戦の終わったアカネイア・パレスでは、今はリュートを中心として戦後処理が行われていた。しかし今回の大乱を導いたセーナはこの講和会議には参加せずに、かつて自身と敵対していたロイトとアイバーと雑談をしていた。なおアカネイア新国王になったアイバーだが、講和会議には代理として叔父アディルスが出席しているので何ら問題はなく、ロイトに至ってはすでにヴェスティアに降った身であるために参加資格は当然ない。三人は今までの戦いを振り返って、それぞれに戦談義をしていた。
「今回の戦いは私もなかなか薄氷を踏む思いだったわ。」
強気の戦振りだったセーナも実はなかなか危険な綱渡りだったことを振り返る。
「あなたたちが最終的な勝利を目指して策を練っていたら、縄目についていたのは私の方だったわ。」
そう言われるとロイトもアイバーも思い当たる節はある。ロイトにすれば、南カダインの戦いで全軍を持ってひたすらセーナをひた押しにしていれば勝っていた。アイバーもまた意志を新たにしてフレイとレギン、そして国王を排斥してアカネイア全軍が彼女の威令に従っていれば、セーナも手が出せなかったであろう。もちろん「たられば」の話だが、二人が守りに入って策を立てたからこそセーナはそれにつけこんで、早々と戦を終わらせることが出来たのだ。そうまで言われると、セーナにボコボコにされた二人もつい悪い気はしなくなるのである。そんな三人の話が弾んでいる間に、講和会議が終わったのか、アディルスが合流してきた。セーナも内容が気になるのか、詳細を聞くことにした。
今回の件で実質的に内乱となったアリティアは盟主の座にリュートがついて、タリス王国を傘下にし、グルニア領ラーマン・オレルアン王国北半分を新たに併合した。アリティア傘下にあったグラ王国はジャンヌの名のもとに独立を果たして、オレルアン南半分と中央公路のレフカンディ以北をも勝ち取った。ずっとリュート派として戦ってきたマケドニア王国はアリティア領ドルーアを吸収した。アカネイアは大きく勢威を衰えさせたものの、アイバーが国王となっての新体制が認められている。名誉が失墜したグルニア王国は辛うじて独立こそ保ったものの、前述の通りラーマンを没収されてしまった。これによりアリティアとアカネイアの二大勢力が崩れ、アリティア・グラ・マケドニア・アカネイアの4国を中心とした連合体制が成立したのだ。後日にはパレス同盟という名で各国間に同盟が結ばれることにもなり、アカネイア大陸はついに新しい時代へと突入することになる。
「それから、これをお持ちしました。」
今までのことを要約して伝えたアディルスはある物を出して、アイバーに手渡した。静かに頷いたアイバーはそれをセーナに差し出した。
「これをセーナ様に差し上げます。」
それはアカネイアの至宝・ファイアーエムブレムであった。先日、アカネイア勢を分裂させるためにアイバーに返却していたのだが、あえてそれを出すというのである。
「しかしこれはアカネイアの国宝では。」
しかしアイバーは静かに目を閉じて、返答する。
「それがあったからこそ、アカネイアは天狗になって腐ってしまったと思います。今まで歴史を見守ってきたという自負を負ってきた証ですが、もはやアカネイアにはその資格はありません。ならば、神剣ファルシオンと共にあるべき所にあるべきと考えました。」
アイバーもセーナと同じように歴史には頓着しない人間のようだ。それならばとセーナも静かに『炎の紋章」を受け取った。そして思い出したかのようにセーナはアルバトロス将兵を呼び出して、使いを頼んだ。
「すぐにアーサーを呼んできて!」
これを受けた伝令は馬に鞭を入れて飛んで行ったものの、それは徒労に終わった。すれ違い様に飄々とした風でアーサーが本陣に入ってきたのだ。
「何やらそろそろかと思いまして、参りました。」
あまりにも絶妙なタイミングにセーナも苦笑するしかなかった。
「確かに伝承に聞いた通り、一つだけ宝珠が欠けておりますな。」
アーサーはセーナから厳かに『炎の紋章』を受け取ると、おもむろに懐から一つの宝珠を取り出した。
「ようやく我が家の使命が果たされる時が来る。本当ならば父が叶えたかったのだがな・・・。」
感慨深げにアーサーはつぶやくと、その宝珠を『炎の紋章』にはめ込んだ。彼がはめ込んだのは代々ヴェストマー家に伝わってきたユグドラル大陸の『炎の紋章』、そしてアカネイアの伝承で聞くところの『星のオーブ』であった。その宝珠がはまった瞬間、元の『炎の紋章』は眠っていた力を解放するかのように一気に輝き始めた。そしてすさまじい魔力をあたりに拡散させる。しばらくして光が収束すると、そこには盾のようなものがあった。
「これが・・・封印の盾?!」
セーナの問いに、アーサーが静かに頷いた。
「断定は出来ませんが、間違いないでしょう。すべての宝珠が揃ったことでその魔力が『炎の紋章』を生まれ変わらせたのです。」
「これが邪悪なる竜を封じる、伝説の盾。」
あまりにも神々しい魔力を放つ盾にアイバーもただ見つめることしか出来なかった。
「さぁセーナ様、この盾をお持ちくださいませ。」
アーサーが促して、セーナは素直にその盾を手に持った。この瞬間、腰に差していた神剣ファルシオンが共鳴し、セーナの中で新たな力が漲ってくるのを感じていた。
「ファルシオンと封印の盾、長い年月をかけての再会に喜んでいるようね。」
共に歴史の流れに揉まれて、それぞれに形を失っていた。しかしそれを戻そうとする思いによって、この二つの武具は再び一か所に集結することが出来たのだ。アーサーは父アゼルが『炎の紋章』にこだわり続けてきた意味をようやく理解した気がした。
それぞれの感慨がどうにか落ち着いて、ふとセーナがアーサーに聞いた。
「そういえば、レイラのことは聞いてるの?」
するとアーサーも静かに頷いた。複雑な表情をしているが、仕方ないという感じで割り切っているようにも思えた。
そんな話題が出たレイラの陣では晴れてエレナ軍から合流していたバリガンが母レイラと対面していた。本当ならば弟フォードも連れてきたかったようだが、すでにエレナがパレスから逃亡しており、それに彼も巻き込まれて行方不明になっていた。それを簡潔に伝えると呼び出したレイラも苦笑するしかなかった。
「まぁ仕方ないわね。」
だがフォードどころではない。バリガンは一気に母に尋ねた。
「それよりも母上、今回の戦いを機に引退するというのは本当ですか?!」
何とレイラは引退をすでに決めているというのだ。
「何を驚いているの。もう私たちも十分な年よ、そろそろあなたたちに次を託さないとね。」
確かに、未だに若さ漲るセーナ、ミカに比べるとレイラはどうしても衰えが見えていた。しかしラーマンの戦いでは今ではセーナ軍の用心棒となっているアルフレッドに負けはしたものの、ほぼ互角の戦いをしており、そして軍の采配はより巧みになっており、この大戦でもアルド軍では随一の働きをしていたはずだ。それを聞いていたバリガンは、だからこそまだ早いと思っていたのだ。しかし思い当たる節がないわけではない。
「やはり叔母上の死ですか?」
この質問はバリガンにしてはちょっと直球過ぎた。頭が切れ過ぎる故の代償ともいえる。慌ててバリガンが謝るも、
「それも否定しないわ。」
とレイラが正直に心情を吐露したことで、バリガンも押し黙るしかない。冷静に考えれば、セーナたちも自身と同じ頃に世界を背負って戦っていたのだ。レイラの言うとおりに今代わることは時機を逃しているわけではなかった。
「もちろんあなたは約束通り、オーガヒルを継ぐ必要はないわ。でもフォードをしっかりと支えてあげなさいね。」
「それはもちろんです。しかし我々兄弟で足らないところはぜひ助けてください。」
母の性格をよく知るバリガンももう認めるしかなかった。だからといってただ認めるだけでなく、母にも条件を出すあたりはまだまだバリガンも抜け目がなかった。これにはレイラも苦笑する。
「まったくいつになったら母離れをしてくれるのやら。」
その言葉はもう世界最強の天馬騎士ではなく、母としての言葉であった。
「そうそう、これをあなたに託すわ。これでセーナ様をお助けするのよ。」
そう言って渡したのは『氷雪の槍』マルテである。20年近くこの槍と共に戦い抜いてきた戦友そのものを、息子に託すあたりは何のけれんみもなく第一線を去るのであろう。
「はい、必ずお約束します。」
この瞬間、『騎士の中の騎士』バリガンが独り立ちし、飛翔を始めていく。
一人の騎士が子に道を譲り、子はその道を歩き出す。一方では失われた歴史が、人々の思いによって回帰を果たす。歴史を見守ってきた都パレスは今もなお数々の人間模様を映し出していく。