リグリアの南方・サリア領セネーに約1500艘あまりの大船団が到着し、そこから夥しい数の軍兵が下りてきた。そしてセネー郊外の古戦場にて野営を始めるようになり、掲げられた旗には【炎の紋章】が描かれていた。この地を訪れたのは新生アカネイアの女王アイバーである。
アカネイアはセーナ率いるヴェスティア・アリティア連合と和解、マルスユニオン加盟後はこの日のことを見越して、復興と軍事面での増強を並行して行っていた。これには彼女に従ったものたちの一部でも苦言を呈するものがいたが、アイバーはそれを強行した。もちろん旧王制派のものの抵抗も相次いで、生き残りの四名臣レギンを頭にいただいた大規模なものもあり、グラ女王ジャンヌに助勢を求めるほど際どい情勢だったこともあった。
要衝レフカンディに籠もる旧体制派を分裂させて、どうにか壊滅させることに成功したアイバーは敵対していたレギンに対して思わぬ処遇を与える。協力してくれるならば、今までの過去を水に流して、しかもアディルスと同じ地位を与えると言ったのだ。死を覚悟していたレギンだったが、無駄死にする意味のなさを理解しており、同僚だったフレイよりはまだアカネイアという名に愛着もあったためにこの勧めにのってアカネイア宰相の座へと座った。
もともとはアイバー・アディルス相手に政争において常にリードしてきた手腕はやはり並みでなく、また諜報衆を束ねていたこともあって、その剛腕でアイバーの改革で歪んでいたアカネイアを引き締めることに成功し、これ以降でアカネイア現王権に抵抗する勢力はバッタリとなくなった。この数ヵ月後にセーナが倒れ、ラグナ軍が動き始めることになる。
まずはレギン傘下の諜報衆にリーベリアの近況を探らせ、同時に上陸していたアディルスにはセネー市のものと掛け合って、情報の収集に当たらせながら、セネーの風を浴びながら女王アイバーは傍らに控える若騎士に言う。
「あなたはもともとリーヴェ副使をしていたんでしたっけ?リーベリアはそれ以来?」
「もう2年位前になりましょうか?でも半年位してアリティアの大使になったので余り覚えておりません。」
駐リーヴェ副使に、アリティア大使、そして今アカネイア女王の側に侍っているなど出世著しいこの若者はヴェスティアの竜騎士グレッグである。1年半前のアカネイア動乱後には駐アリティア大使から駐アカネイア大使へと異動していたのだ。そして前述のアカネイア国内の乱でも見事にアイバーを援助して、彼女の勝利に貢献しており、その経緯もあってアイバーとグレッグの仲は公私共に良好になっていた。
ともあれアイバー軍は情報収集・兵たちの船酔い回復を考慮して、二日間はまったくセネーから動こうとはしなかった。しかしその間に貴重な情報はしっかりと集まった、アルドがレダで大敗を喫したということも。
「アイバー様、一刻の猶予もありません!北へ向かいましょう。」
いきり立つグレッグに、アディルスも同意らしい。しかしアイバーは首を横に振った。それよりも別に気になることがあるらしい。
「西の方でも戦火が上がっているはずだけど、そっちはどうなの?」
つまりはイストリア国境戦線である。ここはウエルトとサリアの若き王・レオンとヴァルスが共同戦線を張って、弓兵が多い関係で防衛にはさほど苦労していないらしい。しかし押し込む力はないようで妙な膠着状態が続いている。ミューもブローも注力していないようで、二軍的戦力しか送ってきていないことも要因の一つらしい。
「こっちをどうにかするのが先かもね。」
諜報衆の情報を整理したアイバーが呟いた。これに男二人が瞳を見合わせる。
「しかしリグリアが落ちれば、我らの負けですぞ。」
アディルスの言葉に、しかしアイバーは動じない。
「負ければね。でもリグリアが落ちるとは思えないわ。」
再び男二人が顔を見合わせる。今度は少し首を傾げている。
武骨な男たちの困惑する姿に苦笑したアイバーが自身の考えを披露する。
「パレスで対峙していた時にアルド皇子の陣を何度か見ているけれども、彼は守りの戦ならば先帝(ライト)よりも上手いはず。彼の陣はそれだけ隙はなかった。」
攻めのセーナ、守りのライト、世界的にも定説となりつつあるこの言葉もあるが、その守りに定評のあるライトすら上回る守りをアルドが出来るとアイバーは評していた。
「セーナのように一で百を破るような戦はできないけれども、彼は一を百から守る戦ならばこなせる。しかもレダで負けたことで、彼自身も成長を遂げ、また将兵の心は一つとなっているはず。これならばリーヴェ軍が到着するまでには持ちこたえられるわ。」
アイバーという女性、さすがにアルドと同年代ながらにセーナと互角の死闘を演じただけあって、戦に関してはその見る目の鋭さはさすがであった。すっかりアディルスもグレッグも納得していたのだ。
だがこれだけで終わらないのがアイバーがセーナと互角に戦えた所以なのである。
「それにね、西に向かうことで、私たちに勝ちの目も見えてくるのよ。」
そしてその意味を言いながら、これからの方針を伝え、アカネイア・アイバー軍の未来を賭けた軍議はようやく終わった。
さすがにそこまで詳しい情報はアジャスでもわからず、彼はただアイバーがセネー上陸後に西に転進したことを伝えるのみであった。しかし英雄は英雄を知る、という言葉があるように、その報告だけでセーナもまたアイバーの意図を悟った。
(さすがアイバーね。これならリーベリア戦線でも勝ちの目が出てくる!)
そう、セーナが眠っていた間に反撃の芽は着実に成長していたのだ。しかしそれを花開かせるにはまだ何個か足りないものがあった。その一つが猛攻を受けているカナン・ソニア要塞戦線についてである。これについてもアジャスは既にしっかりと調べ挙げられていた・・・。