アカネイア・パレスの宮殿には世界の諸侯が顔を合わせていた。ヴェスティアのセーナを中心に、シレジアからは代理のフィー、トラキアのフィリップ・デーヴィド親子、リーヴェ、そしてユトナ同盟全権を担うリュナン、カナンのセネト、ウエルトの王子レオンとアルド、アリティアのリュート、グラのジャンヌ、マケドニアのガーラントとアイリ、アカネイアのアイバーとアディルス、つまりはここパレスに集まってそれぞれに剣と槍を交えたものが一堂に介していたのだ。すでにこの戦いの戦後処理は前日の会談で解決しており、またこの大乱におけるユグドラル諸国とリーベリア諸国にはアカネイア諸国との交流が広がったこと以外に大きな褒賞はないこともあるので別に大きな話題はないはずであったが、セーナはこれだけの勢力がまとまっている間に話しておきたかったことがあったのだ。
「大戦が終わり、皆さんも落ち着かれつつあると思いますが、残念ながら気を緩めていただくわけにはいかない事態に突入したことをお伝えしなければなりません。」
セーナの言葉に、まだ何も知らないセネトやレオンあたりが見つめ返す。これを受けてリュナンも前に立って、説明を始めた。パレスの戦いのあの夜の襲撃のことをセーナと共に語っていく。そして四竜神のうちの三人と独立して動くブロー、その背後にいる彼らに命を下すもの、彼らが今までの歴史を導いてきて、自分たちがそれに踊らされてきたことを。衝撃的な事実に周りは押し黙るしかなかった。ここでセーナは諸侯に伝える。
「本当ならばこの戦いが終われば、再び大陸相互不干渉として全ての国交をリセットにしようと思っていましたが、まだまだ皆さんの力が必要なのです。そこで・・・・。」
一旦切って、また見回した後に出た一言は、この世界に重大な一石を投じることになる。
「ユグドラルのバルド同盟、リーベリアのユトナ同盟、アカネイアのパレス同盟、この3同盟を一つの大連合として力を合わせようではないですか。」
全世界規模の大連合、これこそがセーナが今やれる最後の手段であった。周りの諸侯もあまりにも大きくなった話にポカンとしていたが、まっ先にフィリップが賛意を示した。
「私は大賛成だ。ここまで世界は一つになったのだ。むしろなぜ今まで手を取り合わなかったのか、不思議なくらいだ。ここにいる皆が手を合わせれば、怖いものなどないではないか。」
これに同じ属性のセネトも大いに乗り気になり、いつの間にか静かになっていた場も騒がしくなっていた。ここで腕組みをして考えていたガーラントがリュートに促されて発言する。この中では最年長のために発言力にはセーナ並の重みがある。
「わしは連合の件はマケドニアにとっても世界にとっても益になる話であろう。おそらく皆の者も同じ考えなのであろう。では決まりだな。」
更に一息ついて繋げる。
「セーナ殿、おそらくこの連合の名前も既に決めているのではないのかね。」
この問いにセーナも頷いて発言する。
「私たちが畏敬してやまない神君の名をお借りして、マルスユニオンという名は如何でしょうか。」
「マルスユニオン・・・。」
1000年前、暗黒竜メディウスを封じた神君マルスの名はもう説明は不要である。セーナの影響でリーベリア諸侯にもその名は知れ渡っている。この言葉にアカネイア諸侯には懐かしい感じが響き渡り、つい呟いていた。
「かつての神君マルス様もユグドラルに渡り、ヴェスティア・グランベルの祖となる国を作り上げ、世界にもその徳を広げていきました。今度は私たちが手を取り合って、世界を牛耳ってきた『影』を打ち破り、世界に安寧をもたらしましょう!」
セーナの言葉に、フィリップやセネトらはすでに感激してしまっている。ガーラントも彼らを見ていて苦笑しているが、別に異論があるわけではなかった。隣にいるリュートと共に賛意を示すと、他の諸侯も雪崩を打って賛意を表していったことで、この瞬間に全世界規模の連合・マルスユニオンが成立した!後は諸侯らの調印式が長々と行われ、ほぼ一日かけてパレス会議は終結することになった。
その夜、大役を終えたセーナはリュナンとサーシャに呼び出されていた。明日にはそれぞれが帰国の途に着くというわけで、どうしても今日でないとならないらしい。
「ね、セーナ、私たちで義兄弟の契りを結ばない。あなたのお兄さんみたいに。」
サーシャはヴェスティアの客将になっていたから、セーナから兄シグルド2世とエルトシャン2世、キュアン2世の間で交わされた契りを聞いており、時がくれば自分もやってみたいと思っていたのだ。今回の戦役を終えた後にリュナンと話をしていたところ、彼も乗り気だとわかり、この機を狙っていたのだ。
「サーシャ、私たちはもうお姉ちゃんとか言うような年じゃないでしょうに。」
苦笑するセーナだが、決して悪い申し出ではないように感じていた。修羅の道を歩んできたセーナも心のどこかで安心できる身内が欲しかったのだ。それを懸命に誤魔化しながらセーナは
「でも、まぁ、そういうのも悪くないかもね。」
と静かに肯定したことで、あっさりと決まった。
それぞれが剣を抜いて、親指を軽く切って血を滲ませる。それを合わせてセーナたちは義兄弟の契りを交わす。
「たとえどんなに遠く離れていようとも、私たちの心はつねに一つ。」
年齢的にも長姉となるセーナが宣言して、リュナンとサーシャも頷く。時間的にこれで契りは終わりとなるが、三人はどこか満足していた。これから今までとは比べ物にならない試練が襲い掛かってくるだろうが、この三人ならばそれぞれに補い合うことでそれも乗り越えていけるだろう。
ふと頭上から白いものが降ってきた。アカネイアにも冬が到来してきたのだ。
「雪・・・。ヴェスティアで見ていた雪とはなんだか違うね。」
サーシャの言葉に、セーナがリュートから聞いた言葉をそのまま言った。
「アリティアの雪はその時代で亡くなった人々の魂を映す鏡だって聞いたわ。そう思うと、見慣れている雪もなかなか情緒があるわね。」
シレジア育ちのセーナだから、雪には苦労した思い出も強いが、年を食うとやはり色々と思うところが増えてくる。
(メリル、あなたがいなければ、こんなに素晴らしい仲間に出会えなかったわ。・・・ありがとう。)
かつて己のために死んでいった懐かしき天馬騎士を思い出したセーナはふと目が潤んでいた。しかしすぐに二人に悟られまいと、すぐに涙をぬぐって二人を促した。
「さぁ、私の陣に行きましょ。急なことだからあんまり祝えないかもしれないけれども、祝宴ということにしましょう!」
そうして、三人は夜を徹して、それぞれの新しい門出を祝うことになった。
翌日、マルスユニオン軍の最初の仕事として、この地に集結した軍勢の解体が行われた。リーベリア軍はアリティアまで戻って、そこまで回航してきたリーヴェ水軍に乗って撤退を始める予定で、今は軍勢のまとめに入っている。その軍勢に組み込まれる予定となったアルフレッドの傭兵団【ブルーウイング】はセーナと最後の挨拶を交わしていた。
「アル、お疲れ様。おそらくブローはまだまだあなたたちのことを狙ってくるでしょう。でも決して折れないでね。」
「もちろんです、セーナ様。私も今回の戦いでいろいろと守るべきものが出来ましたので、それらのために必死で戦いぬきます。」
そう言って、後ろに控えているディアナやマーニ、ティリアスたちを見つめる。その瞳は前にはなかった温かさを宿している。振り返ったアルに、セーナはあるものをアルフレッドに渡した。
「これは『命の卵』ダクリュオン、ホームズが持っていたものだけど20年前の大戦後にヴェスティアに置いて行ったものよ。だけど私には使い方がわからないから、これはあなたにあげるわ。」
かつてホームズが死闘を経て得た、レダの至宝ダクリュオン。セーナのもとにあっても仕方がないとはいえ、これほどのものをあっさりと渡すことは誰もが思わなかったであろう、しかも活躍したとはいえ一傭兵相手にである。唖然としているアルフレッドになおもセーナはミカから受け取った二つの魔道書をも引き渡した。それぞれリーベリアに伝わる、二つの魔法をモデルとしたものでまだ開発途上ということで世界に一個しかない代物であった。もっともセーナはそんなことを口にしない。すれば、さすがのアルフレッドとて受け取らないと睨んでいたのだ。
「これでお別れね、アル。あなたとは一度剣を合わせてみたかったけれども、結局そんな機会はなかったわね。」
しみじみと伝えるセーナに、アルフレッドも丁寧に頭を下げる。
「セーナ様、それほど長い間ではありませんでしたが、お世話になりました。」
そう言ったアルフレッドはすぐにセーナの下を辞し、セーナも静かに彼を見つめるだけであったが、ふと彼に対して静かに呟いた。
「アル、頑張りなさいよ。」
その言葉が聞こえたのかはわからないが、マーニも静かにセーナに対して会釈してその後を追って行った。頼もしき味方の旅立ちにセーナ軍のそこここから歓声があがり、『ブルーウイング』はセーナ軍から離脱していった。
「すみません、兄はやはりセーナ様にお会いになるのが、苦手なようで・・。」
次にセーナとの別れを告げに来たのは、四竜臣ミューたちに追われていた例の兄妹の妹であった。彼らはレフカンディの戦い以降、セーナ軍のサーシャの元で行動を共にしていたが、この戦後はより安全な環境になるであろうウエルトに向かうことに決まったのだ。これにサーシャとトウヤも二人を見守るために付いていくために、久々に故郷へ帰ることになる。妹・ユキが申し訳なさそうに言うのに対してセーナはしみじみと返す。
「私がお兄さんの立場だったら、私も顔は出せなかったわ。邪念という半身はいえ、何百年とユグドラルを苦しめてきたのだからね。でもね、ユキ、彼に伝えて私も父も祖父もロプトウスに特別な恨みは持っていないということを。むしろ今すぐにでも手を取り合いたいと思ってるくらいとね。」
この言葉に妹も心から救われたように
「ありがとうございます、セーナ様。」
と感謝する。実はこのユキの兄・ロキはユグドラル大陸を苦しめ続けてきたロプトウスの半身、いや元と言っても過言ではない存在だったのだ。彼の邪念が何百年前に大司教ガレによって覚醒し、本人とは関係ないところで闇の力を増幅させたことで暗黒竜ロプトウスが完成したのだ。そしてそれ以降、ずっと大陸に闇をもたらし続けたことが当のロキを苦しめてきていた。
「ウエルトはタリスと本当に環境が似ている国よ。きっとあなたたちもすぐに慣れてると思うわ。それにサーシャとトウヤがいれば、安心して暮らせるはずよ。」
「セーナ様のお心づかいには何と言ったらよいか。」
「気にしなくていいわ。困った時はお互い様よ。・・・サーシャ、あなたもゆっくりと傷を治すことよ。これからもっと激しくなるかもしれないから。」
義姉からの最初の指示にサーシャも静かに頷く。ふとセーナは思い出したかのように続けた。
「あ、そうそう、サーシャ、アカネイアのアイバーが国王になるから『蒼天騎』の称号を私たちにくれたんだけど、あなたがこの名を貰ってみない。」
突然の言葉にサーシャも驚くが、場にいるものは皆、かなり乗り気なのを見て取ると
「駄目だと言っても押し切られるなら、早めに喜んで受け取ることにするわ。」
と返答した。彼女にしてはややヤケになっての返答だが、心中は本当に光栄なことだと思っている。何よりも代々名将の名を欲しいままにしてきたアイバー一族と同様の評価をしてくれたことが何よりもサーシャには嬉しかったのだ。ここに『蒼き天を駆ける騎士』の名がサーシャに与えられ、世界随一の天馬騎士として更に認知されることとなる。
この後、サーシャたちは実の弟レオン率いるウエルト軍と合流して、中央公路へと向かって行った。これを守るように上空からカナン竜騎士団も付いて行ったことでリーベリア軍はついにパレスを後にした。
「さ、私たちも帰国することにするわ。」
そう言いながら、セーナは特務諜報の後任に任じられたアジャスを呼び出した。その手には先日アルフレッドから返上された魔剣シュラムが握られている。
「アジャス、あなたに最初の任務をお願いするわ。ブラミモンドの諜報衆を幾らでもつかっていいから、5か月以内にエレナをヴェスティアまで戻してくること。」
ここアカネイアからヴェスティアまで早くても3か月かかるから、2か月ほどで自由奔放なエレナを見つけなければならないことになる。だがアジャスはニコリと微笑んで、謹んでその命を受けた。
「よろしく頼むわ。」
パレス北岸に接岸したヴェスティア・ノディオン・オーガヒル連合海軍とミレトス武装商船団、バスコ連邦水軍は大軍となっているバルド同盟軍を次々と積んでいって、陸から離れていく。長い船旅にはなるが、故郷に帰れるということで皆、笑顔に満ち溢れている。そんな彼らの顔を見ると、これからの起こる凄惨な戦を思い浮かべると哀れな気も催してくる。しかし今はやはり一つの大乱の終結を共に喜ぶべきだと思い直し、船酔いで回転の鈍ってきた頭を無理に動かして諸将を労うセーナであった。