辛くもクレストの援護でクリードの猛攻を凌いだアルドはシレジア水軍の船に乗り、そのままガルダには寄らずに北に進路を取った。そのままシレジア北部を回って、一気にティルナノグに上陸しようという魂胆で、それを行うことを知っていたクレストはそのための船準備をしっかり整えていたのだ。またこれにはクレスト率いる10万ものシレジア軍がしっかりと付いてきており、戦いの面では一息付くこととなる。
しかしその前途は決して安心できるものではない。何しろシレジア北岸の海は海の墓場としても知られ、特に冬の季節となれば天馬でも下手をすれば墜落するという嵐が吹き荒れる海域なのである。いくら航海技術が飛躍的に上がった今の軍船でも難破することも十分あり得るほどの険しさの海路を、しかしアルドたちは選ぶしかなかったのだ。何しろそのルートのみが期限に間に合うための唯一の正解だった。
そこでクレストは水軍提督ダガマと共に非情の策を取った。沖合と沿岸2列にして船体を組んで、沖合側の船列に津波を引き受けさせるという手段に出て、アルドたち沿岸の船団を守ることにした。もちろんただ沖合側の船列をただ海の藻屑にさせるようなことはクレストはさせなかった。セーナからティルナノグ出頭を命じられた時には既にこのルートを考えていた彼はすでに沖合側の船の縁を高くする工事を施しており、波に対する対策を施していたのだ。しかしシレジアの気候の激しさを知るクレストはこんな施策も蟷螂の斧であることを理解しており、彼はその施策が良い意味で無駄になることを天に祈るしかなかった。
リーベリアを離れたシレジア水軍はガルダ列島の北海域を通り抜け、オーガヒル島西部にあるユグドラル大陸西北部の対ラグナ軍拠点となっているブラギの塔を通過している頃、万を数える天馬騎士隊がシレジア水軍の元を訪れて、協力を申し出て来た。その隊長は引退を撤回してこの地で奮闘していたレイラであった。しかし彼女がいなくなるとオーガヒルの防衛が弱くなることを心配したアルドたちは彼女に守備を継続してもらいたかったものの、その意を察したレイラがブラギの塔の麓を指さした。そこに群れる軍勢は皆、蒼き竜の旗・フォルセティの大旗が掲げられていた。それは紛れもなくシレジア王家のものである。
「セティおじい様が出ておられたのか?!」
アルドもクレストもさすがに驚いた。クレストがガルダ島を出る際もその防衛を気にしていたのだが、時を合わせるようにノディオン家のリードがクロスナイツを率いて防衛を申し出てきたのを見たばかりで、さすがに母セーナの手配りの良さを伺わせた。一方、そんな一行をブラギの塔から眺めていたセティもまた呟いていた。
(それにしても人使いの荒い女帝になったものだ。誰が育てたのか、親の顔が見てみたいものだ。)
しかしその一方で己が動く戦いもこれが最期になることを本能的に察しているのか、その戦いが孫のために戦えることをどこか感謝している風でもあった。
またオーガヒル北部の海域を通過して、いざシレジアの領海に入ろうという時にまたしても思わぬ味方が舞い込んできた。少数で北方エレブに中入りしたハルトムートたちに付いて行ったPグリューゲルの女竜騎士アイがオーガヒル鉄鋼船と共に合流してきたのだ。主君とも言えるハルトムートとアトスたちはセーナの魂を確保するといつの間にやらワープでヴェスティアに戻っていたのだが、彼女たちはそのようなこともつい知らずミカから知らされるまで健気に敵地の中で踏ん張っていたのだった。以前はどこかハルトムートたちに頼っていた風だったアイも、その後ラグナたちに感づかれて厳しい戦いを繰り広げてきたのか、あどけなかった顔がすっかり竜騎士の凛々しさを宿してつつあった。
こうして二人の女神を得てシレジア沿岸を進むアルドたちシレジア水軍に、しかし天は牙を向かなかった。この年のシレジアの冬は異常ともいえる暖冬で、さすがに雪こそ降ったものの、吹雪いた日も非常に少なかったのだ。こうなればシレジア水軍は津波を気にすることなく一気に東進できる。嵐を覚悟していた水兵たちも味方に着いた天運に喜びを隠すことなく、キビキビとした動きで船を滑らせていく。
そんな光景を遠くで見ている男がいた。クリードである。彼は懲りることなく、追尾をやめずに船まで仕立てて追いかけていたのだ。
「戦を経ているというのに兵の数を増やすとは恐ろしい男だな、アルドという奴は。まぁ、いい、これで奴らがどこに向かうのかはよく分かった。」
そして傍らで同じように水平線ギリギリのところを行くアルドたちの船を見ている女性に向かった言う。
「エイナール殿、セーナは間違いなくティルナノグに来る。予備のエインフェリアと共にイザークの戦えるものたちも集めておいてくれないか。イザーク王家の紋章さえちらつかせば、軽く10万は集まるに違いない。」
クリードの献策を聞いたミューの側近エイナールは静かにうなづいて、魔法陣に身を委ねて飛んで行った。それを見届けて双剣武の一人アイザックが調べてきたことをクリードに伝えた。
「どうやらティルナノグに巨大な魔法陣が作られているようです。おそらく軍勢もまとめて呼び込めるほどのものでしょう。」
それを聞いてクリードは顎に手をやって考え始めた。
「やはり一筋縄ではいかぬか。セーナにミカ、二人の魔力をそのままワープに使えば、おそらく数十万の軍勢は瞬時に呼び込めるだろうしな。」
「しかしユグドラルは疲弊しております。そのような大兵をどこから連れてくるのでしょうか。」
双剣武のノービスが疑問を呈す。
「そこがわからんな。もしかしたらミュー様の言っていた東方の大陸に行っているエレナの軍勢でも呼び出すのではないか?!」
実にこのクリードは生前の愚昧さが嘘のように物事を幅広く見通していた。支える双剣武の二人もさぞ満足していることであろう。
「ならばもう少しイザークの同志を集めねばなりませんな。」
そう言ったアイザックは小舟に飛び移って、どこかへと去って行った。
そしてセーナも長女エレナとの死闘をくぐり抜け、東方での事態がようやく収拾したのを受けて、ミカから報告をまとめて受けていた。
「クリードがアルドの後を付けているのね・・・。少しばかり面倒ね。」
しっかりとヴェスティアの諜報衆はクリードの動向も掴んでいたのだ。
「ブラミモンド!」
セーナの言葉に反応して、彼女の影から人が出て来た。復活して各地を飛び回っている十勇者ブラミモンドその人であった。
「ガネーシャに残しておいた彼女にティルナノグに急行するように言って。」
コクリと頷いたブラミモンドは闇に溶けて消えていった。それを見届けてミカにも命を下す。
「さぁ私たちもティルナノグに跳ぶわ。ワープをお願いね。」
「しかしセーナ様、まだお傷が・・・。」
実はまだセーナは闇の神を宿したエレナと戦ったばかりなのである。負けはしなかったものの、一歩間違えれば世界を破壊するほどの魔力と破壊の応酬だっただけにミカとしてはセーナに休んでもらいたかったのだ。
「そういうわけにもいかないわ。おそらく今日にはアルドもティルナノグに着くでしょう。その夜にはクリードが襲ってくるでしょうから、そのための準備を今からやっておかなければ負けてしまうわ。」
それに・・・、と言いかけるのを呑み込んだセーナは静かに首を横に振った。
「ノア、この船はしばらくこの小島に留めておいて。出来れば魚をたくさん釣っておいてくれると助かるわ。」
そう言って、セーナはミカの方をまた向いてワープを促した。どこか違和感を感じたものの、ミカもすぐに頷いて転送の杖に魔力を込めた。周りの諸将も取り込んだ大き目の魔法陣がセーナたちを包み込む・・・。
セーナ、アルド、クリード、思わぬ形で戦機は急速に熟そうとしていた。それぞれ流星、星屑、彗星の加護を得た軍略を得意とし、その究極の軍略がセーナの父セリス挙兵の地ティルナノグにて激突しようとしていた。鍵を握るのはセーナが呼び出した『ガネーシャに残しておいた彼女』の存在。命の尊厳が無視されつつある今の時代に、命の執念と奇跡によって生を得たその女性の存在が、生と死の境を超越する相手に一つの思いをぶつけることとなるのか、その一点であった。