ハルトムートたちの乗せた鉄鋼船はサウス・エレブから東方にある、旧イースタン・エレブ・コロニー(後のアラフェン)に上陸した。ここはサウス・エレブを拠点に開拓していった最東端にあたる基地で、レダからの船が入られるようにかなり大きい港湾設備が作られていた。そのため彼らの乗った鉄鋼船も難なく入ることができた。
「イースタン・エレブか。まだ港だけだから、さびれてるもんだ。」
「あくまで物資の集積地という存在なのでしょう。出来てまもなく襲われたものだから、ラグナ軍もあっさりとここは捨てていったらしいですな。」
ハルの感想に、アトスが相槌を打つ。
「アルサスたちが生き延びていれば、ここにいると思ったんだが、これでは長居はできないな。」
未だにハルは彼らの生存を信じているようだ。
「とりあえずラティとアジャスで、この辺りを探ってきてくれ。」
ハルトムート一行は軍勢の体を為していないが、影にはかなりの数の諜報衆を引き連れている。中でもアジャスの特務諜報衆を連れてこれたのはハルとアトスにはかなり力になった。見慣れぬ地でも数十分と経たずに地理情報を引っ張り出してきたのだ。
「ここはサウス・エレブとラグナの本拠地の中間らしい。なかなか絶妙な場所に陣取れたものだ。」
と情報を整理したアジャスは率直な感想を漏らした。相変わらずサウス・エレブにはラグナ軍が取り囲んでいるようだが、このイースタン・エレブはただの集積基地だけあってラグナ軍は破壊しただけで去ったらしい。またリーベリアでの戦いが本格化しつつあって、手が足りなくなってきているのも要因の一つだった。しばらくしてラティも帰って来て、適当に木の実などを取ってきたようで、それを見たハルトムートは久々に表情を崩して言う。
「とりあえず今日はここで休むとするか。」


 その夜、鉄鋼船内部で食事を取り終えたハルたちに待望の人物が来た。
「皆さん、お久しぶりです。」
明るい口調で入ってきたのはマムクートプリンセス・チキであった。仮にも男ばかりの面々だったので、心なしか鉄鋼船の面々も表情が喜々としており、ハルたちもやはり大歓迎の態で彼女を迎え入れた。
「チキ様、よく来てくれました。」
一同を代表してまずはハルが挨拶するが、チキは彼に窘めた。
「ハル、私の事はチキで結構よ。明日からは命を賭けたパートナーになるんだしね。」
これにアルコールを含んで既に顔を赤くしているラティがハルに絡む。
「そうだぞ、ハル。もう俺たちには身分なんて関係ないさ。」
だがアジャスは苦笑しながら釘をさす。
「だがな、ラティよ。ハルは俺達の命を預けたリーダーだ。それなりの敬意は払っておかねばな。」
「全くアジャスはいっつも小うるさい奴だな。よくもまぁ、良い嫁さんを迎えられたもんだ。」
「それはこっちのセリフなんだがな。」
いつの間にかアジャスとラティの口論が始まっており、ハルやチキ、アトスは完全に出鼻を挫かれることになった。
「彼らはいつもこうなの?」
チキがハルたちに聞くと、アトスが苦笑しながら返答した。
「母から聞きましたが、これでもまだ大人しくなったそうです。」
実際に20年前の時にはミカが(本物の)雷を落とすほどの、激しいやりとりをしていたらしい。詳細を聞くにつれてチキも目を白黒させ、つい呟いた。
「これも運命の悪戯ね。」
 チキは同じアカネイア出身だけあってラティとは旧知の仲である。リーベリア解放戦争時にはアカネイアでも広がっていた異変をきっかけに共に戦ったりもしている。それが命を賭けた決死の戦いで、再び一緒に戦えることをチキは正直うれしく思っていた。ラティにしてもそれは同じで、チキに命を助けられたこともあってあまり態度には示さないが、彼女のために戦えることを本当に喜んでいる。しかもそれだけでなく、何かとライバル視していたアジャスと共に戦い抜くという運命の皮肉をも楽しんでいたのをチキは見逃さないでいたのだ。

 しばしの歓談の後、ハルたちは一気に真顔に戻って、これからの方針を改めて打ち合わせた。まずは目的の遂行のための情報の確認である。
「チキ、本当にラグナは母の魂を持っているのか?」
ハルの問いにチキはしっかりと頷いた。
「色々と情報を聞いていれば、間違いなくラグナはセーナの肉体から剥ぎ取った彼女の魂を確保しています。」
「じゃあそれを取り戻せば、母は助かるんだな?」
母の魂の救出、ハルたちの中入り策の目的はこれであった。セーナが倒れてから一方的に押されているのなら、セーナが再び立ち上がればいい、そうハルトムートたちは考えていた。単純明快ながらもある意味では的を射ている考え方であった。ハルの問いに、チキは再び頷く。
「魂と肉体は、磁石と金属のように結びつこうとしていると聞きます。取り戻して、ヴェスティアに戻れば自然と魂は本来あるべきところに戻っていくことでしょう。」
 もっともチキとてこのような特殊な状況はマルスの時代からも聞いたことがないため、断定はしていなかった。しかし命というものはそういうものであることをチキは長い歴史から悟っていた。人よりはるかに寿命の長い竜族だからこそ言えることとも言えよう。
 「ならば、アジャス、ラグナの本拠はこの地図の通りでいいのだな。」
目的の確認をしたハルは次にアジャスに聞く。彼の力で新大陸ながら大陸の地図はある程度は出来あがっていたため、それを元に話を進めていく。彼の調べによると、思いのほか、ラグナの本拠は大陸の隅にあった。大陸の南東部、後にベルンと呼ばれる地域の更に奥地の山岳地帯の中にぽっかりと開けた盆地があり、そこにラグナは本拠に据えているという。「人間の足ではなかなか大変だな。意外と時間がかかりそうだ。」
それを聞いたチキが言う。
「心配いらないわ。竜殿までは私が神竜となって、あなたたちを乗せていけばすぐに着くわ。」
竜殿とはラグナのいる神殿のことである。そう聞いたラティが懐かしげに振り返る。
「そう言えば、リーベリアに初めて行った時もチキの背に乗って行ったんだっけな。あれから25年近く経ってるのか。」
「私に言わせれば25年しか経ってないんだけどね。」
チキの言葉にさすがにラティたちは吹き出した。
「確かに1000年は生きてるチキにすれば、かわいいもんか。」
 ここで軽く飲み物をとって喉を潤した一同は再び話を戻す。
「ラグナの本拠がわかってても、敵の陣容がわからないとどうしようもないな。どうだ、アジャス?」
しかしこれもさすがによくアジャスは調べられていた。
「四竜神は各地に散っており、竜殿にはもちろんいないみたいだ。直属のラグナ神軍もリーベリアのリグリア軍を粉砕させるために出払っているらしい。」
これを聞いてハルは思わず兄アルドを心配したものの、ここは兄を信じるしかなかった。状況は思いのほか、ハルたちに利していたのだ。
「散っているとはいえ、駆けつけられたら困るんだがな。」
「リーベリアにいるミューとブローは今が切所だから問題ないだろうし、ヴァナヘイムにいるネクロスとて相手はエレナだから油断できないだろう。」
真実に触れるとアジャスの言うことはわずかにぶれている。ネクロスがこの時点で苦労しているのはヴァーナのニーナであって、エレナとはむしろ手を結ぼうとしていた頃である。しかし遠くヴァナヘイムの情報に対して精度を期待するのは酷というものだろう。ハルたちも全く気にしていない。
「ただ筆頭のラオウが怖いな。今はナバダを攻めているらしいが、ここは何十年と膠着状態が続いてきた戦場だ。今更、落ちるとは思ってもいないだろう。」
アジャスは特務諜報についてから分析能力も身に付けてきていた。それを示すようにチキもその点に関しては考えは一致していた。
「ならばナバダに動いてもらうのはどうだ?そうすればラオウとて動けないだろう。」
ハルの考えにラティとアジャスも同意したが、アトスは違う考えを示した。
「いえ、下手に攻め手に変えるのは危ういかと。それこそラオウに何かが動いていると感づかせるのでは?」
アトスは一度ナバダに行ったことがあるだけに説得力があった。チキもこれには同意のようで、ハルたちも考えを改めた。
 「ならば、今の俺たちでもそれなりに戦えそうだな。」
一通り、作戦を整理した一行はまとめに入っている。
「だけど、ラグナは脅威よ。仮にも神殺しのラグナロクを持つだけあって、まともに戦えば必ず殺されるわ。」
チキの警告に一同は頷く。仮にも最強を謳われたセーナが倒されただけに、その脅威はしっかりとわかっているつもりだ。

 しかしラグナの本拠に乗り込むというのにまともに戦うな、というチキの言葉は果たして何を示しているのか。大反撃のための礎とならなければならないハルトムートたちの奇襲戦は、しかし、未だにその形は朧げであった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 20:46