「闇の究極魔法・アビスゲートには段階に応じて、3つの能力を秘めている。」
壊滅したラオウ軍本陣をセーナとレヴィンが静かに進んでいる。
「第一段階・ディメンションセパレータ。魔法の発動領域を限定し、次元から隔離する。そして第二段階・ジェノサイド、黒き雷が生きとし生けるものの魂を破滅へと追いやる。私はこの二つの能力を持って、この地を破壊した。」
話している相手はラオウ軍の最後の生き残り、そして最強の竜ラオウである。彼に対しても闇の究極破壊魔法アビスゲートはさしたるダメージを与えているようには見えなかった。
「そして今、ここに第三の能力を発動させる。」
黒き魔力がセーナから飛び出したかと思えば、たちまちナバダは重苦しい雰囲気が包み込んだ。
 「貴様、何ゆえこのような真似をした。お前たちにとって味方であるはずのナバダまで破滅に追い込みおって。」
ラオウはそう言いながら、セーナの中で起きていた変化に気づいた。どこかで見たようなオッドアイをしていたのだ。
「お前は・・・ロプトウスか。アウロボロスが復活してもなお、その魂を残すことに成功したのか。」
「メディウスやガーゼルとは違って、私は如何に後までこの血を残すのかに腐心してきたのよ。アウロボロスが復活したところで、犠牲となったロプトウスはエレナに宿らせたもの、私は闇の因子かガラティーンさえあればどこにでも現れるようになったのさ。」

 今はエレナの手によって復活を遂げた闇の神アウロボロス。そしてその鍵に過ぎなかったロプトウスだったが、アウロボロスが復活した今もなお存在することが出来ているのは本人が言うようにロプトウス自身が継承に特化した能力を手にしたことに由来する。セーナの父セリスによって宿主ユリウスを倒され、自身の覚醒を広げるガラティーンを封印されたロプトウスの意識は拠り所を失い、滅びるはずだった。しかし実際にはセーナの兄マリクを宿主として復活を遂げる。20年近くの間、ロプトウスの意識は天上に召されることもなかった、実は強かに意識をユリアの中に留まらせていたからだ。どのような理由でユリアがそのロプトウスの意識を宿していたかは、もう知る由もないが、彼女の存在によってロプトウスはその滅亡を免れた。
 だがようやく覚醒させたマリクもセーナによって倒され、再び宿主としていたユリアも後に死亡することになり、ロプトウスもさすがに血の滅亡を覚悟していた。しかし仇と思っていたセーナに闇の因子が流れていることを知り、セーナもロプトウスの取り込みを意外にもあっさりと了解した。このときが義姉ナディアと死闘を繰り広げていたヴェスティア決戦のころであり、やや采配に切れがなかったのは内面でロプトウスの取込みに苦労していたからであった。
 セーナの肉体の乗っ取りには失敗したが、彼女はなおもロプトウスを追い出そうとはしなかった。おそらくはこの日のことを想定していたのだろう、闇の宗家の力が必要になることを。ロプトウスはセーナの体を媒体にして改めて闇の因子の拡散を図ったものの、セーナの子供たち全員にその因子を伝えることは出来なかった。やはり一緒に流れるナーガの血が妨害してきたのだろう。結局、あるタイミングまでロプトウスはその力を発揮できないまま、更に20年の間、彼女の体に留まることになる。
 やがて東の大陸ヴァナヘイムにて長女エレナが魔剣ガラティーンの封印を解いたことで、ロプトウスはその剣を通じて複製した意識を彼女に埋め込むことに成功していた。ロプトウスはそれだけの能力を長い時をかけて手に入れていたのだ。そしてエレナに埋め込んだロプトウスはついに覚醒し、闇の神アウロボロスの復活に繋げた。しかしその復活に使った鍵も複製したものであり、マスターキーとしてのロプトウスはそのキーとして意味をなくしながらも、暗黒竜ロプトウスとして今もなお残っていたのだ。
 そして今、セーナは最強の竜と戦うために、闇の究極破壊魔法を解放するために、敢えてロプトウスの力を引き出すために、その人格を表に呼び出していた。

 「愚かなことを。そのようなものを呼び覚ましたところでわしには勝てぬ。あまつさえ味方であるナバダを滅ぼすなど愚の骨頂。たとえ我が手足たる軍勢がなくなっても、我はビクともせぬ。」
言い放つラオウに、セーナは思いもよらない一言を言う。
「残念だけど、あなたの言っていることは的外れよ。今回の大殲滅はもともとロプトウスではなく、私セーナが企図したこと。ナバダを滅ぼすことも、この地を訪れた時に決断したのよ。」
セーナの瞳がオッドアイとなっている意味は、その体内でセーナとロプトウスが共存しているということである。今、言ったのはセーナの人格なのだろう。そのことに気づいたラオウが少し驚く素振りを見せたものの、セーナは続ける。
「確かにナバダは今は有用な同盟者でした。彼らがいなければ、あなたがたがリーベリアないし、ユグドラルに出てきて、今まで均衡を守ってきた各戦線も敗亡していたことでしょう。ここに来るまでは今後も手を携えていけると考えていました。」
そしてセーナは目を閉じる。
「だけれどもこの地は余りにも血に汚れすぎていた。それは何百年と戦が続いたことで屍が積み上げられた証。アルドたちがどういうかはともかく、このような苦境にあっても戦を延々と続けてきた彼らと手を結び続けていれば、また何らかのきっかけで『人竜戦役』がおきてしまうでしょう。しかも彼らは滅亡するまでその戦をやめることはない。」
 今、セーナの言っていることはアルドに帝位を譲った今からすれば明らかな越権行為である。そしてこの事実が世界に知れ渡れば、またセーナが先ほど言った危惧とは別の大混乱が引き起こされることだろう。そのためにセーナは別働隊としてルーファスを上陸させず、ハルトムートにもナバダを離れさせて、関わるものは最小限となった。これでこの惨状を知るのはミカとアトス、レヴィン、ブラミモンドくらいとなった。予想外にナバダの生き残りリディアが脱出しているが、残りのものはこの真実にはどう思おうが口を閉ざす器量はあるであろう。後はかつてのエバンスの悲劇でカインがやったように事実をすり返れば、その懸念も解消する。
 決して褒められた行為でないことは、セーナが誰よりもわかっている。しかし既に世界は度重なる魔力の交錯で傷ついており、これ以上の戦乱は世界の理が破滅する恐れがあった。理の破滅、それは世界から魔法を守るべき精霊の絶滅を意味し、魔法の消滅や大地の荒廃を導くことになる。そうなればたとえラグナに勝とうとも意味がなくなるのだ。
「なるほどな、そなたは我らを倒した後のことも考えているということか。しかしそんな余裕を見せておいて、我らにすら勝てなくなるぞ。」
「黙りなさい!あなたたちは余りにもこの世界の理を弄びすぎたのよ!ラオウ、あなたはミューやブローの暴挙を見て見ぬ振りをしていたのだから、その罪はラグナ同様に重い。」
「我を断罪するのは構わない。だがな、その程度の魔力で我を倒せるのか。」
「ラオウ、あなたはもう負けているのよ!」
「何を言うのかと思えば、既にそなたは耄碌が始まっているのか?!ならば今ここで力の差を見せてやる!」
 ラオウは両の手に魔力を込めて、ファイアーをセーナに解き放つ。しかしその火球はセーナのところに到達すると、幾筋にも分かれてセーナを避けていった。
「魔力の受け流しか・・・。やはり我が魔力を持っても最下級魔法では届かぬか。だが、そのおかげでそなたは我が全力を傾けた最強魔法を受けねばならないのだ、後悔することだな。」
しかしセーナは何事もないように静かにラオウを見守るだけであった。それを見て、ラオウは視線を後ろに控えるレヴィンに移す。
「フォルセティよ、貴様にも、貴様の親父にも放たなかった、我が古代魔法を見せてやるぞ。今までは余りにも世界に影響が大きいと思い、敢えて控えてきたが・・・。セーナよ、我を侮辱した代償は今ここで払ってもらうぞ!」
そしてラオウを巡る魔力のオーラが密度を増していく。それでもセーナは静かに見ているだけであった。
(噂に聞いていた魔法をここでもう持ち出すか。セーナよ、お前はラオウ自身も恐れた威力を持つ古代魔法を耐え切るつもりか。)
レヴィンが危惧する視線を出すが、セーナはそれに気づいて笑顔でウィンクして返す。どうやら問題ないらしい。
「笑って死ぬか、そなたらしい最期だな。その最期をそなたたちの息子たちに伝えてやることにしよう、もっともこの大地がこの古代魔法を受けきれた場合に限るがな。」
そして空に両の手を捧げて、ラオウは一気にその手を振り下ろした。
「古に存在した古代文明を破滅に追いやった、その破壊力を味わうがよい!」
『エインシャント!!』


 しかしナバダには何も起こらなかった。驚くラオウを尻目に、そそくさとセーナが原因を言う。
「言ったでしょ、私はアビスゲートの第三の能力を発動させたって。」
「第三の能力・・・」
「それはディメンションイーター、次元の侵食。既にこの地域は冥界によって侵食されているのよ。だから普段私たちが使う魔法は司る精霊がいなくなるから使えない。」
「馬鹿な、さっきはファイアーを放ってではないか?!」
「あれはあなたをからかうために一時的に第三の能力を切ったからよ。」
 その瞬間、ラオウは一気に間合いを詰めて、セーナに拳を突き出す!
「魔法が駄目ならば、この拳でそなたを倒す!」
しかし直後、ラオウは謎の衝撃で一気に後方に吹き飛ばされた。
「私があなたを倒せないように、あなたも私を打ち倒すことはできない。」
「今度は何をしたというのだ。」
「カオスバリア、冥界の力を得て、全ての攻撃を跳ね返す。」
いつの間に冥界の力を手に入れているセーナに、ラオウはなおも驚かされた。
「そなた、いつ冥界の力を手に入れていた。」
ラオウの問いを受けて、セーナが胸元からひとつのお守りのようなものを取り出した。
「冥界の護符、20年前にあなたたちが介入してきたイード戦役で私が手に入れたもの。そして今、その時を約束を果たしてもらう時が来たのよ!」
セーナは冥界の護符を天に向けて放り投げると、その先から黒々とした魔法体が降りてきた。
「冥界の覇王さん、お久しぶりね。」
セーナの言葉に、その魔法体は人のような姿に形を変えた。
「久しぶりだな、セーナよ。我もずっとそなたを見守っておったが、ようやくその時を得て嬉しく思う。」
そして冥界の覇王はラオウに向かって言う。
「我の名は冥界の覇王ハデス。セーナとの約を守るため、貴殿の相手を致そう。」
「冥界の覇王だと・・・?!」
唸るラオウだが、次の瞬間には圧倒的魔力の前に一気に吹き飛ばされていた。
 「ラオウ、悪く思わないことね。この世界であなたを打ち倒せるものは既にいない。あのラグナですら出来ないでしょうね。だから私は別の次元からあなたと戦えるものを用意した。」
セーナも早い段階でラオウにどう足掻いても勝てないことを悟っていた。しかし対抗策はラオウのことを知る前から実は持っていた。それがイード戦役で手に入れていた冥界の護符だった。しかしこの冥界を護符を使うにはアビスゲートを用いて、『冥界の扉』を開いておく必要があった。リーベリアやユグドラルで究極破壊魔法を使いたくないセーナにとって、この大陸で使うことは必至であったが、それでも場所は慎重に選んで、かつ、そこにラオウを引き寄せる必要があった。しかしナバダの惨状を見て、セーナは敢えてこの地に使うことを決断したのだ。
「魔法も使えず、頼みの拳も事実上無意味となったこの空間で、冥界に君臨する覇王を打ち倒せるのであれば、もう私たちに打つ手はないわ。さぁ、存分に戦うといいわ。」

 だが、こうなった以上はラオウでもどうしようもなかった。戦いは一方的にハデスの猛攻に終始し、底なしと見えていたラオウとて既に息が切れかけていた。
「セーナよ、あとはそなたでも止めがさせるであろう。我はここで見ていることにする。・・・ラオウとやらよ、そなたは確かに強いのだろう。しかし強さを求める余りに、多くのものを捨ててしまったようだな。」
ラオウはそれに応えることが出来なかった。彼はハデスの言うことをわかっていて、強さを究極まで追い求めていたのだから。そしてその反動が彼を襲ってきても跳ね返せるだけの力は手に入れた。だがまさか別次元から新たな力を呼び出されてはもうラオウでもどうしようもなかった。この世界を極めたが故に、孤高になりすぎたが故に、ラオウはこの冥という新たな力に抗うことができなかった。
「ラオウ、私とて20年前の戦いで、ラグナのせいで同じ脅威に晒されることになった。だけれども私たちは弱さが見えていたからこそ、皆の力を合わせてどうにか突破することができたのよ。見てのとおり、あなたはもう一人ぼっち。覚悟はしていたのでしょうが、見ていると哀れなものね。でもこれで終わりにしてあげる。」
そしてセーナはファルシオンを上段に振り上げた。
「セーナに問う。我は力を極めていたのか?」
やはりラオウとしては、そこが気になっていたのだ。
「誰にも追いつけないほど極めていたわ。おそらくこの戦いであなたが勝っていたとしても、あなたがこの世界で新たに手に入れることができる力はもうなくなっているでしょうね。」
それはセーナがラオウに言った、唯一の褒め言葉であった。生き方がどうであれ、愚直なまでにひとつの目標に向かって生きたものへの敬意を示した言葉に、ラオウもわずかに頬を緩ませた。
「そうか、ならばいい。我は力を極めた。それならば我が戦いの歴史に悔いはない。」
そしてセーナ同様に側に駆け寄ってきたレヴィンに向かって言う。
「フォルセティよ、この戦いが終われば、風竜の里に戻って伝えてほしい、ラオウとシレンの戦いは終わったとな。」

 ラオウの言うシレンというのは風の神フォルセティの実父のことである。もう察しているものもいるかとは思うが、ラオウと双璧の実力を有した竜であり、ただでさえ戦闘力の高かった風竜族でも一、二を争うほどであり、かつては二人の力を合わせて闇の神アウロボロスと互角以上の戦いをしていた。アウロボロス封印後は力を追い求めるようになったラオウと離れることになって、ラグナと戦っていたナーガ軍に加入。その能力と人望でナーガ軍を導いていたが、やがて強大な力を手に入れたラオウをラグナ軍に入れるきっかけとなる。結局、シレンは病没してしまうものの、ラオウとの戦いは息子フォルセティに引き継がれて今に至ることになる。もっともフォルセティとでは余りにも能力に差が出ているため、ラオウ自身それほど好敵手として見てはいなかったようで、以後はナバダ攻略に精を出していた。
 なおこの間、世界との必要以上の接触を嫌う風竜族からはシレンもラオウもフォルセティも追放されている。ラオウの最期の言葉は二人の戦いに巻き込まれて追放されたフォルセティを気遣ってのものだが、同時に主ラグナへの最後の配慮も示していた。というのもフォルセティが風竜の里に戻れば、おそらくフォルセティは風竜たちによって外界には出させてもらえなくなるのだ。主のためにわずかでも敵戦力を減らすことを最期にラオウは思いついていたのだ。力をどこまでも追い求めたラオウの最初にして最後の主への計であった。

 「悪いがラオウ、その手には乗ら・・・」
その意図を読み取ったレヴィンは言下に否定しようとするが、セーナが遮った。
「いいわ、レヴィンにそうさせるわ。だから今は安心して死になさい!」
そしてセーナは一気にファルシオンを振り下ろした。ほとばしる鮮血が辺りを濡らしていた。
「おい、セーナ、どういうつもりだ。」
問い詰めるレヴィンにセーナは返り血を浴びたまま、静かに言う。
「ラオウの言うとおりよ、あなたの戦いはもう終わったはず。もう人類はあなたの支援がなくても独力で歩くことも出来る。だから風竜の里に帰って。・・・そして残りの人生はフュリーさんのために償ってあげて・・・。」
フュリーの名を出されるとレヴィンは辛かった。フォルセティをその身に宿した瞬間に、器であるレヴィンは愛した妻と家族を事実上捨てた。しかしフュリーは彼のことを何も言わずにひたすら待ち続けて、病没してしまったのだ。長男セティはそのことで実際に魔力をぶつけあったこともあった。このままではレヴィンもラオウと同じ道を歩ませることとなることをセーナは憂いていた。
 既にフュリーの名を出されただけでレヴィンに反論はできなかった。
「わかった、俺はもう風竜の里に戻る。後は頼んだぞ!」
セーナは既にアビスゲートを解いており、ラオウの死を見届けたハデスも既に去っている。レヴィンもまた懐から竜石を取り出して、緑の竜へと姿を変えた。
(セーナよ、お前が覚悟を示した以上は何としてもラグナを倒せ!でなければ、ここで死んでいったナバダのものが浮かばれないからな!)
そうセーナに言い放ったレヴィンは西の彼方へと飛び去った。
 砂の地と化したナバダに一人残ったセーナは彼に誓う。
「わかっているわ。ここで死んでいったものたちのためにもラグナを倒して、世界から一度戦乱を無くしてみせるわ!!」


 ラオウの死はすぐにラグナ軍に波及することになり、ネクロスもミューも、そしてラグナも対応を迫られることになった。しかし失うはずのなかった巨大な力の喪失に戸惑うことは必至で、セーナたちは最大の反撃の機会を得ることになった。
 そしてあるところではその死をほくそ笑む者がいた。
(ラオウが死んだ?!正直、セーナがラオウに勝てるとは予想外だったけれども、これで私の計画はほとんど完成した。あとは・・・決着を待つだけね。)

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年10月08日 21:55