抜けた経験を持つ戦巧者のレイラも篭城を進言していたのだ。
 そしてライト陣営もロイト陣営の動きを知り、急遽先鋒を急行させることになった。ライトは一応リュナンらリーヴェ諸将も呼んで、誰を先鋒に出すか討議したが、結局はライトの一存でアルド率いるヴェスティア直卒軍10万が派遣されることになった。久々に戦で暴れたいナロンは大いに不満顔をしていたが、連合軍ということで結束を乱すわけにも行かず押し黙るしかなかった。一方のアルドと言えば、ついに初陣となるのでさすがに頬が紅潮していたが、快活な返事をして周囲の諸将の不安を和らげた。
 すでにルゼルが軍勢をまとめていたので、命が下れば後は早かった。すぐにグラ、グリ、そしてセーナから初陣後見役として付けられているサルーン・リーネ夫妻の一声で10万の軍はラーマン神殿へと向かっていく。規模こそ小さいとはいえ、ユグドラルとアカネイアの初対決がまもなく始まろうとしていた。

 篭城して3日が経ったラーマン神殿だが、リュート、レイラ、セイラ、共に守備に関しては卓越した実力を持っているために一角も崩されずに済んでいた。というより、攻める側があまりにも精細を欠いていたという方が正確なのだろうか。ともかくアルド率いる10万の後詰が到着し、ロイト軍の包囲を解かせることに成功させた。ここでアルドはとりあえずはラーマン神殿を確保してリュートと会見、レイラ・セイラから情報を整理することにした。
「全く攻め落とす気がなかったんだね。」
アルドが確認するようにレイラとセイラに聞く。口調が丁寧なのは、純粋にアルドがこの姉妹を尊敬していることによる。
「はい、おそらく被害を出さないように戦っていたのでしょうけれども、おかげで攻め手がおろそかになっていました。」
「どう思う?」
アルドが自身の軍師と頼むルゼルに聞く。しかしルゼルは実の姉二人を差し置いてもっともらしい意見を言うわけにもいかず、こもごもする。俊才で知られるルゼルの唯一と言ってもいい欠点であった。
「ルゼル、私たちのことは気にせずに思ったことはすぐに言うといいわ。」
レイラがかばうように言って、セイラも鷹揚に頷いた。このあたりの機微はさすがだった。気が楽になったルゼルは「では」と前置きして自論を展開した。
「もともと敵はラーマンを攻略せず、我々先鋒との戦いを望んでいたのではないでしょうか。それならば犠牲を抑える意味も、攻め手が甘かった点も納得できます。」
「前哨戦ということか?」
「おそらく我々の力量を確かめるための布石、といったことでしょう。」
このアルドの推測を受けて、同席していたサルーンがいきり立った。
「ならば我らの実力を存分に見せ付けましょうぞ。」
知勇兼備の名将として謳われたサルーンだが、20年という月日が経ってもそれは変わらない。若干、歳を得て頑固になってはいるが、烈々たる闘志は主を諌めるべき軍監という職にあっても衰えてはいない。その熱気に周囲は呑まれ、あえて敵の意図に乗ってみることに決まった。
 翌日、彼らの予想を証明するかのようにロイト軍が戦準備を進めていることが伝わってきた。
「カリン、敵の布陣はどうだ?」
すでに諜報に出ていたカリンに、ルゼルが聞く。
「陣形とかそういったものは為しておりません。10万が一塊になっています。」
「敵は本気でやる気があるのか?」
ルゼルはつい、そう漏らしてしまった。そう思うのも無理はないくらいのやる気の無さであるのだ。
「そう思わせるのが敵の策略じゃないのか?」
割り込んできたのはアルドであった。何やら別に収穫があるらしく、もう一人ブラミモンドを引き連れている。
「何でも敵軍主将の側に不気味なローブの男がいるらしい。ブラミモンドの話だと、ロイトですら『軍師殿』と言っているほど、実力があるらしいぞ。」
それを聞いてルゼルがうなった。
「以前、セーナ様がエバンス大戦でやった『無策の策』か。いやあの時のセーナ様は車懸かりという策があったから、今回が本当の『無策の策』というわけですね。」
「そうなると何が出てくるのかはわかりませんね。」
四人の会話を聞いていたのか、リュートも会話に参加してきた。解放してから大分経つので以前の端整な顔立ちもしっかり戻ってきており、後にはそんな夫を暖かい目で見つめるミリアの姿があった。ミリアがアカネイア大陸での案内役としてライト率いるユグドラル軍を先導してきたのは既に触れたが、今回のアルド軍のラーマン出征に対しても自ら志願して付いて来たのだ。なお二人の子供、アレルとエリミーヌはヴェスティアのセーナのもとで色々と勉学に努めている。
「ラーマン神殿の付近には見ての通り、大森林が広がっている。伏兵を置くには絶好の場所です。」
「大丈夫です。ここには母に『大軍を任せてみたい』と言わせたルゼルや、世界随一の天馬騎士団を持つレイラとセイラ、それに数多くの大戦をくぐりぬけたリュート様もおられるではないですか、皆が力を出し切れば勝てます!」
元気に言い切るアルドに、思わず力強く頷いているルゼルたちがいた。
 数時間後、元気よく飛び出したアルド軍は森林を西に抜けて、ロイト軍の眼前に布陣した。先鋒はグラ・グリ兄妹の率いるバーハラ・ロートリッターが受け持ち、第二陣にアルドとルゼル率いるIグリューゲル、その脇をレイラとセイラの天馬騎士団が固め、後方にはこの戦の鍵となる部隊が配されることになった。地理に詳しいリュートたちも同行を申し出たが、せっかくの拠点を手薄にして奪われては後々の支障になりかねないというルゼルの意見から彼らが守ることになった。もっとも久しぶりの夫婦の時間を水入らずに送って欲しいと言うアルドの配慮だったのが実の理由だったのだが、リュートたちはさすがにそこまでは気付かなかった。

まもなくセーナの嫡子アルドの最初の戦いが異国の地で始まる。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月11日 01:09