グルニアの寝返り、それこそがロイトの策略である。20年前まではマケドニアと同じくリュート派として知られたグルニアであるが、国王の死によってリュート支持派の勢いはにわかに失われていた。ここに一人の女将軍がロイトのために一肌脱いだ。その名はヌヴィエム。グルニア軍人ではなかなかの名門の出身でその家柄に見合った能力もしっかりと持っており、いつかのアルド・ライトとの会見でも同席して二人にグルニアでも骨のある人物と捉えられている。そんなヌヴィエムはグルニア貴族たちを扇動して王城を占拠、さらに幼い国王を説き伏せて反転、ロイト陣営へと鞍替えさせたのだ。だがこれに反発した勢力もある。グルニアの精鋭たるグルニア黒騎士団だ。裏切りは信義に関わることを心に刻んでいる彼らは国王の変心に失望、王城を脱出してライトたちと合流を果たした。ここに伝説の黒騎士カミュの愛した騎士の国は失墜した。
ともあれラーマン地方に孤立することになったライト軍は前後に大勢力に挟まれることになり、急遽対策を練らざるを得なくなった。ラーマン神殿から合流していたリュートたちも軍議に参加したが、最初はライトの怒号が飛び交った。標的はグルニアは安全と言い放っていたミリアである。リュートが体を張って彼女をかばい、アルドやリュナンが間を取り持ったことでどうにか収まったものの、それからもライトは一方的に方針を伝えたまま下がって行ってしまった。
「やってられないな。」
手勢をまとめた中で20年前と同じセリフをついリュナンは吐いていた。
ライトが一方的に伝えた方針は単純だった。抑えの兵を残して、残りで軍勢を反転、一気にグルニア勢と雌雄を決して後方を確保しようということである。しかしこれにリュナンは独立した行動を取り始める。あまりにも独断的なライトの行動についに怒り心頭に達したのか、ライトの制止を振り切って、手勢を率いてグルニア軍に急襲された上陸地点の再確保に向かったのだ。これにウエルト軍も雪崩れ込んだために実質ライト軍の中のリーベリア勢が抜け出してしまうことになった。怒りに震えるもどうしようもないライトはシレジア勢のみを率いてグルニア軍を制するしかなかった。
そしてライトの逆鱗は息子アルドにも降りかかる。先日のラーマンの戦いの疲れが癒えぬまま、セイラ天馬騎士団を引き抜いた状態でロイト本隊を食い止めろという非情命令が下りたのだ。リュート傘下の部隊を加えてもセイラ隊が抜けた今では10万も達せず、その状態でロイトの大軍と戦わざるを得ないのだ。だがこんな命令をアルドは躊躇いもなく受諾する。
怒りの砂塵をあげて北上してきた道を南下していくライト勢を見送って、アルドはルゼルと話し合う。
「70万の大軍を相手にどこで戦いますか?」
「とりあえず3日はここで休みを取ろう。まだ先日の疲れが取りきれてないだろうから。」
暢気なやり取りにさっきまでの棘々した軍議の空気を引きずっていた諸将の表情もつい和らぐ。
翌日、グルニアの寝返りという報知を受け取ったロイト軍がついに南下し始めて、のんびりとくつろいでいるアルド軍に追いついた。しかしアルドは命令を覆さない。
「のんびりとしているんだ。剣を構えた奴は軍令に背いたものと見て、処罰する。」
気狂いしたかのようなアルドの言葉に諸将は驚きを隠さないが、処罰すると言われれば休むしかない。とはいえ、70万の大軍を前にのんびりと休めるものではない。戦々恐々としている兵たちを見て、アルドは大胆にも大の字になって眠って見せた。これには周りの兵も空いた口が塞がらず、唖然とするしかなかった。
「どういうつもりだ?!」
こんなアルド軍の内情の報告を聞いて、ロイトとカイが困惑の表情を見せている。
「何か策があるのか?」
「あんなノンビリしていることこそ、我らを欺く策ではないでしょうか。」
カイは的確にアルドの無策の策を見抜いているが、こうも明け透けにする理由がわからない。周辺に伏兵がいるかいないか探っても、諜報衆は誰も生きて帰ってこないために下手に動けないのだ。暢気に見えても、裏ではカリン率いるグリューゲル諜報衆がルゼルの采配の下で暗躍していたためである。
「なぁ、カイ。3日待ってみようではないか。3日待って攻めてくれば受けて立つし、逃げ出せば追えばいいだろう。」
そう主将が言えばカイとて従うしかなかった。
そして3日間、戦地とも思えないユルい空気がアルド・ロイト両軍の間に流れていく。
「そろそろかな?」
アルドが何かを待っていたかのようにスクっと立ち上がる。
「ルゼル、武具・兵糧とかをまとめておいてくれ。そろそろあそこに行こうと思う。」
これに頷いたルゼルはカリンとともに黙々と作業に入る。あらかじめ準備が出来ていたのか、数百台にも及ぶ荷車が一斉に南に向けて走り出した。
「よしっ!皆、これから恥も外聞もなく、逃げろ!方向は南だ!双龍旗の掲げたところまで逃げるんだ!」
アルドはそう言って馬に鞭打って南に逃走していく。これにIグリューゲルとリュート一党が付き従うことで、他の部隊も慌ててこの流れに付いていく。最後にミーシャ・レナ義親子のガーディアンフォースが陣地に火を放って遁走していき、アルド軍はあっという間にラーマン地方から撤退していった。呆気に取られたのはロイト軍である。まさかここまで大胆に逃げられるとは思ってもおらず、冷静沈着をもってなるカイですらしばし思考を忘れたほどだ。
「何をしているっ!追撃せよ!」
ロイトの怒号に軍勢は我に返り、一斉に追撃を始めた。しかし燃え上がるアルド軍陣地に邪魔をされて迂回さざるを得ず、さらにいつの間にか伏せられていたガーディアンフォースに横撃されると俄かに勢いが削がれ、さらに山岳地帯では大軍が仇となって渋滞してしまっている。結局、この日はアルド軍に追いつくことが出来ずじまいであった。
翌日には諜報衆を派していたロイトは彼らからの報告でアルドが次に立ち寄った場所を知った。
「やはりロレンスの盾か・・・。」
眉間に皺を寄せるロイトに、かつての英雄が立ちはだかろうとしている。
アルドが立てこもったのはグルニアを護る盾として北部山岳地帯に作られたロレンス要塞である。ロレンスの名はアカネイアの歴史をかじったものなら知らないものはいない。グルニアの槍としてカミュが英雄視されているが、ロレンスもグルニアの盾として当時のグルニアを支えていたのだ。ただし英雄戦争時には神君マルスとの不幸な行き違いの末に壮絶な爆殺を遂げている。これを悔やんだマルスは戦後、彼の没したこの地にアカネイア最強の要塞を建設し、グルニアの盾として鎮守させたのだ。もっとも1千年余りの時を経て、行きがかりとはいえグルニアを討つためにこの要塞にアルドが立て篭もったことは皮肉でしかないのだが。
グルニア寝返り時はヌヴィエムもしっかりとこの要塞を確保していたのだが、再び南下してきたライトの猛襲の前にあっさりと陥落している。この要塞は万単位の兵がいて初めて機能するものであって、ヌヴィエムはここに数千程度しか配していなかったのだ。これでは守れ、というのも無理なものである。もともとヌヴィエムもここでの防衛を想定していないのも理由の1つなのだろう。ともあれアルドはこの英雄が祀られた要塞を手中に収め、徹底的な篭城戦へと持ち込むことにした。この篭城戦を機にアカネイア大陸は激動のるつぼに突入する。
アルドのロレンス要塞占拠とほぼ時を同じくして、独立行動を取っているリュナンが手始めにグルニア勢とぶつかった。ようやく初出番となるナロンの猛攻に勇名高いグルニア騎士団もあっさりと崩れて、リーベリア勢は難なくグルニア軍が急襲していた上陸地点を再確保することが出来た。しかしその惨状はリュナンの想像を遥かに超えていた。接岸していた船は一艘も逃さずに焼き討ちされ、浜は船の残骸で覆われていたのだ。これでは小さい船は出来ても武具や兵糧を積んだ大型船は接岸することは不可能で、兵站補給に重大な障害になるのは明らかである。幸い、この地を警備していたアトロムが無事だったので、作業は順調に進んだものの、あまりにも残骸の量が多すぎるためにかなりの時間はかかると思われた。
「リュナン様、お呼びですか?」
惨状を見たリュナンはすぐにナロンを呼び出した。
「見ての通り、ここではしばらく戦いは起こりそうにないから、アルドの下に応援として向かってやってくれ。」
すでにセーナからはアルドを頼むように言われながら、まだ何にも報いてやれてなかったことを思い出していた。もっとも想像以上にアルドの器量が大きかったこともあるが、約束した以上は果たしたかったのだ。これからアルドは苛烈な戦いになるであろうから、歴戦のナロンを送ってアルドを支援させることは間接的に己を助けることであろうと思いついたのだ。ナロンも明るく振舞うアルドにはかなり好意を持っており、そんな彼を助けるのは望むところのようですぐに喜んで駆けていった。
翌日にはロイトも追いついてロレンス要塞をギッチリと包囲したが、時を合わせたかのように登場したナロン隊の突入でロイト隊南部包囲軍は呆気ないくらいに霧散してしまった。ここで同じく南側を守備していたミーシャ率いるガーディアンフォースが呼応したためにロイト軍はさらに輪をかけて大混乱に陥った。結局、ロイト軍は肝心の緒戦でナロンのロレンス要塞入城を果たされただけではなく無残なる負け様を晒してしまった。だがカイは不敵に笑う。
「ロイト様に負けてはいられないです。」
大謀略を繰り広げるロイトに触発されたかのように軍師のカイも1つの策を思いついていたのだ。そしてナロン合流戦で種の仕掛けは完了して、後は花開かせるのみとなる。
アルド軍がロレンス要塞に篭もり、ロイト軍がそれを包囲するも目立った小競り合いに発展もせず、数日が経った。ある夜、突如、要塞の兵糧庫が爆音が響き渡った。
「また寝返りか?!!」
アルド軍の兵たちは狼狽して、一部では同士討ちも始めているところもあった。アルドとルゼルはすぐに事態を把握すると各部隊に持ち場を死守するように命じて、アルドとルゼルはインペリアルグリューゲルを率いて兵糧庫を襲った一団に対して逆襲した。対応が早かったためにそれ以上の混乱はなく、他の兵糧庫も守備することは出来たものの、襲撃された兵糧庫を失ったことでかなり兵站が逼塞してくることになった。
「カイ殿の策ですかな。」
ルゼルがうなり、アルドもセーナ十勇者の知略に身震いする。二人の勘の通り、この夜襲こそがカイの策略である。先日のナロンとの戦いでカイはロイト陣営の諜報衆をロレンス要塞の中に導くことに成功して、早速今夜に兵糧庫を爆破させたのだ。その結果、アルド軍の兵糧は激減するだけでなく、陣内に立て続けの裏切りかと疑心暗鬼を植え付ける副作用まで与えることが出来たわけである。しかしカイの策もアルドの機転で逆に結束を固めることになる。
要塞内部もようやく落ち着きを取り戻した頃、兵糧管理者から今夜の夜襲による兵糧の損失量を知ったアルドとルゼルは悩みながらもある決断をする。
「ルゼル、このままだと僕らは飢え死にしてしまうかもしれない。ならば僕らはしばらく食事を減らすことにしよう。」
アルドもルゼルも実は極貧生活を経験しており、飢えに関しては無知ではなかった。というのもセーナから課された修行の旅にて一行は旅賃を失ったことがあって、本気で衣食住に困っていたことがあったのだ。だから多少の空腹は我慢できた。
「だけど女子や負傷者にはいつも通りの食事を与えるように。」
このあたりがアルドの優しさである。ついでに修行の旅の時もアルドとルゼルは食事を我慢しながらも、他に同行していたミルやグリら女性陣にはそれなりの食事をさせていたこともある。
アルドの命は翌朝には実施され、一般兵にはいつもより減った食事が配られることになった。不平を言うものも当然いたが、アルドやルゼルが朝食の一食を抜いていることを知らされると感激して、自分の食事を差し出すものも現われたほどだ。先日の戦で重傷を負って今なお治療中のグラもこれを聞いて食事を取らないと駄々をこねたが、アルドから直に説得されていつも通りの食事を取ることにした。アルドのこの行動に、リュートやナロンは感銘を受けたのは言うまでもない。しかし逼迫しつつある台所事情は相変わらずで、この状況を心から悔やんでいる一人の騎士がいた。
その夜襲からまたしばらく経ったある日、沈黙していたロレンス要塞に久しぶりに戦火が上がった。見ればロレンス要塞から突出している部隊がいた。
「どうしたんだ?」
若干、頬が痩せてきているアルドとルゼルがお互いに顔を見合わせたが、どうやらどちらも攻撃命令を出していないらしい。場所を確認して眼下を覗き込むと、そこはリュートたちが担当するエリアである。
「リュート殿が抜け駆けか?」
アルドが疑問を呈すると、ルゼルは「そんなことをする人物ではない」とクビを横に振る。そしてすぐにリュートから伝令が来た。
「ミリア様が守備命令を放棄して、突出!リュート様も救援に向かいますが、こちらは寡勢、援軍をお願いします。」
この言葉で二人は最近言葉少なで塞ぎ込み気味だったミリアのことを思い出して、事の真相を悟った。
ミリアは今回のグルニア出征の引き金となった人物であり、そしてグルニア上陸を強く勧めた人物である。もっともグルニアのすぐ近くのラーマンにリュートが監禁されていたという背景があるが、アカネイアに無知だったライトらはミリアの言うことを信じるしかなかった。その結果がグルニアの寝返りであり、窮地に追い込まれることになったのだ。騎士の誇りを大事にしてきたミリアにとってこれらの動きは苦痛以外の何者でもなかった。幸いにして結束の固いアルド軍に入ることになって多くのものは優しい目で見守ってくれていたが、逆にミリアにとっては気を遣わせていたように感じてしまい、更に重石になっていたのだろう。精神的に追い詰められた結果、この日誰の言葉も聞かずに飛び出してしまったのだ。
急転した状況にアルドとルゼルは額を突合せて、討議を再開する。
「ルゼル、各守備を動かせば付け込まれるから動かせないだろう。そうなると手数が少ないから、『彼ら』にも頼もうか。」
「時機尚早だとは思いますが、ミリア殿のためならば仕方ありませんね。」
そう言ってカリンを呼ぶと、何事かを頼みごとをした。頷いて去ろうとするカリンに、アルドがもう1つ訪ねごとをする。
「そういえば最近ブラミモンドを見ないのだが、どこに行ってるんだ?」
それにカリンは申し訳無さそうにいう。
「すみません、もうセーナ様のもとで動き回っております。大事な時に手薄になってしまうことはお許しくださいませ。」
「母上のもとか・・・。それなら仕方ないか。」
もっともそのセーナも最近は消息を消しており、どこにいるのかは不明である。しかしないものは仕方なく、カリンを促すと、自身も手勢を率いて要塞を飛び出した。
「戦というものはムゴいものだな。誇りの固まりだったミリアをあそこまで追い込むとは。」
そう呟くのはロイトである。もともと同じアリティア出身であるためにお互いのことは知っている。ミリアは先日寝返ったグルニアを見限って味方についていたグルニア黒騎士団をまとめており、今回の突出も彼らと共に行われている。グルニア黒騎士団も祖国の裏切りにより失墜した騎士の誇りに賭けている為に死を賭していた。
「ロイト様・・・。」
「わかっている。東の部隊をこちらへ呼べ。そうなれば数でも十分持ちこたえられるだろう。それよりも北西の方は動くと思うか?」
ロイトの本陣はロレンス要塞北部にある。ロイト軍は四方にほぼ均等に兵が分けられており、それぞれに役割が定められている。またロイトは要塞北西部を怪しんでいた。伏兵を警戒して諜報衆を周囲に派したところ、北西部から一人も帰らないからだ。これを知ったカイはそこに伏兵があると確信して、警戒するようにロイトに進言していた経緯があったのだ。
「おそらく動くでしょう。西の部隊に迎撃させることにしましょう。もっともそれを勘繰られないようにしていただければ、出てきたところを叩けて、更なる効果があがることでしょう。」
そうこうしているうちにミリア隊を救うべくリュート隊が飛び出してきた。こちらも万もない部隊で、しかも接近戦は強くない魔道士ばかりの構成だが、衝撃力は凄まじい。ロイトは冷静にやり過ごしてミリア隊と合流させて、それから包囲殲滅させようとした。ミリア隊は騎馬中心、リュート隊は魔道士中心ゆえに連携が取りづらいことを見越した上での判断である。その読み通り、リュート隊をかばうためにミリア隊は動きが遅くなり、いよいよロイト軍に取り込まれてしまうことになった。こうなればあとは殲滅されるのみだが、ここでアルド、ルゼル、レナが率いるヴェスティア軍が出てきた。要塞付近にたむろしていたロイト軍を粉砕すると瞬く間にリュート・ミリア隊と合流を果たした。
「ミリアさん、ご無事で何よりです。囲まれないうちに早く戻りましょう。」
この頃にはリュートに叱責されていたこともあって、ミリアもようやく正常な判断を出来るようになっていた。だがロイト軍は彼らの想像を上回る速さでアルド軍を取り囲んできた。
「こういうことも予測していたようですな。」
冷静に話すルゼルが事態を深刻にさせる。ロイト軍東攻城部隊がアルド軍の退路を断ち、四方から改めて猛攻を仕掛けてきたのだ。ロイト軍35万、一方のアルド軍は2万足らず、しかも包囲されるとなると厳しかった。だが彼らは『布石』を用意していた。
「行こう、アルド!」
そう叫んだ若者は剣を振り上げて、進撃を命じた。アルドと言われたのはかつてセーナと共に戦った剣士パピヨンである。今では目の前で死闘を演じているアルドと同じ名前である旧名を名乗って、ウエルト王国のために仕えていたのだ。そして彼が仕えるのはウエルトの王子レオンである。サーシャの年の離れた弟で、言うまでもなく次代のウエルトを担う存在である。セーナ軍略の1つとして密かにグルニアに渡って、ロレンス要塞西北部に篭もってたのだ。そんなウエルト軍はレオンの采配のもと西北部の森林から勢い良く飛び出すと、ロイト軍の本陣目掛けて突撃していった。しかしこれをロイトとカイはしっかりと読んでいた。あと少しでロイト軍本陣を突くというところで、レオン軍はロイト軍西攻城軍の横撃を受けてしまった。
「グッ、読んでいたのか!」
うめくレオンだが、このまま戦うしかなかった。数的にはここではほぼ同数であるためにまだまだ挽回は可能である。しかし、アルド軍への援護は不可能となる。
「アルド、どうにかならないのか!」
すでに喧騒は二人の近くまで来ていたためにレオンは叫ぶしかない。助けを求めている味方がいるのに割り切らねばならないのか、アルドに聞いているのだ。
「下手に助けに行けば、我々が崩壊します。悔しいでしょうが、ここは1つ1つ捌くしかありません。」
その言葉に唇を噛むレオンだが、ここではアルドの言っていることが正しかった。下手に動けば、本当にこちらが崩れてしまうのだ。こんな状況でそれを理解できたレオンは確かに名将であったが、やはりまだ若さが目立っている。本当ならそれを微笑ましく見守りたいアルドであるが、彼もそれを許すほど楽な状況ではなかった。ウエルト軍はカイの手によって完全に塞がれ、アルドたちの切り札は無駄に終わることになった。
そんな状況はアルドたちにも見えていた。一瞬、歓喜をあげようとしていたアルドたちだったが、西攻城部隊に阻まれると絶望の表情になった。
「参った。もはや打つ手なしだな。」
「我らが束になってもセーナ様の十勇者には勝てないのですな。」
アルドとルゼルはすでに逆転の目がないことを理解していた。すでに包囲され、敵の数も圧倒的、ウエルト軍が西攻城部隊を打ち破れば助かるものの、ほぼ同数で横撃されるとなると勝ててもすぐの救援は不可能だ。
「仕方ない。後は悔いの残らないように戦い抜くか。」
アルドが真剣を抜いて、最期の突撃をしようとした瞬間、傍らに駆けつけてきたリュートが彼を引き止めた。
「あれを!」
リュートが指差した方を見て、アルドとルゼルが驚愕した。東の空に夥しい数の竜騎士団が迫ってきていたのだ。
「竜騎士団・・・。東からということは・・・」
アルドの言葉に、リュートが嬉々として引継ぐ。
「そうです!マケドニアの援軍です。」
世界に最強で知られるマケドニア竜騎士団、その数20万。決して多くは無いが、この戦況で、この巨大戦力の投入は全てを覆した。マケドニア軍先鋒をまとめる勇将フレディは手勢を3つに分けて、ロイト本陣、アルド包囲軍、ウエルト軍と戦っている西攻城部隊と次々と襲った。この時のフレディの槍捌きは華麗かつ豪快で、次々とロイト軍を屠っていく。
「さすがフレディ、マケドニアの誇りね。」
そして本軍をまとめるマケドニア王女アイリが戦線に入ってきたことで、ロイト軍が一気にひるんだ。この隙をみて、アルド、ルゼル、レナ、リュート、ミリアらは間隙を縫って、ロレンス要塞帰還を果たすことが出来た。またウエルト軍もフレディ部隊との共同で西攻城部隊を壊滅させると、ガラガラになった要塞西部から悠々と要塞に戻っていった。ロイトもカイも深追いはさせることはせず、とりあえず今回の戦いで被った被害を立て直すことに専念した。
結果的にはこの戦いは痛み分けという形に終わった。ロイト軍は西攻城部隊を失って4分の1の兵力がなくなったが、アルド軍はこの激戦でレナとその夫アレクスが負傷し、要塞を飛び出した部隊のほとんどが半数ほどの兵を失った。しかしウエルト軍、マケドニア軍の参戦でアルド軍は50万にまで数を戻して、十分ロイト軍と戦えるまでに成長することになった。兵糧という面でもマケドニア軍がかなりの量を確保していたために、当面の難局は回避できそうである。
「アイリ王女、本当に助かりました。」
アルドが率直に感謝すると、アイリも頬を赤らめて照れてみせる。
「レオン王子も駆けつけていただいて、何と声をかけたらいいか。」
「いやいや、あまり活躍できなくて、こちらこそ申し訳ない。」
真摯な姿勢をするあたり、アルドのそれと似ており、その光景を見ていたルゼルは頼もしい味方と目を細める。
「それよりもぜひアルド皇子に会わせたい人物がおります。」
そう言って促したのはレオンの側近のアルドである。
「あなたが母上がお世話になったというパピヨンさんですね。」
親しみを込めて語りかけてくるパピヨンに、跪いていた彼は恐縮して言う。
「今は恐れながら皇子と同じアルドの名を戴いております。」
「あ、そうだったね。僕のアルドは叔父からもらったと母から聞いているけど、きっとあなたの名も入っていると僕は思いますよ。」
叔父とはセーナとの戦いでその命を散らせたシグルド2世の幼名である。この頃にはアルドもリアルトという名で生まれていたので、その時は新旧3人のアルドが生きていたことになる。ともあれ、アルド二人の出会いで、和やかにその日の会談は終わった。
一方、体勢を立て直そうとしているロイトの下には衝撃の報せが入ってきていた。
『タリス王国、ヴェスティア帝国軍の急襲により無条件降伏。総大将はセーナ長女のエレナ、副将にバーハラ家のアーサー、ヴェスティア家客将のサーシャで構成され、その数40万。水軍にはバスコ諸島連合のものが味方している模様。』
すでにエレナがバスコ諸島に向かったことは触れたが、彼女はバスコ諸島を味方に引き入れて現地の水軍を借り入れることに成功した。そしてセーナから予め与えられていたヴェスティア軍をバスコに移して、ルゼルの父アーサー、そしてリーベリアの蒼穹サーシャと共にタリスに攻め込んでいたのだ。そのタリスはさる事情で手薄になっていたために、大した抵抗も見せずにあっさりと降伏した。この情報が届いたとなると今は大陸東部のデビルマウンテンあたりまで進んでいることだろう。しかし
「ついにセーナの策が動き出したのか。だがもう遅い。ヌヴィエムがライトを打ち破って、このロレンス要塞に封じ込めることができれば全てが終わる。」
身震いしながらも、すでに己の策が最終段階に入っていることに満足しているロイトは動揺を見せない。しかしカイは対策を練るよう進言する。
「今までの取り決めどおり、私が東方へ向かいましょうか。今向かえばオレルアンあたりで引き止められるかと。」
「心配することはない。オレルアンがどうなろうと、カーティスが守るアリティアが落ちることはまずない。敵がアリティアで食い止めている時間があれば、十分わが策は完成できる。それよりも軍師殿は私と共にここで地盤を固めるのをお手伝い願えないか。」
あくまでもカイには低姿勢なロイトなので、カイもこれ以上は言えなくなってしまった。しかしカイは懸念を隠しきれない。
(セーナ様、一体あなたはどこにいるのですか?)
その漠然とした不安が現実になるのはもうすぐである。