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 サーシャとロキがリグリア要塞に戻ってから、リチャード軍救出のための援軍がリグリア要塞を飛び出して行った。兵力は要塞の守備を考えると10万が限度で、後はどれほどの数の軍勢が生き延びているのかが、救出の鍵とも言えた。
 ヴェルダンのラケル・ハノン母子を中心とした精鋭弓騎士隊・バイゲリッターを中核に、オーガヒルの三姉妹天馬騎士をリーネが補佐した天馬騎士隊などを合わせた軍勢がすぐに飛び出して行った。
 約半日、すでに夜も深くなった頃にようやく救援軍はリチャード軍先鋒の『フリーダムウイング』を吸収した。激しい戦闘を経て来たためか、精神的に好戦的となってたこともあって一時は救援軍と戦闘になりかけたこともあったが、天馬騎士に気がついたディアナの必死の制止でどうにか事なきを得た。そしてそれを追うようにアルド・レナ・アレクス隊が合流を果たして、ブロー軍に追撃されていたアベル・ライラ隊を救出した。
 だがその後が大変だった。アベルたちを追撃していたブロー軍と本格的に衝突することになったのだ。アベル率いるPグリューゲルは激戦の連続で使い物にならなかったため、ここは今まで温存されていたアルドが自ら陣頭に立って奮闘することになった。アルド直属のIグリューゲルはエルマードの指揮の元、強固な抵抗を続けていった。その結果、ブロー軍の攻めを引きつけることに成功し、後方から駆けつけてきた救援軍の支援が容易になった。特に現十勇者に数えられるハノン隊の活躍は目覚ましく、瞬く間にIグリューゲルに合流し、精緻な狙撃によって次々と竜を落として行った。それに負けじとオーガヒル三姉妹天馬騎士団もリーネの的確な指揮の下、竜の翼を引き裂く。
「皇子、そろそろ引きましょう!リグリア要塞でも謎の巨大な火焔を放つ竜が来たのです。このままいると遮るものがないまま、私たちは骨になってしまいます。」
アルドの元に着いたラケルは余り戦局を長引かせるべきではないと判断していた。アルドとてそれは承知である。自分で育てたIグリューゲルの抵抗もそろそろ限界だと分かっているだけに、判断も早かった。
「ここまでだ!全員で一気にリグリアまで走れ!!」
アルドの号令の直後、ラケル・ハノン隊の強烈な弓の一斉射が放たれた。これにブロー率いる精鋭竜もさすがに怯んで、アルド軍の一斉撤退を大いに助けた。そして最後に残ったラケル・ハノン隊も全騎馬部隊だったために、大きな犠牲を出す間もなく撤退を果たした。
 翌早朝、疲労困憊の足取りながらもアルド・リチャード軍がリグリア要塞へと戻ってきた。この頃にはリチャードも意識を取り戻し、アルドやライラからすべての事情を知るに至り、さすがにしおらしくしている。


 そしてこの日の夕方、リグリア北面では態勢を立てなおしたブロー軍の猛攻が早速始まっていたが、戦闘のなかった西面において軍装がボロボロな軍勢が出てきた。この方面の守備をしていたリーラは掲げる旗に目を見張った。
「あれは・・・サイファードとブラックストライクの旗!!?」
リーラはすぐに飛び出したくなる衝動に襲われたものの、この方面の副将となったシロウに諌められ、とりあえず様子を見ることにした。死者を蘇らせるミューの能力はすでに承知で、巧みな罠と判断したのだ。
 すぐにアルドとリチャードの元へ報せが送られ、その判断をするためにフリードがやってきた。アルドとティーネは軍勢の立て直しに忙しく、リチャードは今までの剛毅な態度が嘘のように塞ぎ込んでいるために、とても動くことができないのだ。城壁の上からフリードはじっと見ていたが、やがてリーラに門を開けるように伝えた。そして傍らで待っているシロウに言う。
「あの軍勢ならば、数、装備ともに貧弱で、敵だとしても脅威ではないでしょう。」
そしてわざわざ報せを入れてくれたことを丁寧に謝して、再び要塞中央部へと戻って行った。こういう時こそ密な連携が必要であり、それを実践したシロウの面目は大いに施された。
 そして慎重に出迎えた軍勢はリーラの予想通り、サイファード・ブラックストライクの生き残りであった。アートゥは無事にミーシャの約束を果たしたのだ。そして彼は母リーラと再会した。
「母上、生き恥を晒して帰って参りました。」
実はアートゥはノール5世とリーラの次男だったのだ。ノール家の跡を継ぎ、ティーネと結婚したことでレダの後継者となった兄とは違い、ティーエに認められて若いころから彼女の精鋭サイファードで修練を積んでいたのだ。
 静かに俯きながら言うアートゥに、母は優しく迎え入れた。これを見ていた他のサイファード・ブラックストライクの面々はようやく帰ってきたことを実感し、アートゥが持ってきた棺桶に向かって一礼していた。
「こちらは?」
リーラの問いにはっとなって、アートゥが表情を引き締めた。
「すみません、母上、私はこれからティーネ様たちに報告しなければならないのです。一刻も早く、こちらの命の恩人を引き渡さないと・・。その後でまた来ます。」
その言葉に、息子の一気に成長した姿を見ていて、思わずリーラも目を潤ませていた。それはもちろん悲しい意味ではなく、この戦いでは初めてとも言える嬉し涙であったのは言うまでもない。
 アートゥはアルドたちの前でレダの谷で起こったことを綴っていった。それは遥か遠くでおぼろげにしか見えなかったティーネの話をより深くしていき、ティーエ、ミーシャそれぞれが死を超越して戦い、そして果てて行ったことを知った。ミーシャの妻アベルももちろん同席し、目を閉じながらも彼の言葉をしっかりと聞いていた。そしてミーシャの遺体を受け取ると、アートゥの手を取って今までの苦労を丁寧に謝していった。

 その夜、ブロー軍を追い返した報告が北面のサーシャからもたらされて、どうにか一息つくことができたが、事態は想像以上に悪化していた。レダに行った軍勢の3分の2が失われ、既に触れたようにミーシャとティーエの二人が凶刃に倒れてしまった。ラケル軍の加入と、ロキ・ユキ兄妹の参戦と、ブローの暴走によるミュー軍の半壊があったから持ちこたえられているものの、一歩間違えればこのリグリア要塞は間違いなく落ちていたと思わせるほどの際どい戦いであったのだ。
 そんな中、更なる不安な知らせが彼らにもたらされる。未だに一兵の兵も動かしていないリーヴェにおいて、国王リュナンと王太子アルクの間に不和が生じて、危険な匂いがしているというのだ。事の真相は言うほどに深くはない。兵を動かそうともしないリュナンに対して、リーベリア諸国救援のために軍勢を出したいナロンたちがアルクを担ぎ出そうとしていたのだ。これはまさに内乱寸前とも言えた。
 このような非常事態に御家騒動が起こることに諸将は空いた口が塞がらなかった。ティーネやフリード、アベルらは聡明なリュナンの不明を不思議に思っていたものの、今は現有の戦力で何とかするしかなかった。また天から軍勢が降ってくるとは限らないわけで、リグリアに籠るものたちの苦悩は更に深くなっていく。


 更に深夜、アベルはミルを呼び出して、フリードと会っていた。
「フリード、すまないが、君にはミルのワープでヴェスティアに戻ってくれないか。」
いつになく怖い表情をしているアベルに、フリードはすっかり呑まれていた。
「それは構いませんが、ヴェスティアで何が?」
「あくまで最悪の場合に対処するしてもらうだけだ。何もなければいいのだがな。」
そして静かに続ける。
「いいか、フリード。ヴェスティアに行った場合はすぐにルゼル様と対応して、宮殿内の全城門を閉じるんだ。そして君はグリューゲル村のマリーナにこの書状を渡して、読んでもらった上である質問をするんだ。これでもなおクレスを愛しているか、と。」
マリーナはカインの妻だった女性で、彼亡き後も今もグリューゲル村に住んでいる。ヴェスティアでも賢母として知られているが、カインがミュー軍にいると確信しているアベルは彼女もミューの手先ではないかと疑っていた。しかしフリードはかつての宰相クレスの名は知っていても、それがセーナの出生につながることは知らないでいた。一緒にいるミルもそうである。何が何だかわからない二人に、アベルは別に書状を作って手渡した。
「すまないが、今は時間がない。フリード、事の真相は全てここにまとめてある。マリーナと会う前に読んでおくといい。ただミルはこの事は知らない方がいい。」
そしてマリーナに渡す書状と、真相を示した書状を二つ区別してフリードに手渡した。
「確かに受け取りましたが、マリーナさんにその質問の答えを聞いたらどうするのですか?」
この問いにアベルの目が今まで穏やかだったものから、戦場で槍を振るう者の厳しさを宿し始める。
「もしクレスを愛している、と答えたならば、すぐに殺すんだ!」
ミルとフリードはその言葉に耳を疑った。
「すまない、フリード。本当ならばそのような汚い役は私がやらねばならないところだが、私はここを離れることは出来ないのだ。といってサルーンに任せれば、間違いなく動揺して仕損じることだろう。ここは君に任せるしかないんだ。」
アベルの苦衷を知ったフリードは迷いながらもその任を引き受けた。

 結局、アベルの懸念は杞憂であった。緊張した面持ちでグリューゲル村へと乗りこんだフリードはマリーナとすぐに面会した。そしてアベルの書状を渡して、例の質問をした結果、マリーナはこう答えた。
「私が愛したのはあくまでグリューゲル、十勇者筆頭のカインです。かつての宰相クレスではありません。」
毅然とした答えにフリードはその槍を丁寧にしまいこんでいた。そしてミューの手先であると疑ったことを丁寧に謝罪したが、マリーナはそれが当然でしょう、と全く気にしなかった。それどころか、お手製の料理をフリードに振舞ってくれたのだ。彼女はまさしくグリューゲルの母であった。
 フリードはその後、しばらくヴェスティアに留まることとなり、リーベリアの兵站の再整備を行い、できるだけの軍勢を更なる援軍として送れるようにルゼルと共に更なる努力を重ねることとなった。

 またフリードからの事の報告を聞いたアベルはほっと心を撫でおろして、呟いた。
「信じるべきものを信じずとはな、私はやってはならないことをしていたようだ。これではラグナたちと同じだな。」
アベルは己に言い聞かせ、自身と双璧を為したというクレスとの決戦に備えることにした。
 リーベリア大陸中北部、レダからリグリアにかけた戦いはようやく終幕したが、それは新たなる決戦への序章に過ぎないことは明白であった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 20:27