皇帝の位を息子アルドに譲ったセーナはミカのワープを使って、神将たちと共にヴェスティア海軍旗艦の元へと戻って行った。そこで提督ノア以下が準備した夕餉を取りながら、旗艦は再び東へと進路を取って、未だに娘との激戦の余韻の残る島を後にした。
 しかし船上にあってもセーナに安息の時はなかなか訪れない。しばらくしてから清らかな魔力と共にひとつの魔法陣が旗艦へと降り立ち、ルゼルと共に一人の女性が姿を現した。
「セーナ様、ナバダよりリディア殿が参りましたのでご同道いただきました。」
未だにルゼルはハンニバルと共に少なくなった手勢を上手くやり繰りして、ユグドラルをしっかりと治めている。皇帝がアルドに移ったことも承知しているが、アルドの意向もあってそのまま宰相の座に留まっている。
 なおアルドのリーベリアからの帰還時にナディアの元に届いたハンニバルがカナンへの援軍に赴くという情報についてだが、あれはセーナが意図的に流したものである。ナディアならこの情報を偽と見抜いて、裏で起きていることを把握するために敢えてカナンに向かうことをセーナもわかっており、アルドの実力を見定めるために二人を戦わせた背景があったのだ。そしてその試練にアルドは勝ったため、セーナは付近に待機していたデルファイを遣わせて援護を行わせてもいる。どこまでも厳しい母である。
 ともあれヴェスティアに訪れたリディアはすぐにそのルゼルを介してセーナの元へと届けられた。やはり今後の戦略を双方でしっかりと詰めておいてほしかったためである。しかしリディアが告げたことは想像よりも厳しい状況を伝えてきた。
「ミュー軍の半数がエレブへと帰還し、我らを追い詰めるべくネクロス軍との軍勢の再結集を図っているとの情報が入りました。ラオウ軍のみならばともかく、ミュー軍、ネクロス軍まで加われば支えきれません。どうか、援軍をお願い致します。」
ようやくラオウは各地に戦線が伸びきっている現状を理解して、まずは目の上のたんこぶとも言えるナバダへの総攻撃を始めるらしい。しかしセーナたちも同様に戦線が伸びきっており、余剰戦力は無いに等しいはずであった。まだヴァナヘイムの兵団も戦が終わったばかりで投入するには距離も時間も足りない。しかしセーナは言う。
「リディアさん、その旨に関してはご心配なく。既に私たちがナバダ援護に向かっておりますよ。」
だがリディアはキョトンとした視線が返ってきた。ナバダとは正反対の方向に彼女たちが向かっているのだから無理はない反応である。それを敢えて黙殺してセーナは続ける。
「それにまもなくリーベリア戦線も反撃が始まっていることでしょう。ネクロスはともかくミューはナバダに構っていられなくなるでしょう。」
「ですが、ネクロス軍が来られても、もう手一杯で・・・。」
すでにラオウ軍を引き付けるのもギリギリという窮状をリディアが言うと、セーナは真面目な顔をして聞く。
「ネクロス軍の到着は?」
「サブさんによると3週間でナバダに到達すると・・・。」
これを聞いてセーナがほっと息を付く。どうやらセーナが見込む予定よりも遅かったらしい。
「それなら私たちの方が早く着きそうね。でも、ラオウ軍は防ぎ切れる?私たちはあと2週間はかかる見込みだけど・・・。」
本当にセーナたちが2週間で来れるのか、極めて疑問に思っているが、さすがに表に出さない辺りはリディアも使者として大分経験が積んだことを窺わす。
「残念ながら1週間も持てば上々というところです・・・。」
 実際にナバダはラオウの猛攻の前に青息吐息といった状況である。ラグナ軍でも精鋭中の精鋭であるラオウ軍の攻勢は強烈で、かつてセーナを試したこともある闇魔道士ホルスですら激戦続きで失明したことは既に触れたが、他のナバダの同士たちの疲労も著しく、リーダーたるエルフィンが前線に出て奮戦してどうにか支えている有様だった。これにラオウ軍最大の勢力を誇るミュー軍か、未だにラオウ軍随一の衝撃力を持つネクロス軍のどちらかでも加わればナバダは倒れる恐れが強い。
 しかしセーナはすぐに妙案を弾き出した。
「ならばサブちゃんにお願いして、1週間後には私たちが駆けつける旨をラオウ軍にばら撒いてもらいましょうか。」
しかしリディアは懐疑的な表情を崩さない。
「ふふ、ラオウはそんなに単純ではないといいたげね。その通りよ。だけど私たちがナバダに向かっているのは事実だし、功を焦る性格ではないラオウならば私たちに備えるべく動きをこちらに向けるはず。」
「しかしその1週間までに今まで以上に猛烈に攻め上がって来られても防ぎ切れるかどうか。」
リディアの懸念は尽きないが、セーナは冷静に返す。
「ラオウなら無理攻めをする愚を知ってるから、今まで通りの攻勢に終始するでしょうね。」
さすがにセーナは敵の性格を知り尽くしている。四竜神筆頭たるラオウがこれ以上、無理働きをする必要もないし、そのための犠牲を払う必要もないことは誰よりもわかっている。だからこそたとえ偽の情報でも少しでも懸念のある動きには対策を取るとセーナは見ているのだ。リディアもそう言われると納得してはいるが、そうすると別の懸念が出てくる。
「それではセーナ様が援護いただく際に支障が出ませんか?」
奇襲を得意とするセーナが事前の動きをラオウに知らせることは決して有利にはならないはず。しかしセーナはこの面に関しても気にしていないらしい。
「心配ないわ。ラオウを正面から食い破ることは可能よ。もちろんラオウを倒す切り札もある。だからあなたはさっき言ったことをエルフィン殿に伝えて、間違いなく実行してもらうこと。」
戦闘力だけ見てもラオウはラグナすら凌駕していると言われているのだが、そのラオウを倒す切り札があることをセーナはリディアに明かした。その言葉を聞いたリディアはそれこそセーナのことを正直、大ぼら吹きと思ってしまったが、やがてセーナが自信に溢れる様子を見て、本当にやってしまうのではないかと思うようになっていた。
「わかりました。エルフィン様には必ずそう伝えます。どうかナバダへの救援お願い致します。」
そう言うとルゼルの方へと向かって、下がっていく。
 ふと彼女の背中を見ていたセーナは一つの案を思いついてリディアを引きとめた。
「そうだ、リディア。約束の証としてアトスを援軍として付けましょう。あなたたちとも親しいみたいだから、大いに力になってくれるはずよ。」
その言葉を受けたアトスが前に出てきて、リディアに会釈する。
「ありがとうございます。」
リディアは二人に深々と頭を下げると、アトスのワープに乗って一気にナバダへと戻って行った。

 旗艦に一人残ったルゼルもまたヴェスティアに戻ろうとしたところ、彼にもセーナが引きとめた。
「ルゼル、あなたにもお願いしたいことがあるの。どんな手を使ってもいいから、ユグドラルの百万の軍勢を引き連れてアルドの最終決戦に駆けつけてあげて。」
何度も言うが、もうヴェスティアにはもう自衛用の軍勢しか残っておらず、それも動員すれば簡単な反乱で国が壊れる恐れが強い。そんな状況で百万の軍勢をどこから持ってくるのか、セーナは実にルゼルも試していたのだ。
 呆れるミカを尻目に、しかしルゼルは既に答えを導いていた。さすがにセーナ自身から百万の軍勢を託してみたいと言わしめただけはあった。
「未来への悪習を気にしないというのでしたら、何ら問題はありません。必ずやアルド殿下、いえ、新皇帝陛下をお支え致します。」
決然と言い放ったルゼルはセーナの頷きを確認すると、魔法陣へと身を委ねてヴェスティアへと飛んで行った。


 セーナは言った、あと1週間もあればナバダと合流してラオウを倒すと。四竜神筆頭にして、最強の竜たる彼を本当に倒すことになれば、それは真の逆転が可能となることを意味するが、果たして彼女にそれほどまでの力はあるのだろうか、そのヒントは20年前に遡ってようやく見出すことができるのであった。

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 21:51