アジャスがまず最初に触れたのはリーベリア最大の大国リーヴェ。セーナが倒れてからというもの、間接的に『フリーダムウイング』を派遣する程度の活動に留まり、実質的に一兵もリーヴェの外には出ていない状態が続いていた。アルドが大兵を連れてきたときも、国王リュナンは自我喪失状態が続いていると噂され、王妃メーヴェと長男アルクが対応した程度で、結局与力としては誰も付けられなかった。そんな沈滞状態もアルドのレダ攻めの頃から物々しい雰囲気を占めつつあった。
 未だに動きを見せないリュナンに対して、その両腕ナロンやアトロムらは業を煮やして、周辺国救援軍を興すべくリュナン嫡子アルクと結託し始めたのだ。これに温厚な次男ローランも加わって、ただの不穏な雰囲気だけではならなくなりつつあった。
 そしてついに機が熟したのか、各地でアルクへの王位譲位を求めるクーデターや反乱が相次ぐことになる。挙兵したのはナロンの治めるゼムセリア、アトロムのグラナダを始め、南北ラゼリアのクライフとアリーナ(父アーキス、母リィナ)もそれぞれ父クライスとアーキスを追放し、更に南リーヴェでもローランが立ち上がった。その総兵数は70万を超え、あっという間にリーヴェ王都を取り囲んだ。ここにアルクが治めるノルゼリア軍80万が駆け付けてきたために、リーヴェ王都はそれこそ滅亡の危機に陥ってしまった。
 しかしそれでもリュナンは抵抗の術を見せなかった。ヴェスティアで残るミカやテュルバン、ブラミモンドのように他者の言うことすら耳に入らずにいたのだ。実際にリュナン派として駆け付けてきたクライスやアーキス、宰相のマルジュの言葉にも一切反応を示さなかったという。だからこそアルクたちも立ちあがったわけだが、この不毛な争いを止めようとしたものがいた。リーヴェ王妃メーヴェである。彼女は単身で息子たちと会見し、リュナンのリムネー隠棲という条件を提示してきて、実質的にリュナンの引退を引き出してきたのだ。これにアルクたちもすぐに承諾した。この間、わずかに3日間しか経っていない。
 こうしてリーベリアの盟主として、英知を持って同大陸を支えていたリュナンは何も言わずに、リムネーの片田舎へと押しやられることになった。彼に最後まで従ったクライスとアーキスら股肱の臣はラゼリアで隠棲し、宰相マルジュも本来の祖国カナンへと送られることになって、ここに古くて新しい国リュナン王制リーヴェは終焉する。
 この後、アルクは即席の即位式を行ってリーヴェの全権を手中におさめ、集めた150万近くの大軍を振り分けてリグリアとソニアへと送ることにした。まずは厳しい戦いとなるであろうリグリアには弟ローランを中心に、クライフやナーシャ、セイヤらローランに親しい戦巧者が占めることになった。一方のソニアには新国王アルクが自ら親征を行い、それをナロンやアトロムが補佐することに決まった。


 アジャスの報告はよくまとめられており、セーナは満足そうに聞いていた。
「リュナンが失脚したのね・・・。彼もまた無理なことをしたものだわ。」
セーナの言う”無理なこと”の意味がわからず、思わずアジャスが顔をあげてマジマジと見た。
「あまりにもリーヴェの動きが順調過ぎないと思わない?リュナンが王位を降りるまでにわずか3日、そして各地にリーヴェ軍が展開するまでには更に2日のみ。」
セーナの言葉の意味はここにいるものすべてが悟ることになった。ルゼルが代表をして確認する。
「もともと仕組まれていたと?」
「さすがは私の宰相様ね、その通りよ。・・・もっとも仕組んだのは私も絡んでいるんだけどね。」
これにはルゼルたちも当然驚いた。

 時は半年前ほどに戻る。ノルゼリアのディスティニーズトーナメントにてリーヴェを訪れていたセーナはリュナンにある相談を受けていた。それは嫡子アルクのことだった。アカネイア動乱時には無難に振舞っていたとはいえ、まだリュナンとしては後継者としては足りないと見ており、レダのティーネ、ウエルトのレオンのような次世代の後継者によって利用されることを恐れていたのだ。セーナの目から見れば、アルクなら十分リーヴェを守ることはできるが、確かに攻めるにはやや不器用だと思っていた。しかしまだリュナンも健在で、次のラグナとの戦いさえ終われば、アルクでも楽にリーヴェを治められる時代が来るはずであった。
 そう説得するセーナだが、リュナンは相変わらず心配顔のままだった。そこでセーナは今回のリーヴェ転覆策を敢えて提示したのだ。

 セーナが倒れてからリュナンは思考停止状態と言われていたが、実際には確かにショックはあったものの、リーヴェ国王の自覚から我を保っていたのだ。そして密かにアルクやローラン、ナロン、アトロム、クライス、アーキスらリーヴェ首脳たちを呼び込んで、早い段階からセーナの託した策謀が動いていたのだ。
 この策の狙いはただ一つ。リーベリア大陸においてアルク待望論を巻き起こすこと。それに応えることができれば、アルクは庶民からも、他国からも名君と恃まれることになるのだ。そのためにはリュナン自らが汚れる必要があるが、息子のためならばと一皮脱いで、ひたすら物言わぬスケープドールを演じていた。
 しかしただアルク派ばかりではさすがに仕組まれたものだと思われるために、リュナン股肱のクライスとアーキスもリュナンと運命を共にすることになったのだが、二人は喜んでその任を受け入れたという。当時留守だったマルジュも後で事を聞いて、これに参加することになるが、カナンに行くことになったとはいえ、事前にカナンには知られることはなかったため、カナン自体は今回のマルジュ追放に大いに驚かされ、仕組まれたことを疑うことは全くなかった。
 また当のアルクも、父を含む忠臣4人の犠牲の上に王権を建てても自分では倒れるのではないか、とまだ尚早だと主張したが、リュナンがリムネーに隠棲しても影から支援することを約束したことで、アルク自身も納得するしかなかった。

 彼らの自己犠牲の元、アルクは何ら不都合のない、待望される声に応える形でリーヴェ国王へと即位したことになる。裏を知る、というよりは企んだセーナは眠っていたとはいえ、その過程が手に取るようにわかっていた。


 「このことは私たちだけの秘密よ、特にカナン、レダ、ウエルトの人とかにはね。そうじゃないと、リュナンの決断が無駄になってしまうからネ。」
王道の策だけではなく、セーナはいつの間にか謀略をも逞しくなっていたことに、諸将はヴェスティア女帝健在を実感させられた。
 とりあえずリーヴェの件は思いの寄らぬセーナの関与でどよめいたが、とりあえず落ち着いたところでアジャスは話を次へと移らせる。しかし、どことなく彼の背中に汗が流れているのを感じ取っていた。
(全く自分だって、ついさっき知ったことでも承知の上か・・・。)
もうすでにセーナはユグドラル、リーベリア、アカネイアで知らないことはないようにアジャスは感じていた。しかも彼女の掌の上で踊っていたかのように先まで見据えている。空恐ろしさを感じるが、その一方でアジャスは彼女を試してみたくもなっていた。どこまで世界のことを承知しているのか、である。
 「次のことですが、セネーに大水軍衆が到着し、20万の軍勢が来援致しました。」
アジャスの報告に、しかしセーナはあまり大きな反応を示さない。
「セネーに上陸、というと南からの軍勢ね。何となくわかっているけど、その正体は?」
これもか、と、どことなく敗北感を覚えながらも、アジャスは自分で自分を慰めて言った。それにルゼルたちは思わず「アッ!」という唸り声を上げたものの、主を驚かせたいアジャスにはやはり何の慰めにもならなかった。
 しかしルゼルたちをも驚かす人物の動きは、アルクたちリーヴェの動き同様に重大な一石を投じるのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 21:03