セーナの昏睡に、竜族たちの一斉蜂起、相次ぐ衝撃の報せにヴェスティアの中枢も感覚が完全に麻痺しつつあった。ヴェスティア宰相ルゼルはすぐさま各地方に分かれているセーナの子供たちを集めて、事後策の協議を行った。ここに集ったのはドズルを治める長男アルド、鬱状態となった父に代わり実質的にシレジアの執政をとる次男クレスト、そしてユングヴィ領を治める長女エレナの三人であった。三男のハルトムートはと言うと、すでにヴェスティア皇位継承権を放棄し、かつ政治不干渉が原則のプレヴィアス・グリューゲルの№0001となっているからだ。エレナは同じ考えを持つであろうハルトムートもぜひ参加してもらいたかったみたいだが、後の悪習へとつながるというルゼルの一声で残念ながら退けられた。

 三人の子供たちとルゼルに、特務諜報衆を束ねるアジャス、ヴェスティア諜報衆のカリン・マーニ養親子を加えて行われた会議はアジャスが異例の人物を連れてきたことでいきなりのどよめきで始まった。
「かつてヴェガさんが見つけたラグナ一派を知る者さ。サブちゃんとでも呼んでやってくれ。」
アジャスは敢えて明るく振舞って、場を明るくしようとするが、やはりアルド、クレスト兄弟はもとい、エレナもどこか目が怒っているように思えた。やはり母が倒れたことによる衝撃が彼らの精神を蝕んでいるのだろう。しかしルゼルはさすがにセーナたちが鍛えあげた逸材なのか、恐ろしいほど今回の事件に関しては客観的に捉えることが出来ていた。
「サブちゃんか・・、なかなか面白い通り名だな。」
笑いながら話し始めるルゼルはさすがにアジャスの狙いをわかっていた。宰相とも思えない腰の軽さが彼の売りである。不謹慎だとアルドが思わずムッとしてルゼルを見るが、ルゼルは軽くそれを受け流す。
「私はラグナが何を考えているのかは興味はない。彼が何者なのか、そしてこれから何をするのか、知っている限り話してもらいたい。」
ルゼルの問いにサブちゃんも静かに答える。
「今まで報道者という身であなた方の情報をラグナ一派に売り渡していたからな。たまには逆も悪くないものだな。」
すでにサブちゃんからヴェガ、アジャスを通じて、四竜神の詳細はセーナの元に流れていた。しかしアジャスたちもその情報の代償として、自分たちの情報をラグナたちに与えていたのだった。それを聞いてアルドが激情した。
「アジャス、お前は我らの情報まで売り渡していたのか!!」
しかしアジャスも冷静に返す。
「これは女帝様から許可をいただいているものです。文句があるのでしたら、女帝様に言ってください。」
こう言われれば、アルドも返す言葉はない。そしてアジャスはサブを促す。
「ラグナの狙いは40年前から始まっている。圧倒的なカリスマを持たせるものに世界をまとめさせ、まとまったところでその者を襲撃する。そして混乱した世界を圧倒的な戦力を持つ四竜神以下で蹴散らしていく。深いながらも単純明快な策さ。」
「複数勢力があれば無駄な駆け引きが生じる、それをラグナは嫌ったのか。ということはそこが弱点か。」
ルゼルはすでに脳漿を懸命に絞り始めていた。そして更にサブが続ける。
「そしてラグナという者もそう深く考えなければいいさ。昔のことを語れば難しくはなるが、要はナーガ神を徹底的に嫌いぬいた竜族のはぐれ者の長と言えば良い。しかし奴は半端なく強い。『神々の黄昏』という異名を持つ巨神剣ラグナロクはあらゆるものを破壊する神殺しの剣。」
そう言うとサブちゃんはふいに姿を消してしまった。出せるだけの情報は出したという証明なのだろう。
「以上が、特務諜報からの知らせだ。これからは四竜神の動きを探ってくる。」
彼を紹介したアジャスもまた影となって消えていった。特務諜報についてわずか1年ながらもすでに諜報に必要な技は一通り習得しているようだ。

 残ったルゼルたちは今後の方策を協議した。
「リーベリアを救援すべし。かの地がラグナの狙いならば、そこを守り抜いて奴の狙いを外すのだ。」
アルドが声高々に宣言した。クレストも鷹揚に頷いて、兄の案を支持する。しかしエレナは別だ。
「兄上、お待ちください。それでは敵にやりたい放題にされるのみです。ここは攻撃に打って出るべきです。」
攻撃は最大の防御、これはセーナが常々子供たちに伝えてきた言葉だ。アリティア動乱でもそれを示すようにひたすら敵の懐に入り続け、敵に次の手を打たせなかった。エレナは同じことをラグナ相手にやろうとしていた。
「エレナ、攻めると言ってもどこを攻めるつもりだ。敵の本拠もわかっていないのだぞ!」
アルドの言葉はどことなく棘があった。あまりにも抽象的な言葉に気分を害したようだ。しかしエレナとて今は神経質になっており、どうしてもその棘を真に受けてしまう。
「それは簡単よ。アルサスたちがいたサウス・エレブのある、北方の新大陸よ。」
今まで懸命に兄を盛りたててきたエレナも、今回の事件で完全に感情が噴き出てしまっており、つい兄を侮るかのような発言をしてしまっていた。これにクレストが間に入る。
「エレナ、言葉を慎むんだ。その新大陸とてラグナの陽動作戦の可能性とてあるだろう。」
クレストもアルドの意見に同じため、どうしてもアルドを擁護する立場になってしまっている。そしてこの言葉にエレナも確かに反論する言葉を持たなかったため、この場の大勢はアルドの意見で占められつつある。ルゼルは彼らの議論を危ぶみながら見ていたが、これ以上論議をしていると最悪の事態になりそうだったので強引に打ち切ることにした。つまりアルドの案が容れられたのだ。


 翌日からはヴェスティア・シレジア連合軍が動員されることになった。しかし早速セーナとアルドの影響力の違いが大きく出る事態となる。ヴェスティア五武王のうち、出陣を命じていたアグスティー公国のレクサスがその命令を拒否したのだ。
「我が領土と兵はセーナ様によってもたらされたもの、皇帝となっていないものからの指図を受ける必要などない。」
こう言ってアルドの使いを追い払ってしまった。また同じような理由でヴェスティア海軍提督ノアもアルドへの協力を渋った。このノアはエレナ一党の一人ということもあって、あわやアルドとエレナによる内乱が起こるとさえ本気で危惧したものも現れたほどだった。またアルドの末弟ハルトムートと一部Pグリューゲル将兵も従軍を拒否する事態となり、予定される戦力は大幅に削られる事態となり、かつアルドの面子も潰された形にもなってしまった。
 その穴を埋めるべくアルドはセーナも直に采配したことのない、空前の200万という超大軍を組織して、リーベリアへと向かうことになった。この構成はヴェスティア直属軍が100万、シレジア軍が80万で、五武王からはヴェルダンのラケル・ハノン母娘と、オーガヒルのバリガンの二組に留まった。かつてアルドの後見役を務めていたルゼルは彼に従わず、宰相ということでヴェスティアに留まるエレナを補佐することになる。
 アルドはこの超大軍の集結をハイラインへと定め、ルゼル、エレナたちを省みることなく、さっさとヴェスティア宮殿を後にしていった。そこにはかつてグルニアで目を覆うほどの大敗を喫する直前までの父ライトを重ねるものも幾人かいたという。

 大いなる迷いから真実を見ようとしないままに歩みを始めたアルド、そのプロセスから導かれる答えは果たして明るいものとなるのか。

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 19:40