「お兄ちゃん・・・。」
頭上で漆黒の火球を吐き続けるロキの姿を見ていたユキは心に期するものがあったのか、決然とした瞳をして後軍主将のトウヤに願い事をした。
しばらく迷っていたトウヤであったが、心配で駆けつけてきたサーシャが快く承諾する。そして黒き竜の隣に、金色に輝く神竜が姿を現した!これに驚いたのは誰あろう隣のロキであった。
(ユキ、何やってるんだ!そんなことをしたら、お前も攻撃を受けるぞ!!)
制止するロキだが、ユキは構わず光のブレスをラグナ神軍のど真ん中に放った。
(ロキ兄ちゃん、私ももう逃げたくない!確かに、ホルスさんたちに比べたら私なんて頼りないかもしれないけど、私だって戦えるんだから。それに・・・)
よく見るとユキの懐で何やら光っているものがあった。
(このリザレクションの魔導書も戦って欲しいって言ってる。もう一つの双子を止めて欲しいって。)
ユキの言う[もう一つの双子]というのはミューの持つリザレクションである。
世界の理を歪めるこの魔法は本来は世界にあってはならないものである。その魔法が二つもこの世界に降り立つ理由は、人にも竜にも原因はない。命と運命を司るブラギが誤って落としてしまった他愛のない理由ではあるが、落としたものと場所がマズかった。幸いにして片方がユキが手にし、その力を知った彼女が一度も発動させることはなかったが、もう片方はミューが手に入れてラグナ軍の主力の一つエインフェリアを招くことになった。
しかしこれだけの魔法となれば、ただの魔法でも意志を持つようになる。ファルシオンやティルフィングも似たようなものである。ユキの持つリザレクションもこれだけの悲劇が繰り返されることを自覚し、何としてももう一方のリザレクションを止めることを願うようになった。そしてこの魔法は何とユキに密かに魔力を分け与えていたのだ。
先ほどラグナ神軍へ放ったブレスはユキすら想像もしなかった衝撃を与え、敵はにわかに怯んでいた。ここでようやくユキも己の持つ魔法から力を分け与えられていたことを知る。
(ありがとう、リザレクション!あなたにとっては辛い願いかもしれないけど、わたしも頑張るね!)
そしてこの後軍にはもう一人、ユキと同様に決意を固めたものがいた。先ほどまでは一本の剣に翼が生えた旗を掲げていたが、隊長の命令で青を背景とした旗に変わっていた。
「もう一度、ブルーウィング隊長セドリックとして命じる。上にいる竜たちが空けてくれた隙を逃すな!ブルーウィング、全軍突撃!!」
驚いたディアナがセドリックに駆けつけてくると、彼は清々しい顔をしていた。
「最初は俺にはアルの後など荷が重いと思っていた。だから一度、ブルーウィングの名を戻した。」
この戦乱が勃発した頃にはフリーダムウィングと確かに名乗っていた。それは彼の言うように前隊長アルフレッドの後を継ぐには色々と足りないと思っていたからだ。しかしリグリアに来てからはアルドとアベルは彼らに全幅の信頼を置いてくれた。その期待に応えていくうちに、セドリックは彼らが色々なものを背負って戦っているからこそ負けないことを理解した。今まではディアナをどう守ろうとしか考えることが出来なかった彼も、生と死が隣り合わせとなったこの戦場を戦い抜くにあたって、この世界に思い馳せるようになってきた。
(確かにディアナを守ることも大事だが、今はこいつらと生きる世界を守らないとな。皆とのんびりと蒼い空を見れるように、アル、俺はお前の旗印を借りるぜ!)
これはかつて自身がフリーダムウイングを追い落としてから立ち直るに至った時のアルの心境に似ていた。
「トウヤさん、今が好機です!どうか援護をお願いします!」
すぐにトウヤの了承を得た『ブルーウイング』は勇躍してラグナ神軍へと突っ込んでいった。これにトウヤの『ブルーバーズ』とサーシャ天馬騎士団が続く。
一方、ラグナ神軍は事態の推移に戸惑っていた。ブローから適当に戦ってこいとは言われていただけに、あくまで後方を脅かす存在で済むと思っていたのだ。それがユキの光のブレスでそれなりの被害がでたところに、まさかの人間たちの突撃である。負けるとは思っていないが、他人の戦のために犠牲を出すべきか指揮官は迷っていた。
「何をしている、さっさと撤退しろ!」
ふいに指揮官の隣に不機嫌そうな声が降り立った。
「ブ、ブロー様、しかし何もせずに戻るというのも、ラグナ神軍の名折れでは!」
しかしその竜はギロリと目を剥いて、すぐに返した。
「三度は言わんぞ!!すぐに軍を戻せ!こんな戦いでの犠牲は無用だ!」
これに慌てた指揮官はすぐに対応して撤退の指示を出していく。
後は戦の推移は早かった。そそくさと撤退していくラグナ神軍に対して、トウヤは追撃を止めた。リック率いるブルーウイングもまたトウヤの指示に従って兵を戻し、緊張で張りつめていた勇士たちも難戦を回避できた反動から思わず座り込んだ。
しかしこれで北に突出したレダ軍同様に、後軍のトウヤ軍もまた本軍たるアルド軍と距離が空くこととなった。
「さてと、思いの外、ふがいない戦いであったが、最低限の仕事はやってくれたようだな。」
クレスは愛剣グランザックスをしごくと、愛馬に鞭を入れながら部隊に命じた。全てはクレスの狙い通りだったのだ。ここで勝ちを取るならば、主将アルドの命さえ取れればそれで終わりである。あとはクレスからすれば烏合の衆と思っているのだ。そのために色々な方向から伏兵を繰り出して、レダ軍や後軍を釣りだしては中軍をむき出しにさせていた。
「これより突撃を開始する!狙いは敵軍総大将アルド!我らにリザレクションの加護があるかぎり、死を受けるのは敵のみだ!!」クレスの命にエインフェリアたちも意気揚々と坂を駆け降りていく。目指すは自身の孫アルドの命であった。
この動きはすぐにアルドたちにも悟られることになった。ここまでの動きからクレスが勝利への最短距離としてアルドの命を狙っていることを見切ったからだ。
(ここまでは見切った。だが果たして俺にあいつを止めることが出来るのか?!)
すでにアルドも老齢の域に達しており、往時の鋭さはなくなっている。
(否、やらねばならん。ここまではこっちの思惑通りにいったのだ。年を原因にして負けるようでは話にならん。)
「ではアルド様、私は馬鹿者に一槍くれてきます。」
決然として言うアベルにアルドは静かに頷く。そして彼もまた馬に鞭をくれて駆けだしていく。
かつてセーナのもとで双璧を為した二人が直接対決を迎える。そして祖父の襲来にアルドはどうするのか?レダの谷はようやく日没を迎えようとしていた。