リグリア要塞からついにレダ奪回軍が発向された。総大将はリチャードが務め、副将がアルドになり、レダ女王たるティーネは一時はリグリア要塞に留まると思われたが、二人のブレーキ役を母ティーエだけに任せるわけにはいかないと、サーシャの助言もあって付いていくことにした。そのためにリグリア要塞を守る側が薄くなるために、ティーネの夫ノール6世が代わって残ることになった。その防衛側の総大将はやはり歴戦のサーシャが務め、ノールが副将として支え、更に軍師格にフリードとハノンのヴェスティア十勇者の二人が収まった。
 リチャードたちが出発してしばらくした後、後方から報せが入ってきた。
「リグリア要塞が襲われている模様です。ノール様から使者が来ています。」
眉を顰めるリチャードだが、無視するわけにはいかなかった。すぐにノールからの使者が来ると、状況を伝えた。
「竜たちが十を超える程度、エインフェリアと呼ばれる軍勢が5万程度です。」
思いのほか、少ない攻勢に思わずリチャードがホッとした。
「それなら十分守りの部隊で防ぎ切れるだろうに。ノールの息子は心配性なやつだ。」
そう言い放ち、リチャードは軍旅を再開させた。
 実際にリグリア要塞での防衛戦は守備側の一方的優位に終始している。攻める側にアカネイアの旗があるのには一時は動揺していたものの、すぐ脇にかつての四名臣の一人フレイの旗を見つけたサーシャがその正体を割り、周りを落ち着かせて反撃に出た。そうなるとハノンの神業と、フリード、サーシャの槍捌き、ノールの意地の采配の前にただでさえ圧倒的少数の敵勢は数刻と持つことはなかった。
 「フレイめ、アカネイアの旗だけ掲げていればいいものを、自分の家の旗まで掲げおって、愚か者が。」
この戦闘を一部始終見ていたミューの軍師はフレイの拙い戦闘にすぐに結果を見るまでもなく、匙を投げた。
「まぁ、所詮は陽動の戦い。フレイのような出来そこないをなぜミュー様が呼び出されたのかは理解し難いが、これで処分も出来たから良しとしておこう。」
そういって軍師は北の方へと去って行った。
 リグリアの防衛成功についてはすぐにノールから次の使者からリチャードへと伝えられた。また討ち取った敵将の中にアカネイア四名臣フレイがいたことを聞かされると、
「セネトのところにいたような奴がこっちにもいるようだな。それにしてもフレイと聞けばアカネイアの奸臣ではないか。そんな奴を生き返らせるなど、ミューも愚かな奴だな。」
率直な感想を漏らしたリチャードは使者をそれなりに労った後に要塞に帰すことにした。そこにセーナですら恐れた四竜神ミューに対する恐れは全くなかった。

 そしてリチャード軍の北上は何の問題もなく、進んで行った。当然、ミューの軍勢も必死に抵抗していくのだが、先ほどのリグリア攻撃時のように前ほどの勢いは感じられず、竜との戦闘に慣れてきたリチャード軍に次々と駆逐されていった。
 「ミューの軍勢も息切れ寸前のようだな。」
途中で野営をしていたリチャードは呼びだしていたアルドに上機嫌に接していた。
「そのようですね。これならレダ奪回も後少しです。」
アルドも連戦連勝に気を良くしていた。いつの間にかリチャードとの馬も合い始めているのに、遠くで眺めていたアベルもやや驚いていた。

 何しろセーナとリチャードの不仲を囁くものは非常に多い。今まで二人は目を合わしたことがないどころか、公式の場で一度も同席したことがないからそれも仕方ないだろう。最もニアミスしたのが、このレダにてカナンの黄金騎士ゼノンをセーナが救出し、リチャードと同陣していたセネトに送り届けた時である。それ以来、ヴェスティア駐在のライラを介しての書状でのやり取りでしか意思の疎通をしたことがなかった。アベルから見れば、性格もどことなく似ているとあってか、反発していると見ていたが、その真偽は本人たちに聞いてみるしかないのだろう。

 ともあれ大分口数の増えてきた二人を見ていたアベルはアルドに対して新たな可能性を見出しつつあった。
(なるほどな、いつの間にかサルーンも皇子に懐くわけだ。)
かつては後見人としてアルドを鍛えていたサルーンもいつの間にか彼に対して忠義の念を抱くようになっていた。頑固一徹、セーナ一途で知られるサルーンが最近はアルドに忠実になっている様にアベルは「明日は異常気象か。」とフリードあたりに呟いていたのだが、
リチャードですら親近感を持たせるアルドの魅力をようやくアベルは身に付けつつあることを感じた。それは王位に就くものとしては心強い成長である。
(ならば何としても皇子にはヴェスティアに無事に戻ってもらわねば。)
アベルは心に誓うのであった。


 リグリア要塞からレダ王城まではミルが言ったようにさほど距離があるわけではない。ミュー軍のささやかな抵抗があったために延びてはいるが、実は数日で着く距離しかないのだ。かつてホームズがダクリュオンを求めてレダに行った際には本道が崩れていたために回り道をさせられたこともあったが、今では当然のごとくリチャードの手によって復旧されている。
 すでにレダ王城に到着したリチャードたちはすぐさま王城奪回作戦を展開したものの、そこにはミュー軍の姿は竜、人共になく、完全なもぬけの殻になっていた。しかも城壁やら水堀などの防御設備は見事なまでに破壊されていた。ここに至って、さすがのリチャードやアルドでも最悪の事態を察することになった。
「急いで、リグリア要塞に戻れ!!」
叫ぶリチャードだが、すでに遅かった・・・。
 四方八方の山々から物凄い勢いで大軍がレダ王城に殺到してきたのだ。上空からは空を埋め尽くさんばかりの飛竜や魔竜たちが、山々からは氷竜や、天上から舞い戻って来たエインフェリアの軍勢が、今までの鬱憤を晴らさんとばかりにレダ軍勢へと襲いかかる。

 だがリチャード軍とて上は上でも、アベルらはしっかりと今回の奇襲を把握していた。
「落ち着けっ!全員南に向かってひた走れ!!」
そしてリーネを呼ぶと、
「至急、リグリア要塞に行って援軍を求めてきてくれ!」
と命じた。
「しかし要塞にはこちらの援護に出れるほどの余力は。」
しかもこちらと同じようにミューに襲われているかもしれないのだ。だがアベルは気にせずにリーネを促した。
「そんなことはリグリアに行けばわかる!頼むぞ!」
「ハイッ!」
そう言ってリーネは戦場を離脱していった。
 しかしそれをミューたちはしっかりと見ていた。
「いいの?あの天馬騎士はリグリアへ向かうわよ。」
赤髪の軍師はミューの疑問を一蹴した。
「あれはリーネでしょう。追撃を出せば討ち取れるでしょうが、手痛い反撃を受けるでしょう。見逃すことにしましょう。その方がリグリアの数が減って、やりやすくなるのではないでしょうか?」
「そうね。ではここは任せたわ。」
そう言い、ミューは転送陣へと身を任せて、飛んで行った。残された軍師は巨大な剣を持って、馬に跨った。
「では私も行くとするか。ふふふ、アベルの驚く顔でも楽しみにしておくことにしよう。」

 レダの短いようで長い一日がついに始まった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 20:21