ガルダ列島の中心・ガルダ島。セーナを飛躍させたこの島に、その嫡子と次男が超大軍を率いてやってきた。リーベリアでは竜たちによる侵攻、ユグドラルでは未曽有の大混乱という非常事態ながら、ガルダは思いのほか平穏な時が流れていた。
リーヴェのカリナ率いるガルダ駐留軍が彼らを迎え入れたものの、そのあまりの人数に正直辟易しつつあった。かつてのヴェスティア動乱時にもリーベリアから10万の精鋭を捌いた経験を持つ彼女もその二十倍近い数の兵をこの小さい島で捌くのは絶望的な思いをしていた。実質的にカリナがまとめているガルダ本島でも100万を入れることはでき、列島全てを持ってすればこの超大軍を受け入れるのも不可ではないのだが、肝心の200万の軍勢を指揮するはずの将兵自体がこの軍勢を御せ切れていなかった。カリナ自身はしっかりと役割を果たしているのだが、軍勢が言うことを利かないのだ。そのためガルダ本島は戦いもないのに、大恐慌状態に陥ってしまうことになる。この騒動はカリナの苦労を悟ったアルドの義姉レナが夫アレクス、義母ミーシャらと共に一部の軍勢をリーベリアに先行させることでどうにか落ち着くことになったものの、カリナはこの騒動で体調を崩してしまうことにもなってしまう。しかしアルドはそんなことを省みることなく、リーベリアのことばかり気にしていたものだから、ついに十勇者のもう一人の筆頭とも言えるアベルにきつく叱られることになった。
一方のクレストはと言えば、兄に比べれば大分思考も落ち着きつつあった。というのも、ユグドラルから更にとんでもない報せが飛んできたからだ。シレジア領イザークに謎の大軍が上陸してきて、あろうことか旧イザーク軍までこれに同調して西上しつつあるというのだ。妹エレナとルゼルがこれに対応するという報せを受けているが、自分が軽挙に出なければこれほど大事にならなかった、とクレストは今になってこれだけの大軍を連れてきたことを後悔しつつあった。
ガルダ本島、南山に留まりながら、思い悩むクレストの元に思わぬ客が訪ねてきた。かつてセーナをその背に乗せてリーベリアのために戦ったこともあるフォースドラゴンである。
「レヴィンの曾孫とは聞いてはいたが、あまり似ておらんな。しかし父君にはそっくりだな。」
もちろん竜の姿ではなく、どこぞで手に入れた竜石の力で人の姿と化してからの訪問である。やはり人の姿になってもそれなりに年を取った風貌は変わっていない。
「父に似ているとは正直よく言われます。」
苦笑いするクレストに、フォースドラゴンも人の良い笑みを浮かべた。とはいえ、あまり世間話をしている時間はない。
「その父同様に今回は焦り過ぎたようだな。」
彼は一気に斬りこんでくる。やや挑発もしているようになるが、クレストは素直に頷いた。
「我らが軽挙をしたことで妹たちに迷惑をかけてしまったようだ。」
「ほぉ、君は自分のしたことの意味を理解しているのか。」
まだ自分の道を突き進んでいくものとフォースドラゴンは見ていたが、どうやら違ったようだ。先ほどのユグドラルからの報せで、自身の中に燃え上がる怒りの炎が鎮火したらしい。
「ここの風を感じていると、如何に今まで私が狂っていたのか、思い返されました。本当ならば兄にも見つめ直して欲しいですが・・・。」
「あのままリーベリアに向かうのか。リーベリアの守護竜を自任してきた自分としてはかの地を守ってくれるのは嬉しいが、数がちと多すぎるな。これだけの数だと自壊しかねんぞ。」
すでにガルダのごたごたでアルド軍の士気はかなり落ちている。この上でリーベリアに行って、はたして戦果が上がるのか、クレストは極めて疑問になっていた。
「とりあえずリーベリアには我らシレジア軍は向かいません。またグスタフには出来るだけ早くヴェスティアに戻すことにします。」
「君はここに残るのか。」
「えぇ、そのつもりです。ここはユグドラルとヴェスティアの唯一の中継地点、ラグナによってここを取られればリーベリアは孤立してしまいます。だから私が残ります。」
ようやく目の覚めたクレストはリーベリアとユグドラルの巨大な地図を思い浮かべ、ガルダの存在価値を今まで以上に重要なものと捉えていた。
しっかりとした受け答えをしたクレストにフォースドラゴンは心の中で静かに目を細めた。しかし表情は苦笑いをしている。
「本当はもうひとつ理由があるのではないのか?」
これにクレストもつられた。
「厳密には出来たですがね。」
そして一拍おいて続ける。
「あなたともう少し話をしてみたいと思いましたから。」
フォースドラゴンも満更でもないようで、
「しばらくは暇をせんですみそうだな。」
と冗談を返して、二人は笑い合った。
翌日、クレストはヴェルトマー家のグスタフを伴ってアルドの元を訪れた。内容はもう言うまでもないが、シレジア軍の独立行動についてである。できるだけ穏便に話したクレストだが、最後まで信じていたクレストの裏切りにも似た行動に最後には顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。その場にいたヴェルダンのラケル・ハノン母娘が間に入って取り為し、あまりの醜態を見苦しく思ったサルーンの一喝でどうにか落ち着いたアルドは、アベル、バリガンの助言もあってどうにかクレストの提案を受け入れることにはなったものの、やはり後味の悪かった軍議だったとクレストも本気で思った。しかし自分とてガルダに来るまでは同じように進んできたことを思うと、やはり兄に対して苦言を呈することは出来なかった。
この3日後にはアルドは既にリーベリアにも渡っていた。それを見送るクレスト兄に憐憫の情が湧いたものの、結局説得する機会すら作ってもらえなかった。今の兄はただ母を失った激情で動いているだけでなく、いつの間にか母を超えたいという願望と焦りといった感情をも巻き込んで動いていた。そんなアルドが動かす巨大軍勢はクレストたちの危惧をよそについにリーベリアへと上陸し、当面の目的地ノルゼリアへと向かって進んでいく。
「そう、思ってたより早かったわね。」
リグリア要塞を眼下に見ながら四竜神の紅一点ミューはアルド軍上陸の知らせをすぐに受け取っていた。
「ネル、エイルとエインフェリアはどこに?」
ネルと呼ばれた男は静かに返した。
「ヴァーサとベロニカらの手の者は既に予定通りに。エイナールの率いる残りはまもなく上陸するとのこと。」
「それとネクロスの方はどうなの?」
「狙いをサーガ王国に定めて、切り崩し中とのこと。」
淡々と無感情で話しているが、ミューはそれで満足だった。
「いいわ、ありがとう。」
ミューが彼を労った。これを受けてネルも丁寧に頭を下げて去っていく。
(やっぱりヴェスティアにも馬鹿は少ないわね。大物が一杯釣れたと思ったら、次々と隙間から逃げていく・・・。小魚ばかり取ったところで、ヴェスティアが果たして潰れるのか?)
ミューの表現は迂遠だが、小魚というのはアルドが率いているヴェスティア200万の雑軍兵士一人一人のことを指して、大物とはアルド軍を離脱したクレストや元々参加しなかったエレナなどを指すのだろう。
「大きい網ほど網目は粗くなるもの、私たちはしっかりと仕事をすればいいだけね。」
ミューは自分に言い聞かせながら、手勢に今日の攻撃を開始させた。
アルド軍たちを釣り出したと言うミュー、果たして彼女は何を企んでいるのか。そんなことも露知らず、アルドは今もなおリグリアへの道を驀進していく