アルドたちがレダに釣り出されて決死の攻防を繰り広げている頃、ソニア要塞に籠もるセネトたちもシグルド2世とナディア相手に苦しい戦いを強いられていた。
 ソニア要塞に押し込められてからはソフィアからシオン率いる竜騎士隊が合流して、一時は再反撃に転じたものの、一度戦ってあっさりとシグルド軍が戦線を後退させたためにこれを訝るセネトは深く追撃しようとはしなかった。血気に逸るサンやシオンが更なる攻勢を進言するものの、セネトは頑として首を縦に振ることはなかった。
 それは実際に正解だったらしい。ダンがセネトの密命を受けて、大きく迂回して後退したシグルド軍に奇襲させたものの、ナディアの伏兵によって見事に阻止されたばかりではなく、ダン自身も命の危機に晒されるほどの大敗北となったのだ。言葉は悪いが、犠牲がダンの部隊だけで済んだことは不幸中の幸いと言える。ここでシオンやサンの言う通りに大軍勢を押し出していれば、アルドと同じ轍を踏むことになっていたはずだった。
 かつてのセーナですら手を焼いたナディアに、その意を通じる軍神シグルド、その抜群のコンビネーションから繰り出される軍略はやはり精緻で、隙を見出す事は厳しかった。
 しかしセネトとて矜持がある。ヴェスティア決戦時の悲劇を繰り返させるわけにはいかないと、数の少なくなったゾーネンブルメたちを率いるシェラに己の命を賭けた書状を託すことにした。


 その後のセネト軍はひたすらソニア要塞に籠もってはシグルド軍の攻勢を防いでいた。しかし今度は一度も攻勢に出ることもなく、貝のごとく閉じこもるのみである。さすがのシグルドもナディアも難攻不落の要塞に籠もる敵を攻めあぐねていたが、これで終わらないのが彼らの凄さである。いつの間にやら抜け道を見つけ出して、要塞南側への進出も始めてしまい、文字通りセネト軍は陸の孤島へと化していった。さすがにこの動きを察知した時はジョセフが出撃したものの、ナディア重臣のアラニスとラシディに妨害されたばかりか、一太刀浴びてジョセフ自身が一時第一線に立てなくなるほどの重傷を負った。
 確実に追い込まれているセネトだが、未だに悲観はしていなかった。すでにシェラに託していた『賭け』は機能して動き始めていたのだ。彼女が向かった先は先年の戦いでセネトと旧知の仲となったトラキアの皇帝フィリップである。必死の思いでシェラはフィリップに援軍を乞い、そして次の言葉を引き出した。
「トラキア、いや『世界最強の竜騎士』をセネト殿に送り届けよう。すぐにでも向かわせるゆえに役立ててくれ。」
 世界最強の竜騎士が向かうという言葉を聞いてセネトは会心の笑みを浮かべていた。ソニアとトラキアではかなりの距離があり、その到着にもかなりの時間がかかるはずなのにセネトはそれだけでこの戦に勝機を見出していたのだ。
 またこの頃になれば、リーヴェをまとめ上げたアルクが自ら援軍として70万もの大軍と共にシグルドと死闘を演じたナロンらを引き連れてくるという報せが入った。ここでセネトはアルクに一計を託して、リーヴェ水軍に座乗させてゾーア沖からシグルド軍の背後をけん制させることにした。父の親友であるセネトの言にアルクは素直に従って、カナン王都まで来ていた軍勢を二分するとナロンにはソニアへ直行させ、自身はアトロムと共に東進してバージェからリーヴェ水軍と合流して北上していく。
 追い込まれつつありながらも、ソニア戦線はいつの間にか主導権がナディアたちからセネトへと移りつつあった。
「さぁナディアよ、この私を攻め滅ぼすがいい。その時がお前たちが再び天上に召される時だ!」

 もちろんこれらの動きはナディアたちも掴んでいた。しかし何とも中途半端なリーヴェ軍の動きに当惑されていた感は否めなかった。何しろ指揮官がリュナンならばそれなりに手立てもしっているから対策も打てるのだが、相手がアルクとなればいくら二人が名将でもその動きは全く予期できないのだ。そして緩やかに回り込みながら駆け付けてくるリーヴェ軍の動きに、その意図を図りかねていた。
 「私たちが眠っていた間に、これだけ時代が動いていたようね。」
ナディアが素直な感想を漏らす。最初はセネトたちの動きに当惑しているのだが、本心としては彼らとギリギリの駆け引きを繰り広げられていることに喜びを噛みしめていた。彼女が現世に蘇りたかった理由はただ一つ、己の智謀を天下に示す戦いがしたかったためである・・・。
 セーナと決死の思いで戦ったヴェスティア決戦、しかしそれは義父セリスが生死を超えて設えた舞台であって、やはりナディアにとっては己の智謀を最大限に活かしたと呼べるものではなかった。しかしセーナのために死ぬことも不満と言うわけでもなかったのだが、やはり人として『ナディア』として生まれた以上はその智謀を天下に試してみたかったという忸怩たる思いがあった。そしてその思いがやはり強かったのか、思念が死後も現世に残っており、それをミューが捉えたことで聖魔法リザレクションによって夫シグルドや重臣ラシディやアラニスらと共に現世に魂と肉体を取り戻すこととなり、自身の智謀を全力で発揮させる戦を今もなお繰り広げていた。
 なおナディアとシグルドの愛の結晶、唯一の子供レナには復活後も何も声を掛けていない。こちら側に来いと呼びかけたところで来るような娘でないことを理解しており、彼女の心に迷いを生じさせないための親心とも呼べる。それを知ってか知らずか、彼女はリグリアにて義弟アルドのために懸命に剣を振るっている。

 命を賭けてでもこの地を、母なるカナンの地を守り抜きたいセネト、己の智謀がどこまで通用するか試したいナディア、この二人の熾烈なる戦いはまもなく決着の時が迫っていた。その鍵はセネトとフィリップの友情が導く『最強の竜騎士』の到着であった・・・。


 アジャスの調べは完璧で、これら一連流れが事細かにセーナに報告されていった。『最強の竜騎士』についてもしっかりと把握しているようで、この戦線の決着が早々に着くことを理解したらしい。
「ソニア戦線については私が顔を出すべきではなさそうね。今のセネトならナディアを打ち破れるわ。」
そう言い切ったセーナは話題を東に転じさせる。長女エレナが向かった新大陸ヴァナヘイムに関してのことである。これはずっとエレナのことを支援していた宰相ルゼルの仕事であった。
 突如イザークに出現した謎の大軍、マルクス・ルーファスと名乗る親子がもたらした新大陸ヴァナヘイムの地図とその状況、その一国ユトランドの惨状とデューの生存、そしていずれ開かれるであろう大陸の命運を賭けた決戦。養女マーニから伝えられている情報はアジャスに負けないほど精緻を極めており、セーナはヴァナヘイムの地図をまだ見たことはないのだが、頭の中にある程度の『情報』を整理できていたらしい。
「決めたわ!これより東へ向かいます!!ルゼル、軍勢発向の準備よ。」
しかしルゼルは静かに言い返した。
「恐れながらセーナ様、出陣も大事ですが、まだまだここヴェスティアでやるべきことがあるのではないでしょうか。」
そう言われたセーナは辺りを見渡してハッとなってから言った。
「そうね、彼らの目を覚まさせないと。彼らも被害者だものね、一刻も早く私の元気な姿を見せてあげないと・・・。」
そして玉座は立ち上がったセーナは再び紅の塔へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 21:07