アルド、アベルの機略によってクレス率いるエインフェリアは打ち砕かれた。態勢を整えるためアルドは中軍と後軍の合流を図りながら、アイバーの参戦で層を増していた先鋒を更に北上させた。クレスの撃破によって指揮官のいなくなったレダ中央部以西のエインフェリアを壊滅するのが狙いである。総大将をアイバーとした先鋒はすぐにレダ王城へと達した。しかし既にエインフェリアの姿はなく、アイバー軍は悠々とレダの中央部の奪還に成功した。
そこで彼らが見たのはブローの執拗な攻撃で倒れたクラニオンの姿であった。クラニオンは唯一のレダ王城の侵攻路を塞ぎ、エインフェリアの侵略からずっと守り続けていた。この光景を見たアイバーは静かに瞑目して、次なる命を出していく。リチャードとティーネに遠慮してアイバー軍は城塞の周りの守備に回り、エルマード、セリアは周辺地域の解放に向かう。
「ティーエ・・・、お前はティータの無念を晴らすために命を賭けたんだな。」
物言わぬ骸となったクラニオンを眺めながら、リチャードがつぶやく。側に駆け寄ってきたティーネや、ライラ、セーラらも静かに瞳を閉じて、命を賭けた決断をしたティーエに対して哀悼の意を捧げる。直後、彼らの声が聞こえたのか、クラニオンの身体が輝き出した。やがてその光が収束すると、巨大な体躯は消えて、人の姿になったティーエが横たわっていた。その姿はクラニオン同様に傷ついてはいたが、良く見ればその表情は穏やかな笑みを称えていた。
「お母様、お母様のおかげで私はここに戻ってくることができました。・・・今度は私が母のご遺志を継いで、・・・レダを緑豊かな土地に戻して見せます・・・・・必ず!」
涙声で声が詰まっていたものの、ティーネはその決意を口にした。それを聞いたリチャードは静かにティーエの体を楽にさせながら、何かを決意したのかのように言う。
「ティーネ、お前はレダ軍の半分を率いて、この地を復興させろ。後の戦いは俺が残りの兵を率いて引き継ぐ。」
「父上・・・。お言葉ですが、父上を一人にしては・・・。」
苦笑しつつもリチャードは返す。
「相変わらず信頼がないな。だから、ライラとセーラ、ノールの小僧(6世)も連れていく。・・・お前は一人でここの復興を支えろ。それが出来なければ、さっさとレダ王位を返上することだな。」
獅子は一度子を崖に突き落とさせるとは言うが、リチャードもさすがにリーベリアの獅子王と呼ばれるだけはあった。エインフェリアたちの逆襲の可能性があるにも関わらず、厳しい役目を娘に与えた。
静かに考えたティーネはその役目を引き受けた。しかし条件を付けたあたりは彼女も獅子の娘であった。
「エインフェリアが逆襲してくれば、私たちは手勢を率いてリグリアへ戻ります。残念ながらここでは食い止めることはできませんし、またあそこが落ちるようであればもう防ぐ防波堤はありませんから。」
「退くことも考えるあたりはさすがにティーエの娘だな。それくらいのことはいいだろう。」
こうして今後の戦略をまとめた二人はティーエをこの地に葬って、態勢の立て直しを図ることになった。
一方、セーナからレダに送られたクリードは一度はクレスとアルドの戦いに乱入して、双方とも討ち取ろうと考えていた。しかしあっさりとクレスが敗れたことによって、クリードはさっさと撤退していた。本来ならばソニア要塞で戦っているナディアと合流を図って、戦力を集中するべきなのだが、仇とも言える彼女との合流をクリードが選択するはずがなかった。ならばと、クリードが取った方策はレダ西部から一旦戦線を抜けてイストリア北部グレース平原に潜むことだった。あの地ならば隠れるのにも最適であり、クリードの得意な奇襲戦法も行える。アイザックとノービスを先に行かせ、クリードが手勢5万と共に西に急ぐが、驚くべき知らせが二人から齎された。
「敵軍10万がこちらに向かっています!旗印から見て、アカネイアの別働隊かと思います。」
実はアイバーは今回の戦いにおいて、レダ王城で前回のような大包囲網を受けると見ていた。だからこそグレッグとアディルスに軍勢を託して、別路グレースを経由してレダ王城へと直行してもらっていたのだ。前述の通り、レダ王城近辺では何もなかったが、こうして思わぬ形で役に立つ形となった。
今の聡明なクリードならば、敵の意図に敢えてハマってしまったことを理解していた。だがこの付近でも十分に兵を伏せることができ、十分に迎撃できるはずであった。だが更に思わぬ事態がクリードの感覚を麻痺させる。
全く警戒していなかった後方から更なる敵勢が襲って来たのだ。
「馬鹿な、いつの間に後方に!?あのアイバーとかいう手か?」
だがそれは誤りである。今、クリードを後方から襲っているのはアルドがアイバーと同じようにレダ王城での包囲網を警戒して派していたアートゥ率いるレダ別動隊であったのだ。
「数は多いが、このまま押し切れ!!」
アートゥは先日の戦いで生き延びたサイファードとブラックストライクを率いている。さすがにこれでは数が少なすぎるため、ヴェスティアに行ったレダ3姉妹末妹のセーラが率いていた手勢が加わっている。
そしてクリードの前方からは恐ろしいスピードで竜騎士隊が突っ込んできて、文字通り挟撃されることになった。竜騎士を率いるのはグレッグである。彼らのもとには諜報を司る黒哨鬼レギンが付いており、クリードが彼らを見つけるよりも遥かに早く捉えていたのだ。
今までは主に外交で活躍していたグレッグであるが、騎士としての働きも実は十勇者に匹敵するだけの力量を持っていた。敵が迎撃態勢が整っていないと見るや、一気に総攻撃を命じて自身も突撃を敢行した。そしてその実力をいかんなく発揮していく。
「アイザック様、ノービス様が敵将によって討ち取られました。敵将はヴェスティアの将グレッグと名乗っておりました!」
若きグレッグはあっさりと双剣武の二人を撃破していた。
「何だと!?」
だが驚きに暮れている暇はなかった。クリードの背後に一つの影が降り立ち、刃を立ててクリードに襲いかかる。刹那、彼は一瞬で絶命した。
「悪く思うな!これも自らの手で傷つけたアカネイアの名を取り戻すためだ。」
フリードを襲ったのはアカネイアのレギンであった。諜報の術に長けた彼はクリードのエインフェリア軍に紛れ込み、そして絶好機を得て暗殺の実行に移したのだ。ミューのエインフェリアによって新たに命を吹き込まれたクリードはまたしても呆気なく散ることになった。
クリード率いるエインフェリアは彼の死を契機にして消滅した。それは戦いで全滅したというわけでなく、文字通り消えたのだ。戦っていたアートゥやグレッグも事態の急変に驚いたものの、やがてレギンから指揮官を討った契機に消えたことを知って、今ようやくリザレクションの一つの特性が明らかになった。
リザレクションはクレスのように故人を特定して復活させることも、クリードと双剣武のように個人が率いた軍勢丸ごと復活させることもできる。この2つの能力を使い分け、ミューは強大なエインフェリアを作っていたのだ。
ただし軍勢を復活させる場合には一人を特定するよりも巨大な魔力がかかると思うのが普通である。しかし実は主将の質に大きく依存しており、実はクリード隊の復活に用いた魔力はクレス一人を復活させる魔力よりも遥かに消費が抑えられていたのだ。それがクレスが嘆いたようにエインフェリア軍全体の傾向が質より量を占めている原因となる。もっともクリードのように本来ならばティルナノグでセーナを一時は追い詰めたほどの技量を持ったものもまぎれており、生前に元の素質を十分に発揮できなかったものも低いコストで軍勢毎、蘇らせることも出来る。
もちろんこれには制約もあり、配下の将兵たちは主将と運命を一体化するリスクを負うことになる。そのため、今回の戦いではクリードの死によってそのリスクが発動して手勢が丸ごと消滅することになった。
実際に先のレダの戦いでアイバーがクレスの配した伏兵を襲撃した時も主将ジェロムを討ち取った直後にあっさりとその手勢は消えていた。レギンはアイバーからそのことを聞いており、密かにそれを確認するためにもクリードに襲いかかったのだ。
クレス、クリードの相次ぐ死によって、レダ王城以西は解放された。トウヤ軍と合流したアルドもすぐに北上を再開して、翌日にはレダ王城のアイバー軍と合流し、西からもグレッグ、アートゥ、アディルスの部隊も集った。ここでアイバーは指揮権をアルドに返し、自身は彼の軍師として支えることになる。
堅実な用兵では右に出るものがいないアルドに、セーナと対等に戦えるアイバーの知略、そして逆襲を誓うリチャードやアートゥの武力、戦う決意を固めたロキ、ユキ兄妹の衝撃力、今、アルドの下で母が撒いた希望の種がようやく花開いた。