少し時は戻り、アルド軍をリグリアに転送した直後のティルナノグに戻る。クリード軍を退けたセーナ軍本陣には巨大な魔法陣が設けられ、十万の軍勢を転送できるようになっていた。この本陣に思わぬ人物が訪れていた。
「まさか俺を招き入れるとはな。何を考えている。」
軍勢を引き連れてきたのはクリードであった。セーナは敢えて彼を本陣に招き入れていたのだ。
「久しぶりね、クリード。心なしか前より凛々しくなってるわね。」
「フ、そういうお前は年を感じないな。相変わらず心を奪う美しさを保ってやがる。」
「ライトはそういうことは言ってくれないから、素直に嬉しいものね。」
とお互いに冗談を言い合うあたりは、もともとイザークとシレジアの隣国同士で育った仲である。
「まぁ雑談はここまでしときましょうか。・・・クリード、あなたも戻りたいんでしょ、リーベリアに。」
「今、ここでお前たちを討ってもいいんだがな。」
これにクリード配下の兵が殺気立つ。しかし既にイザーク残兵は逃げ去り、数千程度の兵となった今ではセーナとミカ、そして八神将が相手では荷が重すぎた。すぐにクリードが苦笑しながら、首を横に振った。
「これも冗談だ。本音を言おうか。・・・確かに、今まで来た道を戻るのは面倒臭いとは思っていたところだ。・・・だがお前は何を考えている。」
すっかりセーナもクリードもさっきとは目の色が変わっていることに周りのものも気づく。
「あなたに偽りを言っても仕方ないからね、正直に言うわ。あなたはミューの正軍師の座を狙っている、私はアルドを助けたい、二人に共通の狙いがあることに気づかない?」
アルドを助けるということはクリードにとっても邪魔なことだが、まずは正軍師の座につかなければ思い通りに戦うことができないのが今のクリードの思いである。そのために邪魔な男が一人いた。同じように考えていたのか、ハッとしてミカがセーナを見る。
「クレスの排除か?」
「彼を排除すればミューの正軍師の座が空く、あなたはその空位に座って、アルドとの最終決戦に臨めばいい。」
仮にも敵対しているとは実の父を追い落とそうとするセーナの顔はいままでに見たことがないほどに怖かったことをミカは覚えていた。
「・・・良かろう。その話、乗ってやる。だが俺がリーベリアに飛んでも建て直しには時間がかかる。その間にアルドがクレスを打ち破っていても、別の条件を付けても呑んでやらんぞ。」
「ふふ、それならそれでアルドが私の想像以上に成長していたということ。母親としてこれ以上、嬉しいことはないわ。」
結局、セーナとクリードの間で密約があっさりと成立した。セーナはミカとともに魔力を集中させるとレダに向けてクリード軍を転送した。
「本当にこれでいいのですか?」
「たとえ私との約束を破ったとしてもクリードが父のもとで大人しくしているわけがないじゃない。」
もともとクリードは生前から自己主張の強い性格をしており、隠忍自重という言葉は知らない。
「これが私が数少なくなったアルドにしてあげられることの一つ。今、私がしてあげられることはいかに彼の負担を軽減させてあげられるか、ということだけ。」
そのためには父を除くことも辞さない母としての強さがあった。


 そしてリグリア要塞に舞台は戻る。セーナとミカが転送したクレストとセリアの部隊配置をリーネに委ね、アルドはアベルやサルーン、サーシャに今までの顛末を簡潔にして話した。
 ナディアがカナンを襲撃していたこと、クリードの追撃を受けたこと、その果てにセーナから帝位を譲られたこと、順々に整理していったものの、想像以上に厳しい経験を積んで来たことをアベルたちは感じた。
 強行軍で疲労の極みにあるアルドたちの立て直しが出来たと思われた頃を見極めたアベルはアルドに提案した。
「そろそろ軍議を開きましょう、未来を賭けた戦となる軍議を。」
高揚するアベルに周りは苦笑いしていたが、アルドが頷いていたことでサーシャたちが急いで駆けだしていった。
 しかしアベルは確かに高揚していたが、しっかりと勝機を見ていた。かつて最初にレダに突っ込もうとしていたときのアルドより明らかに王者の風格が格段に付いていた。今の彼であれば的確な策を見極め、果断な決断ができることであろう。
 そう思っていたアベルに対して、アルドが一通の紙を取り出す。
「そういえば母上がアベルに伝言を預かっている。戦略の参考にしてほしいと。」
そう聞いてアベルは苦笑いする。
(直接アドバイスしてくれればいいものを、またセーナ様のからかい癖が出てるのか。)
とはいえ、最近はリグリア周辺の状態しかアベルは見えていなかったから、渡りに船であった。そしてアルドが言う。
「日沈むところより紅き天を駆ける騎士が現れる。」
すぐにアベルには『日沈むところ』の意味は西とわかった。ただし紅き天を駆ける騎士がすぐには出てこなかった。考え込んでいると、一通り諸将を回っていたサーシャが一同の姿に戻ってきたのを見て、アベルの謎が氷解した。
(知らぬ間に舞台が整っていたのだな。セーナ様が長い時間を掛けて埋め込んでいた布石が芽吹いているのだな。)
王道をすすみ始めたアルド、それを決死の思いで支えるアベル、二人の戦いはこれから始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月25日 00:16