セーナの魂を奪還しワープを使って一気にヴェスティアに飛んで窮地を脱したはずのアトスだが、易々と彼女の魂を引き渡すほどラグナは甘くなかった。即座にヴェスティア宮殿を見張らせている諜報員たちを一気に蜂起させて、ハルトムートたち同様に一気に宮殿へと少数で攻め込んできたのだ。
「フリード!セーナ様はどちらだ!?」
一気に玉座へと飛んできたアトスはすぐにフリードを見つけると、主セーナが眠っている場所を訪ねた。その時である、外から喚声が響き渡り、ラグナの手の者らしき集団が攻めてきたことを告げてきた。アトスの言葉と、この襲撃でフリードはすぐに事態を把握した。今、ここで敗れればリーベリアで苦闘しているアルドも、東方ヴァナヘイムで奮闘しているエレナも、竜殿に残してきたハルトムートもその努力が水の泡になることを悟り、槍を構えて玉座の間を封鎖させた。
「アトス、セーナ様は紅の塔の自室におられる。急げ!」
だがすでに魔の手が迫っているようで、下の階からは悲鳴のようなものが聞こえていた。
「ミーアやリオンは無事だろうか・・・。」
フリードが心配する二人は宮殿外郭部を守っており、ここまで宮殿の中に攻め込まれた以上は安否の確認をする暇などなかった。その間にも一つ二つの影が玉座の間への侵入を試みようしていた。
「かかってくるがいい。わが名はリーベリアに生まれ、ヴェスティアで恩を受けたフリードだ。この槍が折れようとも貴様たちをこれより先には通さぬ!」
そして横から黒き影がフリードに襲いかかってきた!
竜殿に残されたハルトムートたちも一時は危難を逃れたかと思ったものの、今度こそ万事休すとなっていた。リグリア攻略に失敗し、今後の方策を練りにきたミューと出くわしてしまったのだ。
「おい、ティルフィング、さっきみたいに何とかしてくれよ!」
すがるようにして鞘から抜いた聖剣だが、今度は完全に沈黙していた。
「さすがの聖剣も女を選ぶようだな。」
アジャスの愚痴に、ハルトムートもがっくりと頭を垂らしたが、まだ目は笑っていた。死闘を繰り広げて果てたチキやラティと違い、彼らはただ竜殿を往復してきただけであるから、まだまだ戦う力は残っていたのだ。二人は四竜神ミューを相手に強行突破を企んでいた。
「ラグナ様に無礼を働いて、無事に帰れると思って?」
ミューは魔石に封じ込めてある魔力を解放し、巨大な氷竜へとその姿を変えた。かつてアカネイア・パレスで橋越しに感じた魔力とは桁違いであり、わずかに残っていたハルたちの希望はミューのたった一度の咆哮で吹き飛ばされるところだった。辛うじて踏みとどまったのは、生きて戻ってそれぞれの家族の顔を見たいという願望があったからなのだろう。
(今ここで死ねたらどんなに楽だろうか。だが俺たちはチキやラティの屍を背負っているんだ。そう簡単に死ねるかよ!!)
ハルトムートとアジャスはそれぞれに見つめ合って、頷いた。二人はそれぞれに剣を構えて、ミューへと突撃していく。その光景をせせら笑うミューは強烈な吹雪を吐き出し、その熱き思いごと凍りつかせようとする。
その最中、突然温かいオーラがハルとアジャスの体を包みこんでいった。そのオーラはミューの吹雪をも溶かし、やがてそのオーラに包みこまれた二人は魔法陣によって瞬時に消えていった。
「何っ!?」
その光景を見ていたミューは目を疑ったが、すぐにハルトムートたちが消えたことによって討ち損ねたことを悟った。
「あの魔力・・・、今まで生きてきて一度も感じてこなかった・・・。一体誰なの。」
ミューはこの時点で、敵に回してはいけない『何か』を敵に回してしまったことを感じた。
そして刹那、ミューは恐るべき事態を悟ることになる。巨大な魔力がものすごい勢いで南東の方角へと流れていったのだ。先ほどのどことなく暖かな魔力とは違い、鋭い魔力であった。そしてそれはアカネイアのパレスで嫌というほど感じてきた。
「まさか・・・ハルトムートたちは・・・!」
魔力の正体を悟ったミューは何が起こったのかと、竜殿の奥へと急いでいった。
ミューが感じ取った魔力はリグリアにいるアルドやミル、ガルダに留まるクレスト、東方ユトランドにいるエレナも感じていた。しかもその魔力の行方の方向はある一点に収縮している。それは紛れもなく、ヴェスティア宮殿であった。
決死の防衛をするフリードだが、やはりラグナの諜報衆の力は侮りがたく、じりじりと後退を続け、ついに紅の塔への侵入を許してしまった。アイオテの盾がなければすでにフリードとて持たなかったとさえ思えるほど、刺客の鋭鋒は鋭かったのだ。また急の攻め込みで彼らが毒を用意できなかったのも善戦の理由だろう。
とはいえ、フリードとてリグリアの防衛戦で多数の部下を失ってしまっている以上は唯一の抵抗の手段とも言える組織的抵抗が出来ない以上はいずれ敵にいいようにされてしまうのは明らかであった。そしてついに限界の時が迫ってきた。
俊足を誇る諜報衆の一人がついにフリードの片足に鋭く斬りつけてきたのだ。多少の傷でも奮闘を続けてきたフリードもこの一撃で闘志と体力のバランスが崩れ、前のめりに倒れてしまっていた。刺客は勝利を確信して、得物である小刀をフリードの胸に突き刺そうとした。
直後、一陣の風が通り抜けたかと思えば、勝利を確信していたはずの刺客の両手首から先が斬り飛ばされていたのだ。そしてフリードの背後から懐かしい声が響き渡る。
「ヴェスティアのものは全員床に伏せなさい!!」
元々態勢が崩れていたフリードは言われるがままに、床に伏せた、というよりは倒れ込んだ。すると紅の塔の狭い廊下に立っているのは攻め込んできた刺客たちだけとなった。
「今よ、ルゼル、ゲイン、アトス!」
先ほどの声に呼応して、言われた三人がそれぞれに詠唱をはじめ、すぐに魔力を解き放った。
『トリプル・ファイアー』
セーナ十勇者とヴェスティア宰相の解き放った火焔はフリードたちをすれすれにかわしながら、見事に刺客たちを飲み込んでいった。次の瞬間にはフリードたちを苦しめていた刺客たちは炭になるどころか、灰へと化していた。だがそんなことはフリードにはどうでもよかった。何よりもさっきまで的確な指示を出していた声の主の方が気になっていたのだ。ムクッと起きて、ゲインやルゼルが心配そうにこちらを見ているが、彼が元気そうで安心したのだろう。その奥にいる人物を見ようとしたのだが、今度はフリードと彼らの間にカリンが現れたのだから、またつい視線が手前に戻ってしまった。どうやらフリードを刺客の小刀から守ってくれたのは彼女だったらしい。
「ふふ、カリンも相変わらず技が冴えるのね。」
先ほどの声の主はカリンに言うと、彼女も心から嬉しそうに頭を掻いた。その光景を見ていたフリードは先ほどの予想が的中したようで、思わず感極まった声をあげていた。
「セ、セーナ様、ついに目覚められたのですね?!!」
そう、ようやく稀代の戦乙女セーナが目を醒ましたのだ!
「フリード、まだ私はあなたの活躍を聞いていないけれども、苦労をかけてしまったようね・・・。」
ルゼル、ゲイン、アトス三人の間から出てきたセーナはすぐにフリードのところに歩いていき、自らの魔力から彼にリカバーの魔法をかけていた。
「め、滅相もありません。ヴェスティア苦境の時に、身を粉にして働くことしか能がありませんから。」
「そういうあなたがいたから、私もこうして呑気に眠っていられたのよ。」
そう言って苦笑するセーナの耳に、駆け足が聞こえてきた。足は一つなのだが、その足音からセーナはその正体を誰だか悟った。
奥の曲がり角を曲がってきたのはハルトムートであった。
「母上っ!無事でしたか?!」
彼も何者かのワープによってヴェスティアへと戻ってきて、玉座の間が荒らされていることに肝を冷やしたのだろう。緊張の連続だったのか、ヴェスティアの獅子と呼ばれた彼も久しぶりに見せた母の元気な姿についに力尽きて、崩れ落ちた。慌てて彼を抱き上げるセーナの顔はまさしく母のそれであった。
ハルトムートを介抱し終えたセーナはすぐに視線を、戦乙女のそれへと変えて、次なる場所へと向かう。
「まずは私と一緒に眠っていたものたちを叩き起こさないとね。ハルみたいに驚き過ぎて心臓発作でも起こして、天上に行かなければいいけどね。」
軽口を叩いて、周りを和ます辺りはさすがにセーナの貫禄だった。
ついに復活を遂げたセーナ、だが眠っていた間に受けた人類側の損害はあまりにも大きく、また戦線も余りに伸びきった状態になっていた。戦乙女セーナはこのような状況をどのように立て直すのか、そしてラグナはどのような手を打ってくるのか、セーナ復活によって一気に両者の緊張は高まって行くのだった。