セーナ、カイ、ロイト、アイバーがそれぞれの知嚢を振り絞った戦いからすでに1年が経っていた。アカネイア大陸ではすでに復興も軌道に乗りつつあり、ユグドラル、リーベリアでも大戦の反動も薄れつつあった。しかしすでに『影』が動き始めようとしていた。
リーベリアの北方にあるサウス・エレブ。レダを中心に4カ国が周辺の開拓をしているコロニーであるが、この地に謎の竜の集団が大挙押し寄せてきた。
「アルサス様、カナンとシレジア軍が船で退去しました。我々も後を追わねば間に合いません!」
大混乱の中でヴェスティア勢をまとめるのは十勇者筆頭だったカインの次男アルサスだった。部下の報告を聞くが、彼はヴェスティアへの帰還は無理だと思っていた。
「奴らはそれほど甘くはないさ。おそらく我々を海上に逃がそうというのが奴らの狙いだろう。おそらく沖合には飛竜が大挙して待っているはず。帰還油断したところを一気に叩く・・・。」
アルサスは冷静に敵の狙いを知っていた。だからこそカナン・シレジア軍を制止しようとしたものの、止められなかった。彼らは命が助かりたい一心でアルサスの助言を全く聞かなかったのだ。
「レダの姫君を助けに行く!」
アルサスは手勢を駆って、レダ領事館へと向かった。そこにはすでに竜たちが大挙して押し寄せていたが、レダ王女ティーゼのもとによくまとまっており、なかなか落ちる気配は見せていなかった。ここにアルサス勢が合流する。
「ティーゼ王女、どちらにおられます。アルサスです!」
アルサスの言葉で、すぐにティーゼが出てきた。
「何用ですの?」
このような状況でも高飛車な口調は健在だが、アルサスは彼女の口調がわずかながら上擦っているのを感じていた。
「もうここで守るのは無理です。別の地にて立て直しましょう!」
「何を言うの?!負けていないのに退くというのですか?」
「この戦い、勝ちなどすでにありません。そして今負けを認めて逃げれば、生きて雪辱を晴らすこともできるのです!」
「ならぬ!私にとって負けることは死ぬことと同じ!」
頑固に言い募るティーゼだが、時は一刻を争う事態である。ふとアルサスが身を屈めてティーゼの懐に入って、拳を突き出してティーゼを気絶させた。
「アルサス殿、ご乱心なされたか?!!」
喚き始めるレダ家臣に、アルサスは剣を振り上げて、彼らに言い放つ。
「死にたくなければ、私に従うのです。わが名はアルサス!十勇者筆頭にしてヴェスティア最強の勇者カインの次男なり!!決してあなた方を無駄死にさせることはしません!」
決然とした言葉に、不安で押しつぶされそうなレダ家臣たちは思わずアルサスの言葉に従ってしまっていた。
しばらく立て直しの後、アルサスとヴェスティア・レダ勢は領事館を飛び出していった!その勢いの凄まじさに竜たちもたじろぎ、思わず道を空ける。ここにアルサスの中央突破が果たされた。彼らはサウス・エレブを北に抜け、しばらくすると西の地平線へと消えていった。それは唯一、竜たちの罠がなかった経路であった。
「窮鼠、猫を噛む、とか言う言葉が人間どもにあるらしいな。」
アルサス勢の凄絶な突撃を受けた竜たちを束ねるのはセーナたちを影から狙う四竜神たちである。そしてこのサウス・エレブを襲撃したのはその筆頭にして最強の竜・ラオウである。
「ラオウ様、リーヴェ・シレジア軍の船を一隻残らず沈めました。」
そう報告したのは同じく四竜神のネクロスである。かつてヴェスティアにてルーファスとエリミーヌを襲撃した者である。
「こちらはしくじったようだ。まさかカインの次男坊があそこまでやるとはな・・・。」
まさか敬愛するラオウがこんな任務を失敗するとは、とネクロスも驚く。
「ふふ、戦働きなどわしには向かんな。だが命は命だ。わしは目的通り、次にナバタに向かおう。奴らを縛っておかねばならないからな。」
「では私はヴァナヘイムに・・。」
「うむ、気をつけるがいい。あの女帝もなかなかに強かだからな。下手に手を付けようとは思うなよ。」
「う、ラオウ様、私とてもう拳骨を頂きたくありませんよ。」
これにラオウも思わず苦笑する。
「冗談だ、ネクロス。お前も四竜神として大分板に付いてきたようだからな。私からも期待しておこう。」
「ありがとうございます。」
そう言ってネクロスは魔法陣に乗って消えていった。
その後、サウス・エレブは完全に壊滅した。アルサスやティーゼを始めとして一人としてリーベリア・ユグドラルへ帰るものはなく、その後の消息は完全に途絶えてしまった。レダ女王ティーネはすぐに捜索隊を派遣したものの、すぐに音信不通となってしまった。事の次第はすぐにカナンを通じて、ヴェスティアのセーナにも伝わった。まずは腹違いの弟となるアルサスの失踪に心を痛めたセーナだが、もう動き始めた事態を考えると感傷にふけっている暇はなかった。すぐにアジャス率いる特務諜報衆をレダとサウス・エレブに向かわせ、何が起きているのかを調査させることにした。
またアカネイア動乱直後に宰相に任じたルゼルと、領内の引き締めと、防衛の強化を協議した。
そして対応策に疲れたセーナは侍女のミルと共にヴェスティア宮殿の庭園に休憩のために向かうこととなる。