セネー市まで到着した西部諸侯連合軍に驚くべき知らせが舞い込んできた。ガーゼル教国と同盟を結んでいたカナン王国が一つの国『ゾーア帝国』が建国されたのである。ゾーア帝国とは何百年も前、リーヴェ人の迫害に耐えられなくなったゾーア人のカルバザンが暗黒竜ガーゼルの力を得て、当時のリーヴェ共和国を滅ぼしてゾーア人至上主義をうたった大帝国であった。結局この帝国は女神ユトナの愛を得た神君カーリュオンにより滅ぼされたものの、この帝国が成立していた時は『リーヴェリアの暗黒時代』と恐れられていた。
そして今、この暗黒帝国が復活してしまったのである。西部諸侯連合軍はこの知らせに恐れを抱くものが続出した。このことが後の戦局に大きく影響するとは誰も思いもしなかった。西部諸侯連合の中心国ウエルト国王ロファールは諸侯を集め、軍議を開いた。
「ゼムセリア軍の状況はどうだ?」
「今はラゼリアにて兵を休めているようで、リーヴェ川を越えていないようです。」
「そうか。ならば早急にバルト要塞を制圧しておかなければならないな。」
バルト要塞はサリア王国とリーヴェ王国を繋ぐ地点に築かれた難攻不落の要塞であり西部戦線において最も重要な拠点である。ゼムセリア軍がまだリーヴェにいるということはカナン軍もまだリーヴェのラゼリア軍に釘付けのはずである。この瞬間に要塞を奪ってしまおう。ロファールを含め多くの諸侯が意見を一致した。だが西部諸侯連合にも離反者がいた。それはイストリアの国王ギュネスであった。そしてかれはゼムセリア軍の状況を偽って知らせたのである。実際にはバルト要塞には「カナンの盾」バルバロッサが率いている精鋭部隊がこの時を待っていた。
「そうか、ギュネスがとうとう動いたか。だがこの作戦は本当にカナンのためになるのか?」
バルト要塞を治めているバルバロッサがつぶやいた。
「確かに死亡者が少ないに越したことはないが、こんな戦いに正義があるとは思えん。わしは敵と正々堂々と戦って競り勝ってこそ、真の騎士ではないのか?」
「ふん、きれい事を並べていては、あのロファールに足元をすくわれますぞ。」
かれの呟きにすぐ後ろにいたガーゼルの祈祷師マホバが反論した。
「マホバ!貴公、いつの間にバルトに。」
「将軍、今のことは聞かなかったことにしておきます。しかし今度、きれいごとを並べれば私の召喚したハーピィーがそなたを殺すぞ!」
「このソルの剣がある限り、私は死なん。エストファーネ様のためにも。」
「まぁ良いわ。要は次の戦に勝てばよいのだ、10倍もの兵数差があるこの戦を。」
「それはたてまえだろ。援軍としてエルンスト将軍も来てくれる。そうすれば負けることはないだろう。「カナンの剣」と「カナンの盾」が揃い、この地理的有利があればたとえ大軍といえども引かざるを得まい。」
バルトの夜は静かに過ぎていった。

次の朝、突然の轟音により夜が明けた。西部諸侯連合軍による奇襲攻撃がはじまったのである。張り詰めた緊張感を発揮して、帝国軍が体制を立て直すまでに要塞の内部への突入に成功した。実はロファールは前日のギュネスの報告を不審に思い、サリアから極秘に天馬騎士団を借りバルト要塞の偵察をしていた。帝国軍が駐留していたことを知ったロファールはギュネスが内応していると察し、イストリア軍を残しその日の内にセネーを発ったのであった。要塞をバルバロッサは混乱の中、要塞からの脱出に成功した。その表情は復習を誓おうとする決意がにじんでいた。奇襲は成功し、バルト要塞は連合軍に明渡された。だが危機はまだ終わっていなかった。セネーに残したイストリア軍の動きを恐れたからだった。バルトに西部諸侯軍の9割を当ててしまったために本国の軍隊は皆無に等しかった。そのために早急にイストリアを討つ必要があった。半日ほど休息した連合軍がバルト要塞を出発しようとしたころ、東の方向から轟音が聞こえてくるのに気付いた。それはまさしく「カナンの剣」エルンスト率いる15兵団であった。さらに西からも来るとは予想もしなかったイストリア軍が突撃を仕掛けてきていた。思わぬ挟撃に連合軍は一時浮き足が立ったが、ロファールの鼓舞にふたたび戦闘態勢を立て直した。こうして帝国軍と連合軍による生き残りを賭けた大決戦が始まった。
決戦開始直後は地の利を生かし連合軍が有利に戦闘を進めていたが、早朝の奇襲の疲れも残っていたのか、しばらくすると戦況が一変する。疲れがある攻撃は精密さを欠き、敵軍にダメージを与えることがなくなってきた。ついに敵軍がそれに乗じて、城門を突破してしまう。雪崩れ込む敵軍に連合軍は陣形を乱し、ついには総崩れとなってしまった。だが連合軍の中心、ウエルト王国軍は国王ロファールを守ろうと決死の攻防を繰り返していた。ロファールもまた自分の大剣で敵をなぎ倒していた。そしてウエルト軍が退却するために西の城門を出掛かった時に悲劇が起こる。帝国軍の放った弓がロファールの胸を貫いたのだ。ロファールは意識を朦朧としながら全軍撤退の指示を出し続けていた。しかしそれも限界となりついに崩れてしまった。その瞬間、妻のリーザに似た影が彼の側にワープしてきた。そして彼女は彼への応急措置をしてそのまま彼と共に戦線を離脱していった。それからロファールはバルト要塞からは姿を消した。
バルト戦役はロファールの予想通りにイストリアが帝国側に寝返ったことにより西部諸侯連合軍が大敗を喫した。特にウエルト軍はその9割が殺され、だれも本国に戻ってくることはなかったという。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:29