「とりあえずこれで終わったわね。」
20年越しの大計をここに完結させたセーナは心から戦乱の終結を喜んでいた。
(もっともこれで終わりではないけれどね。)
そう野暮なことを思っていても、今は皆と共に喜ぶべきだとセーナは思いなおした。そして今回の戦乱で最も功のあった人物3人を呼び出した。
「あなたたちがいたから、私の長年の計略が完成したわ。本当にありがとう。」
言われた相手はアルドを支えてきたルゼルに、ユグドラルとアカネイアを何往復もして常に新鮮な情報を届けてきたカリンとブラミモンドである。3人は叩頭しつつ
「我々はセーナ様の導きに従って動いただけです。」
「何を言うの、あなたたちがしっかりと働いてくれなければ、私の軍略など絵に描いた餅だったわ。」
これで互いに謙遜し合っても埒が明かないので、セーナが本題に入る。
「それよりもブラミモンド、そろそろ出来そう?」
いきなり聞いてくるセーナに、ルゼルとカリンは首を傾げるも、ブラミモンドは静かに頷いて応える。
「はい、大分時間をいただきましたのでもう思いのままに動かせるようにはなりました。もっとも説得には時間をかかり、真実をお話しましたが。」
「それなら大丈夫ね。」
ブラミモンドの確認を取ったセーナは静かにカリンに向き合っていた。何か重大なことを言われると感じたカリンは背筋を伸ばして、セーナの言葉を待つ。
「カリン、私たちがヴェスティアに帰還したときにあなたは諜報衆を抜けてもらいます。」
「えっ。」
何を言われるのかと思えば、事実上の引退勧告にカリンは返す言葉を失った。
「あなたももう30代も終わり、心はまだ少女かもしれないけれども、そろそろ女に戻りなさい。」
「セーナ様は私の働きが不満だったのですか?」
さっきは労う言葉をかけてもらったばかりのカリンは思わずセーナに問い詰める。慌ててセーナが否定する。
「そういうわけではないわ。あなたがいてくれたから、私は周りを見てしっかりと動いてこれた。アルフレッドを見つけて来たのもあなただしね。でもね・・・」
ふぅと溜め息をついてセーナは続ける。
「あなたは十分働いてきた。これからは遅いけれども恋をして、子供を作りなさい。それがあなたが残りの人生で為すべきこと。あなたには感謝しているからこそ、あなたの血筋を途絶えさせたくはないの。」
カリンは成人する前から、新興のヴェスティアの影をしっかりと支えてきた。しかしそれと共に女性として最も華のある時期をヴェスティアに犠牲にしてきたともいえる。自由奔放にしてきたセーナとて、その責任を感じていたのだ。もちろんセーナとてカリンがいなくなるのは寂しい限りである。だからこそせめてこの戦まではと延ばしていたのだ。セーナも十分に悩んだのであろう。しかしここは非情にすることこそが、セーナにもカリンにも、そしてひいてはヴェスティアにも益になることを理解していた。微妙に俯いてセーナはカリンに改めて言い放つ。
「これは・・・命令よ、カリン。これからはヴェスティアの全諜報衆はブラミモンドに委ねるから、後のことは心配しなくていいわ。」
そして鬼神をも驚かす計略を繰り広げてきたセーナの声がかすかに震えていたことに、他の3人もしっかりと聞き逃さなかった。
「セーナ様・・・すみません、セーナ様の深いお考えを理解できずに、愚図を申してすみませんでした。・・・謹んで、ご命を承ります。」
カリンもまた、必死に冷静になって考えていたのだろう、セーナの意図することはあくまで己のためのことを。ここで無理して押し通してもセーナはきっとカリンとは口を利いてくれないことも感じていたのだろう。それこそカリンにとって苦痛そのものである。
「その代わり、ヴェスティア宮殿への出入りをお許しください。でなければ、ここで自分の首を斬り落とします。」
あまりにも過激な申し出だが、セーナはくすりと笑ってすぐに返答する。
「もちろんそんなことはOKよ。もし希望ならば紅の塔に部屋を作ってもいいわよ。」
諾の返事を得たことでカリンも嬉しそうに頷いた。
「ヴェスティアまでは3ヶ月くらいは帰還までに時間がかかりそうだから、それまでに同僚の皆に別れの話を告げておくのよ。そして彼氏も作っておきなさい、もう目星は付いているのかもしれないけれど。」
これを聞いて、キョトンとしたカリンに、セーナがウインクをして返す。
(何事もお見通しよ)
と言わんばかりの様子に、カリンもようやく笑い声をこぼした。
「もうセーナ様は何でもお見通しなんですね、もう参りました。」
一時は張り詰める雰囲気となった空気も、いつの間にか少女二人の思わせぶりな話に、未婚30代の男二人はただ戸惑うしかなかった。
一方、遠く離れたヴェスティア宮殿にもブラミモンドが放った伝令がようやく到着し、今回の戦勝に湧いていた。
「しかし、セーナ様が帰国されるにはまだまだ数ヶ月はかかりそうだな。」
凝った肩を振り回しながら、苦笑する臨時宰相ゲインに、長女プルミエールが優しく対応する。
「父上、目途が立っただけでも良かったではないですか。それにおかげで久しぶりにかっこいい父上を見ることが出来たのですから。」
これに次女コーデリアも喜んで頷いている。どうやら母の死のショックからは癒えたようで、ゲインもこの笑顔に今までの疲れが吹き飛んだ気がした。
(やはり家族というものはいいものだな。これにリベカがいてくれれば、どんなに幸せだったことか。)
しかし亡き妻を思い出して感傷にふけっていれば、年頃の二人の娘も感付くだろうから、表には出すことはできない。
「聞けば、まもなく祝勝祝いにシレジアからグスタフ殿が、エッダから教王様にフィーリア殿も来られるらしいから、お前たちも準備しておくのを忘れるな。」
エッダの教王ヴェルダーは幼馴染のフィーリアと結婚していた。すでに一子をもうけて、仲睦まじい夫婦ぶりで有名であった。ゲインの言葉に、明るく返事をした娘二人はおあつらえ向きのドレスを探しに宮殿に戻ろうとした時に、ハルトムートが血相を変えて飛んできた。
「ゲイン、すぐにヴェスティア軍を発向してくれ!出来ればエバンスのラケルにも出動要請を!」
何事にも動じないハルの慌てた姿に、ゲインも急に立ち上がって応対する。
「何があった?どこかで反乱でもあったのか?」
「そんな低次元な話ではない!聞いているだろう?四竜神だ。アトスがその波動を感知したんだ。しかもその先がどこだか分かるか?お前の息子のところだ。エリミーヌ殿も一緒にいる。」
これにはゲインとプルミエールたちも驚愕する。
「馬鹿な、なぜルーファスとエリミーヌ様を狙うのだ。ともかく、すぐに軍勢を発向しよう。誰かもう向かっているのですか?」
「ああ、クレスト兄貴とアトスがワープで飛んでいき、アイも手勢を率いてすでに向かっている。」
アイとはハルトムートお気に入りの女竜騎士であるが、詳しい説明は後に回すことにしよう。
「クレスト王子もか。もし、かの王子に亡くなられれば、ライト様がまた暴走しかねませんぞ。いや、そんなことはどうでもいいか、ハルトムート殿、すぐに娘のプルミエールを連れて助けにいってください。」
「もちろん、そのつもりだ。じゃ、先に行ってるぜ。」
そしてすでに戦いは熾烈を極めていた。ルーファスはただエリミーヌにヴェスティア案内をしていたのだが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。ひたすらにエリミーヌをかばいながら逃げていたために、もうすでに全身は軽く火傷を負っていた。しかしそれもある意味では奇跡の軽症の部類なのだろう。何しろ相手は先日セーナたちが苦戦した四竜神に連なる一人で、ネクロスと名乗る男だったのだ。そして大事に至る前にクレストとアトスが駆けつけて、ルーファスはどうにか一息を着くことが出来た。
「成人したての剣士と、戦えないシスター相手に手こずるとは。これではブローとクラウスに笑われるな。」
自嘲するネクロスに、アトスとクレストは連携魔法を解き放つ。
『フォルセティ!!』
『フォローウインド!』
クレストの持つ風の聖魔法に、ヴェスティア随一の魔力を持つアトスの支援魔法、これ以上ない最強の組み合わせ魔法が一気にネクロスに炸裂した。
「やった!」
思わずルーファスが歓喜の声を上げるが、アトスは冷静に分析していた。
「ルーファス殿、今のうちにここから離れるんだ。まだ相手はくたばるような柔な相手ではない。」
この言葉に驚きながらも、ルーファスは自分に対してライブを唱えてくれるエリミーヌを促して、懸命にネクロスから逃げようとしていった。
「クレスト王子、今回は時間さえ稼げればいいのです。いずれハルが駆けつけてくれるでしょう。だからと言って無理はなさらずに、傷を少しでも負えば宮殿に退きください。」
「お前たち、そろそろ相談は終わってもらえないか。待つ方も楽ではないのだからな。」
言うネクロスは剣を抜き放って、二人に一気に斬りかかる。
『ブラッドブレード』
鋭い剣が二人の体のギリギリのところをかすめていく。クレストとアトスは負けじと魔法を放って間合いを空けるも、ネクロスは想像以上の素早さで間合いをすぐに詰めてくる。そしてネクロスは相手をクレストに相手を絞って、斬りかかる。
『フレアブレイズ』
ネクロスは炎をまとわせた剣を振り上げると、クレストの胸に吸い込まれていく。しかし
『ウインド!』
アトスが風魔法を解き放ってネクロス、クレスト共に吹き飛ばしたことで、どうにか凌ぐことができた。思わぬ荒療治にクレストも苦笑するが、感謝の目をアトスに返しておいた。
「こざかしい真似を・・・。」
まだまだ3人の死闘は果てしなく続く。
一方逃げるルーファスたちにも次の刃が忍び寄ってきていた。もうすぐでヴェスティア宮殿の見える丘を越えるところに、一人の巨人が立っていた。
「エリミーヌ、ルーファス、その命、主ネクロスに代わって貰い受ける。」
そう言いながら巨大な斧を振り下ろしてきた。ルーファスは後に下がるが、背後も謎の影が塞いでいる。その影が女性の形を形作りながら言い放った。
「私はネクロス四炎の一人アスカ。その命貰い受ける。」
万事休すかとルーファスは今度こそ死を覚悟した。だがもうこの頃からエリミーヌの天運は始まっていた。すぐに地響きが鳴り、その直後に巨大な火球がアスカともう一人の戦士を襲った。思わず、避ける二人は新手の魔力の鋭さにルーファスを相手にするどころではなかった。
「無事か!」
すぐに精鋭の騎馬部隊がルーファスを囲み、指揮官と思われる騎士が二人に話しかけてきた。
「あ、ありがとうございます。」
「礼は無用だ。それよりも一気に脱するぞ!乗れッ!」
そう言って二人を馬に乗せると、鞭入れて一気に戦場を離脱していった。残ったアスカは追撃しようとするが、更にもう一人の男が現われて彼女を止めた。
「もう止せ。あいつらは俺たちの手には負えない相手だ。」
「・・・・。」
「仮にも血を継いでいないといえ、あいつはロプトウスと雷神の息子だ。勝てないとは言えないが、損害も大きかろう。まだその時ではない。」
そう言って、3人は再び影に消えていく。
ルーファスとエリミーヌを助けたのはシレジア魔法王国で、実質的に軍権を握っているヴェルトマー家のグスタフであった。セーナの祝勝祝いの宴に出席するためにヴェスティアに向かっていたのだが、偶然にも二人を見つけて収容したのだ。しかもグスタフはもう少しヴェスティア宮殿を眺めようと、先ほどの宮殿を望める丘にあえて道を反れてきたというのだから、奇跡とも言える導きであった。二人を救出したヴェルトマーの正統ロートリッターはやがてハルトムートの手勢と合流し、それからは無事に宮殿への帰還を果たした。
だがクレストとアトスは未だに厳しい戦いを強いられていた。しかも辛うじて凌いでいたところに、先ほどルーファスたちを襲おうとしたアスカたちが合流したのだから、今度はクレストたちが万事休すとなった。
「くそっ、魔力が残っていない。ワープして、さっさと帰れば良かった。」
悔やむクレストに、アトスがフォローする。
「いえ、ルーファスたちを逃すために仕方ありません。我々の仇はセーナ様たちが討ってくれるでしょう。」
背中を合わせて、二人はもう諦めつつあった。その時であった。
『雷神よ、影に蔓延る邪悪を照らし、それを討ち果たせ!』
『トールハンマー!!』
空を暗雲が覆い、強烈な雷が一気にネクロスたちに襲い掛かる!これに気付いたアトスが、クレストに促した。頷いてクレストもフォルセティを解き放ち、アトスも今までの魔力を投入して、クレストの魔力を補う。ここを勝負どころと見た二人の魔力は先ほどの雷を刺激し、更なる強烈な嵐を引き起こした。そしてここに一人の魔法剣士がネクロスに斬りかかる。
『ブライトニングカルテット!!』
その直後、巨大な爆発が辺りを吹き飛ばした。
「兄貴、大丈夫か。」
ハルトムートの問いにクレストはようやく応えた。
「ハル、どうやら私は死ななかったようだな。」
「当たり前だ。兄貴を絶対に死なせはしないさ、仮にも俺はグリューゲル№0001だぞ。」
二人の会話に、母の面影を残した銀髪の女性が駆け寄ってきた。
「クレスト王子、ご無事で何よりです。」
「あ、あなたは。」
二人を助けたのは雷神イシュタルの再来フィーリアであった。こちらもセーナ戦勝の祝いにヴェスティアに向かっていた途中であったのだが、夫ヴェルダーの聖杖ブラギの杖が急遽反応したために、それに従って動いたところにネクロスと、クレスト・アトスの戦場にたどり着いたのだ。そしてほぼ同時にハルトムートたちも合流し、ゲインが一気に自身の技でネクロスに斬りかかっていたのだ。上空からはアイの竜騎士団が空を舞い、周囲に存在を示すと、これを目指してようやくエバンスから飛んできたラケル率いるバイゲリッターとヴェスティア軍が彼らを保護していた。
「四竜神、奴はネクロスと申しておりました。」
「あの時はミューとクラウスが四竜神で、他の2人は四竜神とは別にいるらしいが、これで出てきたのは3人か。しかも皆、凄まじい実力を持っているから、あと一人も恐いものだ。」
アトスの報告に、思わずハルトムートも唸りっぱなしであったが、
「おや、ハルが恐れるとは珍しいことが起こるものだ。」
クレストがそう言ったことで、一気に場の空気が和んだ。しかし、これにハルが反発する。
「兄貴、何言ってるんだ!誰が恐れるものか。世界は広いんだ、強い奴などいくらでもいるのはわかっているんだ。ならば、俺はそれらを越えていくまでだ。」
強気のハルが言い放ったことで周りも苦笑していたが、大分冷えてきたのでとりあえずヴェスティア宮殿に戻ることにした。
その一行を見下ろしながらネクロスが唇を噛んでいた。腕にはゲインから付けられた傷から血が吹き出ているが、それには全く気にしていないようだ。
「奴らを甘く見たようだな、ネクロス。空き巣狙いなどという慣れぬことをするから、しっぺ返しを喰らうのだ。」
傍らに降り立った男に、ネクロスはその口調からゲンコツを覚悟したのか、頭をかばった。しかし男は何もせずに、ハルトムートたちを見下ろしながら続ける。
「ネクロス、早く傷を治せ。もうあいつらも踊らされることはなく、我らも踊らす必要などない。あとは正面からぶつかるのみだ。その時はもうまもなくなのだ。」
「わかっております・・・・ラオウ様。」
その男こそ、四竜神筆頭で世界最強の『竜』ラオウである。
この日の出来事はゲイン、ブラミモンドと通じて、すぐにセーナにも伝わった。もちろんエリミーヌも絡んでいるので、彼女の父リュートにも知らせられているが、二人とも誰も犠牲が出ていないことに安堵の息を漏らした。それと同時に、少しも油断できない時期の到来にセーナはより一層気を引き締めていくのだった。