アリティアの故郷に帰ってきた騎士プラウドは久々の父の再会もそこそこに、配下の精鋭と共に領内を飛び回っている。というのも、今回の大乱ではアカネイア大陸所属の騎士としては常に最前線で戦い続けてきたことから、今までの10倍近くまで領土を増やされて、しかもアリティア譜代の臣として認められるなどの大出世を果たしていたのだ。だからこそプラウドは父に代わって新たに領土となった領主のもとを回って、新しい統治を打ち合わせしていた。
 一通り、新しい領土を回ったプラウドは凝りきった肩をほぐしながら、故郷への道を進んでいた。その時、先駆けから思わぬ報せが入ってきた。
「前方でいくつかの傭兵団が暴れている模様です。」
これに驚いたプラウドが鞍の上で背伸びをするが、森が影になっていて見えないでいる。
「親父が危ないのか?」
問うプラウドに、その部下は首を横に振って続けた。
「いえ、何やら旅の一団を襲撃しているということです。」
何故旅の一団如きに傭兵団が出てくるのか、とプラウドは首を捻ったが、その部下からの報告だと数は500ばかりなので十分蹴散らせると判断したプラウドは全軍に突撃を命じた。
「行くぞっ、精鋭フォーゲラング!!俺達の庭で暴れるものたちを許すな!」
プラウドの咆哮に300の精鋭は一気に森を突き抜けて、旅の一団に群がっている傭兵団へと突っ込んだ。

 「何っ?また新手?」
そしてプラウドたちの言うところの旅の一団の一人の少女が、後方から上が喊声にウンザリとした声をあげた。白く輝く美しい剣、母に似た蒼き髪、その少女こそはいつの間にやらパレスから姿を消していたエレナであった。突如として襲いかかってきた傭兵団を相手にして、エレナ、フォード、レインの三人は巧みに地形を活かして160倍もの絶望的な差を埋めていたが、これ以上の増援はもう体力が持つはずがなかった。だが傭兵団の圧力が明らかに弱まったことが三人にも伝わり、どうやら地元の軍が察知して突撃してきたのであろうことを察した。
「もう少しよ、レイン、フォード。」
そしてまた別の方角から新たな喊声が挙がった。

 「何だ、あの軍は。」
それはプラウドにしてもわからない部隊であった。ちょうど傭兵団を中心としてプラウド軍の精鋭フォーゲラングとは真逆の位置にいるので、敵か味方かもわからないが、見たところ傭兵団に剣を向けているので味方なのであろう。
「よし、俺たちも不埒ものどもを蹴散らせ!」
そう号令をかけたプラウドの元に一つの影が訪れた。慌てて馬を止めたプラウドに、周りの騎士たちがその影に向けて剣を抜こうとしたが、どこか見た顔だったのでプラウドは彼らを制止させて、戦に専念させるように命じた。
「プラウド様、突然の来訪、申し訳ありません。奥で戦っているのはセーナ様配下のラティ傭兵団で、エレナ様の保護のために動いてもらっています。」
ラティ傭兵団に、セーナの長女エレナ、とんでもない情報をもたらしたのは彼女を探していた、ヴェスティア特務諜報を担うアジャスであった。旧知のラティと繋ぎを取ってアカネイア中を捜索させ、早くも気まぐれ姫を捕捉したのだ。
「奴らはただの傭兵団であろう。なぜ奴らが出てきた?」
プラウドの問いに、アジャスは静かに答える。
「プラウド様もセーナ様のパレスでの演説を聞かれたかと思いますが、そこで出ていた四竜神の一人クラウスが傭兵団をかき集めてこの地で襲撃したのです。」
「それにしても遠回しなやり方だな。」
プラウドの言う通りだが、アジャスも苦笑して返す。
「彼らも先日のパレス襲撃で少なからず手傷を負っているようで、こうするしかないようで。」
「にしてもエレナ皇女も半端ないな。これだけの数を相手に耐えているんだろう。」
「皇女の武勇は母譲りですからね。一騎当千とはよくいいますが、本気でやりそうな感じです。」
呆れるアジャスに、プラウドも苦笑したくなったものの、それを見られまいと戦場へ顔を向けてアジャスに言う。
「とりあえずお前が皇女と合流して来るんだ。そろそろ体力が持たんだろう。」
これにアジャスも首を縦に動かして、颯爽と敵陣へと斬り込んでいた。そして魔剣シュラムの舞う先には華麗に血しぶきが舞っていく。
「あれが魔剣シュラムとかいう奴か。あいつも強そうだが、アルが本気で振るっていたら恐ろしいな。」
つい先日まで共に剣を振るってきた戦友を振り返ったが、それも未練とこちらも巨剣ツヴァイハンダーを天に掲げて突撃に入った。

 結局、傭兵団はエレナたちを追い込み切れずに、プラウドとラティ、アジャスによってズタズタに切り裂かれた結果、四散していった。いつもは強気の姿勢を崩さないエレナも戦後はさすがに疲労困憊したのか、あまり言葉を話さなかった。しかもプラウドが合流した際には珍しく顔を赤らめて俯くという今まで見せなかった態度も示して、レインたちを驚かした。とりあえずは難を逃れた一行はプラウドの故郷フォーゲラングに向かった。彼の精鋭の名前はこの名をそのまま取っており、故郷への愛着が伺われるが、このフォーゲラングはアリティア近郊の割には大きな発展はしておらず、のどかな田園風景が広がっている。なお余談だが、西部には海も繋がっておりその辺りをマーニが拠点としていた。
 何はともあれ、セーナの長女の来訪ということもあって、プラウドの父自らが出迎えていた。エレナはギリギリの戦いの直後もあって適当な感謝の言葉しか出せなかったが、それを知ってるプラウドたちは決して気にすることはなかった。その日はそれからは休みに徹したこともあって、翌日にはまた領主館にまた賑やかな声が戻ってきた。
「ねぇ、レイン、あのプラウドの剣ってどこかで見たことない?」
問われたレインはまだ昨日の疲れが抜けきっていないが、意外と足取りはしっかりしている。日頃からエレナに引っかき回されたことで想像以上に体力が付いていたらしい。
「エレナ様もですか。確かヴェスティアの武器庫にありましたよね、巨剣ツヴァイハンダーが。」
二人はヴェスティア宮殿の武器庫に忍び込んで(言うまでもないがレインは巻き込まれている)、自分の得物としようとした時があった。そこにプラウドの持つ巨剣と同じものが確かにあったのを覚えていたのだ。その時、ちょうどプラウドが二人の前に現れた。
「おや、皇女さまにお付きの魔道士君ももう元気になるとは・・・。」
正直、プラウドは100倍近くの差を覆してまで堪え抜いたエレナたちに驚いていたのだが、それだけでなくたった一日で体力を取り戻したのはもう呆れるしかなかった。これにまだ面と向かって話すことが出来ないエレナが頬を赤らめながら静かに言う。
「わ、私は世界中を旅してきて剣を学んできたのよ。あんな連中なんて、どうってことないんだから。」
どうやらセーナ・エレナ揃って獅子の血にはテンで弱いらしい。レインが不思議そうな顔をしているのに気づき、エレナが強引に顔をあげてプラウドに聞く。
「それよりもあなたのその剣。名前は何ていうの?」
いつも地面を擦るように持っている巨剣の名・ツヴァイハンダーを聞いた時、二人はやはり驚くしかなかった。
「ツヴァイハンダーって、十二魔将の武器でしょ。どうしてあなたが持ってるの?」
しかしさすがのプラウドも十二魔将のことは知らないために、まずはその説明をしなくてはならなかった。もちろん全部するわけではなく、祖父セリス・母セーナを苦しめた最後の十二魔将ツヴァイを中心にして語り、そのツヴァイの愛剣がツヴァイハンダーであったということ、そしてその剣がヴェスティア武器庫に眠っていることを。が、プラウドは戸惑うしかなかった。
「そう言われても、この剣はここフォーゲラングに代々伝わってきた剣だしなぁ・。」
と言って、何かを思い出したかのように追加した。
「思い出した。親父が言ってたな、このツヴァイハンダーは祖父の代までは双剣で受け継がれていたと。光と闇の双剣ツヴァイハンダーってね。だけど闇の力を帯びた方が何者かに盗まれて行方知らずになってたはずだ。」
ただでさえ巨大な剣で一本操るだけでも大変だというのに、それが双剣として存在することに呆れるエレナたちであるが、それが奇麗に光と闇に分かれていたというのも変な事実だ。しかし元はこのフォーゲラングの剣という事実がわかっただけでも面白い発見であった。
「そうだったんだ。」
「ちょっと持ってみるか?」
そう言ってツヴァイハンダーを取ろうとするが、
「そ、そんな邪魔になる剣なんて持たないわよ。」
と返して、さっさと部屋に戻ってしまった。
「全く気まぐれな姫様だ。お前も大変だな。」
プラウドもまたレインを労って、とりあえず領内の巡回に飛び出して行った。


 翌朝、アジャスに説得されてヴェスティアへ帰国することになったエレナはプラウド親子の見送りを受けたが、ふとプラウドの父がとんでもないことを言い出した。
「エレナ皇女、どうかプラウドを一緒にヴェスティアに連れて行ってくださらないか。」
これにプラウドが即座に反論した。
「どういうことだよ、親父!」
「プラウド、お前は亡き軍師殿、そしてセーナ様にもその才能を認められた人間だ。こんな田舎で燻ることは勿体ない。」
静かに応える父に、ついプラウドも黙って聞いている。
「それにまだまだ世界は荒れるというではないか。お前がその力で世界を救う剣をふるうのだ。」
今までさほど覇気のなかった父とは思えない真剣な口調に、プラウドはいつになく呑まれていた。
「俺にそこまでの剣が振るえるのか?」
自問自答のような問いだが、エレナは大きく頷いてプラウドを励ました。
「あなたなら大丈夫よ。だってあなたは私を助けるという、リーベリアの英雄ホームズにしか出来なかったことをあっさりとやってるんだもん。」
めちゃくちゃな展開だが、プラウドがいると妙にエレナが大人しくなることに気づいたレインとフォードが必死に肯定したことで、それぞれの思惑は別にしていつの間にかプラウドを待望する声が場を占めていた。そして父の言葉が決め手になった。
「フォーゲラングの事ならば気にするな。年は得ても、セーナ様より多少上なだけだ。十分領土をまとめることなど造作もない。」
これにプラウドも珍しく折れて、この地を後にすることにした。
 とはいえ、エレナ一行はそれなりの軍勢の形になっていた。ラティ傭兵団ももうアカネイアでは戦いがないとのことでエレナ捜索が終われば、ヴェスティアへ来るようにミカからお願いされており、またプラウドの精鋭フォーゲラングからも将来有望な騎士500騎も引き連れることになったからだ。これにアジャスの特務諜報衆も合流したのでエレナは完全に自由が利かなくなり、フォードとレインはほっと一息付くことが出来た。この後、エレナたちはアリティアを再建中のリュートに謁見して、船を借りることにしたものの、仮にも1000近い部隊を動かせる船はほとんどないためにウエルトのマゼラン港までという限定条件がついてしまった。これも母に似て意外と船に弱いエレナは短くなった船旅に、他の渋る顔を尻目にすぐに感謝の言葉を言ってしまったためにヴェスティア海軍を呼ぶ機会を失ってしまった。


 それからエレナたちはアリティアを後にすることになった。カシミア大橋を目指すアリティア水軍の船から見える陸地はフォーゲラング領である。ふとエレナがプラウドを甲板に呼び出した。何事かと訝るプラウドだが、エレナが指を指した方角には数千規模の軍勢が彼らを見送っていたのだ。故郷に残った父と、共に闘ってきた戦友たちだ。リュートから報せを受けて、急遽駆けつけてきたのだ。その一人一人が剣を高々と掲げて、彼らの船出を厳かに飾っていた。
「まったくフォーゲラングの事は任せろと言いながら、早速仕事を放ってきたのかよ。」
悪態を付くプラウドだが、その頬には一筋の涙が伝っていた。この涙から遅まきながらも獅子の血が大きく花開くことになる。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月11日 02:08