アカネイア軍を追撃中のセーナは、即座にエレナを呼び出して、
「レクサスとデーヴィドと合流しなさい。あとは任せるわ。」
とセーナ軍から分かれて行動するように指示を出した。またセーナは馬を飛ばして、後方のリュナンの元に行くと、
「少数でいいから、リチャードの行動を縛れない?」
と頼んだ。しかしリュナンはさすがにもう行動を取っていた。
「どうやら連絡が行き違いになったようだ。すでにナロンにレダ軍を包囲するように向かわせた。主戦場へは私とカリナで行くし、リーヴェにはマルジュに各国にレダへの包囲網を働きかけ、クライスとアーキスにレダ国境を封鎖するように命じてある。」
リュナンもここに来てのリチャードの行動に、心底呆れているので、今回は徹底的に懲らしめることにした。しかし戦に訴えることはせず、経済的に締め付けようというのだ。彼らしいやり方であった。リュナンの対応に満足したセーナはすぐに本軍に戻って、更なる追撃を指示。
「このままアカネイアのパレスまで落とすのよ!」
珍しく強気を崩さないセーナであった。
 一方、アカネイアでは国王から謹慎を解かれて以降、戻ってきていたアディルスとアイバーが再会していた。
「こちらの首尾は上々だ。あとはフレイとレギンが上手くやるか、か?いいのか、あいつらを信用して。」
呆れ顔のアディルスに、アイバーも苦笑して返す。
「これは陛下の命令、いくら何でも彼らに拒否する権利はないわ。それよりもアディルス、一つ調べて欲しいことがあるんだけど・・。」
「何でも頼んでくれ、俺はお前の母に助けられた身だ。」
【白衝貴】アディルスは今のアイバーの叔父に当たり、しかも現国王の甥にも当たる。15年前の前国王崩御時にはその血筋ゆえに、一時は国王候補に祭り上げられ、現国王即位前後には危うく闇に抹殺されそうになったこともある。それを実の姉・先代アイバーは彼を四名臣の中で継嗣のいなかったアディルス家の養子に送り込むことで、アディルスのアカネイア継承権を放棄させ、現国王の魔手から解放された経緯を持つ。アディルスは姉に頭が上がらなかったのだが、先代アイバーはこの政乱で神経をすり減らしたことで病弱になり、一年後には病死してしまっている。だからこそアディルスは今のアイバーを支えることを人生の糧としていたのだ。アイバーはこんなアディルスを通じて、何度母に感謝したいと思ったことか、しかし、今はそんな思いを口に出している暇はない。まもなくヴェスティアの魔女がアカネイアに降ってくるのだ。


 「レギン、後は頼んだよ!」
フレイは追ってくるセーナ軍に一当てすると、すぐに西に敗走してしまった。これを見たレギン勢は瞬く間に数を減らし、アカネイア王城パレスに逃げ込んだときはわずか数千程度にまで散らしていた。先鋒となったジャンヌはそのままパレスに侵攻し、守備位置につこうとするレギン勢を蹴散らしていく。やがてアルド勢もこれに加わり、パレスの陥落ももう間もなくと思われた時、セーナから伝令が飛んできた。
「パレスの攻略はジャンヌ勢に任せて、決められた位置に城に背を向けて布陣すること。」
そういって、アカネイア王都付近の地図にそれぞれ定められた布陣の位置を記された指令書を渡して、次の部隊を回ってくるのであろうか、馬に鞭を入れて去っていった。以降、城攻めはジャンヌ率いるグラ軍のみが担当することになり、後続のセーナ軍は城を背にするように円形状に布陣していった。思いのほか軍勢の進退が上々だったので、セーナは胸を撫で下ろして南の方を向けてつぶやいた。
「アイバー、私を罠に嵌めようという気概は褒めてあげる。でも二番煎じでは引っかからないわ。」
 「やはり駄目だった・・・。」
整然と布陣していくセーナ軍を麓に見下ろしながらアイバーは唇を噛む。彼女のとった策は先日のグルニアの戦いでヌヴィエムがライトに対して取った方策とほぼ同じであった。偽って敗走し、もう一つの要衝の地パレス周辺にて包囲殲滅を図ろうというものだったのだが、さすがにセーナはこれを見破っていたのだ。パレスを犠牲にしてまで取った方策なので、フレイとレギンはもう成功を確信していたのだが、アイバーはやはり何か決め手に欠けると思っていた。だが時間がなく、最後の仕上げまで回らなかったアイバーは再び唇を強く噛みしめたが、そこは持ち前の明るさで発想を転換した。
「しかし我々は完璧な布陣を布くことができました。今のうちにセーナとの話し合いをしないと。」
王都パレスは四方を急峻な山に囲まれており、中央公路から来た場合は渦を巻くように大きく大回りして、わずかな侵攻路からしか進入することは出来なくなっている。セーナ軍はそこから進入したのだが、当然アイバーはその道を封鎖し、そして周りの山にアカネイア軍全軍を配置することで絶対有利の陣形を作り上げていた。急峻の地形に布陣するアカネイア軍を攻めかかることも不可能ではないが、鋭鋒は坂を上らされるセーナ軍は確実に鈍ることになる。こうなるとわずかに兵力で上回ろうとも下手にセーナからは手が出せなくなる。しかもグルリと囲んでいるためにセーナ軍は見えないプレッシャーと戦うことになり、かつ、兵站も途切れてしまっているという不利にも晒される。つまりアカネイアにとって不敗の陣形が出来上がったのだ。アイバーは馬を曳いたまま、山を下りてセーナとの会見を望んだ。

 布陣を終えて、アイバーの訪問を知ったセーナはリュートと最後の詰めの話をしていた。
「リュート、もしあなたがアカネイアを今のまま残すというのなら、私たちはアイバーと和を結び、国に戻ります。ですが、戦うというのならば、私はアカネイアを徹底的に打ち負かします。」
あとはリュートの決断に委ねるということである。実際にリュートはアカネイアの惨状は聞いていた。ロイトが以前言っていたように15年前の政変以来、アイバーとアディルスの権限は衰退したために残りの四名臣レギンとフレイのやりたい放題となっており、国民は彼らの独裁に喘いでいる。最もこの戦いでセーナとアカネイアが和解すれば、再びアイバーとアディルスは確実に復権することになるので、アカネイアも立て直すことができるかもしれない。しかし国の癌たるレギンとフレイも残ることになり、長期的にみれば同じ歴史を繰り返すことになるかもしれない。熟慮を重ねたリュートはやはりロイトの言うことに従うことにした。
 「あなたがアイバーね。今回の戦い、なかなか見事な差配だったわ。」
セーナとリュートの詰めの後、二人はアイバーと会見した。
「世界に並ぶところなき軍略の天才、セーナ様に褒められますと、私も嬉しい限りです。」
見たところアイバーはアルドと同じ位の年齢であるが、今まで一連の戦いぶりを見る限りではかなりの素質を秘めていることを伺わせた。やはり名将の血はそうそう腐るものではないようだ。
「あなたがどんな話を持ってきたのか、想像はつくけれどもお話を聞かせてもらうわ。」
「セーナ様、そしてリュート様。我々、アカネイアは元々今回の戦乱に参加するつもりなど毛頭ありませんでした。不幸なことに我々は対峙することになり、中央公路にて2度戦い、今またここで睨み合っていることはお互いにとって不利益なことでしょう。どうでしょうか、我々はロイト殿を引き渡しますゆえ、どうか王都パレスを解放していただけませんか。」
現時点では有利な状況にも関わらず、アイバーはこちらからも条件を出すことでとにかく戦いを終わらせようと申し出た。しかしリュートは表情を渋くして応じた。
「ただロイト殿を引き渡してもらったわけでは引き下がるわけにはいきません。今回、我らと開戦のきっかけを作った、【紅翔姫】フレイ殿と【黒硝鬼】レギン殿の処罰と、国王の責任を追及してもらいたい。」
つまり、現政権の実権を握っているものたちを退けよ、との強硬な条件を付けたのだ。しかし未だに権力を取り戻していないアイバーからすれば、不可能とも言える条件と言える。
「リュート殿、私の一存で申すのもあれですが、その条件を呑む事は我らの名を汚すことになるので、おそらく容れられないでしょう。このままでは我らは山を下りてこなければなりません。」
逆落としに攻め込むことを暗に言ったアイバーだが、セーナもリュートも動じなかった。
「その時は私たちも歓迎いたします。」
思いのほか、強気のセーナとリュートにこれ以上の折衷は無理と判断したアイバーは静かに立ち上がって去ろうとした。
「アイバー、あなたがその気になれば、アカネイアの名を残しても構わないと思っているわ。決断がついたら、また来なさい。待っているわ。」
セーナの言う『その気』の意味が気になったが、アイバーはそのまま退出していった。


 交渉が不首尾に終わったことでアイバーはアカネイアの不安を感じつつあった。そこにアディルスが駆けてきた。
「どうだった?」
首を横に振ったことで、アディルスは顔を強張らせた。
「そっちは?」
「大変なことになった。まだ50万の援軍があるぞ。」
アイバーはセーナの軍略の真髄をついに見抜いていた。そのためにアディルスに調査に行かせていたのだが、その悪い予感は的中してしまったのだ。
 セーナの軍略の真髄、それは小で大を打ち負かすものだというのが大勢の見方であったが、それは違っていた。彼女が得意とするのは予想もつかないところから、的確な戦力を引き連れてくることである。先日の南カダインの会戦前後はまさにセーナの独壇場だった。まずセーナ本人がアリティアを奇襲して陥落させる。動揺して返してきたロイト軍にはリーベリアから大駆けしてきたレクサス軍を当てて、更に南からもルゼル軍をぶつけたことで大敗させた。レフカンディの戦いはセーナの意図しないところでデーヴィドが活躍したが、そのデーヴィドもセーナの意を踏んで動いていたから基本は変わっていない。これらの戦いを経て、アイバーはそれを悟り、アディルスにまだセーナの援軍として来る可能性を探らせていたのだ。
「リーベリアからカナン軍が、ユグドラルからはトラキア軍がここへ向かっている。もう数日もすれば、到着するようだ。」
「構成と指揮官は?」
冷や汗を流しながらアイバーは更に訪ねる。
「全部が竜騎士団だそうだ。カナン軍は国王セネト、トラキアは皇帝フィリップが直に率いている。」
ここに来て、地形の影響を受けない竜騎士、しかも歴戦の勇者が引き連れた精鋭が来ることは致命的である。いくら天険の要害でも竜騎士には無力なのだから、防ぎきれなくなる。一角が崩れれば、あとは崩壊を待つのみである。
「まずいわね。明日、総攻撃で全てを決するしかないわね。」
「それしかあるまい。俺から国王に伝えてくる、お前はゆっくり休んでおけ。」
仮にも逃げつづけてきて、セーナとの会見に及んだアイバーである。いくら国のためとはいえ、すでに体は限界まで来ていた。そのため、アディルスに全てを委ねて、来るべき決戦に備えて眠りにつくことにした。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月11日 01:45