ヴェスティアの初代宰相にして、女性の地位向上の真の功労者でもあるミカはセーナが倒れてからというもの、自室に籠りきりで妹ミルの説得を受けてようやく日々の食事を受け付けるという有様であった。元々細身だった彼女の身体は更に痩せ細り、頑健とも言われたその肉体もこの半年で大きく衰えていた。
セーナが彼女の自室を訪れた時はそのあまりの変わりぶりに思わず声を掛けるのも躊躇うほどだった。
(やっぱり私とあなたは一心同体だった・・・。二人で力を合わせればどんな難関も突破できても、どちらかが欠けたら残った方は取るに足らない存在になってしまう。ラグナはそれすらも狙っていた・・・。)
セーナがいたからこそミカは大いに輝くことができて、ミカの厳しい姿勢があったからこそセーナは暴走することなく地に足をつけて今の地位を身につけることができた。それぞれの補完がなければ、それこそこうしてヴェスティアに宮殿を作って主と君臨することはもとい、これだけの活躍をすることもなく途次でその命を落としていたはずであった。それぞれに夫を持ち、子供ももうけた二人であるが、やはり二人の真の相棒はセーナ、もしくはミカであったのだ。これに付け込んだラグナはセーナを打ち倒すことでヴェスティアの頭脳たるミカすらも封じることに成功していた。
そしてセーナは静かにミカに話しかける。
「ミカ・・・。」
しかしまだ彼女はピクリとも反応しない。ふとセーナは彼女が何かを握っていることに気づいて、その手を覗き込んだ。そこには芯の抜けた一振りの剣が握られている。
「ミカ・・・、ずっと持っていたのね・・・、ツヴァイヘルツェンを。」
その剣・ツヴァイヘルツェンは二人の友情を示す剣としてアカネイア大戦後にセーナが作っていた一対の剣である。そしてその剣の持つ意味は【二つの心】、まさにセーナとミカのそれぞれの心を象徴する剣であり、セーナの持つ小剣と、ミカの持つ芯のない剣を合体させて初めて一本剣としての意味を持つように作られている。しかし今、彼女の今の状況を示すかのようにまだ一つの心はない。
セーナが懐から小さい剣・もう一つのツヴァイヘルツェンを取り出すと、ミカの持つツヴァイヘルツェンの芯に取り付ける。その瞬間、ミカの目に光が宿ってその填め込んだ剣の持主の腕をたどって、視線をあげていく。そしてその果てには今まで幾度となく苦言を呈してきた主セーナの姿があったのだ。
「セ、セーナ様・・・・・。」
すでにミカは声にならない声をあげてセーナに飛びついていた。
「ごめんね、ミカ。私もどこかで油断してしまっていたわ。でも、もう大丈夫、同じ不覚は二度は取らないわ。」
それ以上の言葉はもう二人の間には必要なかった。後ろでじっと見守っていたルゼルやミルたちも静かに心をなで下ろして、部屋を出て行った。
それから1時間かけてセーナはミカと同じように自我を失っていた現十勇者ブラミモンドとテュルバンの元に出向いてはそれぞれ叱って、猛者たちを涙させていた。テュルバンに至ってはセーナ復活の姿を見てとるや、喜びのあまりに大きな雄叫びをあげて、その声は少し離れたヴェスティア宮殿外郭部を守る兵士たちにも聞こえたという。
日が暮れようとしている頃にセーナはミカ、テュルバン、ブラミモンドを引き連れて再び玉座の間に戻ってきた。ここにはヴェスティアに援軍に来ていたトラキアの盾・ハンニバル2世も快報に接して、駆けつけてきていた。
「おお、セーナ様、お目覚めになられたのは本当だったのですな。トラキア国民を代表して、心から祝福を申し上げます。」
武骨なハンニバルの言葉にセーナも静かにうなづいた。
「将軍こそ、私が不覚を取ってご迷惑をお掛けしました。そしてこんな我がヴェスティアを助勢していただいて、返す言葉もありません。」
そして頭を下げるセーナに、ハンニバルは手を振って、彼女に頭を上げるように言う。
「気になさらず、我がトラキアはセーナ様なくして今の繁栄などあり得ませんでした。その恩義を考えれば当然のこと。そして共に神君マルスの名のもとに手を取り合っている現状ならば尚更です。」
そして再び軍議が始まった。こういう時はいつもミカが音頭を取るのだが、事情が事情なので宰相のルゼルが口火を切った。
「先ほどの話から我らは東に向かうとのことですが、兵力はいかほどで?留守兵を考えれば10万が限界かと。」
無尽蔵ともいえるヴェスティアも各地に兵が点在してしまっており、帝都ヴェスティアにはもう30万とハンニバルの鉄鋼騎士団しか残っていなかった。一番近いところにあるまともな軍勢は隣国のエッダ教国の10万足らず、これは元王妃たるフィーリアがシレジアを通じて、今はドズル城に詰めているので彼女を使えば、永世中立を宣言してても援軍は見込める。しかしそれ以外となると、ノディオンに駐留しているエルトシャン2世嫡子のリードの手勢ぐらいしかなく、やはりどうも薄くなっていた。
しかしセーナはそんな状況を知ってか知らずか、とんでもない数を言い出した。
「東へ行くのは30万よ!」
つまり全軍を出すというのだ。これにはさすがのルゼルも驚かされたが、それを制してセーナが続ける。
「ラグナが唯一恐れているのは人の力ではなく、恐らくこの私。たとえヴェスティア宮殿がガラ空きになろうとも彼は私の命を狙い続けるはず。」
ということはセーナが行くところにラグナの戦略的価値があるわけで、セーナがいなくなればヴェスティアの心臓たるこの宮殿も無価値だというのだ。確かに先ほどのラグナ諜報衆の襲撃も彼がセーナの命だけを狙っていることを裏付けることにもなる。ルゼルたちもこれには頷くしかなかった。
そしてセーナがまじめな顔をしてミカに見て言う。
「一応私も皇帝だからね。ずっとサボっていたあなたにも罰を与えないと・・・。」
もちろん言葉とは裏腹にミカに対する信頼が溢れていることは周りのものからも伺えた。
「わかっております。このミカ、どのような罰でも謹んで受けるつもりです。」
静かに頭を垂れるミカはさすがに生真面目だけあって、言葉の一言一言に決意を感じさせている。
「ではすぐにアルドとクレストの元に行ってきて、3ヶ月以内にイザークのティルナノグに来るように伝えてきなさい。もしそれができなけれな私の子供として扱わないとも伝えるのよ。」
この言葉に周りの諸将は思わず息を呑んだ。とても出来るようなことではないからだ。
「お、お待ちください、セーナ様。ガルダにいるクレスト様はともかく、リグリアにいるアルド様を三か月でティルナノグにお召しになるのは不可能かと。」
実際にこのヴェスティアからリグリアまでがアルド軍がかかった時間は3ヶ月はかかっているのだ。ユグドラルの東部にあるティルナノグに行くにはとても時間的に無理ともいえた。それを考慮してフリードが口添えするが、
「これは彼らに与える罰。アルドもクレストも周りの諫言も聞かずにヴェスティアを軽々しく飛び出していって、アルドに至っては無謀な戦いに繰り出してはティーエ王妃やミーシャという犠牲を出してしまった。たとえ難敵を前にしていてもその筋道を歪ませれば、大戦に勝てたとしても後に禍根を残してしまう。」
「しかし元はと言えば、セーナ様が・・・。」
あくまでアルドに同情的なフリードがセーナにラグナに対して油断していたことを元凶だと言おうとしたが、余りにも無礼なことだと知って言葉をつぐんだ。確かに彼の言うことは間違ってはいない、セーナ自身が健在であればこのような悲劇はまず起きなかったはずなのだ。もちろんそんなことはセーナが一番わかっていた。
「フリードの言うとおり。元は私もラグナに対して油断していたのが原因。だからこそその責めも受けるわ。だけれどもそれ以上に今はやらなければならないの、未来への道を整えるという大事なことを。」
その言葉にフリードは押し黙った。
「ともあれ皆様方、今日ももう大分色々なことがあってお疲れであろう。下の階にセーナ様復活の祝した宴会の準備が出来ているので、そちらでゆるりと楽しまれよ。もちろんハンニバル殿も配下の将と共にご参加あれ。」
場の空気が緊迫してきた頃にルゼルが機転を利かせて軍議を一気に閉めた。このあたりはさすがにセーナが宰相に任命しただけの人物であり、やはり主不在のヴェスティアの屋台骨を支えてきただけのことはあった。
そう、この日はあくまでセーナが復活した喜ぶべき日なのである。お互いの傷をなめあうような日ではないのだ。セーナもフリードも他の諸将も時が時なだけにやはり心のいたるところにとげとげしたしこりを残していたようで、このルゼルの一言に苦笑いしあうこととなった。
「それじゃ、皆で乾杯と行きましょう!」
そしてセーナたちはこの時ばかりは戦いを忘れて、深夜まで久しぶりにはしゃぐこととなった。