ところかわって、レダ中央部を制圧していたアルド軍に戻る。負傷兵の介護を終えて、アルドのもとへ戻ろうとしていたミルはついつい兵たちの雑談に耳を傾けていた。
「それにしてもアルド様の右腕にアイバー女王が就くなんてな。これでこの軍も盤石だろう。」
「しかもお二方はそれぞれの戦い方でセーナ様に認められたんだろう。このままご結婚とかなさらないかな?お似合いだと思うぜ!」
少し離れたところで聞いていたミルはその言葉にどこか胸の痛みを感じていた。
「まぁそんなことになれば、ヴェスティアとアカネイアが一つになるわけだから戦争もこれで終わることになりそうだな。あのお二方はなんだかんだ馬も合っているって噂だしな。」
そう言い合いながらその二人の兵士たちは静かに去って行った。
「ふ~ん、そういう噂が立ってるんだ。」
いつの間にかミルの側に先ほどの兵士たちと同じ格好をした青年が立っていた。その声色が気になったミルはその兵士の顔を覗き込んで、そして驚愕した。慌ててその兵士がミルの口を塞いで、物陰に連れ込んだ。ようやく落ち着いたミルが声音を小さくして言う。
「アルド様!?どうしてこんなところに、しかもそんな恰好でおられるのですか??!」
アルドがなぜか兵士に扮していたのだ。その理由をアルドが静かに言う。
「アベルが1週間くらいノンビリすることを勧めてくれたんだ!次の戦が始まれば、もう皇帝として後戻りの出来ない日々となるだろうからってね。」
それはアベルが示せるアルドへの最大限の配慮であった。
「せっかくだから、こんな恰好でミルの側にいたんだけどね。」
ミルのような美人シスターとなれば、戦で気が高ぶる味方兵士たちの慰みにされることもなくはない。もちろんそんなことをすれば厳罰が必至なのだが、死と隣り合わせの現場をくぐりぬけるものたちからすれば、それすらも気にしないものもいる。そのため、ヴェスティア軍のシスターは護衛のための兵士が一人ずつに割り当てられる。アルドはその兵士に扮して、ずっとミルに付いてきていた。
「・・・アルド様、この期に及んで何をなさっているんですか。」
呆れるミルだが、アルドはそれが聞こえないかのように鎧を脱ぎ始めた。
「さぁ、バレたところで次に行こうか!」
そしてミルの手を引いて、今度は何とアルド軍から飛び出していった。
一時間くらい懸けたのだろうか、二人は自身が率いた軍勢を見下ろす丘に立っていた。
「さっきの兵士の話だけど、ミルはどう思った?」
「アイバー様のことですか?」
「そう、確かに僕とアイバー女王が結婚するようなことになれば、事実上ヴェスティアとアカネイアは一つになる。それに彼女の軍略を皆、知っているわけだから、それだけで戦は回避できる、とは思う。」
それに対してミルは俯いたままであった。
実際にアルドとアイバーはレフカンディでは直接戦い、パレスでも睨み合ったことで、互いの実力を認めあった仲である。そして将来を見据える眼力はセーナやアルド自身にも劣らず、諸侯もそれは認めるところである。これにこの大乱で大きく実力も声望も身に付けたアルドと結ばれることは、わずかでも野心の残るものにとって脅威となるのは必至となる。つまりは結婚するだけで大いなる抑止力となるはずであった。
だがアルドは言う。
「確かに彼女も魅力的だけれども、僕にはもっと大切な女性(ひと)がいることに気づいたんだ。」
ミルはいつもと違って、黙って聞いていた。しかしアルドはしっかりとミルを見つめていた。
「ミル、君のことだよ。」
これにミルは顔を赤らめながら反応する。
「わ、私のことですか?!」
「そうさ!ずっとミルは僕を支えてくれたではないか、母が倒れ、自分を失った自分がどんなに暴走しようとも。」
「でもそれは臣下としては当然のことを・・・。」
思わず本意ではない言葉を吐くミルに、アルドは少し残念そうな顔をする。
「本当にそうなのかい?僕には君の言葉はハノンやバリガンのものにはなかった温かさを感じたんだけどな。」
アルドは頭をかいてごまかす。
「ごめんよ、ミル。いじめたつもりじゃないんだ。・・・そうだね、ここは単刀直入に言うことにしよう。」
そして間を置いて言った。
「こういう戦の時じゃなくても、ずっと僕の側にいて欲しい。君とならば、僕もこの国を引っ張っていける気がするんだ。そしてまた道が逸れるようなことになれば、君に引きとめて欲しいんだ。」
それはアルドなりのミルへのプロポーズであった。言われたミルは彼に表情を見られないように俯いていたが、よく見ると輝くものが目から落ちていた。そして振りしぼるように言った。
「・・・私のようなものでよければ、いくらでもお供致します。」
そして涙を拭ったミルが満面の笑みでアルドに言う。その美しい笑顔に今度はアルドの顔が赤くなる。
「でも・・・これからは嫌だと言われても、絶っ対に離れませんからね!!」
「もちろんさ!」
こんな熱々の現場を遠くから眺めているひと組の剣士がいた。
「まったく、ヴァナヘイムの二人に当てられてこっちに来たのに、どうしてこっちでもこうなってるのよ!」
勝手に怒っているのはマーニであった。この頃にヴァナヘイム大陸も落ち着きを取り戻し、あっちでの諜報衆の役割も薄れてきたのでアルドのもとに送られていたのだ。
「そう言うなって、今だからこそ育めるものがあるってもの。」
そんな彼女をなだめるのが共にヴァナヘイムで戦ったフィードである。木の枝に寝っ転がりながら、余計な一言を言う。
「それにお前だって青春したらどうだ?悪いとはいわないが、お前の養母みたいに晩婚になってしまうぞ。」
つい昨年、ようやく結婚したばかりの養母カリンを引き合いに出すフィードに、頭にきたマーニは手元にある小石を投げつける。
「それ、どう見ても悪口じゃない。」
もちろんフィードは悠々とかわすが、変に姿勢を変えたために木から落ちてしまった。呆れるマーニは護衛すべき二人を見ず、静かに空を見上げる。その時であった、壮絶なる殺気と魔力が丘を支配したのは。
アルドとミルの前に空間の歪みが現れたかと思えば、一人の魔道士が降り立った。
「貴公が『今の』ヴェスティア皇帝アルドだな。」
ミルをかばいながら、アルドが静かに聞く。
「あなたこそ何者だ?」
「我はシレジア三魔将の一人ギリング。」
「シレジアだと!?だがそんな名など聞いたことはないぞ!」
だがアルドの疑問は駆けつけてきたマーニによって氷解する。
「陛下、そいつは時空の歪みから現れた未来の人間です!」
さすがに時空剣の継承者マーニもしっかりと把握していた。
「君が時空剣の継承者の一人か。おかげで説明をする手間が省けた。その通り、我は1000年後の未来より貴公を倒すために飛んできたのだ!シレジアに災いをなす要因を取り除くためにな。」
「1000年後・・・。どうやら戦いの系譜はそんな時代まで続いているのか。」
呆れるアルドに、ギリングが先制する。巨大な火球が彼らを襲うが、アルドはミルを抱えながら横に飛んで回避する。
「フ、あまり余裕を見せてる暇はないぞ!これからお前たちも驚く魔法を使ってやる。」
ギリングが深い詠唱に入ると、先ほどの火球よりも更に密度の濃い炎をまとい始める。
「そんなことをさせると思って?!」
マーニが素軽い動きからギリングの背後に立って、斬撃を解き放つ。だが何かの力で彼女の攻撃は受け止められ、ギリングの詠唱を妨害することはならなかった。
「あれは・・・フォルブレイズ!」
ギリングをまとう炎の波動からミルはその魔法の正体を悟った。
「ミル・・・」
アルドの言葉を途中で遮って、ミルが反論しようとする。
「逃げろと言われても、逃げませんからね。さっきだって離れないって言ったんですから!」
これにアルドがほほ笑む。
「わかってる。だから、援護して欲しい。僕一人で彼の魔法を受け切れる自信がないからね。」
ギリングはその光景を唇を噛みしめて見ている。
「どこまでもおめでたい方々のようですな。ならばこの魔法で仲良く天上へ送って差し上げましょう。それで我がシレジアも救われるのです!」
そしてまとう炎を解き放つと、衝撃でマーニが弾き飛ばされる。崖下に落とされそうになる彼女であるが、間一髪フィードが駆けつけてきて救出に間に合った。
だが肝心のフォルブレイズはアルドとミルに襲いかかっていた。猛烈な火炎は二人の魔法防御で辛うじて防がれてはいるものの、時空を超えてきた魔力を持つギリングとフォルブレイズが合わさった力は二人の想像をはるかに超えていた。その力はじりじりと二人を文字通りの崖っぷちに押し込み、完全に後のない状態になっていた。マーニとフィードが懸命に攻撃を繰り返すものの、ギリングは多少のダメージを気にせずにいるためにフォルブレイズを解かせることができないでいる。
「ファルシオンもティルフィングもない貴公にしてはよくやったが、どうやらこれまでのようですね!一気に終わらせて差し上げましょう!」
そう言って更なる魔力を込める。その衝撃にマーニとフィードは再び吹き飛ばされ、圧力を増した火焔にアルドとミルの魔法防御も打ち破られる寸前となる。
その時、ギリングの背後で、先ほどと同じような時空の歪みが登場すると、そこから紅髪の剣士とマーニに似た黒髪の少女剣士が下りてきた。
「ギリング、貴様のやろうとしていることは時空の崩壊だ!何としてでも阻止してみせる!!」
そう言った紅髪の剣士は両手に持った剣をギリングに振りおろす。必死にフォルブレイズを防ぎながら見ていたアルドの目にはその二振りの剣は紛れもなくファルシオンとティルフィングであった。
『ホーリーブレイズストライク!!』
炎と光をまとった剣はギリングをまとう炎を討ち払い、ついにその刃がギリングに到達する。
舌打ちをしながらもギリングはフォルブレイズを解除して、ぎりぎりのところで紅髪の剣士の攻撃をかわした。これでアルドたちは辛うじて助かることになる。
すぐに紅髪の剣士がアルドたちのもとに駆けつけてくると、片方の剣・ティルフィングをアルドに渡す。
「お話は後です。この剣を使って、共に闘いましょう!」
味方であることを悟ったアルドはその剣を受け取って構え直した。紅髪の剣士が持っていたときはこの剣に炎がまとっていたことをアルドは覚えていたのだが、アルドが持つと今度は光輝き始めている。
(さすが人の心を映し出す『封印の剣』だ。やはりこの方は人竜戦役を集結させた英雄の一人なんだな。)
紅髪の剣士が心の中でつぶやきながらも剣をギリングに向ける。
「さぁ、行きましょう!」
そしてギリングを挟んで反対側ではマーニと黒髪の少女剣士が何やら話しているが、こちらも話が終わったようで似た剣を二振りギリングに向けている。
「リキアの輩どもめ、貴様たちも時空を超えてきたというのか!?」
「ギリング、なぜあなたのような人がこのような理に反することをするのだ?これだけのことが出来る力をなぜ真にシレジアのために使おうとしないのですか?」
「貴様らに話すだけ無駄だ。もはやシレジアは後には退けないのだ、たとえそれが無垢の民たちを修羅にさせることになろうとも!それがわからぬ貴様でもあるまい!?」
紅髪の剣士は静かにため息を吐いた。
「・・・わかりました。もうすでに賽は投げられている以上、私ももう何も言いません。この上はここであなたを倒す!」
完全に場を取られた形となったアルドたちだが、彼らが1000年後の世界でそれぞれの思いを胸に戦っていたことを察することが出来た。その果てに時空を超えて、それを乱そうと考えるあたりギリングにも已むを得ない事情があったのだろう。さっきのフォルブレイズといい、それはひしひしと感じてきていた。それを実感したアルドも決然として言う。
「私はあなたがどういった事情で私を襲ったのかは全く知らない。だけど、私にも今やらねばならないことがあるのだ。それを棄ててあっさりと死ぬわけにはいかない!悪いが、懸命に足掻かせてもらうよ。」
アルドの持つティルフィング、紅髪の剣士のファルシオン、時空を乱そうとするものによってもたらされた蒼紅は、今結束して脅威に立ち向かう。