サイの地はレダ領内の最東部にある地域で、俗にいうゾーア地方の西の玄関口を務める。かつては奥地にゾーアの流刑地もあった。リチャードとセネトがリュナン軍から離脱したジークと戦った古戦場でもある。
この地に逃れたシグルド・ナディア軍は西からアルド軍、東からはセネト・アルク両軍を合流させたデルファイ軍に挟まれていた。辛うじてアルド軍の追撃を逃れたリグリア攻略担当のエインフェリア残党が合流していたものの、シグルドとナディアは足止め程度にしか考えていないのか、デルファイ軍に対して適当に置くに留めた。やはり彼らも甥アルドを打ち倒すことが勝利の早道と悟っているのであろう。しかしそんな彼らの前では想像を超えた陣形でアルドが待ち構えていた・・・・。
そのアルド軍は、戦う前からアルド本陣が剥き出しになっていた。それを遠くから眺めるかのように他のレダやウエルト、サリア、ヴェスティア軍が離れて布陣している。あからさまにアルドを狙ってくださいと言っているのである。
それを遠くの高地から静かに眺めていたセーナは頷いた。
「もう勝負は着いたわ!さて、私は北方の攻略隊に戻るから、後はミカが見ておいてちょうだい。」
そう言って後はミカに見ておくように伝える。
「いや、私が見るよりもセーナ様が見ておいた方がいいのでは。」
しかしセーナは事もなげにいう。
「もう一年も生きる予定のない人に、よりにもよって息子の、勝ちとわkっている戦いをみても仕方ないでしょ。・・・・だけど、あなたにはまだ次がる。」
そしてそのままワープの転送陣に乗って去って行った。残されたミカは複雑な顔をした。
「どういうこと・・・私の次って・・・。私にはセーナ様が全て・・・アルド様も含めて他の方に仕えるなんて・・・。」
そう言いながらもミカは静かにこれから行われる戦いを眺めることにした。
時は少し戻る。決戦前の軍議では短い休養から戻ってきたアルドがいきなりとんでもないことを言い出した。
「叔父上とまともに戦えば、出さなくてもいい犠牲を一杯出してしまう必要がある。だから私が餌になって、そのまま伯父上を打ち倒す。」
決してアルドももう戦べたと呼ぶものはいないが、さすがに軍神シグルド2世の猛攻は受け切れないと誰もが思っていた。アルド軍の軍師アイバーが控えめに言う。
「私も彼らがどれだけ強いのかは存じあげませんが、総大将たるアルド殿が出られるのは余りにもリスクが高すぎないでしょうか?」
これにアベルやレナも同意のようで、少しばかり顔を縦に振る。
「ええ、確かにまともにやれば私も義叔母上の援護のある伯父上の猛攻を凌ぐことはできないでしょう。」
アルドはむしろ無理だと断言した。しかしアイバーはすぐにその言葉尻を捉える。
「ではまともではない戦い方がアルド殿が餌になるというものですか?」
「もちろんそれも1つです。あともう1つだけ手を打ちたいのですが、これにはみなさんの力が不可欠となります。」
その言葉にすぐにアイバーが返す。
「アルド殿、そのようなことを気にされることはありませんよ。あなたが命じればここにいるものはそれに従うだけです。」
もっともデルファイ軍がアルドの意向通りには動くかはまだわからない。というのもデルファイ軍とは簡単にしか連絡を取り合っていないからだ。作戦については全く意見を交わしていない。というのもアルドは今まで難戦を強いられてきた彼らに再び叔父の圧力をかけたくはないと思っているため、ここでは自分たちが頑張るべきだと考えていたからである。
「ありがとう。ではここからが伯父上を打ち破るための策になります。・・・」
そして今まで練っていた方策を打ち明ける。
その決戦は既に始まっていた。完全に主導権を握ると思われていたシグルド率いるグリューンリッターであったが、その実、アルド率いる部隊に完全に押されまくっていた。これには当のシグルドも驚きを隠せないでいた。
既にグリューンリッターはアルド隊の初撃で、完全に勢いを止められたばかりか、軍勢の体を為していなかった。それでも抵抗を続けているのはシグルドの存在があったからである。
「まさか勇者どもをこれでもかとまとめてくるとはな・・・。」
シグルドの言ったことがまさにアルドの策であった。
今のアルド軍にはリグリアからレダにかけて活躍してきた勇者が多数参加していた。主なところではレダのリチャードとアートゥ、サリアのリョウ、ウエルトのレオンとアルド(元パピヨン)、アカネイアのアディルス、グレッグ、在野から蒼き鳥トウヤや、蒼き翼のセドリック、もちろんヴェスティアからもアベルら十勇者やエルマード、サーシャ、マーニが加わっていた。
これにレダの戦いで活躍していたIグリューゲルやアートゥ配下の兵、リョウ率いるサリア黄金騎士隊が加わって、超重厚な部隊が完成していたのだ。これだけの面々が揃えば精鋭グリューンリッターと言えども、とても押せるものではなかった。
「信じることこそが軍略の真髄」
アルドは先の軍議でもこう言って自らの意見を押し通し、ついにそれをこの戦いで具現化させたのだ。
しかしこれもかつてのレダの大敗北がなければ、恐らくは実現できなかった戦い方であったはずである。あの戦いでアルドは根本から叩きのめされたものの、そのおかげで真に依るべきものが何かに気づいたのであった。そしてレダの奪回戦でまだうやむやだったものが確かな形へと変貌していたのだ。
しかし敵の脅威はこれだけではない。母セーナですら恐れた義叔母ナディアの存在である。実際には彼女は夫を援護すべくいつの間にか後方に回り込んではしきりに襲撃してきていた。だがこちらも押されてはいたものの、崩れる気配はなかった。アルドがその背中を託したのは弟クレストであった。
「クレスト、お前に私の背中を預ける。」
そう言われたクレストであったが、仮にもレダ奪回戦でクレス隊に打ち破れたばかりだけに重荷であると辞退しようとしていた。だがアルドは、
「心配するな、お前ならやれる。」
といって全幅の信頼を置いてくれた。クレストはその思いに応えるべく必死に采配を振るい、ナディア隊の猛攻を一手に引き受けていた。
「何としても守り抜け、ここを通り抜けられれば、せっかく信頼してもらった兄上の期待を、皆の思いを踏みにじることになるんだ!私もお前たちならやれると信じている!頑張ってくれ!」
そしてクレスト率いるテルシアスは結局、その時までナディア率いる神速剣士団の猛攻を受け止め続けることになった。
そしてついにアルドが立ちあがった。
「やっぱり伯父上には私が引導を渡さないとな。」
そして馬に乗って駆け出して行った。脇をエルマードを固め、襲いかかってくるグリューンリッターを討ち払っていく。そして、ついに二人のアルドが対面した。
「伯父上、お久しぶりでございます、伯父上の幼名をいただいたリアルトです。」
アルドは敢えて幼名で名乗った。実際にシグルドが生きていた頃はそう名乗っていたのだから、この対面ではそれでもおかしくはなかった。
「セーナの長男坊か。いつの間にやらいい男になっていたものだ。しかし自ら出てくるあたりはさすがはセーナの息子だ。・・・だが戦場では容赦はしないぞ。」
だが言った言葉とは裏腹にシグルドは既に大きく肩で息をしており、体中に切り傷が刻まれていた。何しろアルドが出てくるまでにリチャードとアートゥ、サルーン、グレッグ、リョウ、5人まとめて相手にしていたのだ。それだけでも尋常でない力ではあるのだが、さすがにこれにマーニが影から翻弄してくると、シグルドでもどうしようもなくなっていた。
「叔父上にそう言われると嬉しい限りです。・・・しかし容赦しないのはこちらも同じ。この悲哀の剣で伯父上を討たせていただきます。」
アルドは宝剣シュヴァルツバルトを引き抜いて、シグルドに対して向ける。この頃にはリチャードたちも引き下がっており、完全に1対1の対峙となった。やがて静かにアルドが馬を走らせると、剣を構えなおす。これにシグルドも応じて、馬に鞭入れて駆けさせた。両者が交わったのは次の瞬間であった。
『ディヴァインブレイザー!!』
『ディヴァインストライク!』
剣の振り方が違うだけで両者とも中段に構えた剣からそれぞれの技を解き放つ。そして戦いはその一撃で決まった。馬から崩れるように落ちたのは・・・シグルドの方であった。
だがアルドは叔父に対して一顧だにせずにすぐに命を下した。
「軍神たるシグルド2世はアルドが討ち果たした!!これより、すぐに反転して義叔母上の神速剣士団に攻撃せよ!何としても逃げられる前に討ち果たすのだ!!」
その命を受けて、勇者たちが一気に反転していく。アルドはそれを追わずに、ようやくシグルドの側に駆け寄ってきた。
「叔父上、申し訳ありませんが、義叔母上も討たせていただきます。」
「ふふ、俺は戦うことしか能がないが、あいつはいざとなればすぐに尻尾を巻いて逃げるような奴だ。今頃もう撤退しているのではないかな。」
自嘲するような笑みを浮かべながらシグルドは馬上のアルドを見上げる。
「相手の力が巨大過ぎるのであれば、結束して戦えばいい、お前の答えは見事だった。ここまで完膚なきまでに負けるとは思わなかったが、却って天上へのいい土産になった。・・・これからはセーナではなく、お前が世界を導いていくのだ!」
そう言って、シグルドは事切れていった。周りでその光景を見守っていたグリューンリッターの将兵たちも静かに消えていき、懸命に反転しているアルド隊の兵たちの掛け声が響いているだけであった。
「それにしても恐ろしい敵でありましたな。5人がかりで対等に戦い、マーニの援護がなければもしかしたら・・」
ようよう駆けつけてきたアベルがアルドに言った。そして視線を落としていくと、アルドも腕から血を流していることにようやく気付いた。
「アルド様・・・怪我を為されているではないですか?!すぐに手当てを。」
しかしアルドはシュヴァルツバルトを鞘にしまいながら言う。
「これくらいのことなら心配ない。すぐに私も義叔母上を討ちに向かう。」
「なりません!今度こそ何かあれば取り返しのつかないことになります。」
だがアルドは歩みを止めようとはしない。
「私が皆を信じているのに、肝心の私がこれくらいのことで歩みを止めるわけにはいかないだろう。」
その表情を見て、アベルはハッとした。それなりの傷を負っているというのに、アルドの顔は笑っていたのだ。そこに昔のセーナの顔が重なっていた。
「あなたという方は・・・。わかりました。しかし、せめて止血だけはさせていただきますよ。」
呆れるアベルは自身の袖を引きちぎって、止血のためにアルドの腕に巻き付けていく。そして共に来た道を戻って行った。