ミューの元にソニア要塞の戦いの結果がもたらされた。
「やっぱりセネト王もやりますね。あなたの言う通りにしなければ、せっかく作った『堤』を崩されるところだったわ。」
そう言った相手は、静かに跪いている。紅き髪が何とも印象深げであった。
「エインフェリア第一部隊はあそこに留まってもらいましょう。ただ、このままだとイストリアの方も崩れる恐れがあります。」
紅き髪の男は更に進言する。
「ここに来たエインフェリアを更に分けるのね。それもそうね、あっちにはホームズの嫡子に、弓神ラケルがいるみたいだからね。」
ミューはすぐに即断する。数時間後には一部のエインフェリアと呼ばれる部隊が二つに割れ、西へと向かっていく。それを見届けたミューは先ほどの男に言う。
「やはり私も人同士の戦いには疎いものね。あなたがいてくれて助かったわ。」
しかし男は動じない。
「そのために私をセリスとセーナの元に送り込んだのでしょう。」
「ふふ、さすがに把握してるのね。さすがは私の軍師さん♪」
ミューも今のところは計画通りに続いているだけに上機嫌だった。
そしてリグリア要塞にようやくアルド軍が到着した。
「ヴェスティアを出た時は200万と聞いていたんだがな。俺は数も数えられないまでに耄碌したかな。」
最初はやはりリチャードの嫌味から始まった。これにアルドは思わずムッとするが、先導役を務めてきた駐ヴェスティア大使のライラが必死に弁解する。
「皇太子さまはレダの窮状だけでなく、リーベリア全体を見通して兵を割かれたのです!」
これに現レダ女王ティーネも同意する。
「父上、わざわざ遠路を来ていただいたのに失礼ですよ!」
これにはリチャードも機嫌を損ねて、さっさと要塞の中に戻ってしまった。
「アルド皇太子、父の無礼をお許しください。」
「いえ、心配なく。」
丁寧に対応するティーネだが、アルドもまだ気分を害したままで、彼は素っ気なかった。道中で自分に意に添わずに次々と手勢が減って行ったことを未だに根に持っていたのだ。アベルが危ぶむ視線を送るも、アルドは敢えて無視して更に続ける。
「で、我々の持ち場はどちらへ。」
これにはティーネの夫ノール6世も鼻白んだ。
「そうですね・・。当面は南門の守りをお願いします。多少数が余っているようでしたら、元気な方を前線となる北面に回してくれると助かりますが・・・。」
ティーネはアルドが苛立っているのが大軍の采配に疲れたものと思っていたために、とりあえずは休んでもらおうと配慮したのだ。
「なら、エルマード!Iグリューゲルと5万の手勢を持って、北面に向かうんだ。」
カインの長男エルマードは今ではアルドの筆頭譜代の騎士である。共に偉大な親と比較されて思い悩んだ者同士だけあって非常に馬が合うのか、この混乱時には常にアルドを補佐して、時には自身の後見人たるアベルと意見を戦わすこともあったほどだ。もちろん力量は乏しくはないが、アベルやサルーンの古豪十勇者はもとい、ハノンやバリガンら新世代の十勇者のものにはやや見劣りしているのは本人も周りも理解していた。そんな彼をいきなり最前線に送るということなのだから、アルドがいかに十勇者たちに対して反発しているのか想像できよう。
そのままティーネたちとの会見を打ち切ったアルドは苦々しい視線を送るアベルをまたも無視して、手勢をリグリア要塞へと入れていった。それを眼下に見ながらリチャードをつぶやいていた。
「ノール(5世)よ。お前が死んでまで連れてきた軍勢はあんなものなのか・・・。俺はお前の方が頼りになったのにな。」
親友ノール5世は竜たちの奇襲の際に、リチャードたちの後退を助けるためにひとりで竜たちの群れに突っ込んで、壮絶なる死を迎えた。ミューがその死を惜しんで、亡骸を改めてリグリア要塞に籠るリチャードたちに送ったほどの勇戦だったらしい。
「ミューは死者を蘇らせることができるらしいが、俺はお前が敵になってでも生き返って欲しいものだ。」
獅子王の孤独なつぶやきは部屋の隅でティーエも静かに聞いていた。そして二人は静かに涙をこぼした。
そして海を隔てたユグドラル北西にあるオーガヒルでは規模こそ小さいが、ソニア要塞に次いで戦いが始まっていた。ここを襲ったのは飛竜たちだけということもあって、ずっとハルトムートたちが優位に戦いを進めている。稀に黒き竜・魔竜が交っているが、アトスの火力と、前線に復帰したレイラの機動力の前に自慢の破壊力を見せつけられずに落とされていく。こんな状況をみたオーガヒル公国の当主フォードはハルトムートに相談してきた。
「ハル、すまないが、ここは任せてもいいか?」
どことなく思いつめた顔をしているあたり、ハルトムートも何を考えているのかは何となくわかった。
「姉貴のことが心配か。」
いきなりを核心をついたハルにフォードは驚くが、
「フフン、お前と姉貴の仲くらい俺も知ってるぜ。アイも戦えるようになってきたし、ここはあいつとレイラがいれば、十分守りきれるだろう。」
と自分の鼻をこすりながら言う。
「すまない。」
「一応、聞いておくが、お前だけで姉貴を応援するんじゃないんだろうな。」
これにフォードも苦笑いする。
「まさか、俺が行ったところでマーニと同じ仕事をさせられるだけさ。」
「じゃあ、デーヴィドあたりでも連れていくのか?」
「デーヴィド皇子ならば俺が誘わなくとも自分から行くのだろう。俺はレクサスを誘ってみるさ。」
これにハルトムートが目を白黒させた。
「お前があの暴龍を動かすのか?やめとけ、時間の無駄だ。」
「だが、あいつ以外に頼りになる奴は他にいないだろ。」
言われてみればその通りである。
「何か脈はあるのか?」
「ない。ないが、俺が何とかしてでも動かしてみせるさ。」
根拠のないことを堂々と口にするあたりはフィードの子であった。ハルトムートは心の中で呆れていたが、
「おおう、まぁ、頑張れ。」
と言って、送り出すしかなかった。
しばらくしてハルトムートたちの元にフォードがレクサスを説得したという報せが入ってきた。
「あいつ、何をどうしたかは知らんが、やりやがったな。」
勝ち誇った顔をするフォードを想像したハルトムートは笑いを止めることができず、一方のアトスは思わず
「明日は雪でも降るのか?それともラグナ自身がここに来るのか?」
と冗談を言っていたが、誰よりもフォードの成功を喜び、驚いていたのは母親のレイラであった。
「ハル皇子、あなたたちも負けられないわね。」
発破をかけてきたレイラに、ハルたちも心を引き締めた。
既にある程度、ラグナ軍の侵攻は止まっており、それでいてシレジアからも天馬騎士団が応援にも来ているから、オーガヒルは余程のことがない限り、問題ないと言えた。それを見たハルトムートはついに決死の中入り軍を組織することにした。レイラとフィードが夫婦合作で作っていたオーガヒル海軍鉄鋼船にそのための準備をしていたハルトムートの元に思わぬ人物が訪れてきた。
「よう、ハル。お前がラグナのとこに殴り込みに行くと聞いてな。俺も連れて行ってくれよ。」
気軽に言うのはミカの夫で、かつてのアカネイア傭兵王のラティであった。
「おいおい、俺達は生きるか死ぬかの戦いに行くんだぞ。それをわかってるのか?」
「ふふ、言われずとも。俺はな、かわいい娘を泣かした奴が許せないんだよ。」
ラティの娘はミルである。セーナとラグナの修羅場をその瞳に焼き付け、傷ついた心を引きずりながら今はレダにいる。そんな健気な娘を考えるとラティは父として本気でラグナに一太刀浴びせないと気が済まないのだ。
「馬鹿な理由だろ。」
自嘲するラティだが、ハルトムートは真顔で聞いていた。
「いや、それくらい馬鹿な動機の方が助かるさ。こっちも気を遣わずに済む。」
「悪いな。」
「それよりもアカネイアの戦友たちには何も言わずにいいのか。」
これにはラティは苦笑いして返す。
「実はな、もう会ってたのさ。だからこうして遅くなって来たわけだ。」
「じゃあ、もう未練はないんだな。」
「ないと言えば嘘にはなるけどな。」
ハルトムートが気になるが、ラティが苦笑いしながら続ける。
「ミカのサンダーを喰らってから行きたかったかな。」
これにハルトムートは何も返せなかった。妻ミカは今もなお、ヴェスティア宮殿で意識というものがなくなっている状態である。心の支柱たるセーナが倒れてから、彼女も心が死んでしまったのだ。ラティはミカの思いも背負ってラグナの元に向かうつもりなのだろう。
「さ、準備しようぜ。俺は何をやればいい?」
しんみりとした空気を明るく切り替えたラティに、ハルトムートはラティの懐の大きさを悟った。
(あのミカが惚れるのも何となくわかるな。)
3日の準備を終えて、一同はついにオーガヒルを後にした。レイラの見送りを受けて、オーガヒル海軍鉄鋼船は一路、新大陸エレブを目指す。