アルドとリチャードがリグリア要塞で合流していた頃、末弟ハルトムートはオーガヒル海軍旗艦に乗ってゾーア地方の沖合を北上している。時折、世界中の情報を携えた使者が小舟に乗って駆け付けてきては新鮮な情報を届けてくるが、兄のリグリア要塞を聞いて彼も複雑な思いを禁じ得なかった。
「兄貴には悪いが、兄貴が苦しめば苦しむほど、俺たちはやりやすくなるんだ。」
そう言って、自分を励ますしかなかった。彼らは新大陸エレブへの中入れを企んでいるのだが、彼の言うようにアルドが苦戦すればするほど、ラグナたちの目がそちらに向くために自分たちへの注意は確実に逸れると見ていた。とはいえ、兄たちが壊滅してもそれはそれで全体の敗北を認めることになる。それだけに微妙な駆け引きをハルトムートたちはしていた。
「立場を逆転させるにはこの手しかありません。」
アトスが心情を察して、励ます。
守り切って立場を変えるのはそれこそ敵の手を出し尽くさせて、それを凌ぎ切らねばならない。ハルトムートにはそれを絶望的に見ていた。敵は何百、何千年と人間の世界を牛耳ってきたラグナと四竜神である。その手を防ぎ切る間にこちらの力が削ぎ切られるのがオチだと感じたのだ。ならば攻めるしかない、これは姉エレナやアトスたちと統一した見解だ。ただ攻めるには余りにも戦力は限られており、どうしても他の要素が必要だった。それがアルドのリグリア籠城であった。
「アベル、頼む。絶対に負けないでくれよ!」
ハルトムートは十勇者のリーダーとなっているが、20年近く筆頭を務めてきていた先代筆頭アベルのことを敬愛している。今でこそ彼を超えることが出来たとはいえ、その存在はやはり大きかった。今回の単独行動に際しても、アベルは何も言わずに厳しい役回りに回ってくれていた。ハルトムートは西の方を祈りながら、今日も船を北に向ける。
遠く離れたアリティア王国王都アンリでは今もリュートもまた心配の日々を送っていた。ユグドラルに送り出した娘エリミーヌのこともそうなのだが、どうもまたグルニアの辺りが騒がしくなっていたのだ。一応グルニア王国は1年前の戦いでライトとリュナン率いる連合軍に敗れ降伏したものの、今でも当時の若い国王の元で続いていた。ただし風当たりはどうも良くはなかった。ラーマン神殿を含む、ロレンス要塞以北を失ったために、現王権は民衆の支持を失い、いたる所で小規模な反乱が続いていたのだ。
そのことに関連してか、マケドニアから隠退した前国王ガーラントが新女王アイリの特使としてやってきた。
「リュート、心配をかけたが、マケドニアはもう大丈夫だ。グルニアだろうが、リーベリアだろうが、それなりに軍勢は出せるまでに立て直した。」
マケドニアは昨年の戦役で併合したドルーア地方で竜たちが暴走していたこともあって、大規模な戦いが続いていた。アイリの夫となったトラキアの勇者フレディの活躍もあって、つい最近、ようやく落ち着いたものの、一時はトラキア本領の村まで焼き払われるほどの激しさだった。
「それは良かったです・・・。」
しかしリュートは歯切れが悪い。
「何か、グルニアで怪しい動きがあるのか?」
「ええ、昨日悪い報せが入りました。グルニアで続発している反乱が一つにまとまろうとしているらしいのです。しかもその核にはグルニアの貴族たちが噛んでいるようで、その首謀にはヌヴィエムがいるらしいです。」
ヌヴィエムという言葉を聞いて、ガーラントも眉間に皺を寄せた。仮にも先年の戦いではライト率いるシレジア軍を壊滅させた手腕を持った女将軍ヌヴィエムの技量を持ってすれば、今のグルニア王国は余りにも危険な状態になると見たのだ。最悪、彼女の口車に乗って、戦わずして籠絡される恐れすらあるだろう。
「出るのか?」
ガーラントはアリティアとしては大規模な軍事行動に移る好機と見ていた。
「出るしかありますまい。」
軍事強国グルニアを暴走させるわけにはいかないのだ。
「ならば、わしも久しぶり動くことにしよう。」
戦好きなガーラントはドルーアの戦いでも最前線で槍を振るっていたと聞くが、また前線に出て戦うというのにはさすがのリュートも閉口した。
ともあれ、数日後にはアリティアからは盟主リュートを中心とした軍勢30万が出発し、カダイン軍10万を含めてカシミア大橋を南下、ラーマン神殿を拠点としてグルニアの動静を伺うことにした。
リュートたちの読み通りにミューが送り出したヌヴィエムはグルニア国王と結託して、アカネイア諸国との対立を示唆したのだが、国王は先年のライトやリュナンたちの誓いを破れぬと拒否した。ここにグルニアは事実上の内乱状態となり、ヌヴィエムに煽られたグルニア貴族は即座に王都を制圧してしまった。追い出された国王はグルニア軍を再編成してロレンス要塞に避難し、立て直しを図るも、ここにヌヴィエムがまとめ上げた反乱勢が襲いかかった。四方八方から襲いかかってくる反乱勢の攻撃に苦闘しながらも、忠義を貫いた国王の姿勢を受けてグルニア軍は必死に抵抗する。特に中核にいた黒騎士団の活躍は凄まじく、その数を3分の1に減らしながらも国王をロレンス要塞へと避難させることに成功した。ヌヴィエムは執拗に追撃していたが、やがてグルニアに援軍としてやって来たマケドニア軍によって大いに打ち負かされ、王都に退いていった。
リュートもその報せを聞くと、すぐに全軍に南進をさせ、グルニア国王と合流。王都は100万を超える超大軍に包囲されることになった。また各地でなおも抵抗を続けていた反乱軍はリュート軍が軍勢を各地に派遣していくことで虱潰しに潰されていき、王都への援護は完全に閉ざされたという時に事件は起きた。突如としてヌヴィエムが王都から姿を消したのだ。これで先年の戦いのようにグルニア貴族たちはまとまらなくなり、同士討ちを始めてしまい、一部でリュート軍に内通した動きもあったために王都はあっさりと陥落した。
王城へと吸い込まれていく大連合軍を眼下に見ながら、王都を抜け出していたヌヴィエムは呟いていた。
「これでアカネイア勢は多少は大陸に釘付け出来たでしょう。こんなところで討ち死にするなんて到底出来ませんし、ミュー様のところにでも戻りましょうか。」
優雅な動作でグルニア王城を一瞥すると、ヌヴィエムは躊躇うこともなく背を向けて去って行った。
しかしそんなヌヴィエムとミューの意図を的確に読み切った人物がいた。リュートたちの動き、グルニアの反乱の流れを不審に思い、アカネイアの軍勢を大陸内に拘束させたいとの意図と捉えたのだ。そしてこの人物がそれを悟って、ついに動き出した。この時、まだリグリアにてアルドが入ってきた頃である。この動きがリーベリアでのアルドたちとミューの戦いに重要な一石を投じることになる。
そしてハルトムートたちもようやく新大陸エレブに到着し、その玄関サウス・エレブを沖合から見ていた。
「見事なまでにぶっ壊されているな。」
「まだアルサスとティーゼ王女の消息は不明か。これを見ると生存は絶望的だな。」
ハルトムートとアトスが見つめている中、ラティが間に割り込んできた。
「ここで上陸するのか?」
「いや、ここはマズいだろう。おそらく遠巻きにラグナ軍がいるはずだ。」
これにラティも同意する。
「同じ意見だな。サウス・エレブに上陸させて安心させておいて、更に調査しようとしたところを討つ、という手法でレダとかの調査団を殲滅したのだろう。無駄に人間の心理を突くことだけは上手い奴らだ。」
「もっと東だ。ここは殺気が充満しすぎてるしな。いっそのこと、すぐ近くで上陸するのもありだな。」
ハルトムートの断で巨大な鉄鋼船は東へと舵を切って、サウス・エレブ沖を去っていく。離脱する際に飛竜数体と遭遇したものの、アトスの火力と、ハルトムートの駆るエッケザックスの衝撃力の前にあっさりとその命を落とされた。
彼らの行く先には巨大な敵ラグナが立ちはだかっていた。しかし彼らは恐れもせず、その歩みを止めるつもりも毛頭なかった。光を勝ち取るために、自ら試練の道を歩む彼らに天は味方するのだろうか?