謎の大軍勢の襲来にエレナは宰相ルゼルを伴ってリューベックへと向かった。ヴェスティア宮殿は臨時宰相としてゲインが後を任されることになり、魂の抜け殻となった主セーナの肉体や、心が死んでしまったミカ、テュルバン、ブラミモンドらを守ると共に、これ以上、ヴェスティアを混乱のるつぼに陥れないように苦心していた。ここでゲインはバリガンやハノンたちの新十勇者の陰に埋もれていたものたちを第一線に投入することにした。
 一人はアベルとミーシャの長女であるミーアである。兄にセーナの養女レナと結婚したアレクスがおり、その関係で彼女もヴェスティア親族衆に指名されている。ただ思慮深い両親に比べると何故かなかなかに血の気が多く、良い意味でも悪い意味でもエレナに似ていた。そんな彼女にゲインはヴェスティア宮殿の守備隊長を任じていた。
 守備隊長に就いて数日経ったミーアはようやく今の立場に慣れてきていた。すると部下から謎の少女が宮殿の主に目通りを求めているという報せが入ってきた。その少女の名はリディアと言い、ナバダからの使いと言っているのだが、まだ世界の情勢がわかっていないミーアには何を言っているのかわからず、とりあえずゲインに伺いを立てることにした。すると十分と経たないうちに彼からの返答がやってきた。それを携えて来たのは彼女と同年齢の親友リオンだった。
 リオンはサルーンとリーネの次男で、ヴェスティアでは筋金入りのサラブレッドになる。周りの評価は母に似て、知性的ということでまとまっているが、やや存在感が薄いことも継いでしまっているのか、兄に比べて出世は遅れている。しかし特別慌てるでもなく、己を鍛え続ける姿は今はガルダにいるクレストに似ていた。なお兄リュウマはプレヴィアスグリューゲルにいるために、両親と共にアルド軍に従軍している。
 リディアという少女と談笑していたミーアに、リオンは二人を伴ってヴェスティア宮殿に案内する。ガーディアンフォースやP・Iグリューゲル双方が出払っているために、宮殿の人気はまばらであった。2階、3階と上っても人は少なく、気が付くともう玉座の間に付いていたが、そこにも誰もいなかった。
「あの・・・、どちらまで?」
使者という役が慣れていないのか、リディアもさすがにキョロキョロしている。それを察したリオンが優しく返した。
「申し訳ありません。見ての通り、人手が足りないので最低限の人数で守りを固められる紅の塔でゲイン様はお待ちしているのです。」
そう言って玉座の間を通り抜けると左側に細い渡り廊下が見えた。するとそこには穏やかな表情をしながらも、視線鋭い衛兵がそれぞれの槍を交差させながら立っている。
「ゲイン様への使いの方です。通させてもらいます。」
リオンが穏やかに言うと、衛兵は穏やかに槍を引いた。
 そして渡り廊下を渡った先には今度はカリンが待ってた。実質的な紅の塔の主である。
「色々とご不便をおかけしてすみません。」
と彼女はまず今までの手際の悪さを詫びると、リディアも恐縮するしかなかった。そしてミーアとリオンを宮殿に戻して、今度はカリンが彼女を先導することになる。塔最上階の一室に案内されたリディアに、ようやく今のヴェスティアをまとめるゲインが待っていた。
「よく来ていただきました。私が臨時宰相のゲインと申します。」
すぐ傍らには長女プルミエールと次女コーデリアがリディアのことを興味深く見ている。
「リ、リディアと言います。あの、これ、ナバダのエルフィン様からこちらを。」
そう言って、大事そうに一枚の書状を差しだした。

 ナバダという組織は既にサブちゃんを通じてヴェスティア首脳部には知らされるようになっていた。要は竜族による反ラグナ勢力のことで、彼女の言うエルフィンが統率をしていることはわかっていた。しかしラグナが動いてからも未だにヴェスティアとの接触はなく、個人的に動いていたアトスがようやくナバダにたどり着いたくらいなだけであったのだ。そこにようやくあちらからリディアが使者として来た。

 静かに受け取るゲインはその書状を一文字一文字確かめるように読み始めた。が、しばらくしてゲインがリディアに聞く。
「ここにしばしば書いてあるホルスとは誰のことか?」
ナバダのことはどうにか知っていても、ヴェスティアの人間はその中の構成は未だにまだよくわかっていない。もちろん目の前にいるリディアについてもだ。
「ホルスさんは、ゲイン様もお会いしたことがあると・・・聞きましたけど。確か・・リーベリアの風の回廊で。」
リディアの返答に、ゲインは一気に20年前の記憶を呼び起こして、ようやくわかった。ガーゼルとの戦いが一息つき、カナンへと戻ろうとしたときに圧倒的な魔力を持ってセーナを試そうとした闇魔道士のことだったのだ。彼はその後、イードでライトと、精霊の森で故シャルと、修行の旅の過程でアルド、エレナ、ハルトムートの三兄弟にも接触していたが、その間に名前を出したのはレヴィンを伴って現れたライトの時のみだったこともあり、セーナたちの間では頼りになる無名闇魔道士というイメージが付いていた。
「あのエレシュキガルという闇魔法を操る魔道士のことか。かの人はナバダにいたのか。」
「はい、しかし、今は四竜神筆頭ラオウの強襲をギリギリのとこまで防いでいたために・・。」
「失明してしまったのか・・・。それじゃ、ナバダは危ないのか?」
こういう質問を想定していたのか、アスカはぎこちないものの、しっかりと答える。
「いえ、守るだけならば、まだホルスさんもエルフィン様と一緒に戦えるそうです。ただ・・・こちらを助けることは・・・。」
気がついたら俯いていたリディアに、ゲインが優しく語りかける。
「いや、君たちが潰れなければ、それで助かる!我らも君らがいると分かれば、それだけで見通しが明るくなるからな。」
そして静かに、しかし熱く続ける。
「エルフィン殿に伝えてください。我らも今は押され気味だが、必ず立て直して共にラグナを打ち倒そうと!」
さすがに元十勇者だけあって、言うこと一つ一つがリディアには重く感じた。そして手を差し出してきたゲインに、いつの間にかリディアも手を伸ばしていた。ヴェスティアとナバダ、いやそれだけの意味ではなく、人と竜による最初の同盟が結ばれた瞬間であった。


 一方、リーベリア大陸に渡ってひたすら西進するアルド軍はリーベリアのノルゼリアに到着して、久しぶりの休憩を取っていた。ノルゼリアは今ではリーヴェ王太子アルクが治めており、彼がわざわざアルドたちを出迎えてくるほどの歓待ぶりである。またここにメーヴェの依頼で雇われた傭兵団フリーダムウイング分隊が合流してきた。すでに先発している本隊はリグリア要塞に籠城しているが、彼らはサリアに残っているカトリをリーヴェに安全に移すために別行動を取っていたのだ。この分隊はフリーダムウイングをまとめるセドリックの妻となったディアナが隊長を務めている。ディアナは厳かにアルド軍の指揮権に入ることを伝えると、静かに宛がわれた場所に戻って行った。
 ここでアルドはこれからの戦略をアベルやサルーンたちを集めて、話し合うことにした。
「全軍でリグリア要塞に行くのは数が勿体ありません。半分と言わず、3分の1はソニア要塞に回しましょう。」
アベルの進言はもっともなようだったが、なかなかに強かでもあった。要は怒りに任せているアルドの指揮できる数を合理的に減らそうとしていたのだ。今のアルドならば遅かれ早かれ、取り返しのつかない敗北をするとアベルが見ている証拠である。バリガンやハノンが膝を打って賛同し、未だにアルドに対して好意的なサルーンも深い意味を捉えずに賛成している。しかしこの意図はアルドも察していた。
「ラケルとジョセフの意見はどうだ?」
怒りから顔をやや引きつらせて、中立的立場にいるラケルとジョセフに意見を求める。二人はアルド軍の中ではアルドの次に格のある五武王のため、発言力は十勇者とは桁も違った(もっともジョセフ自身は息子レクサスに止められて今回の軍旅で手勢を率いていない)。
「私はアベル殿の意見に賛成です。リグリアだけ守っていてもソニアが落ちれば元も子もありませんし。それに私は旧イストリア国境にも兵を送った方がいいかと思います。」
何とラケルはアベルの意図を更に深くして軍を三分する案を出してきた。
 実はこれはラケルの長女ハノンがアベル・ラケルと考え出した案で、アルド軍をより多く分けるために敢えてアベルにソニアのみへの分割案を提案させ、業を煮やして頼りにしてきたラケルが更に三分割の案を出させて、場を支配させようというのだ。
 そしてハノンの読み通り、母の出した案に、人は好いものの戦略眼にはやや疎いジョセフが乗っかってきたことで場は二分割からむしろ三分割へとすることが大勢を占めてきて、結局、アルドはそれを認めざるを得なくなった。

 こうしてアルド軍は三分割されることになった。一軍は言うまでもなくリグリア要塞への援軍で大将はアルドが率い、これにアベル、サルーンらP・Iグリューゲルやガーディアンフォースの将兵を含む部隊が選定された。ソニア要塞への援軍は手勢を持たないジョセフが大将となり、ヴェスティア直属の雑軍を率いることになった。また旧イストリア国境へはラケルが率い、フィラ、ファリス、フィリアの三天馬騎士を含めたオーガヒル・ヴェルダン勢が主力となる予定である。


 懸命に傷跡を広めまいとするアベルら十勇者たちの知恵によって、暴走するアルドの直轄軍勢はヴェスティアを出た時に比べて5分の1にまで落ちていた。皮肉なことだが、それもこれも1年前のアリティア動乱にて父ライトが醜態を演じたからこそ、これだけ対策を練れたのであった。彼らの努力は果たしてラグナの大深謀に対してどれだけの効力を示すものなのか、その成果が出るのはそう遠くのことではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 20:00