ラーマンの戦いで崩れた軍勢を建て直しながら、ロイトはローブの軍師と話し合っていた。
「すぐに出発できそうか?」
すると軍師は首を縦に振った。
「カーティス殿のおかげで明日には出発できそうです。」
明るく返すその口調に邪気はまるで感じない。錚々たる面々が集う敵と戦えて嬉しいといった表情が滲んでいた。そんな笑顔に当てられたロイトもつられて笑みをこぼしつつある。
「軍師殿は楽しそうで羨ましい。」
そう言って、奥に引っ込んでしまった。
翌日、軍師の言う通り、ロイト軍はすっかり体勢を立て直していた。緒戦に敗れたとはいえ、未だに75万の大軍である。100万を数えるライト率いる大連合軍には若干見劣りこそすれど、ロイトの深謀、軍師の未知なる智謀、そしてアカネイア大陸の地の利を合わせれば、そうそう負けるものではない。
負けてなお意気盛んなロイト軍の奥ではロイトが瞑想している。軍師もそんなロイトを見つめながら静かにたたずみ、ロイトの采を待っている。
(これでいいのか?)
ロイトはアカネイア大陸に空前規模の大乱を呼び込んだことにいささか責任を感じていた。緒戦の敗北で最も意気が挫けたのは誰であろうロイトであったのだ。
(このままリュートと手を結んだところでアカネイア大陸はユグドラルの膝下になるだろう。)
ロイトとて昔のままリュートとともにアリティアを盛り上げようと考えなかったわけではない。だがそれよりもアリティア盟主の血筋を引くものとして、譲れぬものもあった。
(神君マルス様は極力戦いを避けてきたと言われているが、それはいくら暗黒竜相手とはいえ同じ大陸内で戦ってきたからだ。だが今回は違う。ユグドラルの底力に、我らアカネイアの誇りがぶつかるのだ。やはり立たねばならない!たとえ勝てないにしてもアカネイアの意地を貫かねばならない。)
ロイトとて大局観はある。隔絶した兵力をもつユグドラル勢に最終的には勝てるとは思っていない。だからこそロイトは負けない戦をするために遥々アカネイア大陸までユグドラル勢を引き込んだのだ、リュートを餌にして。
(たとえ負けようが汚名は私が背負えばいい。アカネイアの意地を見せ付けることができるのであれば、いくらでも十字架を背負ってやる!)
カッと見開いたその瞳に迷いはない。
「軍師殿、ついに始めるぞ。遣いは派してあるな?」
「すでにグルニアに着いていることでしょう。」
間髪入れずに応える軍師にロイトも満足気に頷いた。
「よし、ならば一気に進撃を始める。まずはラーマン神殿を奪還して、これを橋頭堡とする。そして奴らをグルニアへ追い込むのだ!」
ロイトの矜持がついに75万の大軍を動かす。
「アイリ!アリティア勢はあらかた駆逐したか?」
場所は飛んで、アリティア南方にあるアリティア領ドルーア。かつて暗黒竜メディウスが本拠とした地で、闇の聖地とも呼ばれている。そんな地であるから人々も好んで住むことはなく、1000年経った今でも大した発展はしておらず時折、野生の飛竜が飛んでいるほどのどかな地になっていた。そんな地域のアリティア軍を蹴散らしたのはその南にある軍事国家マケドニア王国である。リュート派筆頭を隠そうともせず、リュート監禁から唯一表立って軍事行動を起こしてきたのだが、つい先日、ドルーア地方の首府を陥落させ、アリティア軍を追撃していた。ようやくそのメドも立ち、マケドニア国王ガーラントが孫娘アイリに駆けつけてきたのだ。年齢的にはセリスやセティと同じくらいなので、セーナの子供たちが活躍している今の時代となるとかなりの老齢になる。かつてはマケドニアの梟雄と呼ばれ、アリティア・アカネイア双方を圧迫するほどの豪腕だったのだが、リュートと出会ってからはその大器に惚れこんで借りてきた猫のようにリュートに対して従順に振舞ってきた。何が彼をそうさせたのかはおそらく本人にも分からないのだろう。そんな梟雄すらもほれ込ませたリュートの魅力の方が凄いのだろう。
「おじいちゃん、もうドルーアは一通り治まったよ。これからどうするの?」
王女アイリは無邪気な顔で問いかける。こんな孫娘と触れ合う時も過去の梟雄の姿はない。周囲の者も主君の変貌に当初は戸惑ったに違いないが、今では好々爺然としたガーラントにもすっかり慣れている。
「ふむ、フレディよ、あちらの方はどうなっておる?」
フレディとはアイリに付いている重臣で、メキメキ頭角を示してきている若者である。ガーラントはもしアイオテが生きていればこのような人物だったのか、と密かに思っているだけあってマケドニアの将来を託そうとも思っている。だからこそグルニア・ラーマン方面の情報収集という大事な役を任せていたのだ。ともあれ、主君の指名を受けたフレディは静々と前に出て、現状を細かく報告した。ここからラーマン地方はそう遠いわけではないので、アルドとカーティスの戦いもすでに伝えられたが、
「それよりもグルニアで気になることが・・・。」
この一言で始まったフレディの言葉がガーラントとアイリを驚かせた。もしそれが事実ならば当初の予定は大きく狂わされる。
「そういうことならば話は変わるな。アイリ、わしは予定通りにオレルアンに向かうが、お前はフレディとこう動け。」
その後、綿密な打ち合わせを始めた三者は1時間に渡って話し合った後、マケドニア軍は二手に分かれて行動を再開した。彼らの判断が後に大きく関係することになるのはそう遠い話ではない。
「アルド様!!ぜひ聞いて欲しい話が。」
叫びとともに駆け込んできたのはサルーンとリーネだった。特にサルーンはいつになく激昂しており、誰彼構わずに掴みかからん剣幕だ。
「ど、どうしたんだ。」
あまりの剣幕にさすがのアルドもルゼルも困惑している。
「先日の追撃戦で敵方の軍師の正体が判明したんです。」
また叫びかからんとしているサルーンを制して、リーネが言う。
「ああ、例のローブの軍師のことか。」
先日の戦いでグラが重傷するなど別働隊を壊滅寸前に追い込まれた実力は侮れないとアルド軍の人間は見ていたので、ここに詰めていたものは皆、首を伸ばして耳を傾けた。
「はい、そのローブの軍師、実は・・・」
言いづらそうにするリーネに、サルーンが唾を飛ばして叫んだ。
「裏切り者のカイだ!!」
その言葉に周りも次に出る言葉を失っていた。カイ、グリューゲル創世期のメンバーでもあり、グリューゲル空軍の知を司る存在としてセーナに近い人物なら知らないウものはいない。リーベリア遠征後からは途中から加わったフリードによってすっかり出番がなくなってしまったが、それでもグリューゲルのメンバーからはその温厚な人柄で人気もあった。
「冗談でしょ、サルーン。」
真っ先に驚いたのは同陣していたミーシャである。それもそのはずである。有り得るはずのない、かつてのセーナ十勇者の裏切りである。しかもミーシャとは性格が似ていたためにカイが十勇者にいた頃は結構親密な仲だったのだ。それに反問したのはリーネだった。
「私たちも信じたくはありません。」
しかし、と続けてリーネはあの追撃戦のことを振り返る。
アルドの奇策が功を奏して、崩れたカーティス軍を追撃していた頃である。当然、アルドは『星屑の雨』のために執拗な追撃とともにサルーンとリーネに対して、時があれば軍師と槍をつけるよう命じていた。この時にはアルドは軍師を警戒していたのだ。サルーンとリーネも鋭く追撃した結果、以前にカリンから聞いたとおりのローブの男を見つけた。すかさず槍を突けたサルーンだが、軍師もよく見えていたのかすかさず剣を繰り出して弾き返した。しかし仮にも十勇者随一の実力を持つサルーンの槍を弾き返すなど、そうそういるものではない。戦慄したサルーンは執拗に槍を突き、リーネはその軍師の正体を探った。そしてその剣筋がかつてのカイのものに極めて近いことに気付いたのだ。だがそれだけで判断するほど彼らも愚かではない。すぐに独断でブラミモンドとカリンに頼み込んで、ひたすら軍師の様子を監視させ、ついにわずかなローブを脱いだ瞬間を捉えたのだ。そしてその証言と、サルーン、リーネの言うカイの特徴が完全に一致して報告してきたのだ。
「ならば間違いはないか。」
アルドも断を下すしかない。
「しかしなぜカイ殿がロイトのもとへ?」
ルゼルは当然の疑問を呈するが、
「病気とかいってトラキアへ帰ったと思えば、いつの間にか敵方に寝返った裏切り者など斟酌する必要などない。俺がそのそっ首を刎ねてやる。」
吠えるサルーンはリーネに押さえられて、一旦退いたものの、その叫び声はしばらく止まらなかった。もともと親友と恃んでいただけに今回の裏切りが相当ショックだったらしい。これほど乱れるのはかつてもう一人の親友グレンを半身不随にさせてしまった頃以来である。
「セーナ様の下で知略を尽くしたカイが敵に付くと、マズいですな。」
ルゼルがアルドに言う。アルドにとってもセーナ十勇者は皆、あこがれの存在であり、たとえ退官したカイと言えども例外ではない。それだけ畏敬する人物を相手にすることの怖さをアルドは感じている。
「嫌な予感がする・・・。」
アルドのその一言で座の雰囲気が冷える。その瞬間であった!
「アルド様に伝令、アルド様に皇帝陛下より伝令!グルニア王家が寝返り、接岸していたクロスマリーナ、オーガヒル海軍の船を襲撃!!」
『っ!!』
一同が声にならない声が洩れる。ついにロイトとカイの深謀が炸裂する!!
「セーナ様、残り少ないこの命、不忠なれど生涯の願いを叶えさせてください、セーナ様との知恵比べをすることを!」
涙を流しながら天に叫ぶカイがそこにいた。