ヴェルトマー平原の戦いでセリス軍が圧勝したことはユグドラル大陸の大勢を決めるのには十分なほどの戦果であった。セリスに通じたユリウスの妻ティナはユリウス直属の十二魔将を壊滅させ、もう一人の妻イシュタルもこの乱戦の最中に討たれたことは未だに帝国の傘下にあったシレジアやアグストリアの国民を狂喜させた。この直後、シレジア王国はティナによって密かに編成されていた新天馬騎士団が蜂起し、瞬く間にトーヴェ、セイレーンを落とし、ついには王妃ラーナのいる王都も解放するまでにいたっている。シレジアと接するイザークからもシャナンの指示でシレジア援護を目的とする義勇軍が組織され、すでにシレジア東部のリューベック城を包囲している。シレジア解放はもはや時間の問題であろう。しかしアグストリア戦線は芳しくない。もともとノディオン-マッキリー-アグスティ-マディノという帝国防衛ラインが確立していたため、シルベールとハイラインで蜂起した解放軍もこの強固な防衛線に連戦連敗を重ね、少しずつ押され始めている。余談だが、この反乱軍の指揮官はセリスの父シグルドによって討たれたシャガールの嫡男シャガール2世と3世の親子が務めている。
しかし当のセリス解放軍はヴェルトマーを抑えて以来、その動きを止めていた。指揮官セリスが心労のあまり倒れたのが主な原因である。やはりかなりの心理戦であったヴェルトマー平原で初恋の人を失ってしまったのがかなりこたえたのだろう。そしてその戦でティナの機転によってセリスに助けられたユリアは暗黒司祭マンフロイからの洗脳も解け、今はセリスの看病に当たっている。そして彼女はユグドラルで最も神々しい聖魔法ナーガの魔道書(聖書)を細い腕で抱えていた。皇帝アルヴィスの託した母ディアドラのサークレットがカギとなって、封印されていたナーガが今はあるべきところに戻ってきていたのだ。ナーガさえあれば、ロプトウスの化身と化したユリウスを打ち倒す可能性は極限までに高まったが、やはり今まで先頭となって解放軍を導いてきたセリスなくして、完全なる勝利などないと解放軍の勇者達は感じていた。そのセリスのもとには本当に数え切れないほどの国から星の数ほどの勇者が集っている。『騎士の国アグストリア』からはノディオン家の後胤アレス、そしてその従兄弟ナンナとデルムッド、『森の国ヴェルダン』の王子ジャムカの子供で、セリスとずっと一緒にいたレスターとラナ、『母なる国シレジア』からは王子セティ、王女フィー兄妹、『友の国レンスター』も王子リーフを始めとしてキュアン、リーフの二代に渡って仕えるフィンが,『始まりの国イザーク』は王子シャナンを支えるように、ラクチェ、スカサハが参加していて、先ほどまで敵だった『プライド高き国トラキア』からでさえ王子アリオーン、レンスター王女アルテナ、トラキアの盾ハンニバルら名将もここに集まっている。それだけではない。父シグルドと共に戦った、アーサーやティニー、コープルら勇者たちの後継者たちもいる。まさしく大陸が一つとなって倒すべき敵ロプトウスを包囲していた。
「セリス様、気分はどうですか?」
盟主セリスを見舞いに現ヴェルトマー公国暫定当主のアゼルが訪ねてきた。
「アゼルさん、心配をおかけしてすみません。」
「いやいや、これもユリア皇女がつきっきりで介抱したからでしょう。」
当のユリアは寝息を立てて、すぅすぅと眠っている。連日連夜、セリスは高熱でうなされ、ユリアはその度に寝ずの看病を続けていた。時々ラナが交代で来ることもあったが、それでもやはりユリアは異常な程の長時間、セリスを介抱しつづけていたのであった。
「私は無力ですね、ユリアにもティナにも本当に助けてもらってばかりで。」
「何を言われるのですか。ティナ様もユリア皇女もあなたのその優しさに惹かれているのです。強さとは決して武勇だけでは表せませんよ。いえ、二人だけではありませんよ。このヴェルトマーにいるみんながあなたを慕っているのです。」
「それは買いかぶりですよ。私にはそれほどのものは持っていませんよ。」
「謙遜することはありません。シグルド様はこの世界を憂いたときに次の言葉を言っていました。
『今の大陸は私欲で満ち溢れている。そしてそれが闇に付け入る隙を与えてしまう。いやもう入り込んでいるのかもしれない。だがいずれこの世界を真に憂う者が「癒しの剣」を振るって救ってくれるだろう。』
そしてその『癒しの剣』を振るうものこそがセリス様だと私は信じています。」
「それは・・・」
セリスが言いかけたとき、今まですやすや眠っていたユリアが目を覚ました。
「あっ!セリス様、もう大丈夫なのですか?」
「おかげさまでね。あと少しなのに寝てられないさ。」
そう言ってセリスはベッドから飛び出して、部屋を出て行った。そしてユリアも連日の疲れが嘘みたいな笑顔で、そして軽やかなステップで彼の後をついていった。
「さすがセリス様だ。いるだけで他人の疲れを忘れさせてしまうとは・・・。」
聖剣ティルフィングと『癒しの剣』を持った勇者セリスが今、ここに蘇った。
一方、ユグドラルの中心都市バーハラは今、大混乱に陥っている。いつ戦場になってもおかしくない状況が多くの貴族や領民、商人達をすでに解放軍に制圧されているヴェルトマーやフリージに逃亡させ、封鎖されているエッダへの関にも多くの難民が殺到していた。そんな状況の中、この宮殿の主ユリウスはある儀式を行っていた。ユリウスの奥には裏切られた妻が最後まで持っていた魔剣ガラティーンが置かれている。
『我が黒き混沌の魂よ、この素晴らしき剣を器とし、後々まで我が種を残したまえ』
この詠唱からもわかるとおりユリウスは、セリスが動けない間にロプトウスの器が後世に現れたときに再び降臨できるよう、自らの魂半分をこの魔剣ガラティーンに封印したのである。もはや今の状況を打破できないと知っての行動であろう。そしてユリウスの横にはもはや微笑むことはないティナの姿があった。そしてその冷たい体に悪魔の爪が切り裂く。
そしてセリスとユリウスの最後の戦いが始まった。セティ、アレス率いる別働隊はヴェルトマー平原から、セリス、ユリア率いる解放軍本隊はヴェルトマーから真っ直ぐに最後の闇の拠点バーハラを攻めた。十二魔将最後の生き残りであったツヴァイもまもなくアレスとセティに討たれ、ついに難攻不落とさえ言われたバーハラは容易に侵入をゆるされることとなった。別働隊は本隊が入ってくるまでに市街地を抑え、宮殿を包囲するまでにいたり、それ以上の行動は取らなかった。そしてついに本隊が到着し、生き残った十二聖戦士の末裔であるセリスとユリア、アレス、セティ、ファバル、コープル、アリオーン、アルテナ、シャナンがこのバーハラ宮殿に乗り込んだ。しかし彼らが予想していたよりも王宮はがらんとしており、バーハラ郊外で戦った時とはうってかわり、静かであった。9人の英雄はこの光景を訝しげに思いながらさらに奥を目指した。そして
「ずいぶん遅かったですね、兄上。」
彼らが玉座に入ったとき、その主は悠々と立っていた。
「もう少し早ければ、兄上の会いたかった人に会えたのになぁ。」
「どういうことだ!」
「僕の上を見てみれば、わかるさ。」
そう言ってユリウスは不敵な笑みを浮かべて、ある方角を指差した。セリスたちがその方角にあるものを見つけたとき、言葉を失った。
「ククク、やっぱりいいもんだねぇ、大陸一の美女のはく製は!」
そこにあったのはセリスが誰よりも愛する女性、ティナの抜け殻であった。しかもへそから上の上半身しかない。これにはユリアやアルテナら女性陣は目を背けるしかなかった。それほど彼女のはく製は無残この上ない物であったのだ。
(さぁ怒れ!怒れ、セリス。そのときお前はその女のもとに行けるぞ。)
だがそのユリウスの仕掛けた罠にセリスは
「無駄だよ、ユリウス。」
「何ッ!」
「僕にはこれがある。」
そういってセリスは懐から一対のイヤリングを取り出した。それはヴェルトマー平原の戦いでティナが散った後に戦場に残っていた、二人にとっては命と同じぐらい大切な物である。
「たとえ、ユリウス、お前が彼女と僕を切り裂いたと思っていても、僕たちはこれで結ばれているんだ。お前が見落としたイヤリングでな!」
そう叫びながらセリスは聖剣ティルフィングを両手で持ち、上段の構えで身構えた。
「ユリア、目を背けるな。僕なら大丈夫だ。それより早くナーガを唱えるんだ。そうしなければ僕らに勝ち目はない。」
しかしまだショックを引きずっているユリアの反応は芳しくない。
「ユリア!」
それはセリスが心から叫んだ言葉だった。これでようやく我に返ったユリアの足元にさっきまでセリスのもとにあったイヤリングがあった。
「ユリア、それを握ってみ。温かいよ。」
ユリアはそのイヤリングに触れようとしたとき、ついにユリウスから黒き混沌の竜ロプトウスがその姿を現した。
<ムダダ、キサマタチニミライナドナイ>
『デスブレス』
闇よりも暗いブレスがユリアを襲う。イヤリングを拾うために体勢を崩していたユリアにもはや避けるすべはない。だが次の瞬間、ユリアを謎の青い光が包んだ。よく見るとティナが遺したイヤリングがその光を発しているのである。そして青き光は闇のブレスからユリアを守った。だがまだ青い光はユリアを覆っている。いや次第にその光はセリスも守ろうとしているのか懸命に拡大している。このとき光に包まれているユリアは体の奥から何か湧き出てくるものを感じていた。それはさっきセリスが感じた『温かい』ものなのかもしれない。
<バカナ!>
「ユリア、大丈夫だ。今の君ならナーガを使える。」
気がつけばセリスは隣まで来てユリアの手を握っていた。そしてユリアがうなずく。
『聖なる竜ナーガよ!世界を覆うすべての闇を、そして悪夢を滅ぼしたまえ!』
詠唱を終えると、残りの8つの聖武器が輝き始め、ユリアに更なる力を与える。いやそれだけではない。今までユリアを守っていた青き光もその力となろうとしているのか、ユリアに吸収されていった。
「ありがとう、セリス様、そしてティナ様。私は行きます!」
『ホーリーブレス』
すべての思いを凝縮した最強の一発がロプトウスを襲う。いやそれだけではない。さらにあとにセリスが高く跳躍し、切りかかろうとしている。
「これがティナと二人で考え出した技だ!」
『ディヴァインスライサー』
そして王宮が光に包まれた。
グランベル帝国は崩壊した。ここにセリス解放軍はその役目を終え、新たな新体制を築くことになる。雷神イシュタルを討ち取り、豊富な知識で解放軍を導いたセティはシレジアの国王に、幼いセリスを守りつづけ、そして見守ってきたシャナンはイザークへ、帝国の大軍に最後まで屈せずに健闘したリーフは姉アルテナと共に祖国レンスターへ戻り、トラキアの王子アリオーンも同じ半島にあるトラキア半島に帰った。しかしまだ戦の終わらない地は残っている。アグストリアのために黒騎士アレスはグランベルで挙兵し、父の国アグストリアへと向かった。そして統治者がいなくなり、再び辺境に戻ってしまったヴェルダン王国には亡き王子ジャムカの嫡男レスターが王国復興のために立ち上がった。もちろんセリスも彼らを援護するためにまだ休むことなく、最後の最後まで前線に立って戦いつづけた。そしてその傍らには赤く優しく輝くイヤリングをしたユリアの姿がいつまでもあり続けたのであった。