ラグナの本拠地・竜殿にチキたちが決死の突撃を敢行してきた。アジャスの調べ通りに竜殿の守りは薄く、竜族屈指の実力を持つチキを筆頭とする決死隊は一気に奥へと進んでいく。そしてあっさりと目的の人物へと到達した。
「これはこれは我らが王女様、事前に言っておけば丁重にお迎えしたものを。」
ラグナは急の奇襲にも全く動じていなかった。これにチキも竜から人の姿に戻り、彼と相対する。
「ラグナ、セーナの魂を引き渡し、今すぐ兵を収めなさい。これ以上の戦は新たな禍根の渦を産みかねない。」
今まではあくまで人同士、竜同士と同種族間で戦が繰り広げられていたが、ラグナが引き起こした今回の戦いはそのようなものをはるかに超越してしまっていた。そしてこの戦によって融和ムードが広がっていた人と竜との関係に対しても一石を投じることをチキは憂慮していた。
だがラグナはもともとそのつもりで戦いを仕掛けたのだから、チキの申し出を一蹴する。
「なぜ我らより劣る人間どもと手を携える必要がある。」
あくまでラグナは竜族のみによる世界支配を企んでいた。個々の能力では遥かに劣る人間が世界を牛耳っている事態を覆すつもりでいた。
「しかしそんなあなたとて人相手に苦戦しているのではないですか。」
チキも語調を強めて問い詰めるが、ラグナは不気味に笑う。
「苦戦だと。あくまでわしの掌で踊っておるのだよ、あの愚か者どもは。」
そう言いながら、ラグナはついに神殺しの剣を抜いた。
「あくまでお前もその踊りの邪魔をするというのなら、セーナと共にここで人間どもの行く末を見守っているがよい。」
これにチキもすぐに反応して、手持ちの神竜石に手をかけた。
「決裂ね。最後に一つだけ聞くわ。セーナの魂はどこにあるの?」
チキの問いに、余裕があるのかラグナは剣の刃先を答えとして指した。その先には古めかしい灯篭が置かれ、寂しげに青白い炎が燃えていた。それこそがチキたちの求めていたセーナの魂ということらしい。
「ご丁寧にありがとう、ラグナ。だけど、その余裕が仇となるのよ!」
直後、神竜族の王女チキが神々しき姿に変身した。ここに世界でも稀に見る神竜と神竜による戦いが始まった。
だが戦いは完全にラグナのペースで進んでいた。チキとて、かつてマルスと共に戦ってきたときもマルス軍随一の衝撃力を持っており、あれから1000年近く経ってなお成長を遂げたチキに、しかし、『神々の黄昏』ラグナロクは彼女の霧のブレスを物ともしなかった。ラグナロクはチキのブレスを圧倒的な衝撃力の元に弾くと、ラグナに届くことはなく、竜殿のそこかしこへとぶつかり、強烈な爆発を引き起こした。
「どこを狙っておる。王女様も耄碌したか。」
ラグナが嘲笑していると、今度はチキの尻尾によるテイルアタックがラグナを襲った。さすがにチキの攻撃だけあって、しっかりとラグナを捉え、彼を一気に弾き飛ばした。勝利を確信したチキは一気にセーナの灯篭を奪還しようとしたが、次の瞬間、彼女の肩から鮮血がほとばしった。そして直後、もう一体の金色の竜がチキに体当たりをして、彼女を激突させた。
すぐにラグナは神竜の姿から人の姿へと戻り、地面に置いていたラグナロクを手に取った。辺りはチキのブレスや、先ほどの攻撃で竜殿が傷み、砂煙がもうもうと漂っていた。傷を受けながらもチキは静かに笑っていた。
「何がおかしい、チキ。貴様でもわしには勝てんこと位はわかっているだろう。」
未だにラグナはチキ奇襲の意を半分ほどしか理解できていなかった。そのことで苛々しつつあったが、この砂煙でラグナは何かに気づき、先ほど自身で指したセーナの命の灯篭を見た。すると肝心の灯篭が無くなっていたのだ。
「貴様ら!!」
セーナの灯篭を奪ったのはチキの背後でひそひそと動いていたハルトムートたちであった。チキが必死の思いで戦ったのは彼らを隠すための砂煙をあげるためだったのだ。懸命に逃げようとするハルトムートたちだが、まだ砂煙が薄くラグナにはすぐに発見された。ラグナロクを構え、一気に斬り付けようとしたところ、突如背後に影が現れて彼に斬りかかる。
「ラグナ、娘を泣かした報いを受けろ!」
それは娘ミルを持つラティであった。セーナ襲撃時に心に傷を負ったミルの恨みを晴らすべく、上段に構えた剣を力の限りに振り下ろした。しかしいきなりの名乗りがマズかった。ラグナの反射神経は巨剣を駆っているにも関わらず、凄まじく俊敏であった。次の瞬間にはラティの利き腕は無残にも切り離されていたのだ。
「貴様ら、うじ虫どもに傷を付けられるられるわしではないわ!!」
だがラティもハルたちを逃がすために『死にに来た』人間だった。たとえ剣が操れなくとも、その熱き思いの滾る身体が残っている。崩れた体勢のまま、ラグナに覆いかぶさり少しでも時間を稼ごうとする。更にチキも一気にラグナへと襲いかかり、先ほどはラグナロクの前に効果のなかった霧のブレスをラティと共にラグナへと炸裂させた。
(ごめんなさい、ラティ!)
心の中では大粒の涙を流しながらもチキは容赦はしなかった。ラグナへのブレスを続け、少しでもラグナへとダメージを蓄積させた。
ここでラグナにも異変が訪れた。先日セーナと戦った時に彼女から受けたギガスカリバーの古傷が疼き始めたのだ。実はあの時のセーナの渾身の魔力から放たれた聖なる刃は周りが思っている以上のダメージをラグナは受けており、それが原因でラグナはあの事件以来、竜殿に籠もって傷を治していたのだ。
だがラグナは神々を畏怖させた竜の中の竜である。傷一つで止められるはずがなかった。ラグナの動きが鈍って、わずかに希望を見出したラティとチキだが、すかさず壮烈な反撃を喰らうことになる。最期の力を絞って懸命にラグナの行動を縛っていたラティをチキに弾き飛ばすと、それに怯んで、攻撃をやめたチキに最大の隙が生まれた。これをラグナは見逃すはずがなかった。次の瞬間、巨神剣ラグナロクは狙いを過たず、チキの首筋を切り裂いていた。力尽きて倒れ込む彼女の姿を見て、ラティは残された力を振り絞って彼女のところへと這って行く。
そんな彼らを一顧だにせず、ラグナはハルトムートたちの行方を捜したものの、既に最奥部にはいなくなっていた。チキたちは自分たちの命を賭けて、彼らに希望への道を示し、そしてそれを果たしたのだ。
これが最初からチキたちの狙いだったのだ。まともに戦ってもラグナには勝てない、しかしセーナの魂は奪還しなければならない。ならば誰かが犠牲になればいい。単純な理屈なのだが、そんな境地に達せられるものなどそうそういるものではない。当初はチキ一人で挑むつもりだったが、これを聞きつけたアジャスたちがコンタクトを取ってきて、ラティもその役目に立候補してきた。ハルトムートたちとて命を惜しむつもりはなかったが、彼らにはまだラグナを倒せる希望があると、チキが諌めたために、結局二人がその命を的にしたのだ。
全てを悟ったラグナは怒りのあまり、竜石に魔力を解放させ、神竜となってラティとチキを睨みつけた。既にチキはラグナロクの一撃を受けて息が絶えており、そんな彼女を守るかのようにラティが息を乱しながら覆いかぶさっていた。そんな光景がますますラグナの癪に障ったのか、溜まった鬱憤を晴らすべく強烈な霧のブレスを二人に見舞った。
儚き命がまた二つ、天上へと召されていった瞬間である。
この瞬間をアトスはチキの魔力から敏感に悟っていた。目を真っ赤にしながらもハルトムート、アジャスと共に逃げることしか出来ない自分たちを恨めしく思っていたが、今は彼らの死に報いるために一刻も早く逃げるしかなかった。
そんな彼らの前に一人の少女が立ちはだかった。銀髪で、左右の瞳の色が異なるオッドアイをしているが、何よりもその物静かな様子が、逆にハルトムートたちに恐怖を与えた。アトスにしてみても放たれてる魔力が桁違いなのだ。
「アトス、約束だ。お前がワープの術を使って、さっさとヴェスティアへ戻れ。」
すでにアトスがセーナの命の灯篭を確保した時点で、実は作戦は成功していたのだ。しかしアトスはすぐに戻りたくない事情があった。彼が去れば、生き延びたハルトムートとアジャスが敵中に孤立し、その生存が期し難くなるのは確実となるのだ。これ以上、犠牲を増やしたくないアトスにとってその選択はどうしても受け入れたくないはずだった。
だがハルトムートに言われたアトスは選択せざるを得なくなっていた。あくまでセーナの魂を優先するために、ラグナの他に立ちはだかるものがいれば、すぐにワープでヴェスティアに飛ぶ算段だったのだ。
「すまない、ハル、アジャス。無理にとは言わんが、絶対戻ってくるんだ!」
そう言ってアトスは転送陣に身を委ね、竜殿を後にした。
残されたハルとアジャスは未だに静かに待っている少女相手に雌雄を決すべく、それぞれの剣を手にした。ハルの得物は姉レナから託された聖剣ティルフィングである。エッケザックスでは衝撃力では優れるが、巨剣故にどうしても俊敏性が殺されるために、止むをえずこちらを選んだ経緯があっての選択である。するとティルフィングが謎の発光をはじめ、対峙する少女と何やら共鳴し始めた。
「どうなってんだ・・。」
訝るハルたちだが、しばらくしてティルフィングはその発光を終えると、少女から驚くべき言葉が発せられた。
「イキナサイ・・。」
か細い声だが、よく通る声で二人にもその言葉は聞き取れたものの、その意を図りかねていた。戸惑っている二人に、少女はもう一度言う。
「イキナサイ。」
ハルにもアジャスにも「行きなさい」か「生きなさい」とどっちの意味で言っているのかはわからなかったが、どうやら今回は見逃してくれるらしい。
「助かる。この恩はいつか返すぜ。返せる時が来たらの話だけどな。」
ハルの言葉に、少女は特別反応は示さなかったものの、二人が横を通り抜けた時は、わずかに顔を横に向けていた。しかし結局、言葉の通りに、彼らに対しては何もせずに終わった。
少女をやり過ごしたハルはティルフィングに向けて言葉をかけた。
「おまえ、女を口説くなんてなかなかやるな。剣にしておくのは勿体ないぜ。」
この冗談には並走するアジャスも苦笑するしかなかった。ともあれ、あくまで障害の一つを取り払っただけで、未だにハルトムートの瞳には竜殿の出口は見えずにいた。
「イドゥン、お前は鼠どもを見逃したのか?!」
ラグナはわざわざ追ってきて、先ほどの少女イドゥンに詰問していた。しかし彼女はラグナを相手にしても感情を出そうとはせずに、大きな反応も示さなかった。するとラグナはイドゥンの頬を叩き、彼女を罵った。
「どいつもこいつも役立たずどもめ。娘たるお前までそのザマとはな。」
崩れるイドゥンは何も反論せずに、ただ床を見つめているのみであった。
「もうすぐミューが戻ってくるはずだ。奴に鼠を掃除させろ!」
そう言い、ラグナは再び最奥部へと戻って行った。怒りから再び古傷が痛み出したらしい。いや、ラグナにとって痛手はそれだけではないはずであった。
チキとラティ、それぞれの命を賭けて奪還した、一人の女性の命、それが間もなく復活しようとしていた。あくまでたった一つの命なのだが、何百万、何千万という人に希望をもたらす輝きを持つ魂の解放が迫っていることにラグナはまだ気付いていなかった。