アベルが予測していたクレス隊の突撃は、クレスト率いるテルシアスによって一度は受け止められた。しかしまだライトほどの堅牢な戦い方ができない彼らは、すぐにクレスのグランザックスが放つ衝撃によって陣形を乱した。ここにねじこんだクレス隊はあっさりと突破し、アルド本隊に突っ込んできた。Iグリューゲルが前線にいっている現状では、ヴェスティア軍も有機的な動きを取ることができずクレス隊の言いように翻弄される。
 しかしクレス隊の進撃がアルド本陣の直前でくい止められた。怒りに震えるサルーンとリーネが手勢を率いてぶつかってきたのだ。さすがに古参Pグリューゲルの精鋭だけあって、質に劣るエインフェリアは成すすべもなく崩れていった。だがPグリューゲル空軍を相手にしても、クレスのグランザックスは驚異の実力を発揮する。竜、天馬問わずに吹き飛ばしたクレスはついに手勢までも振り切って、単騎で更に進撃を続けてきた。恐るべき執念である。
 だがこの男の執念に負けない意地を持った騎士が立ちはだかる。アベルである。
「クレスよ、これ以上は好きにさせん。」
鑓をしごいて突撃態勢にはいったアベルに対して、クレスも剣を構えて馬に鞭を入れる。二人にとってもう言葉はいらないのか、そのまま一気に距離を縮めていった。そして剣と槍が交錯する!
 手応えがあったのはアベルであったが、ハッとして振り返った。アベルの命を賭けた突きはクレスの胴を綺麗に両断していた。だが彼の持っていたはずの巨剣グランザックスも脆くも折れていたことにアベルはクレスにしてやられたことを知った。
 本陣で戦の行方を見守るアルドは静かにアベルの走っていった方向をみていた。使いからはクレス隊を止めたとの報が来ていたが、肝心のクレスの行方がわからなくなっていた。
「イヤな予感がする。まさかこれも囮なのか。」
そしてハッとして周りを見回した。すると側に侍るミルの背後に巨大な剣を引きずる騎士が迫っていた。それこそがクレスであった。

 もともとクレスは手を焼くとわかっている十勇者たちと本気で戦うつもりはない。といってどれほどの技量があるかわからないアルドとも戦って、負ける恐れもないわけではない。だからクレスは名を捨てて、卑怯なる手を取った。アルドの側に常にいるミルを人質に取ろうとしたのだ。クレスとて二人の親密さは知っており、どこか甘いところを残すアルドならば一気に窮すと見たのだ。
 そしてアルドの目がミルの延長上にいるクレスを捉えた。すぐに剣の柄に手をかけて駆け出すが、もうクレスはミルの背後にいる。とても間に合う距離ではなかった。するとアルドの前に赤い影が降り立ち、アルドを制した。
 キョトンとするミルもまたアルドの視線に気づき、背後を見ようとした、その直後であった。青い影がミルに飛びかかり、彼女を押し倒した。
「何っ!?」
思わぬ光景に驚いたクレスに、次の瞬間には猛烈な火焔が襲いかかっていた。

 一気に吹き飛ぶクレスの姿を見て、アルドは周りで起きたことを見渡しながら整理した。先ほどの火焔はさっき自分を制した目の前の女性が放ったものであった。その風貌には幾度となく見てきた。幼い頃のトーヴェから謹厳だった表情は今まで見たことないほどに怒りに溢れていた。
「ミカ、君なのか。」
ミルに手を出そうとした時点ですでにミカは切れていた。すさまじいまでの魔力が溢れ、すぐ近くにいるアルドですらようやく先の言葉を出すのが精一杯だったほどだった。
 しかしミカは何もいわないままだった。その代わりに娘の方に視線を移す。ミルに飛びかかったのは何とセーナであったのだ。
「危なかったわね、ミル。とりあえずこれで大丈夫よ。」
優しく語りかけるセーナに、ようやくミルは何が起きかけていたのかを知った。
「アルド、あなたもアベルもまだまだね。命の理から外れたものは見苦しくなることも覚えておくことね。」
そしてファルシオンを抜きはなって続ける。
「まぁ、あなたには悪いけれど、これも私の戦い。勝手に引き取らせてもらうわ。」
(もっとも今の切れちゃってるミカにいいところを取られちゃうかもしれないけどね。)
内心でそんなことを思っていながらも、一気に敵意を実の父に向けた。

 ミカの魔法を受けて吹き飛んでいたクレスもこの頃には立ち直っていた。セーナとミカの姿を見て、不敵に笑う。
「ふふふ、血のつながっていない息子のために、実の父を討とうと言うのか。おまえもなかなかな薄情さだな。」
クレスの言葉に、他のヴェスティア兵がガヤガヤしだしだ。真実を全く知らないミルも同じようで、キョトンとしていた。
 これにやれやれといった感じでセーナが首を振っていう。
「さすがは父上ですね。アルドが私の息子ではなく、リベカとライトの子だったことを既に見切っておりましたか。」
今、ここでセーナはさりげなく、クレスを父といい、アルドが自分の子でないことを認めた。
「そんな・・・、セーナ様とアルド様が実の親子ではなかったんですか。」
驚くミルだが、セーナもアルドも涼しい顔をしていた。これにセーナが種明かしをする。
「ミル、実はね、あのティルナノグにいた時に全て話していたのよ。だから私たちを動揺させようとしてもそれは無駄なこと。」
更に静かに続ける。
「それに血のつながっていないからといって、それがどうなるのかしらね。こうして血のつながりあったもの同士で戦おうとしているのだから、血の繋がりなんて所詮はその程度にしか過ぎないのよ。・・・もっとも、ミューのリザレクションに捉えられ、憎しみでしか生きられなくなったあなたなど既に父と呼ぶのもおこがましいけどね。」

 しばらくの無言の対峙の後、まずは怒れるミカから仕掛けた。フォルブレイズはアトスに預けているものの、それでもミカは持っているエルファイアで十分な威力を発揮できた。火球がクレスを襲ったが、彼は動じずに火球を一刀両断する。直後、セーナが斬りつけてきたものの、クレスは静かに体を傾けてその斬撃をかわす。巨剣を扱うにも関わらずその動きは素早かった。
 だがセーナは笑みを返して、もう片方の手からライトニングを解き放つ。至近距離からの魔法攻撃にクレスは避けることができず、再び吹き飛ばされた。そしてその先にはいつの間にか回り込んでいたミカがエルファイアの詠唱を終えて、構わずに解き放った。
 セーナとミカの抜群のコンビネーションはクレスを以てしてもどうすることもできない。既に反撃の機を失ったクレスは二人の戦乙女に弄ばれ、ついに追いつめられた。
「なぜだ、俺は若き日の肉体を取り戻したのだ。」
これにセーナが静かに答える。
「あなたを含めてエインフェリアたちは死を恐れなさすぎたのよ。だから私たちを知らない間に侮っていた。まるで竜族が人類を侮るかのようにね。そんな状態で明日のために必死に戦ってきた私たちを押し切れるとでも思っているの?」
そして懐に入って、一気に仕掛ける。
「ディヴァインストライク」
直線的な斬撃を一度はグランザックスが受け止めたものの、セーナの勢いは止まらずに剣ごとクレスを吹き飛ばす。
「それにあなたたちは死がないと高を括っているようだけど、それもまた勘違い。あなたたちは私たちよりも無駄に多く、死の痛みを味わうことになるのよ!」
更にセーナはファルシオンを上段に構えて斬りつける。
「ディヴァインスライサー!!」
今度もグランザックスが受け止める。だが、セーナは構わずに力を込めていく。
(なぜだ、なぜ年の逆転した娘なぞにここまで押し込まれるのだ。)

 その光景を見ていてようやく溜飲を下げたのか、ミカがアルドに言う。
「アルド様、よくご覧になっておくのです。セーナ様はこの世の憎しみの鎖を全て己に巻き付ける覚悟で戦ってきました。それはこの戦いでも同じ。」
何も言えずにいるアルドを見て、静かに続ける。
「今、セーナ様は理不尽を突きつけられて絶命した父の分までその思いを背負って戦っておられるのです。確かにアルド様も戦えば、負けることはなかったでしょう。しかしそれでは彼はまた蘇ってくることでしょう、だから意味がないのです。」
「憎しみを背負う・・・。」
そしてその背負ってきた憎しみの重さが、クレスとセーナの年の差を埋め、そして逆転させていたのだ。
 「父上、もうやめてください・・・・。これ以上、父上が何をしようとも過去が変わるわけでもありません。父セリスも蘇って謝ってくれるわけでもないのに、一体何のために戦っているのですか?!」
セーナは静かに父に問いかける。
「俺は自分を滅ぼした世界そのものを憎んでいるのだ。影に生を受けさせ、ようやく光を浴びるところまでいったところで、更なる光によって俺の命を費やされた。この無念、お前にはわかるわけがなかろう。」
「ならば父上、何のためにカインとして戦ってきたのですか?!私がこの世界を壊すために戦ってきたことを誰よりも理解してくれたのではなかったのですか?!」
セーナの言葉に、初めてクレスに動揺が走った。
 クレスはカインとして生まれ変わってからは確かにミューの放った間諜として働いていた。だがセーナ十勇者筆頭としてセーナのためにも粉骨砕身働いていた。それは敵方に通じていたとは思えない忠勤振りだったかはセーナが十勇者筆頭として信頼していたことからもわかる。それはセーナが何のために戦っていたのか、それを理解し、共感していたからなのだろう。
 「私はすでに父上を抹殺したユグドラルの旧秩序を破壊した。リーベリアやアカネイアでも新しい秩序が育ちつつある。父上のやろうとしていることは私たちが蒔いた芽を焼き払うことなんです!」
「・・・黙れ!」
クレスは一気に力を込めて、グランザックスを振り上げた。これにセーナは攻撃を解除して、後退してグランザックスの斬撃を回避する。
 「今からそれを私の剣で表現するわ。」
するとセーナの片方の瞳がにわかに赤みを帯びる。アルドもクレスもその変化に驚くものの、変化はそれだけではなかった。神剣ファルシオンにも黒きオーラが包みこんでいた。
「光と闇、今までの時代を築いてきた争いの種は私と娘エレナの力で完全に終結した。これから放つ技はそれを証明するものよ!」
そして金色と漆黒、対極にあるオーラが彼女を包み込み、それがファルシオンに伝わっていく。
「光と闇、世界の理を分断せし力よ。今、ここに結束し、憎しみの鎖を断ち切らん。」
「ヘイトバスター」
セーナとファルシオンを包んでいた二つのオーラは一つの蒼き閃光となってクレスに襲いかかった。クレスもグランザックスを盾にしてくい止めるが、脆くもグランザックスはセーナの攻撃の前に粉砕され、ついに閃光がクレスの体を貫いた。
 「そうであったな、お前は世界の憎しみの連鎖を止めるべく戦い続けていたのだったな。」
セーナの斬撃はしっかりとクレスの体を直撃していた。夥しい血が流れているにも関わらず、クレスは未だに立っていた。
「ふふ、エバンスの戦いの頃はお前は壊れるのではないかと疑ってはいたがな。どうやらお前は自分でその天井を打ち破ったようだな。」
ようやくクレスは片膝をついて崩れた。そんな彼に静かに近づくセーナの頬には一筋の涙が伝っていた。
「当然でしょ、私には守らなければならない人たちがこんなにいるんだもの。・・・命を好き勝手にしてきた父上になんて、わかるわけないでしょ。」
精一杯の皮肉にクレスは笑った。
「フフ、娘に言われるようでは俺もまだまだだったということだな。・・・心配するな、俺も十勇者筆頭と言われた人間だ。限界を悟った以上は生き恥を晒さぬ。」
そして懐から短剣を取り出すと、一気に自身の首を切った。そして先ほどの攻撃から出来ていた己の血溜まりに倒れ伏した。


 クレスの死によって、リグリア突破戦は終わった。結局、セーナがアルド援軍のために送り込んだクリードは現れることはなかったが、それもこれもアルドが腰を据えた采配でわずか一日で戦いを展開させたことが最大の理由である。実際にクリードも手勢を集めて急行していたが、その頃にはクレスが死んだばかりのため、あきらめて姿をくらましている。
 北戦線からはアイバーとリチャードが相次いで使者を寄越してレダ王都攻略を進言してきた。また南戦線からはサーシャが帰還してきて、事の次第を連絡する。かなり総大将としての貫禄が出てきたことを遠くから眺めていたセーナはやがてミカを促して、ラオウを葬った直後のエレブ大陸へと戻っていった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年09月25日 00:04