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  アルドはハイラインに到着し、大軍を随時、リーベリアへ送り出している間、ちょうど到着していた元オーガヒル公子でPグリューゲル十勇者に数えられるバリガンと、同じく十勇者で元ヴェルダン公女だったハノンがアルドに面会を申し入れた。
「何ゆえ、このような暴挙をなさるのか、説明をいただきたい。」
バリガンは強い口調で、アルドを詰問した。
 バリガンはレイラとフィードの長男で、前述のとおり実力と実直さでセーナ十勇者へとのし上がった若き勇者である。また数年前にはセーナの近侍を務めたこともあって、彼女に寵愛された一人であった。とはいえ十勇者という騎士として最高の称号を得ても未だに妥協することなく、己を厳しく律し続けてきた。それは他人に対しても同じで、たとえ主君であろうとも間違ったことを為そうという場合には諌めることもしている。そして今回も同じであった。
 最初は彼から自身の果断を評価してくれると甘くみていたアルドは思わぬ指摘に言葉を失った。その様子からアルドの心理を読み取ったバリガンが敢えて噛み砕いて説明する。
「大混乱の時とはいえ、何ゆえに敵を攻めずに、味方を守りに行くのでしょうか?また百歩譲ってそちらをいいとしても、このような超大軍を危急の時に動員するのは如何なるわけですか?」
バリガンも先日、エレナが主張したように、敵の本拠を突くという案が最良だと思っていた。しかし敵の戦力がよく見えてこない以上は味方を救うアルドの案も決して悪くはないと思っている。とはいえ、いかんせん兵が多すぎるのだ。これではユグドラルを襲われた場合は非常に厳しくなるばかりではなく、数が多すぎて雑軍の多くなるアルド軍も後方を脅かされたと知って勝手に瓦解する恐れもある。一利あって百害あり、というのがバリガンが考えた結論である。
 言われたアルドは返す言葉はなかったが、考えるたびに無性に腹が立ってきていた。そもそも今のヴェスティアの頂点には自分がいるはずなのに、十勇者とはいえ家臣のバリガンに何ゆえにここまで責められなければならないのか、と感じていた。その怒りの炎を瞳の奥に感じたバリガンは心の中でアルドの葛藤を悟った。
(この方は母君を超えたがっているのか)

 偉大なる英雄の子はたとえ凡才であろうが、親のように未来の英雄として期待されることが多い。そういった環境から子は親を超えたいと願うことが多い。願うことはバリガンも悪いこととは思わない。そう思うことが成長への原動力とさせるからだ。しかし願いは時として焦りへと変わることもある。今のアルドがそれで、形は違うがライトが妻セーナに抱いた感情も似たようなものであった。その焦りが「母ですら指揮したことのない」超大軍を動員させた。

 そう悟った瞬間でバリガンはアルドの説得を諦めつつあった。アリティアにいた頃のライトと同様に焦りから視野が極端に狭まっている彼に何を言っても無駄なのだ。
「殿下、先ほどの失言、大変失礼いたしました。申した言葉は万死に値します。」
そう言って母から譲られた氷雪の槍マルテを抜いて、その槍先を自分に向けた。思わぬ光景にアルドは思わず立ち上がってバリガンを制した。
「バリガン、落ち着いてくれ。私は何も気分を害していないし、君を頼りにもしている。ここで死ぬなど許さん。」
おそらくこの言葉はアルドの素から出たものなのだろう。妹と意見を異にし、暴龍に突き放され、あまつさえ母も頼りにした十勇者の一人を死にいたらしめれば、戦いどころではなくなる。ただでさえ、大軍の指揮ができるものがアルド軍には欠けているのだ。
「ありがたき、お言葉。ではこれから巡察に戻り、ご命令通りに3日後にはガルダ島へ向かいます。」
そう言って、優雅な動作でマルテをしまうと、何か言いたそうなハノンを引っ張ってアルドの元を去って行った。さっきまでバリガンに対して怒りに満ちていたアルドだが、彼の挙動でいつの間にかその感情は吹き飛んで、久しぶりにほっとした感じを味わっていた。

 「どうしてもう引き下がったの?」
陣所に戻るバリガンにハノンが食い下がった。
「おまえも感じただろう?アルド殿下の目の色を。」
そう聞くとハノンも静かに頷く。
「あの目をされた以上は何を言っても無駄さ。止められるのは一人のみ。」
「セーナ様?!」
「そう。しかもあのままでは私は指揮から外されることもあっただろう。」
実際にそれだけの怒りの炎を彼に向けていたことをハノンも感じていた。
「! だからあえてマルテを自分に突き付けて?!」
バリガンも自分を驕るつもりはないが、今のアルド軍には自分が必要だと感じている。これからの戦いはおそらく地獄へと向かうようなものであろう。ならば自分が奮戦して、犠牲を最小限に抑える必要を感じ、先ほどの場では敢えて命を張った『振り』をしたのだ。
「お前も俺がいないとその分、割りを食いたくないだろ。」
親友ハノンには少々人を食った発言をするが、ハノンも
「それもそうね。」
と苦笑するしかなかった。


 アルドが海軍を使って大軍を向かわせたリーベリア大陸は現在、ラグナ軍の攻撃をわずか3つの『点』で防いでいた。
 1つがリーベリア西方の旧西部諸侯連合・イストリア国境にあった丘陵地帯である。かつてはレダ三姉妹と、今回の大津波に巻き込まれたノール5世や、リチャードの重臣ロレンスが戦った舞台に、サリア国王ヴァルスの元にレダ軍とサリア軍・ウエルト軍の一部が地形を盾に何とか食い止めている。こちらはラグナ軍も強く出ていないのか、どうにか食い止めることが出来ている。
 次が最大の戦場となっているリグリア要塞である。リチャード・ティーエ夫妻に、その娘ティーネらレダ軍の中枢がここに移り、サリアから黄金騎士リョウや弓騎士長シロウが援軍として入って決死の攻防を繰り広げている。ここにはウエルトからサーシャが、またリーヴェ王妃メーヴェの依頼を受けた傭兵団『フリーダムウイング』が向かっており、アルドも当面はここを目指している。
 最後がゾーア地方とレダ本領を境とするところに作られたソニア要塞である。防衛拠点としては最北方にあるものの、カナン軍が地形と要塞の防御力を盾にしているため、こちらもギリギリの戦いながら食い止めることが出来ていた。

 また視線をユグドラル大陸に戻すと、ラグナ襲撃直後からやや山賊たちの活動が活発化しているとはいえ、未だに小康状態を保っていた。ただし各国とも状況は確実に悪化している。
 まず南東の強国トラキアは表向きは静かだが、強みとしている竜騎士団は今、厳しい状況を迎えている。ラグナたち竜族が関与をしたのかは厳密にはわからないが、彼らの劣等種にあたる飛竜たちが主である竜騎士たちに襲いかかる事件が続発しているのだ。皇帝フィリップと皇太子デーヴィドはまず竜たちの掌握に励む必要に迫られ、その一方でマンスター付近でも旧マンスター家の後胤を名乗るものが不穏な動きを見せていたりもしているため、とてもリーベリアはもとい、国外に兵を回す余裕はなかったのだ。
 北の大国シレジアではイザーク地域で不穏な動きがある以外は意外と静かである。それもこれも王都レヴィングラードに居座っているセティの存在が大きいのだろう。恐らく現在戦のないアカネイア大陸を除いて、世界で最も安定している地域と言えるのだろう。
 そして中央のヴェスティアはいつでも崩れかねない状況を必死に宰相ルゼルが支えていた。前宰相でセーナの右腕ともいえるミカをはじめ、セーナを母代わりにして育てられた十勇者ブラミモンドとテュルバンなどが精神に変調をきたし、生きているのがやっとという状況にまで追い詰められており、そしてアルドが超大軍と共に大量の将兵をリーベリアに連れて行ったために恐ろしく人手が足りずにいた。ルゼルはともすれば折れそうな状況を必死に一つ一つ捌いていくしかなかった。これを支えるのは皇女エレナに、こちらも宰相経験のあるゲインの二人である。しかし国を保つのがやっとなのは相変わらずで、セーナの存在の大きさを改めて思い知るのであった。


 戦乙女セーナの喪失、たった一人の女性の存在がここまで大きな影響をもたらしたことなど恐らく歴史的にもほんのわずかな例しかないのだろう。そう言った意味でセーナは間違いなく時代の寵児であった。皮肉にもアルドたちは喪失してから、その大きさを知ることになった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 19:41