アルド軍の別働隊を率いるグラは自身の魔道士部隊を率いてラーマン森林の中を粛々と進んでいた。このまま敵に気付かれないまま、ロイト軍先鋒カーティス軍に横撃するためである。肝心のアルド軍先鋒を務める部隊はグラより昇進していた妹グリがバーハラ・ロートリッターを束ね、後方に陣している主君ルゼルと連携を密にして迎撃準備を整えている。当のグラはと言えば、愛馬の背で昼寝をしながらお気に入りの部下に進軍を任せっきりにしていた。
「グラ様っ!!」
突然の叫び声にグラは驚きのあまりに馬から落ちた。腰をさすりながら見ると、本陣と敵陣を行き来して情報を得ていたカリンがふくれっ面で睨んでいる。
「急にどうしたんだ、カリン。」
「もうすぐこの部隊が敵勢とぶつかります。すぐに臨戦態勢を敷いてください!」
と言うも、よほどグラの部下が優秀なのか、カリンの一言を聞いてにわかに周りがざわめきつつある。これを見て、グラも苦笑しながら
「これでいいか?」
と言うしかなかった。これにはカリンもつられて苦笑する。戦時というわけで次の瞬間には二人とも真顔になって、情報を交換する。
「で、敵も横撃を狙っているのか?」
「そこのあたりはこれからアルド様とルゼル様と相談するつもりですが、もしかしたら伏兵潰しかもしれないのでお気をつけ下さい。」
「数は?」
「5千くらいでしょうか。かなり騎馬が多かったので、まもなく着くかもしれません。」
カリンの言葉の直後、前方から喚声が響いてきた。
「前方から敵襲!!」
グラとカリンは見つめあって、うなづいた。
「もし危なければ、お約束通りファイアー三発を空に放ってくださいネ。」
「そうならんとは思うがな。」
自信満々のグラの言葉に、カリンも思わずまた苦笑する。
「では私は本陣の方に報告にあがります。」
そう言いながら風と共に姿を消した。
「まったく勤勉なやつだ・・。」
呆れながらも、自身はそう言っている場合ではない。
「よし、久しぶりの戦いだ!皆、振るえ!!」
 「やはり伏兵がいたのか。」
こちらはカーティス軍の別働隊である。
「親父、俺が一気に潰してくるぜ。」
どこかで見た風貌の青年騎士が、自分の身丈ほどもある巨剣をしごいている。
「そうだな、ただの辺境の領主だった我らを小なりとはいえ、一軍の将に取り立てていただいた軍師殿の期待に応えねばな。」
すでにグラ軍もファイアーの一斉射を放っているのか、辺りでは木が燃え始め、パチパチと音を立てている。
「プラウド、我らはユグドラル勢の強さはわからん。魔道士部隊からと言って油断するなよ。」
プラウドと呼ばれた青年騎士はその言葉を本気に聞いていたのかわからなかったが、とりあえず生返事をして戦場へと駆けて行った。
 その時を境に、グラ率いるバーハラ・ロートリッターは一気に押され始めた。
「どうした?」
グラもさすがに遊んでいるわけにもいかず、前線に出るとその理由がわかった。巨剣を振り回す騎士が精鋭で知られるバーハラ・ロートリッターの魔道騎士たちを一太刀で屠っていったのだ。その騎士は紛れもなく、先ほどのプラウドという騎士である。
「野郎!!」
激情したグラはプラウドに凝縮したエルファイアを放った。到達した瞬間、高い火柱が上がり周囲の魔道士たちも喝采をあげる。だが次の瞬間、彼らの期待はもろくも崩れ去った。煙の中から漆黒の鎧を着たプラウドが突っ立っていたのだ。さすがにグラの魔法を喰らって、髪の一部がこげているようだが、どう見ても致命傷ではなかった。
「馬鹿な、手ごたえは完璧だったはずだ。」
驚愕するグラに、プラウドはまた巨剣をしごく。
「なかなかの魔力だな。察するところ、この部隊の長だろう。ちょうどいい、この巨剣ツヴァイハンダーの錆にしてやる!」
馬を駆って猛然と斬りかかるプラウドに、グラは必死に彼の斬撃を交わした。だが次の瞬間には肩からざっくりと切り刻まれ、鮮血が吹き飛んでいた。
「フン、避けたか。だがその程度では巨剣の剣圧は逃れないだろうな。」
肩に手を当て、必死に止血を試みるもあまりにも傷が大きく、出血が止まらない。ともすれば意識が飛びそうなのを必死にこらえ、グラは未だプラウドに対峙する。このあたりは餓鬼魂の恩恵なのだろう。
「ほう、魔道士にしてはタフだな。ならば今、楽にしてやる。」
プラウドは大きく巨剣を振り上げる。その刹那、グラは左手をプラウドに向けて、ファイアーを解き放った。あまりにも間合いが近かったためにグラ自身も爆風の影響で吹き飛ばされるが、プラウドはグラの渾身のファイアーを喰らい10mは吹き飛んでいる。だがやはりさほどのダメージがなく、受身を取ってすぐに立ち上がった。
「今のはさすがにヤバかったぜ。だがこれでお前も限界のようだな。」
主を助けようと駆けつけるロートリッターを払いのけながら、プラウドは一歩一歩グラに近づいていく。対するグラはもう何も出来なかった。魔力もさっきのファイアーで使い果たしてしまい、また先ほど受けた傷で集中するどころか、意識が朦朧としていたのだ。
(こ・・れは・・かな・・り・・マズいな)
何事も奔放なグラもさすがに死を覚悟した。
 次の瞬間、鈍い金属音が森林に響いた。グラがかすんだ視界に見ると、プラウドに負けず劣らない体格の騎士がグラに斬りつけていたのだ。
「ヨッ、グラ!大丈夫か?!」
その声にグラも覚えがあった。すぐにローブを着込んだ男がグラの近くに立ってリカバーを唱える。
「ハル皇子に、アトス!」
ユグドラルにいるはずのハルトムートとアトスのPグリューゲルの№0001と№0002であった。

 カリンはグラと別れた後、すぐにアルドらのいる本陣に報知するついでにブラミモンドと話をしていた。
「嫌な予感がするわ。早いかもしれないけど、セーナ様にヘルプをお願いして。」
カリンの直感に、ブラミモンドは何も言わずに頷いて、ワープしてヴェスティアに飛んだ。
 アルドのアカネイア派遣に際して、セーナはどうしても助けて欲しい場合に一回だけヘルプを出すことを約束していた。ただしアルドにはこのことは伝えられてはおらず、カリンとブラミモンドの独断でヘルプを要求することになっていたのだ。ブラミモンドはカリンの直感を信じて、すぐにセーナのもとに飛んで事情を説明。その結果としてハルトムートとアトスを臨時で転送してもらったのだ。

 「随分と暴れているようだな。」
ハルトムートが口で先制する。すでに斬撃は解いて、プラウドとは向かい合う形になっている。
「お前は何者だ?」
プラウドの問いに、ハルトムートは誇らしげに名乗る。
「ヴェスティア第三皇子にして、プレヴィアスグリューゲルの隊長ハルトムートだ!」
「ほう、お前が昨年のディスティニーズトーナメントで優勝したというハルトムートか。こいつはワクワクしてきたぜ。」
そう言うや否や、プラウドは巨剣を振りかざして斬りかかる。しかし巨剣が相手なら、ハルトムートの剣も世界に名だたる巨剣であった。かつてセーナの実父カインが使っていたエッケザックス(トランジックブレイブ)で斬撃を受け止め、プラウドに呟く。
「俺は剣だけじゃなく、足癖も悪いんだよ。」
次の瞬間にはプラウドの足は払われていた。体勢を崩して倒れるプラウドに、ここにハルトムートがのしかかる。セーナ3兄弟(アルド、クレスト、ハルトムートを指す)の中では群を抜いた体格のハルトムートの圧迫感はさすがのプラウドも逃れることが出来ない。やがて組み手となり、それぞれが剣を捨ててゴロゴロ転がり合いながら拳をぶつけ合う。一瞬の隙を見たプラウドの蹴りがハルの急所に入った。動きが鈍ったハルを吹き飛ばして、立ち上がったプラウドはすぐに自身の巨剣を手にとって構えたが、さすがのハルトムートもこのわずかの間に体勢を立て直してエッケザックスを手に取っていた。
「お前、舐めているのか?なぜ俺と剣で戦わない。」
憤るプラウドにハルトムートは笑って返答する。
「お前こそ馬鹿か。これは仕合じゃ、ないんだぞ。周りをよく見ろ。」
ハルトムートの言葉は、すぐに分かった。余りにもグラ、ハルトムートとの戦いに熱中しすぎて、アトスの指揮によって体勢を立て直したバーハラ・ロートリッターによって味方軍勢が駆逐されていたのだ。やがて血を吐くようにプラウドの父親が出てきた。
「プラウド、退くぞ!敵の援軍だ!!」
だがプラウドは納得しない。一度対峙した以上は決着を着けるのが騎士の定めだと思っているのだ。だがハルトムートは背を向けて剣をしまい、アトスと何やら話している。
「おいっ、もう戦なぞ関係ない。俺と決着を着けろ!」
だがハルトムートはそっけない。
「俺は馬鹿と斬り合う剣は持ってないんでね。」
遠くを見ると、何と双龍旗を掲げる軍勢が近づいていた。何とアルド自身が出てきたのだ。だがプラウドは逆上して止まらない。一気に剣を振りかざして斬りかかるが、次の瞬間、手が痺れる衝撃が襲った。いつの間にかエッケザックスを抜いて、プラウドの巨剣を吹き飛ばしていたのだ。
「次はないぞ!!俺を怒らせる前にさっさと失せろ!」
すでにヴェスティアの獅子と評されるハルトムートの気迫に、プラウドは完全に呑まれていた。やがてうなだれながらも巨剣を取って去っていた。それを遠くから黙って見ていたプラウドの父親もハルトムートの方に軽く会釈をして、小さくなった息子の背を追っていった。
 「何ゆえ、そのまま逃がしたのですか?」
アトスが怪訝そうに聞く。今まで剣を向けてきた相手は根本的に打ち倒してきたハルトムートを見てきただけに、不思議でならないのだ。
「あいつ、俺と同じ匂いがしたんだ。獅子の血ってやつかな。いや、俺より本物かもしれないな。」
「獅子の血・・・。」
アトスはまたプラウドの去った後を見ていた。
「さ、もうヴェスティアに戻ろうぜ。兄貴に見つかったら、面倒なことになるからな。」
満面の笑みで言うハルトムートに、アトスも苦笑してワープの詠唱に入った。


 この後、アルド・ルゼル軍5万がバーハラ・ロートリッターを吸収して強襲したために、カーティス軍別働隊は文字通りに霧散した。一方、プラウドとの戦いで重傷を負ったグラはアトスの的確な応急処置と、ミルのライブで一命を取り留めることができた。しかし何ゆえアルドは中心戦力となるルゼルと共にグラを救援したのか?その謎は先ほどまで計20万の軍勢がにらみ合っていた平原に戻せば、すべてはハッキリする。アルドの最初の智謀が開く瞬間だった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月11日 01:11