静かにリグリア要塞へと入っていったミカは周りの状況を見まわしながら、ミカの名乗りにすぐに反応して駆けつけてきた案内役エルマードに付いていっている。
(思いのほかリグリア籠城軍の被害は少ないわね。もっと危ないものだと思っていた。)
それがミカの率直なる感想であった。それもこれも別行動をとっていたラケル別動隊の存在が大きかったわけだが、ヴェスティアを出発した時の軍勢がそのままここに入って、かつレダに乗り込んでいたら、それこそ人類は立て直しの利かない大損害を被っていたはずだった。
またミカがリグリア要塞を見まわしている間に、他の籠城兵たちもまたミカのことを興味津津に眺めていた。彼女の到来を知ったハノンやバリガンが彼女に会釈をして、ミカも言葉こそ出さないが、その視線で労を労う。そう言ったことが何度も続いたが、やがてミカはアルドのいるヴェスティア軍本陣へと着いた。手前には様子を見るために駆けつけてきたレダ女王ティーネもいる。
「ティーネ女王、お久しぶりでございます。しかし今はアルド様に緊急の用事がございますので、正式なご挨拶につきましては後ほど改めて伺わせていただきます。」
そして目前を去って行こうとして、また一度足を止めてティーネに言う。
「今、女王が考えられていることはおそらくセーナ様のことでしょう。その点に関しては御心配ありません。セーナ様は御本復されました。だからこそ私がその意を受けてこちらを訪れているのですから。」
そして奥へと入っていくミカを見送りながら、ティーネは心にわだかまっていたしこりのようなものが消えていくのを感じ、ホッと安堵の息を吐いた。
ミカはやがて急遽設えられた部屋に通されて、迎え入れられたアルドに促されて上座へと着いた。
「ミカ、君が来たということは本当に母上は・・・。」
いきなりアルドは切り出してきた質問に、ミカはしっかり頷いた。
「その上でセーナ様からアルド様に勅命が下っております。」
その言葉にアルドは覚悟を決めた。やはり母はレダの大失態を知っており、その処分を今下そうということを。彼は、しかし、何もかも受け入れるつもりでいた。それだけのことをやってしまったのだから、死すらも辞さないつもりであった。
「アルド皇太、その身勝手な振る舞いで招いた事態は長子といえども許されず。さすれば3ヶ月以内にシレジア領ティルナノグに出頭せよ。この命を果たさずば、陛下のご子息として認知しない、とのことです。」
それはアルドにとって死よりも厳しい処分とも言えよう。ここから3ヶ月以内にティルナノグなど限りなく不可能に近いことである。しかもそれを為さない限り、セーナは自分のことを息子として扱ってくれないという。それは母の愛を背負ってきた彼にとってはそれこそ死よりも苦しいことである。ここであまりの処分の重さにアベルが口を開く。
「ならば我らからも問う。セーナ様自身がラグナに油断していた罪はどうなるのだ?」
アベルとてこのようなことは言いたくなかったのだろう。だが彼らとて言い分というものがあった。しかしそれは先日、セーナ自身がフリードに突かれたことである。ミカとてそれを知っているからこそ、瞳を閉じていう。
「そのことはヴェスティアでも話があがりました。セーナ様はそのことも痛いほど理解しておられていますし、その責めも受けるつもりでおります。しかしその前に出来上がった歪みは正せる時に正さねばならないのです!」
おそらくミカはセーナの思いをほぼ確実に理解しているのだろう。その割には不器用な言葉を並べているが、かえって二人にその難しい立場を伝えることになる。
「わかった。母の命に従い、イザーク・ティルナノグに出頭しよう!」
この言葉を受けたミカは静かにアルドの決意を受け止め、そして静かに叩頭した。
ミカがティーネ女王と会見するために部屋を去った後、入れ替わりにレナやラケル、ミル、ハノン、バリガンらヴェスティア勢の勇者たちが入ってきて、アルドとアベルは事の次第を述べていく。余りにも厳しい内容に誰も言葉を上げようとしなかったものの、アベルは静かに言う。
「母上のこと、おそらく無理なことは言ってないのだろう。何か手があるはずだ。」
そしてリーベリアの地図を広げた。現在、アルドたちが連れてきたヴェスティア・シレジア連合海軍はガルダ島に止まっており、それらをグラナダもしくはラゼリア・ゼムセリアまで回している間にアルドたちが急行して、イザークに向かうという手もあるが、海流の関係でそれではどう見込んでも3ヶ月半はかかる計算となってしまうのだ。
もう一つの案は来たときと同じカナンで海軍との上陸である。しかしこちらはカナンまでの陸路だけで3ヶ月かかる計算となり、こちらもとても現実的ではない、はずであった。何しろリグリアを南下してバルト・ラゼリア・リーヴェを経由するという冗長なルートだからだ。これならばまだ途中のラゼリア等で合流する先の案の方がマシである。ただカナンへ行くルートで他に道がないわけではない。しかしそれは今や敵の領地となっているレダを横断するものであり、少人数で進みたいアルドにとっては危険極まりないルートである。頭を抱える一同に、ふとミルは地図を眺めていう。
「この辺りは通れないんですか?ここを通れればほぼ一直線で行けません?」
このミルの指差した地点を見てアベルが大きく唸った。
「ミル、でかした!そこを通れば、2か月少しくらいでカナンへ着けるぞ!あとは一気に船でイザークまで乗りつければ何とか間に合う。」
そしてアルドに向かって言う。
「すぐさま出発の準備を願います。これ以降は一刻の猶予もなりませんぞ!」
「わかっている。だけどアベル、君はリグリアに残ってくれ。まだ四竜神たちの攻勢は終わっていないし、いざ反撃に移る際には君の力が必要だ。」
やはりアルドはレダで負けて一皮も二皮もむけている、とアベルは思った。自分が進言しようとしたことを先に言われてしまったからだ。アリティア動乱時の聡明さも目立っていたが、今のアルドは唯一足りなかった覇気をこの機会に補いつつあり、着実に王者の血を開花させようとしている。それを感じたアベルは同席しているハノンやバリガンを見て言う。
「二人で何としてもアルド皇子をセーナ様の元に届けるんだ!」
これに静かに聞いていたラケルも言う。
「私も付いていきましょう。」
その後もアルドに付いていくというものが相次いだが、これではヴェスティアに残るものが余りにも少なくなるので、アルドはその申し出に感謝しながらも以下のように振り分けることにした。
アルド同行組:ラケル、ハノン、バリガン、ミル
リグリア籠城組:総大将レナ、副将エルマード、軍師アベル、サルーン、リーネ
すぐに身支度を整えたアルドたち一行はティーネとリチャードに挨拶して、軍勢を残して撤退する旨を伝えて、静かにリグリア要塞を東に出て行った。途中で思わぬ協力者が何人か現われて、アルドたちと行を共にすることになり、ラケルの率いる精鋭バイゲリッターらに守られて、苦難の地リグリアをついに後にした。