アルド軍の合流を待っていたかのように、ミューによるリグリア要塞攻撃がより激しさを増していった。
「おい、アルドのもとへ行って、兵を回すように伝えてこい!」
リチャードは不機嫌そうに使い番に言い放ち、自分も特に押されている東戦線へと飛んで行った。
そのリグリア東戦線を主に受け持つのはサリアから来たリョウ率いるサリア黄金騎士団と、セドリックら『フリーダムウイング』が受け持っているが、竜に対しての決め手が他の戦線に比べて特にない戦線のため、特に苦戦していた。防御壁は飛竜の吐いた火炎によって焦がされ、到る所に包帯を巻いた兵士が必死に抵抗している。
「弓か、魔法、どちらかあれば、大分有利に戦えるのだが・・・。」
幸いリョウのサリア軍は魔獣討伐の経験があるので竜たちを見てもそれほど恐慌を起こさず、『フリーダムウイング』とて邪神ガーゼルをその瞳に入れたものもいるために、決して怯んでいるわけではない。しかしセドリックの言うとおりに手段があまりにも乏しかった。
「リック、南から援軍よ!」
気がついたディアナが言うと、南からは少数とはいえ天馬騎士団と竜騎士団の混成部隊が向かってきている。
「あれはPグリューゲルの部隊か、助かった。これで空の飛竜たちは気にするな。氷竜たちに気を配れ!」
すると同じ東戦線を守るリョウからも使いが飛んできた。
「我々が地上竜たちを押し返しますので、『フリーダムウイング』は城壁の守備をお任せするとのこと。」
こういう役目は傭兵団たる自分たちがやるべきなのだが、リョウとて元々は同属性のレジスタンス『ブルーバーズ』の出身である。どうしても血が滾るのだろう。
「わかった。後方は我々が守ると、リョウ殿にお伝えあれ。」
そう言うと使者も丁寧に叩頭して、リョウの元に戻って行った。
その頃にはアルドが送り出したPグリューゲル空軍が飛竜たちとぶつかった。指揮するサルーンもリーネも竜との戦いは初めてだが、前夜に同陣しているサーシャから聞いていたために要所はしっかりと心得ている。
「翼か急所を突くのだ!それで飛竜は終わりだ!」
サルーンの一喝に、将兵たちも一気に奮い立ち、各方面に散っていく。そしてそこからは激しい空中戦が始まった。猛烈な火炎が飛び交い、逃げ遅れた竜騎士がその直撃にあい、全身やけどの憂き目に遭うも、相棒の竜にしがみついて要塞へと降りていく。勝ち誇る飛竜に対して、今度は背後から天馬騎士が襲いかかった。翼を切り裂かれた飛竜はその巨大な体重を片方の翼で支えられるわけがなく、そのまま落下していく。
「やはり飛竜も侮れない・・・。」
リーネが唇を噛みながら、戦場を改めて見渡す。やや自軍が有利に進めているとはいえ、決して無視のできないダメージをグリューゲル空軍は受けていた。
「リーネさん、伏せて!!」
突然の叫び声にリーネは何の躊躇いもなく、体を愛馬の背にくっつけて一気に高度を落とした。直後、火炎が背をギリギリで通り過ぎていく。その後にようやく火炎を放った飛竜が絶叫を放って地に落ちて行った。
「リーネさん、大丈夫ですか?」
駆け付けてきたのは同じ空軍の十勇者フリードである。
「ちょっと髪が焦げたみたいだけど、おかげで大丈夫!ありがとう!」
するとフリードは若い竜騎士を連れてきた。サルーンとリーネの長子リュウマである。彼は二人が鍛えたフリードによって騎士としての訓練を受けていたのだ。
「リーネさん、リュウマを側に置いておきます。もう私が鍛えなくとも存分な活躍を見せてくれるでしょう。これからは遊撃に回って、危ない騎士がいたら救出に回ってください。」
そして軽く会釈をして、竜の羽を大きく広げ、次の戦場へと滑空していった。リーベリア出身の騎士だけあって、国が違えど同じ大陸のために戦えて本心は喜んでいるのだろう。
その後、フリードとサルーンの猛烈な反撃の前に飛竜たちもさすがにたじろいで去って行った。この後にようやくリチャードとティーエの援軍が到着し、リョウと共に地上竜部隊を追い返すことに成功した。
北面はノール6世とティーネ夫妻、そしてヴェスティアからエルマードとインペリアル・グリューゲルが派遣されていたが、ティーネの奮闘でこの日の猛攻をどうにか打ち返すことが出来た。ヴェスティア軍からアベルとバリガン、ハノンらが率いるグリューゲル陸軍が入っていたことが大きな助けとなっていたが、特に母ラケルの弓の腕を受け継いだハノンの働きは鬼神そのものだった。彼女が目を付けた竜は次の瞬間には既に絶命していたくらいだったからだ。
西面は比較的攻勢も緩やかだった。何しろここは歴戦のサーシャと、サリアの弓騎士長シロウが詰めており、レダからもノール5世の仇を誓う妻リーラも亡き夫の黄金騎士団を引き継いでこの地で虎視眈々と睨んでいたからだ。ミューもこの方面には申し訳程度の軍勢しか送らず、それゆえに守る側も大した犠牲を出さずに済んでいた。
南面にまでミューの軍勢は回ってこなかったため、東戦線の激戦が終わると同時にこの日の攻防は終わった。夜、リチャードは諸将を集めて簡単な宴を開いた。アルド軍が合流してからは初めての大規模な会合でもあるために、アルド軍の将たちも多くが参加することになった。
リチャードは早速無礼講を唱えつつ、いきなりアルドを呼んで、今日の奮闘を称えた。
「今日はなかなかいい采配を見せてくれたな。」
普段は他人をほめない彼なので、ティーエ、ティーネ母娘はその言動に心底驚いた。一方、言われたアルドはあまり嬉しくないようだ。今日の戦いはやろうとすることのほとんどがアベルに諌止され、彼の言うことに従っていただけだったのだ。実質的に他人が采配していた戦を褒められても面白いはずがなかった。そのアベルはといえば、ミュー軍の夜襲を恐れて、フリードと共に警備に行っている。功をアルドに譲るという配慮だったが、今の彼には通じなかったようだ。
「リチャード殿に褒められたのは母にいい土産になります。」
そう答えたアルドはおそらく一番素晴らしい回答をしたのだろう。リチャードはニヤリと笑って、熱冷ましと称してバルコニーへと連れ出した。そしてその後、とんでもないことを言い出した。
「ならばその土産とやらをもっと大きくしてみないか?」
これにアルドも食いついてきた。
「今日の戦いでは東戦線に行ってたが、おまえの采配もあってかなりの数の飛竜が落ちていた。」
それは事実であった。今までは良くて数十だったものが、今日は十倍以上に増えていたのだ。
「俺の勘だが、この戦いでミューとやらの手勢も大きく減ったはずだ。そこで俺達はレダを奪回しようと思っている。どうだ、お前たちヴェスティア軍も加わったことだ、ここで反撃と行かないか?」
これは軍全体に関わることで、このように狭いバルコニーで二人だけで話すには余りにも重大なことであった。当然、父に対して油断ができずに聞き耳を立てていた娘ティーネが駆け付けてくる。
「父上、そのようなことは軍議でお話ください!このようなところで話せば、アルド殿も困りましょう。」
しかしアルドはティーネを制した。
「まぁティーネ女王、リチャード殿の仰ることももっともです。これだけの軍勢が集まったのですから、反撃に行ってもよいのではないでしょうか。」
彼もまたリチャードに賛同した。これにはリチャードも大笑いしてアルドをおだてる。
「ほほう、セーナの息子だから、裏で謀略でも企んでいると思ったが、思いのほか果断な皇子様だな。」
そして二人は気を揉むティーネと共に会場に戻って、宴を楽しんでいく。
翌日、酔いも冷めやらぬままにリチャードが軍議を開いて、今後の方針を伝えた。もちろんレダ奪回するための積極策を打ち出したのだが、当然のように反論が出た。
「まだミューの軍の全容がわかっていないままに出るのは危険です。今出るのは時期尚早かと思います。」
筆頭はティーネであった。これにサーシャが補足する。
「私も女王の意見に賛成です。それに未だに指揮系統もまとまっていないまま、レダに乗り出せば各個撃破されるのがオチです。」
セーナの義理の妹だけあって、発言力はリチャードたちに劣らない。これにアルドの義姉レナも同意し、十勇者を代表するアベルも当然のように慎重論を唱え、ティーネの案で落ち着くかと思えた。
しかし一人の女性が流れを変える。ノール5世の妻リーラである。彼女は涙ながらに反攻に打って出ることを訴えかけてきたのだ。言葉一つ一つそのものが凄まじい気迫をほとばしっており、場は彼女一人によって一気に変わってきた。これに感激したエルマードやリョウが積極策に賛同し、また彼女のつらい気持ちが理解できるティーネも中立に回ってしまったから、いつの間にか積極策でまとまりつつあったときにアルドの一言が決め手となった。
「母セーナは常に攻め手に立つことで、敵は手を出すことができなくなると言ってました。いわば攻撃は最大の防御ということです。ここで守っていたところで、敵にやりたいようにやられるだけです。ならば打って出ようではないですか!」
ヴェスティアにいた時にエレナに言われたことを自分の言葉にして出して来たのだが、セーナの名を出したことで盲目的に多くの将が反論することばを無くしていた。セーナの軍略を知っているサーシャはアルドの言うことに危ぶむ目をしているが、もう彼女一人で場の流れはせきとめることはできなかった。辛うじてアベルとサーシャが協力して、
「積極策に決まった以上は仕方ありませんが、ミューの攻勢が止んでから行動に移すという条件を呑んでいただかなければ賛同はしかねます。」
と突き付けて、これをリチャードとアルドは確約したために二人も仕方なく引き下がった。
そしてそれから3日後にはミューたちの攻勢はすっかり止んでしまっていた。不審に思うアベルやサーシャの思いとは裏腹に、アルドやリチャードはついに反攻の時と行動を取り始める。