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 中央公路を見下ろす山脈に沿って、50万からなる大竜騎士団が南下していた。彼らこそがセーナ軍略の最後を飾る切り札、トラキア・カナン連合軍である。しかもそれぞれフィリップとセネトが率いているために恐ろしく意気が高く、セーナが事前に決戦兵力と煽っているために二人の主将も気分は上々であった。ライトのせいでユグドラルの将と相性が悪いというイメージが付いたセネトだが、フィリップとは同じ竜騎士同士で馬が合うのか、すでにこのレフカンディに差しかかる頃には旧知の仲になっていた。すると二人の眼下に見覚えのある軍勢が見える。レダ軍がリーヴェ軍に包囲されているのである。両軍の旗を見てセネトはすぐにリチャードの暴走を悟った。
「全く、国境進出以外にもセーナの背後奇襲とか考えていたのか。あいつは恐れ知らずだな。」
セーナと共に戦ったことのあるセネトはその手勢の精強さからリュナンほどではないにしろ、ライト皇帝時からヴェスティアには半従属の姿勢は崩していない。そんなセネトからすればリチャードは何も知らない井の中の蛙と思っている。実際にリチャードはセーナと会ったことがないのだから仕方ないのだろうが、それにしても大国の王にしては今回は軽率とも言えた。
「まぁあいつならば何とかするのだろう。」
そう言ってセネトはそれ以上の興味を示さずに南下を急いだ。
 そしてそのリチャード軍にはセーナから全権を任されたグレッグと、その副使としてミカの次男ヴァインが訪れた。グレッグは前にも触れたが、駐アリティアの大使を務めていて、今回の大戦ではアリティアからの圧力に晒されながらも己の使命をやり抜いたことでセーナから絶大な信頼を寄せられている。セーナのアリティア奇襲時も呼応して兵を起こして、以降はセーナ軍の配下として活動している。交渉ごとに関してはおそらくアルド世代ではもう右に出るものはいないと言われるほどの豪腕ぶりであるので、今回の大使に任じられた。対するヴァインもセーナ軍の先導役と父ラティとの連絡を一手に任され、地味ながらも兄アトス以上の働きを示してきた。ミカの良いところを受け継ぎ意外と思慮深いところもあるので、補佐となる副使には十分である。二人は包囲軍主将ナロンに承諾を取ると、レダ軍に乗り込んだ。レダの精鋭ブラックストライクはリーヴェ軍の重囲に怯んだ様子は見えないが、やはり兵站が途切れているためか、表情に余裕は見られなかったことを、グレッグはしっかりと見抜いた。やがて奥に通されると、不機嫌なことを隠そうともしないリチャードが奥に少女を控えさせて待っていった。
「お初にお目にかかります。駐アリティア大使を務めますグレッグと申します。こちらに控えますのはヴェスティア宰相様のご次男ヴァインです。」
まず先を取ったのはグレッグである。一応格はリチャードが上なのでグレッグたちは片膝を着いて、顔を上げている。
「俺がレダの王リチャードだ。後にいるのが、娘のティーネだ。」
リチャードとティーエの長女ティーネは将来のレダを背負うに相応しい器量を持っていると言われ、かつ己の才を誇らない性格で周囲の国からも早くも女王即位の待望論が沸きあがっているレダ期待の星である。今回の大戦では母と共に必死に父を抑えようとしてきたが、結局押し切られっぱなしで、上がりっぱなしだった彼女の株も若干落としつつあった、もちろんそんな外聞を気にする彼女ではないが。
「リーヴェを介さずに、直接に俺に会見とはな。だが一応言っておくが、降伏はするつもりはないぞ。」
本音としてはナロンと和解して、さっさと帰国して何事もなかったかのように装いたかったのだが、肝心のナロンは主戦場に行けないことで腹を立て放しでとても交渉どころではなかった。そんな時にヴェスティアからの使者が来るとは思いもしなかったリチャードはまずは先制して、グレッグたちを牽制する。危ぶむ視線を送るティーネは小さく溜め息をつくが、グレッグは穏やかに応じる。
「降伏など滅相もありません。セーナ様は二つの条件を持って、今回の件を不問になさりたいとのことです。」
「不問か、それは悪くない話だな。で、二つの条件とはなんだ。」
良い餌にリチャードが喰らいついたことで、一気に主導権はグレッグに移ったことを本人はまだ気付いていない。グレッグは瞳の奥で会心の笑みをこぼしていたが、当然表には出さない。
「一つ目はアジャス殿をヴェスティアに差し出していただきたい。もちろん人質といった意味はありません。かの人物をセーナ様が欲しているということです。」
「ほぉ、アジャス一人でいいのか?」
一つ目としては決して難しくない条件であった。リチャードとしてはそんな奴がいたな、という程度でしかないために、グレッグの頷きを見て
「良かろう。ヴェスティアの柱になるのであれば、アジャスも喜ぼう。」
と即諾した。
「では二つ目を。」
「うむ。」
「二つ目の条件としてはリチャード王、あなたのご隠居です。」
先ほどは不問に付すといいながら、暗にリチャードに責任の追求をしていた。これにはリチャードも激しそうになったものの、辛うじて抑えることができた。なお、これはセーナは別段望んでいるわけではなく、アジャスさえ来ればいいと思っていたのだが、それだけでは甘すぎるということでミカがこの条件を付け加えたのだ。
「もちろん次期国王については我々は言明致しませぬゆえ、お好きな方にしていただいても構いません。どうでしょうか?」
そしてリチャードは「ふざけるな!」と怒鳴りかけたその時、後ろにいたティーネが厳かに
「承りました。レダはこのティーネが継がせていただきます。」
と言い放った。これにはグレッグたちも驚いたが、何よりもリチャードの方も愕然としていた。さっきまで茹でだこのように真っ赤だった顔は、冷や水を浴びせられたかのようにきょとんとしている。この表情を見て、しかしティーネは父に言う。
「父上、やはり今回のことはやり過ぎでした。レダのため、国のためと言いながら、父上はあまりにも突き進みすぎたのです。このまま、父上が国王のままでいれば、今回は良くても、いずれユトナ同盟崩壊の時を迎えかねません。もうこれからは戦いなどなく、周りと手を携わらねばならないのです。」
そしてティーネは最後に厳しい一言を言い放つ。
「父上の望む時代は終わるのです。」
今までそれなりに従順に従ってきた娘の反逆に、リチャードは何も返せなかった。アリティア奇襲前後でのライトの凋落と同じことが目の前で起きていたので、さすがのグレッグたちも思わぬ急展開に戸惑っている。いつの間にかティーネは二人と視線を合わせて言った。
「今回の件は本当に申し訳ありませんでした。これ以降、父に邪な思いを抱けば、この身に賭けましても止めて見せます。そして先ほどの条件は全て呑みますので、どうかレダをお許しください。」
丁寧な言葉で、暗にレダもヴェスティアに降るような言葉に、リチャードが我に返って、また何か言おうとしたが、ティーネの鋭い視線につい黙り込んでしまう。いつの間にかティーネは国を背負う意識のもとにリチャードを越えつつあったのだ。これにグレッグが叩頭しながら
「早速のご承諾、真に感謝いたします。ではナロン殿に伝えまして、至急包囲を解除させます。」
と言ったことで、ヴェスティアとレダの和平は成立した。これを聞いたナロンはようやく主戦が行けると大きく喜んで、グレッグたちの功績を背中を大きく叩いて褒め称えた。
 「アジャス、こういうわけだから、お別れです。」
ティーネは今までの事情を話すと、あっさりとアジャスも承諾した。親友・ノール5世と離れることになるのは寂しいが、ヴェスティアにも旧知の仲は多いし、何よりも己の鍛錬にも繋がるということで前向きに捉えていたのだ。アジャスはいつの間にか妻にしていたレダ三姉妹の三女セーラに向くと、
「ヴェスティアに行ったところで別れではない。暇をもらって何度も来てやるからな。」
という。しかしセーラは何かを決意すると、ティーネに向かって言った。
「ティーネ様、申し訳ありませんが、私と子供たちもアジャスと一緒にヴェスティアへ参ります。」
「お、おいお前。」
戸惑うアジャスに、しかしティーネはあっさりとセーラの言葉を承諾した。
「言うとはわかっていました。ですが、こうなってしまった以上は私はあなたを止める権利はありません。」
「ですが、ティーネ様。」
「いいのです、アジャス。それよりも家族を大切にすることも忘れないでくださいネ。」
自家を去ろうというものに優しく語り掛けるティーネは若くして慈母の慈しみを身につけていた。だからこそリチャードの暴走も堪えられなかったのであろう。
「ハッ、ありがとうございます、ティーネ様。そしてリチャード様にもよろしくお伝えください。」
そう言ってセーラたちは一礼したのちレダ軍を抜けていき、しばらくはナロン軍と行動を共にすることになる。その後、ティーネは動揺するレダ軍を掌握して、中央公路を北上、静かに撤退に移って行った。


 「陛下、なぜ私の願いを聞いていただけないのですか?」
アカネイア国王との談判に及んでいたアイバーは悪化しつつある状況に焦っていた。
「今、ここで北面を失えば、セーナ軍との交渉の余地は無くなるどころか、負けすらありえるんです。どうか、フレイの20万を援軍に差し向けてください。」
「だが当のフレイが反対しているのだぞ。」
そしてそのフレイが言う。
「そんなに援軍を送りたければ、自分の軍勢を回せばよろしいでしょう。」
だがそれに対してアイバーは
「そんなことをすれば、陛下の脇がガラガラになることぐらい、わからないのですか?!」
と言い放って、フレイの戦下手をなじる。が、これがまずかった。ますますフレイの態度を硬化させてしまったのだ。
「黙りなさい、アイバー。あなたは今回の戦いの総大将でもないのに、何ゆえ陛下の軍略に口出しをなさるのです。先日の勝手戦といい、少々度が過ぎるのではないですか?」
とは言うものの、実はフレイ自身はあの総攻撃をアイバーから要請されて、一度は承諾していた身だった。結局、戦機を掴めぬまま出陣すらしなかったことを棚に上げて、敢えて知らぬ振りを決め込んで勝手戦として非難を始めたのにはさすがのアイバーも心底呆れた。
「あなたという人は騎士の誇りもないのですか!」
そしてそれ以降、フレイを無視して、とにかく国王の命令を引き出すことに終始した。しかしフレイがいる状況で、国王が英断を下せるはずもない。結局、無駄に時間を喰らうことになり、恐れていた事態が起きた。
「北方から夥しい竜騎士の群れが襲撃、アディルス、レギン両将が必死に防がれておりますが、マケドニア軍もこれに呼応して苦戦中。至急、援軍をお願いします。」
内と外で100万の竜騎士に攻められて、この頃にはアディルスとレギンは壊滅寸前まで来ていた。アイバーはそれを察しているために、一気に項垂れた。
「間に合わなかった。」
アイバーの忠告を嘘と決め付けていたフレイがようやく事態を察して慌てふためくのを横目に見ながら、アイバーは肩を落として本陣を後にしていった。だが思いもかけない凶報が更にアイバーの胸に突き刺さった。
「ロイト軍、裏切り。敗走中のアディルス隊に攻撃、アディルス隊は壊滅、アディルス様の生死も不明。」
「!!!」
 ロイトは別段、アカネイアから無視され続けたことは別にどうでも良かった。後はどう死ぬか、ということのみであった。幸い、目の前には今まで苦労させられてきたアルド軍がいるので、そこに突っ込めばあっさりとロイト軍は壊滅するだろうと本人も思っていたが、一つの書状が彼の決意を揺らがせた。忠臣と信じて裏切られたカーティスからのものである。リュートを通じて渡された当初はすぐに焼き捨てようかとも思ったが、仮にも人生の半分以上を捧げてくれた彼の最期の手紙を読んでみることにした。すると、そこには想像もしないことが書かれていた。
『ロイト様、私がセーナ様に寝返ったのは単にロイト様のお命を案じてのこと、どうか降伏してください。セーナ様はロイト様の今までのことを不問にするだけでなく、しかも我々が立ち行けるようにユグドラルに領地まで与えてくれるとの事。そこでロイト様の理想を試してみてはどうでしょうか。』
最後の「理想を試す」という言葉にロイトは心の動悸を抑えられずにいた。実はロイト、この時代ではセーナも誰もが考えもしないことを考えていた。それは政治を民に任せるというもの、言わば民主主義だ。だが言うは安いが、行うことは難しい。それはセーナが今までやってきたこと以上の秩序の破壊を意味することになるのだ。とはいえ、全く不可能な話でもない。実際にそう言った形式で動いているところもあるのだ。小勢力ではあるが、今エレナ傘下のワーレンや、ヴェスティアと対等の同盟を結ぶバスコ連邦などがそうである。国王といった存在はなく、代表された民が話し合いで政を行っているのだ。だがこれが大国規模になると、やはり難しくなる。何しろ今まで民が政を行ってこなかったために、それがどういうものなのかを理解していないのだ。わからないまま国を動かしたところで混乱するだけである。だからこそ、とロイトは考えた。まずは教育の充実を図り、民の意識を向上させれば自ずと政に対する興味も上がるのではないかと。アリティアを掌握した後にロイトはその初期段階に入ろうとしていたのだが、セーナの前に戦で敗れてしまい水泡に帰した。だが忠臣のカーティスはたとえセーナに勝ってアリティアを掌握しても、ロイトの思い通りに行かないと思っていた。何よりもアリティアでは国が大きすぎるのだ。昔のマルスが治めていたアリティアならば上手くいくかもしれないが、今のアリティアで制度を整えるだけでも国がひっくり返るような資金がかかり、何よりも教える人物などそんなに揃うはずもないのだ。ならば、ワーレンくらいの小勢力ならばどうなのか、カーティスは考え、そしてセーナと接触し、さっきの条件を引き出したのだ。もちろんセーナにはロイトの考えは伝えていないが、セーナは微妙にロイトのやろうとしていることの大きさを本能的に感じていたのだろう。それらの経緯がカーティスらしく武骨に書かれていた手紙を読んで、ロイトはカーティスを疑った心を恥じ、少しでも謝りたい気持ちに感じた。だからこそセーナと繋ぎを取って、今日の寝返りに乗じたのだ。

 ロイト軍の寝返りによってアカネイアの囲む山地に陣する意味はなくなった。レギンの敗走によって封鎖されていた陸路も解放されたことで、セーナ軍の兵站が確保され、数でもセーナ軍がアカネイア軍を圧し始めた。これでセーナはアカネイアと和平を結ぶ必要はまずなくなったと言える。
「もう終わりね。」
時を同じくして、セーナとアイバーは同じ事をつぶやいていた。もうアカネイアには逆転の目はない、しかし国王は降伏するとも思えない。このままでは本当にアカネイアは消し飛んでしまいそうで、アイバーは胸がきつくなった。ふと目の前に金糸で縁取られた双龍旗の旗が上ってくるのが望まれた。金縁の双龍旗、それはヴェスティア皇帝のみが掲げることを許された旗である。
「セーナ様が・・・何の用・・・・、まさか降伏?」
それならば国王の下に向かうはず、とアイバーが思い直すが、結局、何か分からないままセーナと会見に及んだ。
 その頃、国王の本陣ではフレイと、辛くもセネト、ガーラント軍から逃げ切ったレギンが国王と会見している。
「陛下、アイバーはセーナに通じるつもりですぞ。」
戦いの最中にマケドニア兵士から奪った書状をレギンは国王に渡した。
「何だとっ!」
そして奪い取るように書状を読む国王は顔を真っ赤にしていく。
「パレスをセーナに取らせたのはアイバーがセーナに取り入るための計略で、我々の大包囲網のための計略ではなかったのです。だからこそ、彼らはセーナの援軍を予期でき、我らを油断させるために先ほど援軍を求めたのです。」
フレイが己の推理がさも正しいかのように言うので、書状を読んでいた国王は二人の言うことをついに疑うことはなかった。
「ぬぬぅ、アイバーの奴め、すぐに奴をここに呼べ!」
そして伝令が飛んでいった。
 「炎の紋章をどうして私に。
セーナと会見に及んだアイバーは急に差し出してきた『炎の紋章』を前にセーナの意図することがわからないでいた。
「これはもともとアカネイアのもの。我々は侵略者でないことを証明するために、これをアカネイアに返上をすることにしたの。」
「でしたら、どうして国王に直に渡しにいかないのです?」
「私たちが行ったところで矢を射掛けられるかもしれませんから、あなたならば安心して渡せると思ったからね。」
「受け取ってはおきますが、念のために言っておきますよ。私には『その気』などありませんからね。」
予防線を張ったアイバーに、セーナはにこやかな表情をしたのみで、何も言わずに踵を返していった。
「アイバー、あなたはよくやったわ。でももうチェックメイトよ。」
そう呟いたセーナはパレスに戻ってリュートらアカネイア諸将と会った。セネトとフィリップも見えて、まず二人に参陣の労を労って久闊を叙した。二人の乱入で、セーナ軍は布陣を大きく変えている。特に着目するのが、南面にアカネイアの各国の軍が展開したことだ。しかもそれを見守るように、かつてセーナ本陣のあった場所にリュートがプラウドらを率いて出陣している。
「後はお任せしました。」
セーナがリュートたちに言うと、アカネイア諸将らは頷いて各陣に戻っていく。
 「一体、どうなっているの?」
首を傾げているアイバーの下に、今度はアディルスがアイバーの陣に駆け込んできた。激戦を潜り抜けた直後からか全身に返り血を浴び、見た目にも凄まじいアディルスだが、そんなことを気にしている暇はない。
「アイバー、逃げろ。国王がお前が謀反を企てているとの讒言を信じ、お前を捕らえようとしている。」
アディルスは不審な動きをしているフレイとレギンを監視して、先ほどの会話を聞いていたのだ。事の顛末を詳しく言っていくと、セーナにしてやられたことを知る。

 そうセネトとフィリップの乱入からセーナの終局の計は始まっていたのだ。カリンの諜報衆にガーラント配下の多くの者に、アイバーの嘘の事実を並べた書状を持たせて、アカネイアの諜報を担うレギンに奪わせ、アイバーに不審を持つフレイとレギンにアイバーを糾弾させることで国王はアイバーの謀反を信じきる。この間にセーナがアカネイア王位の証である『炎の紋章』をアイバーに届ければ、3人はもう謀反を確実なものと見るだろう。実際にそうなった。
 「裏切り者のアイバーを討て、容赦はするな。」
国王の叫びにレギン残党が北から襲い掛かる。
「アイバー、お前が『炎の紋章』の継承者だ。アカネイア国王となって、戦を終わらせるんだ!」
アディルスの言葉に、アイバーはしかし躊躇った。今まで忠義一途に仕えてきたアカネイアを裏切ることなどしたくはない。出来るならばアカネイアと共に死にたいと思ったこともあったが、まさかここまでアカネイアが腐りきっているとは思っていなかった。
「あなたたち。」
気が付けばアイバーの将士たちも彼女に跪いて、暗に国王になるようにお願いしている。四方を敵に回して、なおも忠義を忘れないアイバー隊将士の心に、アイバーの心は溶けていく。
(こんな戦いで彼らを失うわけにはいかない。こんなことで死ぬわけにはいかない。)
そして宣言した。
「私はアカネイア新国王アイバー!!『炎の紋章』のもとにここに新しきアカネイアを打ち立てる!」
これにアイバー隊は全員で拳を上げて応えた。士気が否が応にも上がり、それを見ていた黒い影が飛んでいった。
「叔父上、セーナ様のもとにお願いできますか?我々はセーナ様に降伏するゆえ、助力を願いたいと。」
女王の最初の命を受けたアディルスは謹んでこれを受けた。
「アイバー、いや国王陛下、必ずや援軍を連れて来ます。」
だがそれを遮るように先ほどの黒い影が降り立った。驚き、身構えるアディルスに、黒い影はにこやかな笑顔を浮かべて言った。
「アイバー様、セーナ様配下のブラミモンドと申します。今のお言葉はすでにセーナ様に伝えてあります。もうガーラント王率いるマケドニア軍がこちらに向かいますので、ご存分にお戦い下さい。」
ブラミモンドがこんな早くに訪れたということはセーナはアイバーに生きてアカネイアを背負って欲しいという期待の表れでもあった。聡明なアイバーはすぐにそれを悟り、心の中でセーナに感謝の念を抱きつつ、アイバーはすぐに頭を切り替えてアカネイア軍の襲来に備えることになった。
 アイバーの独立は鉄壁を辛うじて誇っていた布陣を大きく崩した。これにマケドニア軍、グラ軍、カダイン軍、アリティア軍が坂を駆け上り、ロイト軍がフレイ軍に横槍を入れて、それ以上の動きを封じる。更にワーレン都市軍がデーヴィド隊の援護を受けて、アカネイア国王軍を背後から襲撃。一気に大戦線へと発展した。しかし戦っているのはアカネイア大陸の勢力のみ、ヴェスティアやリーヴェ軍は全く動く気配がなかった。これにはリュートの意向があった。
「他の大陸のものには今回の内輪揉めから始まった大戦で大きく迷惑をかけました。最後をかっさらうというつもりではないが、私たちの手で最後は締めさせてくれないか。」
これにセーナもリュナンも喜んで賛意を示したことで、今回の総攻撃の陣容が決まったのだ。それゆえにアカネイア諸勢の戦意も極めて高く、グラ軍・カダイン軍・アリティア軍も急峻な坂上りにも勢いを弱めることなく、アカネイア軍にぶつかることが出来た。そしてこれに負けじとアイバー軍も今まで封じ込められた鬱憤を晴らすかのように奮戦した。しかもここで更にアイバー軍に味方するものが現れた。かつての配下であったものの、政乱の末にフレイに取られていた10万の部隊である。権力争いにうつつを抜かしていたフレイは配下への気遣いを忘れていたための代償であった。これに元々フレイ隊のものも雪崩れ込んで寝返ったために事実上、フレイとアイバーの立場は逆転した。フレイはこの大混乱の中についに命を落とされ、国王もマケドニア軍の侵入を許した結果、必死の命乞いを行う醜態を晒した末に、マケドニア国王ガーラントにアカネイアの恥と蔑まれて彼の槍の錆となった。残ったレギンは残党を指揮してよく戦っていたものの、やはりこちらも旧アディルス配下の将士に裏切られたことで捕虜となり、セネト・フィリップの乱入に始まったこの日の大激戦はセーナ・リュート・アイバーの手によって幕が下ろされた。ここにリュートとロイトによるアリティアの内訌から始まったアカネイアの大動乱はこの日、終結を迎えた。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月11日 01:48